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メンデルスゾーン/ヴェネツィアのゴンドラ歌(Mendelssohn: Venetianisches Gondellied, Op. 57 no. 5)を聞く

Venetianisches Gondellied, Op. 57 no. 5
 ヴェネツィアのゴンドラ歌

Wenn durch die Piazetta
Die Abendluft weht,
[Dann]1 weißt du, Ninetta,
Wer wartend [hier]2 steht.
Du weißt, wer trotz Schleier
Und Maske dich kennt,
[Du weisst, wie die Sehnsucht
Im Herzen mir brennt.]3
 広場を
 夕風が吹きわたる時、
 きみは知っている、ニネッタよ、
 誰がここに立って待っているのかを。
 きみは知っている、ベールと
 仮面を付けていてもきみだと分かるのは誰なのかを。
 きみは知っている、憧れが
 ぼくの心で燃え上がっていることを。

Ein Schifferkleid trag' ich
Zur selbigen Zeit,
Und zitternd dir sag' ich:
„Das Boot [ist]4 bereit!
[O, komm'! jetzt, wo Lunen]5
Noch Wolken umziehn,
Laß durch die Lagunen,
[Geliebte]6 uns fliehn!“
 船頭の服を、
 同じころ僕は着て、
 震えながらきみに言うんだ、
 「ボートの準備は出来た!
 おお おいで!さあ、月を
 雲が覆うところに、
 潟を抜けて
 恋人よ、逃げよう!」

1 Sommer: "So"
2 Sommer: "dort"
3 Fischhof, Mendelssohn: "Du weisst, wie die Sehnsucht / Im Herzen mir brennt." ; Sommer: "Du weisst, wie die Sehnsucht / Im Herzen hier brennt." ; Original: "Wie Amor die Venus / Am Nachtfirmament."
4 Fischhof, Mendelssohn, Sommer: "ist" ; Original: "liegt"
5 Schumann: "O komm, wo den Mond"
6 Fischhof, Mendelssohn, Sommer: "Geliebte" ; Original: "Mein Leben,"

原詩:Thomas Moore (1779-1852), "When through the Piazzetta"
独訳:Ferdinand Freiligrath (1810-1876), "When through the Piazetta"
曲:Felix Mendelssohn (1809-1847), "Venetianisches Gondellied", op. 57 no. 5 (1842)

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メンデルスゾーンの「ヴェネツィアの舟歌」と言って多くの人が最初に思い浮かべるのは、ピアノ独奏のための『無言歌集(Lieder ohne Worte)』の中の数曲でしょう。私もはるか昔の記憶ですが、Op.30-6の「ヴェネツィアの舟歌」に非常に惹かれて、家の電子ピアノを弾いて物哀しい雰囲気に浸っていたものでした。

ダニエル・バレンボイムの演奏で聞いてみましょう。

Barenboim plays Mendelssohn Songs Without Words Op.30 no.6 in F sharp Minor - Venetian Gondellied

今でも全く色あせない魅力に聞き入ってしまいます。『無言歌集』の中の多くの表題はほとんどがメンデルスゾーン自身によるものではないそうですが、「ヴェネツィアの舟歌」と題された3曲(作品19-6, 30-6, 62-5)はメンデルスゾーン自身による表題なのだそうです(Wikipedia)。

メンデルスゾーンは裕福な家に生まれ、20歳で当時ほとんど忘れられていたというバッハの『マタイ受難曲』を蘇演して大成功をおさめますが、この年から数年間ヨーロッパ各地に旅行に出かけます。その時にヴェネツィアにも行き、お目当ての絵画を見たりして研鑽を深めていたのですが、ヴェネツィアの舟歌の原体験はこの時だったのではないでしょうか。『無言歌集』の3曲の「ヴェネツィアの舟歌」のいずれもが短調の哀愁こもった曲調であるというのも興味深いです(途中で長調になる場合もありますが)。

アイルランドの詩人トマス・ムーアの詩にフライリヒラートが独訳したテキストは、ゴンドラ漕ぎの男が恋人ニネッタと駆け落ちする為にゴンドラの準備を整え、ニネッタに向けて顔を隠して早く来ておくれと(心の中で)語りかけます。

メンデルスゾーンの歌曲「ヴェネツィアのゴンドラ歌(舟歌)」もピアノ曲同様短調のメランコリックな曲調が聞き手の心を一瞬でとらえます。

第1連はゴンドラを漕ぐさま(もしくは寄せては返す波の動き)を思わせるピアノ右手と付点四分音符のバス音が、聞き手をゴンドラ内の心地よい揺れ(とは言っても私は乗ったことはないですが)に誘います。2行目(Abendluft weht)と6行目(Maske dich kennt)だけ歌声部とピアノ右手が同じ音を奏でますが、それ以外の箇所は歌とピアノは別の動きをします(ゴンドラ漕ぎの歌声はゴンドラの進行にほぼ影響を与えないと示唆しているのでしょうか)。

