シューベルト/「ウルフルが釣りをするさま」(Schubert: Wie Ulfru fischt, D 525)を聞く
Wie Ulfru fischt, D 525
ウルフルが釣りをするさま
[Der]1 Angel zuckt, die Ruthe bebt,
Doch leicht fährt sie heraus.
Ihr eigensinn'gen Nixen gebt
Dem Fischer keinen Schmaus!
Was frommet ihm sein kluger Sinn,
Die [Fische]2 baumeln spottend hin -
Er steht am Ufer fest gebannt,
Kann nicht in's Wasser, ihn hält das Land.
[Er steht am Ufer fest gebannt,
Kann nicht in's Wasser, ihn hält das Land.]
釣り針がぴくっと動き、釣り竿が震えるが、
容易に逃げられてしまう。
おまえたち頑固な水の精は
釣り人にご馳走をくれてやろうとはしない!
釣り人の賢さなど何の役に立つものか、
魚たちはばたばたと音を立てて嘲る。
彼は岸辺で呪縛されたようにじっと立ちすくみ、
水に入れず陸にとどまるのみ。
Die glatte Fläche kräuselt sich,
Vom Schuppenvolk bewegt,
Das seine Glieder wonniglich
In sichern Fluthen regt.
Forellen zappeln hin und her,
Doch bleibt des Fischers Angel leer,
Sie fühlen, was die Freiheit ist,
Fruchtlos ist Fischers alte List.
[Sie fühlen, was die Freiheit ist,
Fruchtlos ist Fischers alte List.]
滑らかな水面は波立つ、
鱗の群れに揺らされて、
男の身体はうきうきと
安全な水の中へと移動する。
ますはあちらこちらと跳ね動くが
釣り人の竿は何もかからないまま、
あいつらは自由というものを実感していて
釣り人の古い悪だくみなど実ることがない。
Die Erde ist gewaltig schön,
Doch sicher ist sie nicht!
[Die Erde ist gewaltig schön,
Doch sicher ist sie nicht!]
Es senden Stürme Eiseshöh'n;
Der Hagel und der Frost zerbricht
Mit einem Schlage, einem Druck,
Das gold'ne Korn, der Rosen Schmuck -
Den Fischlein [unterm weichen]3 Dach,
Kein Sturm folgt ihnen vom Lande nach.
地上は非常に美しいが
安全ではない!
凍った丘は嵐を送りつけ、
ひょうや寒気は
一撃で、一握りで
黄金色の穀物や薔薇の飾りを壊してしまう。
柔らかい屋根の下にいる魚たちの後を
嵐が陸から追うことはないのだ。
1 Schubert (Peters Edition only): "Die"
2 Mayrhofer: "Fischlein"
3 Mayrhofer: "unter's weiche"
詩:Johann Baptist Mayrhofer (1787-1836), "Wie Ulfru fischt"
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828), "Wie Ulfru fischt", op. 21 (Drei Lieder) no. 3, D 525 (1817), published 1823 [voice, piano], Sauer & Leidesdorf, VN 276, Wien
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シューベルトの友人で同居したこともあるヨーハン・マイアーホーファーの詩による1817年1月作曲の「ウルフルが釣りをするさま(Wie Ulfru fischt, D 525)」を聞きたいと思います。
シューベルトは、3連からなる詩をリピート記号で繰り返す完全な有節歌曲として作曲しました。
内容は釣りをする男ウルフルの様子が描かれ、一見有名な「ます(Die Forelle, D 550)」のテキストが思い浮かびますが、「ます」が男には気をつけなさいという女性への警告詩(警告した連をシューベルトはばっさり省略したわけですが...)であるのに対して、こちらの詩では陸は危険が多く、水中は安全というのがテーマのようです。嵐が起きようが水の中は安全だからますは釣り人の悪だくみにおびやかされることなく自由を謳歌しています。それぞれの住処にいれば安全なのだから、生活圏でないところに進出しても無駄だという意味合いもこめているのかもしれませんね。
シューベルトは歌声部をヘ音譜表で記しました。彼はこのテキストから低声歌手をイメージしたのでしょう。実際録音された音源はいずれも男声歌手のものばかりでしたが、テノール歌手も移調して歌っています。途中で長調になりますが、基本はニ短調です。ピアノパートは左手の各拍後半に八分休符を挿入して跳ねるような雰囲気を演出する一方、右手はせわしなく畳みかけるようにジグザグに動き続け、弱拍につけられたアクセントも相まってどことなくコミカルな味わいがあります。何かに常にせかされているような主人公の焦燥感を描いているかのようです(私はモーツァルトの歌曲「自由の歌(Lied der Freiheit, KV 506)」と共通する雰囲気を感じました)。
この曲には2つの稿がありますが、第1稿は私の調べた範囲では録音されていないようです(基本的にはほぼ同じです)。
アッラ・ブレーヴェ記号(2/2拍子)
ニ短調(d-moll)
Etwas bewegt (1st version)
Mässig (2nd version)
●テキストの朗読(Susanna Proskura)
Schubert, Wie Ulfru fischt, pronunciation
Channel名:Susanna Proskura (オリジナルのサイトはこちら。音が出るので注意!)