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第2連でこれまでのロ短調から平行調のニ長調に転調して、4行目までは明るい響きで曲調に変化をもたらします。テキストでは「ボートの準備が出来た」というところまでですね。

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5行目"O, komm'! jetzt, wo Lunen / noch Wolken umziehn"から元の短調の響きに戻りますが、その後で"O, komm'! jetzt"を数回繰り返す際にピアノ左手のバス音が半音ずつ上がり、歌声部のsfやクレッシェンドも相まって、主人公の気持ちの高揚感が否応なく伝わってきます。

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第2連が終わると、再び第1連の最初の4行分をほぼ同じメロディーで繰り返して、最後の"wartend(待ちながら)"をフェルマータで強調して、メランコリックな曲調のまま締めくくります。

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6/8拍子
ロ短調(h-moll)→ニ長調(D-dur)→ロ短調(h-moll)
Allegretto non troppo

●パトリック・グラール(T), ダニエル・ハイデ(P)
Patrick Grahl(T), Daniel Heide(P)

繊細で柔らかい声のグラール、最初に聞いただけでその個性に引き込まれました。テキストの主人公はここでは決して強引ではなく、今で言う優男の印象です。ハイデは今後のリート界を背負って立つピアニストになるのではと思います。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ヴォルフガング・サヴァリシュ(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Wolfgang Sawallisch(P)

心理描写を見事に表現するF=ディースカウに脱帽です。いつもはクールなサヴァリシュが間奏でテンポをかなり落とすのが珍しく感じました。暗から明への転換を表現しているのでしょうか。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

人生が集約されているかのようなプライの味わい深い歌唱に胸を打たれます。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

ディクションの美しいシュライアーで聞くと、情景がまざまざと浮かんできます。オルベルツも美しい響きです。

●ナタリ・ステュッツマン(CA), ドルトン・ボールドウィン(P)
Nathalie Stutzmann(CA), Dalton Baldwin(P)

ステュッツマンの温かみのある声が、舟歌の揺れるリズムも相まって心地よく感じられました。

●リセット・オロペサ(S), ヴラッド・イフティンカ(P)
Lisette Oropesa(S), Vlad Iftinca(P)

楽譜を見ながら聞くことが出来ます。オロペサは初めて聞きましたが、ヘンドリックスと系統が似ているように感じました。細身だけれど芯があるように感じました。

●ハンス=イェルク・マンメル(T), アルテュール・スホーンデルヴルト(Hammerklavier)
Hans-Jörg Mammel(T), Arthur Schoonderwoerd(Hammerklavier)

他の演奏よりもかなりゆっくりめのテンポでメランコリックなヴェネツィアの情景に浸っているかのようです。

●アントニー・ロルフ・ジョンソン(T), グレアム・ジョンソン(P)
Anthony Rolfe Johnson(T), Graham Johnson(P)

ロルフ・ジョンソンの爽やかな声が切ない音楽と美しく溶け合っていました。

●シューマンによる作品:ヴェネツィアの歌II, Op. 25, No. 18
Schumann: Venetianisches Lied II, Op. 25, No. 18
ブリン・ターフェル(BR), マルコム・マーティノー(P)
Bryn Terfel(BR), Malcolm Martineau(P)

シューマンはこのテキストによる歌曲を歌曲集『ミルテ(Myrthen, Op. 25)』の中に置き、メンデルスゾーンとは全く対照的な軽快で明るい曲にしています。野太い印象のターフェルの歌は船頭のイメージに合っていると思います。

●アドルフ・イェンゼンによる作品:広場を通って, Op. 50 No. 3
Adolf Jensen: Wenn durch die Piazzetta, Op. 50 No. 3
アントニー・ロルフ・ジョンソン(T), グレアム・ジョンソン(P)
Anthony Rolfe Johnson(T), Graham Johnson(P)

かなり凝った作品ですね。フランス音楽のような色彩感と茶目っ気が感じられました。歌の最後が高くあがるのは意外性があって興味深かったです。

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP (楽譜)

Thomas Moore (Wikipedia)

フェルディナント・フライリヒラート(Wikipedia)

Ferdinand Freiligrath (Wikipedia)

大井駿の「楽語にまつわるエトセトラ」その66
バルカローレ:ヴェネツィアのゴンドラで口ずさまれた歌をショパンらが芸術作品に!

ゴンドラ (船)(Wikipedia)

※ゴンドラについて大変参考になるサイトがいくつかありましたのでご紹介します。

「記録庫 ・ イタリア・絵に描ける珠玉の町・村、 そしてもろもろ!」
ゴンドラ についてのあれこれを

「新・ イタリア・絵に描ける珠玉の町・村、 そしてもろもろ!」
ゴンドリエーリ・デ・ヴェネツィア ・ ゴンドラ漕ぎ  その歴史と現在の姿

「イタリアの歴史解説 | 吉田・マリネッロ・マキ / Maki Yoshida Marinello」
ヴェネツィアのゴンドラとは何か

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アンドレ・メサジェ(1853-1929)作曲の歌劇『フォルテュニオ』(André Messager: Fortunio)全曲音源(ジャクリーヌ役:エリー・アーメリング)(1959年放送録音)

André Messager's "Fortunio" (1959)

Channel名:kadoguy(オリジナルのサイトはこちらのリンク先です:音声が出ますので注意!)

André Messager: "Fortunio"

Recording: 3 January 1959
VARA

Simon van der Geest (Fortunio)
Elly Ameling (Jacqueline)
Hans Wilbrink (Landry)
Wim Lamme (Guillaume / de Verbois)
Lydia Stappers (Madelon)
Jos Burcksen (Maître André)
Jan Derksen (Clavaroche)
Dick de Jong (Subtil)
Groot Omroepkoor
Omroeporkest
Albert Wolff (conductor)

アンドレ・メサジェ/歌劇『フォルテュニオ』

1959年1月3日録音(※動画ではbroadcast(放送日)と表示されていますが、後述の抜粋CDでは録音と書かれており、こちらのオランダ放送局の音源を保管してあるBeeld en GeluidでもRecording Information(録音情報)の欄に日付が書かれているので、録音日の可能性があります。)
放送局:VARA

スィモン・ファン・デア・ヘースト(フォルテュニオ)
エリー・アーメリング(ジャクリーヌ)
ハンス・ヴィルブリンク(ランドリ)
ヴィム・ラメ(ギョーム/ドゥ・ヴェルボワ)
リディア・スタッペルス(マドゥロン)
ヨス・ビュルクセン(アンドレ先生)
ヤン・デルクセン(クラヴァロッシュ)
ディック・ドゥ・ヨン(シュプティル)
オランダ放送大合唱団
オランダ放送管弦楽団
アルベール・ヴォルフ(指揮)

"Jan Derksen 80: Un giubileo immaginario"というオランダのバリトン歌手ヤン・デルクセンの80歳を記念してかつてリリースされた6枚組のCDに1959年1月3日録音の「フォルテュニオ」の抜粋が含まれていて、そこにエリー・アーメリングをはじめとする当時のオランダの名歌手たちが参加していました。[CD3]のトラック3~18までにあてられていて、詳細は下記の通りです(こちらのリンク先で43~58番目をクリックすると少しずつ試聴できます)。

3
Messager: Fortunio (Excerpts): Act 1 Scène 4: Ah! voici des soldats (Landry, les Bourgeois)
Hans Wilbrink(Landry), Omroepkoor, Omroeporkest, Albert Wolff(C)

4
Messager: Fortunio (Excerpts): Act 1 Or çà! nous sommes entre gens de guerre (Clavaroche, de Verbois, d'Azincourt)
Jan Derksen(Clavaroche), Omroeporkest, Albert Wolff(C)

5
Messager: Fortunio (Excerpts): Act 1 Scène 5: Ce sermon était excellent (Maître André, Jacqueline)
Jos Burcksen(Maître André), Elly Ameling(Jacqueline), Omroeporkest, Albert Wolff(C)

6
Messager: Fortunio (Excerpts): Act 1 Scène 6: Vous l'avez dit, morceau de roi! (Clavaroche, d'Azincourt, Jacqueline)
Jan Derksen(Clavaroche), Elly Ameling(Jacqueline), Omroeporkest, Albert Wolff(C)

7
Messager: Fortunio (Excerpts): Act 1 Monsieur, je suis toute confuse (Jacqueline, Clavaroche)
Elly Ameling(Jacqueline), Jan Derksen(Clavaroche), Omroeporkest, Albert Wolff(C)

8
Messager: Fortunio (Excerpts): Act 1 Scène 7: Vous voilà donc enfin (Maître André, Jacqueline, Clavaroche)
Jos Burcksen(Maître André), Elly Ameling(Jacqueline), Jan Derksen(Clavaroche), Omroeporkest, Albert Wolff(C)