ソプラノ歌手プロスクラさんが詩を朗読しています。
●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Gerald Moore(P)
かつて喜多尾道冬氏がディースカウのシューベルト歌曲全集での歌いぶりを「一筆書きのよう」と評しましたが、この歌唱を聞いてその言葉を思い出しました。ムーアのめりはりのついたピアノも素晴らしかったです。
●マティアス・ゲルネ(BR), エリック・シュナイダー(P)
Matthias Goerne(BR), Eric Schneider(P)
ゲルネは重量感のある声ですが、軽快に歌っています。
●ズィークフリート・ローレンツ(BR), ノーマン・シェトラー(P)
Siegfried Lorenz(BR), Norman Shetler(P)
ローレンツはハイバリトンの爽やかな美声で歌い、ディクションも美しいです。シェトラーが生き生きと演奏していて良かったです。
●クルト・モル(BS), コート・ガルベン(P)
Kurt Moll(BS), Cord Garben(P)
シューベルトが低声を想定した歌にふさわしい深みのある声でモルが歌っています。速めのテンポ設定はモルの解釈なのでしょうか。付点八分音符と十六分音符の組み合わせをどちらも八分音符で歌うなど若干リズムにこだわっていない感じですが(速すぎて小回りがきかないのかも)、魅力的な歌で個人的には好きな演奏です。ガルベンはパリパリ弾いて効果的でした。
●コルネーリウス・ハウプトマン(BS), シュテファン・ラウクス(P)
Cornelius Hauptmann(BS), Stefan Laux(P)
同じバス歌手でもモルと比べるともっとバリトンのような穏やかさが感じられる歌でした。
●ヤスパー・シュヴェッペ(BR), フクダ・リコ(Fortepiano)
Jasper Schweppe(BR), Riko Fukuda(Fortepiano)
シュヴェッペは節が進むたびに旋律に装飾を加えていたのが興味深かったです。フクダさんのフォルテピアノも味わい深いです。
●クリストフ・プレガルディアン(T), アンドレアス・シュタイアー(Fortepiano)
Christoh Prégardien(T), Andreas Staier(Fortepiano)
低声用の曲といってもそれほど極端に低い音が出てくるわけではないので、移調すればテノールでも問題ないですね。プレガルディアンは珍しく装飾を全く入れずに楽譜通りに生き生きと歌っていました。冒頭のAngel(釣り針)をマイアホーファーのオリジナルの男性名詞として歌っていました(冠詞をdieではなくderで歌っています)。他の歌手たちは女性名詞として扱ってdie Angelと歌っていることが多いようです。
●イアン・ボストリッジ(T), ジュリアス・ドレイク(P)
Ian Bostridge(T), Julius Drake(P)
やはりボストリッジのようなテノールによって歌われると清涼感が増しますね。ドレイクが基本的にスタッカート気味に弾むように演奏して、曲の面白みが増した感じがしました。
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(参考)
Schubertlied.de (Wie Ulfru fischt, D 525)→※サーバーの不具合なのか、たまに接続できないことがあります。
Graham JohnsonによるWie Ulfru fischt, D 525の解説 (Hyperion Records)
Johann Mayrhofer: Gedichte: 1824 (p. 42)
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