9
Messager: Fortunio (Excerpts): Act 1 Que dites-vous du nom de Clavaroche? (Maître André, Jacqueline, Clavaroche)
Jos Burcksen(Maître André), Elly Ameling(Jacqueline), Jan Derksen(Clavaroche), Omroeporkest, Albert Wolff(C)

10
Messager: Fortunio (Excerpts): Act 2 Scène 2: Ah! quelle affaire! (Jacqueline, Clavaroche)
Elly Ameling(Jacqueline), Jan Derksen(Clavaroche), Omroeporkest, Albert Wolff(C)

11
Messager: Fortunio (Excerpts): Act 2 Adieu! Quand tout sourit à notre flamme! (Clavaroche, Jacqueline)
Jan Derksen(Clavaroche), Elly Ameling(Jacqueline), Omroeporkest, Albert Wolff(C)

12
Messager: Fortunio (Excerpts): Act 2 C'est un garçon de bonne mine (Clavaroche, Jacqueline)
Jan Derksen(Clavaroche), Elly Ameling(Jacqueline), Omroeporkest, Albert Wolff(C)

13
Messager: Fortunio (Excerpts): Act 2 Ah! la singulière aventure (Jacqueline, Clavaroche)
Elly Ameling(Jacqueline), Jan Derksen(Clavaroche), Omroeporkest, Albert Wolff(C)

14
Messager: Fortunio (Excerpts): Act 3 Scène 2: Par la Saint Sambreguoi! (Clavaroche)
Jan Derksen(Clavaroche), Omroeporkest, Albert Wolff(C)

15
Messager: Fortunio (Excerpts): Act 3 Scène 3: Enfin vous voilà ma charmante (Clavaroche, Jacqueline)
Jan Derksen(Clavaroche), Elly Ameling(Jacqueline), Omroeporkest, Albert Wolff(C)

16
Messager: Fortunio (Excerpts): Act 3 Scène 4: Capitaine je vous salue (Maître André, Clavaroche, Jacqueline, Fortunio)
Jos Burcksen(Maître André), Jan Derksen(Clavaroche), Elly Ameling(Jacqueline), Simon van der Geest(Fortunio), Omroeporkest, Albert Wolff(C)

17
Messager: Fortunio (Excerpts): Act 3 Côteaux brûlants (Maître André, Clavaroche, Fortunio, Jacqueline)
Jos Burcksen(Maître André), Jan Derksen(Clavaroche), Simon van der Geest(Fortunio), Elly Ameling(Jacqueline), Omroeporkest, Albert Wolff(C)

18
Messager: Fortunio (Excerpts): Act 3 Si vous croyez que je vais dire (Fortunio, Maître André, Clavaroche, Jacqueline)
Simon van der Geest(Fortunio), Jos Burcksen(Maître André), Jan Derksen(Clavaroche), Elly Ameling(Jacqueline), Omroeporkest, Albert Wolff(C)

今回アップされたのは同一音源の全曲版のようです。
リブレットの日本語対訳はインターネット上では見つからなかったのですが、フランス語のリブレットを閲覧出来るサイトがこちらのリンク先にありました。リンク先右側のPDFのリンクからダウンロードも出来るようになっています。

アーメリングはジャクリーヌ役で公証人アンドレの妻という設定です。第1幕第5場(16:25頃~)ではじめて登場します。夫のアンドレの言葉に対して数回"Oui mon ami."を繰り返します。すぐに第6場に移り、ここではジャクリーヌをものにしようとする隊長Clavarocheとの対話が続きます。次の第7場では再び夫アンドレとの対話となります。日本語のあらすじはこちら(Wikipedia)で読めます。これによるとジャクリーヌ役は既婚者でありながら数人から思いを寄せられる役でほぼ出ずっぱりのようで、準主役といってもいいと思います。

26歳直前のアーメリングがすでに芸術的に完成されていて、歌劇の表現にも優れた適性をもっていたことが分かります。おそらく演奏会形式と想像されますが、愛らしいアーメリングの歌声を聞くと、その表情まで目に浮かぶようです。

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ブラームス/二重唱曲「海」(Brahms: Die Meere, Op. 20/3)を聞く

Die Meere (Nach dem Italienischen), Op. 20/3
 海(イタリアの詩による)

Alle Winde schlafen
Auf dem Spiegel der Flut;
Kühle Schatten des Abends
Decken die Müden zu.
 すべての風は眠りにつく、
 水鏡の上で。
 夕暮れの涼しい影が
 疲れた者たちを包み込む。

Luna hängt sich Schleier
Über ihr Gesicht,
Schwebt in dämmernden Träumen
Über die Wasser hin.
 月はベールを
 彼らの顔の上にかぶせ
 黄昏の夢の中で
 水の上に浮かぶ。

Alles, alles stille
Auf dem weiten Meer!
Nur mein Herz will nimmer
Mit zur Ruhe gehn;
 みな、なにもかも静かだ、
 広大な海の上は!
 ただ私の心だけは決して
 眠ろうとしない。

In der Liebe Fluten
Treibt es her und hin,
Wo die Stürme nicht ruhen,
Bis der Nachen sinkt.
 愛の洪水に
 わが心はあちらこちらへと流される、
 そこでは嵐はやむことがない、
 小舟が沈むまで。

詩:Wilhelm Müller (1794-1827), "Die Meere", appears in Lyrische Reisen und epigrammatische Spaziergänge, in Lieder aus dem Meerbusen von Salerno 
曲:Johannes Brahms (1833-1897), "Die Meere", op. 20 (Drei Duette) no. 3 (1860), published 1862 [vocal duet for soprano and alto with piano], Bonn, N. Simrock

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今回はブラームスの非常に美しい二重唱曲を聞きたいと思います。

1858–60年に作曲され、1861年に「ソプラノ、アルトとピアノ伴奏のための3つの二重唱曲(Drei Duette für Soran und Alt mit Begleitung des Pianoforte, Op. 20)」として出版された中の3曲目が「海(Die Meere)」です。ちなみに"Die Meere"というのは"Das Meer"の複数形になります。

テキストはシューベルトの『美しい水車屋の娘』『冬の旅』でもお馴染みのヴィルヘルム・ミュラーで、『サレルノ湾の歌(Lieder aus dem Meerbusen von Salerno)』という11篇からなる詩集の2番目に置かれています。

詩の内容は海上にいる主人公の夕方から夜にかけての描写と心情が描かれています。なにもかもが眠りについた海の上の静かな光景と、一方であふれんばかりの愛のために決して落ち着かないままの主人公の心の内が対比されています。

ブラームスは6/8拍子の舟歌のスタイルで作曲しています。物悲しく流麗なメロディーはメンデルスゾーンの「ヴェネツィアの舟歌」を思い起こさせます。詩の2連、4連の各2行目最後の音節(Ge-sicht / hin)の息の長いメリスマは聞きどころの一つと言えるでしょう。

ピアノパートは舟が揺れながらゆっくり進むような左手の音形と、装飾音(プラルトリラー)のついた物憂い右手が極上の美しさで魅了されます。右手は常に2声で進み、時に歌声2声と重なり、時に歌声と離れ、ハーモニーの綾を聞かせてくれます。
詩の2連ずつを1まとまりにした有節形式ととらえることが出来ますが、詩の最後の2行(Wo die Stürme nicht ruhen,/Bis der Nachen sinkt.)だけが繰り返され、同主調のホ長調に転調し、明るい響きで歌は終わります。その後、ピアノ後奏で再びホ短調に戻り、メランコリックな雰囲気のまま曲が締めくくられます。この明暗の入れ替わりは海の上でたゆたう主人公の心の内を反映しているかのようで素晴らしいです。

ソプラノとアルトのための歌と指定されていますが、テキストの内容から男声2人によって歌われても全く問題ないと思います。

【冒頭】
Die-meere-beginning 

【最後の2行の繰り返し(ホ短調→ホ長調)とピアノ後奏(ホ長調→ホ短調)】
Die-meere-ende_20240113184101  

6/8拍子
ホ短調(e-moll)
Andante

●エディト・マティス(S), ブリギッテ・ファスベンダー(MS), カール・エンゲル(P)
Edith Mathis(S), Brigitte Fassbaender(MS), Karl Engel(P)

マティス、ファスベンダー、エンゲルの黄金トリオによる名演です!

●ユリアーネ・バンゼ(S), ブリギッテ・ファスベンダー(MS), コート・ガルベン(P)
Juliane Banse(S), Brigitte Fassbaender(MS), Cord Garben(P)

師弟によるデュエットです。バンゼの柔らかい声とそっと寄り添うファスベンダーの響きが美しいです。

●ジュリー・カウフマン(S), マリリン・シュミーゲ(MS), ドナルド・サルゼン(P)
Julie Kaufmann(S), Marilyn Schmiege(MS), Donald Sulzen(P)

女声2人の声がとても溶け合っていて美しかったです。

●チャーリー・ドラモンド(S), ジェイド・モファット(MS), ジェイムズ・ベイリュー(P)
Charlie Drummond(S), Jade Moffat(MS), James Baillieu(P)

Channel名:Independent Opera(オリジナルのサイトはこちらのリンク先:音が出ますので注意!)
2017年Wigmore Hallでのライヴ映像。実際に歌っている表情を見ながら聞くのもいいですね。ベイリューは今引く手あまたの歌曲ピアニストです。

●ピアノパートのみ(マイヤ・メリニチェンコ(P))
Brahms - Die Meere - Sopran and Alt - accompaniment
Майя Мельниченко(P)
※この動画は共有が出来ない為、こちらのリンク先からご覧ください。(音が出ますので注意!)
Channel名:Майя Мельниченко
ピアノの右手がほぼ二重唱のメロディーと一致しているので、ピアノパートだけで聞いても美しいです。

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP (楽譜)

Vermischte Schriften von Wilhelm Müller. Zweites Bändchen. Leipzig: F. A. Brockhaus, 1830 (p.104)
Lieder aus dem Meerbusen von Salerno (11篇からなる詩集。Die Meereは2番目に置かれている)
※「110ページ」のリンクをクリックして104ページまで上にスクロールすると"Die Meere"の詩が見られます。

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シューベルト/「あなたと二人きりでいると」(Schubert: Bei dir allein!, D 866/2)を聞く

Bei dir allein!, D 866/2
あなたと二人きりでいると!

Bei dir allein empfind' ich, daß ich lebe,
Daß Jugendmut mich schwellt
Daß eine heit're Welt
Der Liebe mich durchbebe;
Mich freut mein Sein
Bei dir allein!
 あなたと二人きりでいると、私は感じる、生きていることを、
 若い気力が膨らむことを、
 愛の明るい世界が
 私の全身を震わせることを。
 私はここにいることが嬉しい、
 あなたと二人きりでいると!

Bei dir allein weht mir die Luft so labend,
Dünkt mich die Flur so grün,
So mild des Lenzes Blüh'n,
So balsamreich der Abend,
So kühl der Hain,
Bei dir allein!
 あなたと二人きりでいると、風が爽快に吹いてきて
 野原はこんなに緑に見える、
 春にはとても穏やかに花咲き、
 夕暮れはよい香りで満ち溢れ、
 林はこんなにも涼しい、
 あなたと二人きりでいると!

Bei dir allein verliert der Schmerz sein Herbes,
Gewinnt die Freud an Lust!
Du sicherst meine Brust
Des angestammten Erbes;
Ich fühl' mich mein
Bei dir allein!
 あなたと二人きりでいると、苦痛はつらくなくなり、
 喜びや愉悦を得る!
 あなたは私の胸を守ってくれる、
 古来の財産である私の胸を。
 私を自分自身のものだと感じる、
 あなたと二人きりでいると!

詩:Johann Gabriel Seidl (1804-1875)
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828), "Bei dir allein!", op. 95 (Vier Refrainlieder) no. 2, D 866 no. 2 (1828?), published 1828 [ voice and piano ], Thaddäus Weigl, VN 2794, Wien

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シューベルトはザイドルの4つの詩に作曲し、『4つのリフレイン歌(Vier Refrainlieder, Op. 95)』として1828年8月13日に出版されました。作曲年については、ドイチュの目録(Franz Schubert. Thematisches Verzeichnis seiner Werke in chronologischer Folge)では1828年夏(?)と記載されていて、確定していないようです。自筆譜も4曲中第1曲のスケッチが残っているだけで、第2曲を含む他の曲は紛失してしまったそうです。その出版譜の2曲目に置かれたのが、「あなたのそばにいるだけで!(Bei dir allein!, D 866/2)」です。
ちなみに「リフレイン」というのは音楽や詩の繰り返しのことで、この4つの曲集では各連の最終行が同じ詩句になっていることを指していると思われます。この第2曲では各連最初の行も同じ詩句で始まります。

このザイドルのテキストは、手書き原稿の形でシューベルトに渡されたらしく、シューベルトの生前(1826年)に出版されたザイドルの詩集には掲載されていないそうです(ソースはこちら)。

詩の内容は、主人公があなたと一緒にいると生きていると感じ、愛の世界に身を震わせることを感じ、自然の素晴らしさを感じ、苦痛が喜びに変わると高らかに述べます。あなたというのはおそらく恋人のことなのでしょう。もちろん恋人に限らず人生において大切な家族・友人に置き換えて読んでもいいと思います。

シューベルトの曲は、冒頭の「速すぎず、だが燃えるように」という指示が示しているように、熱くたぎる急流のように情熱的に進んでいきます。全体はA-B-A'の形で、B(第2連)でホ長調(E-dur)に転調して自然に心癒される落ち着いた雰囲気に変わり、最後のA'で元の躍動感を取り戻します。聴く人をわくわくさせてくれる作品だと思います。

2/4拍子
変イ長調(As-dur)
Nicht zu geschwind, doch feurig (速すぎず、だが燃えるように)

●ヴェルナー・ギューラ(T), クリストフ・ベルナー(Fortepiano)
Werner Güra(T), Christoph Berner(Fortepiano)

喜びが爆発しているかのようなギューラとベルナーの急速なテンポ設定が聴き手をわくわくさせてくれます。

●クリスティアン・ゲアハーアー(BR), ゲロルト・フーバー(P)
Christian Gerhaher(BR), Gerold Huber(P)

ゲアハーアーのハイバリトンの声が軽快なリズムに乗っていてとても良かったです。フーバーもいいアンサンブルでした。

●クリストフ・ゲンツ(T), ヴォルフラム・リーガー(P)
Christoph Genz(T), Wolfram Rieger(P)

爽やかな声のテノール、Ch.ゲンツと、ベテランピアニストのリーガーの雄弁なピアノの緊密なアンサンブルに惹かれました。

●イアン・パートリッジ(T), ジェニファー・パートリッジ(P)
Ian Partridge(T), Jennifer Partridge(P)

イアン・パートリッジの素直で美しい歌唱に引き付けられました。また、妹のジェニファーの沸き立つようなピアノの素晴らしさは特筆すべきでしょう。

●アン・ソフィー・フォン・オッター(MS), ベンクト・フォーシュバリ(P)
Anne Sofie von Otter(MS), Bengt Forsberg(P)

オッターの安定した美声でこういう躍動的な歌を聴くのもいいなぁと思って聞いていました。フォーシュバリはテンポの揺れがなかなか激しいですが、最終的にはうまくまとめていました。

●グンドゥラ・ヤノヴィツ(S), チャールズ・スペンサー(P)
Gundula Janowitz(S), Charles Spencer(P)

ヤノヴィツのキャリア後期の録音で、肩の力の抜けた自然体の歌唱がなんとも心地よく感じられます。装飾音を除いて歌っているのもなんらかの考えがあってのことなのでしょう。

●カミラ・ティリング(S), パウル・リヴィニウス(P)
Camilla Tilling(S), Paul Rivinius(P)

ティリングのリリックな声による細やかな表情付けが素敵で、歯切れのよいリヴィニウスのピアノも良かったです。

●マティアス・ゲルネ(BR), ヘルムート・ドイチュ(P)
Matthias Goerne(BR), Helmut Deutsch(P)

ゲルネはこういう曲では重くならず、絶妙な語り口で聞かせてくれます。ドイチュも素晴らしかったです。

ちなみにエリー・アーメリング&ドルトン・ボールドウィン(Elly Ameling(S), Dalton Baldwin(P))もEtceteraレーベルにこの曲を録音していて、国内盤として発売されたこともあります。こちらのリンク先の13番目の矢印マークをクリックすると少しですが試聴できます。アーメリングの歌は成熟した女性が若い恋人を相手にしているような余裕が感じられて個人的にとても好きな演奏です。

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP (楽譜)

Schubertlied.de: Bei dir allein, D 866 Opus 95 -2

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ブラームスの「知らせ(Botschaft,op. 47 no. 1)」についてエリー・アーメリングが語った動画

エリー・アーメリング(Elly Ameling)が自身のYouTubeチャンネルで新年早々動画をあげてくれました。

"Musings on Music by Elly Ameling (日本語にすると「エリー・アーメリングによる音楽の考察」という感じでしょうか)"と題し、ブラームスの愛らしい歌曲「知らせ(Botschaft, op. 47 no. 1)」について複数の録音を聞きながらアーメリングが少しずつ解説を加えていくというものです。
彼女がどのように歌曲にアプローチし、歌う準備をしていくのかを追体験出来ると思います。
ここで使われる2種類の女声歌手の録音と、最後に流される男声歌手の録音については、アーメリングが後半で種明かしをしますので、ここでは触れないでおきます。

「私は2種類の演奏を再生しますが、誰が歌い、ピアノを弾いているかはまだ明かしません。テキストを全部聞くまでは耳と心はまだ判断をしないで下さい。
ダウマーのテキストはしばしば14世紀ペルシャの詩人ハーフィズに影響を受けています。」

Musings on Music by Elly Ameling - Brahms, Botschaft (op. 47 no. 1)

Channel名:Elly Ameling (オリジナルのサイトはこちらのリンク先です。音声が出るので注意ください!)

アーメリングの解説
1:07- 1番目の演奏(全曲)
アーメリングの解説(詩の解説)
3:59- 2番目の演奏(ピアノ前奏)
アーメリングの解説(ピアノ前奏について)
5:43- 2番目の演奏(冒頭から4行目まで)
アーメリングの解説
6:44- 2番目の演奏(第1連4行目"Eile nicht hinwegzufliehn!")
アーメリングの解説
7:36- 2番目の演奏(5行目"Tut sie dann vielleicht die Frage,")
アーメリングの解説
7:58- 2番目の演奏(5行目"Tut sie dann vielleicht die Frage,")
アーメリングの解説
8:30- 2番目の演奏(6行目"Wie es um mich Armen stehe;")
アーメリングの解説
9:10- 2番目の演奏(7行目"Sprich: »Unendlich war sein Wehe,")
アーメリングの解説(8行目"Höchst bedenklich seine Lage;"は暗い音色、次の9行目"Aber jetzo kann er hoffen,"で明るい音色)
10:06- 2番目の演奏(7行目"Sprich: »Unendlich war sein Wehe,")
アーメリングの解説
11:24- 2番目の演奏(11行目"Denn du, Holde, denkst an ihn.«")
12:38- 2番目の演奏(全曲)
アーメリングの解説(1番目と2番目の演奏者答え合わせ。次に聞く録音の演奏者について「これは男性用のテキストであることを忘れないでください」)
15:15- 男声による録音(全曲)
アーメリングの解説

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Botschaft, Op. 47 no. 1
 知らせ

Wehe, Lüftchen, lind und lieblich
Um die Wange der Geliebten,
Spiele zart in ihrer Locke,
Eile nicht hinwegzufliehn!
Tut sie dann vielleicht die Frage,
Wie es um mich Armen stehe;
Sprich: »Unendlich war sein Wehe,
Höchst bedenklich seine Lage;
Aber jetzo kann er hoffen,
Wieder herrlich aufzuleben,
Denn du, Holde, denkst an ihn.«
 そよ吹け、風よ、優しく、心地よく
 あの女性(ひと)の頬をかすめて。
 彼女の巻き毛にそっと戯れておくれ、
 急いで逃げ去ってしまっては駄目だよ!
 すると彼女はもしかしたら尋ねるかもしれない、
 かわいそうな僕がどうしているかと。
 そうしたら言っておくれ、「彼の悲しみは果てしなく続いていました。
 状況はきわめて重大です。
 でも今彼は望めます、
 再びすっかり元気を取り戻すことを。
 なぜならいとしいあなたが彼のことを気にかけてくれるからです」と。

詩:Georg Friedrich Daumer (1800-1875)
曲:Johannes Brahms (1833-1897)

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2024年もよろしくお願いいたします

いつもご訪問くださる皆様、有難うございます。コメントも嬉しく拝見しています。

昨年2023年はエリー・アーメリングの90歳記念のEloquence全集発売とオランダラジオ局のドキュメンタリー映像などの特集、イングリート・ヘブラーの93歳での逝去が大きく印象に残っています。前者ではついにPhilipsの「ドイツ・ロマン派歌曲集」「ブラームス歌曲集」等のLPがCD化されたことが嬉しかったですし、後者は80~90年代に夢中になって来日公演を追いかけていた頃の記憶が懐かしくよみがえってきました。ちなみに私はApple Musicのサブスクを聞いているのですが、23年に私が聞いた時間別のトップ5のアーティストが集計されていて、1位がアーメリング、5位がヘブラーでした。
本当はラフマニノフの生誕150年を記念して、2023年中に彼の歌曲で1つ記事を書きたかったのですが、それは今年中にやれたらいいなと思っています。

昨年は個人的なことですが職場が変わり、これまでの週3在宅から全日出勤に変わり、しばらくは記事を書く余裕もありませんでした。最近ようやくペースがつかめてきたので、こうして不定期ですが記事をアップしています。

2024年のアニバーサリーはブルックナー(生誕200年)、シェーンベルク(生誕150年)、ホルスト(生誕150年)、アイヴズ(生誕150年)、フォレ(没後100年)、プッチーニ(没後100年)などがいますので、彼らの歌曲をどこかのタイミングで取り上げるかもしれません(特にフォレの歌曲はフランス歌曲の歴史でとりわけ重要なので、何か取り上げられたらいいなと思います)。

没後5年のアーティストで歌曲ファンに馴染みの人ではジェスィー・ノーマン、ドルトン・ボールドウィン、ペーター・シュライアーなどがいます。彼らが亡くなってもう5年経つとは月日の流れは速いものです(ちなみに身内の逝去も2019年でしたので、この年は個人的に忘れられない年でした)。

2024年が皆様にとって素晴らしい年になりますようお祈りいたします。本年もよろしくお願いいたします。

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