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ブラームス/「きみは言う、僕が思い違いをしていたと(Du sprichst, daß ich mich täuschte, Op. 32, No. 6)」を聞く

Du sprichst, daß ich mich täuschte, Op. 32, No. 6
 きみは言う、僕が思い違いをしていたと

Du sprichst, daß ich mich täuschte,
Beschworst es hoch und hehr,
Ich weiß ja doch, du liebtest,
Allein du liebst nicht mehr!
 きみは言う、僕が思い違いをしていたと
 きみは神かけてそう誓った、
 きみが僕を愛していたことは僕も知っている、
 だが、今はもうきみは愛していないのだ!

Dein schönes Auge brannte,
Die Küsse brannten sehr,
Du liebtest mich, bekenn es,
Allein du liebst nicht mehr!
 きみの美しい瞳は輝いていて、
 キスはとても燃え盛っていた、
 きみが僕を愛していたことは認めるよ、
 だが、今はもうきみは愛していないのだ!

Ich zähle nicht auf neue,
Getreue Wiederkehr;
Gesteh nur, daß du liebtest,
Und liebe mich nicht mehr!
 私は当てにしていない、あらためて
 誠実に戻って来るなどということを、
 白状しておくれ、きみはかつては愛していたが、
 今はもう僕を愛していないと!

詩:August von Platen-Hallermünde (1796-1835), no title, appears in Lieder und Romanzen, first published 1819
曲:Johannes Brahms (1833-1897), "Du sprichst, daß ich mich täuschte", op. 32 (Neun Lieder und Gesänge) no. 6 (1864), published 1865 [ voice and piano ], Winterthur, Rieter-Biedermann

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ダウマーとプラーテンの詩によるブラームスの『リートとゲザング(Lieder und Gesänge)』Op. 32の6曲目はプラーテンのテキストによる「きみは言う、僕が思い違いをしていたと(Du sprichst, daß ich mich täuschte, Op. 32, No. 6)」です。

詩のリズムは弱強格(Jambus)で統一されています。ブラームスも詩のリズムに則った旋律を付けています。

主人公の恋人が昔は確かに私のことを愛していて瞳は輝き、キスも情熱的だったが、今はもう愛していないことを知っている、白状してほしいと相手に詰め寄ります。

「愛する」の過去形(du liebtest)と現在形(du liebst)の違いによって、以前は愛してくれていたのに、今はもう愛していないよね、知っているよ、と言っているわけです。
おそらくそれは事実なのでしょう。相手は否定しているのか、もしくは答えを曖昧に濁している様子です。一方で主人公は相手が今でも本当に愛していると言ってくれることを期待しているという一面も否定できないのではないでしょうか。

ブラームスの曲は変形有節形式と言ってもよさそうです。基本的に第1連の音楽が他の連でも核になっていますが、それぞれ展開していきます。第2連の最初の2行で過去の甘い思い出を語りますが、ここでは長調の響きになります。その後、すぐに短調に戻り、主人公の深刻な心情が描かれます。第3連は最終行の詩行(きみはもう愛していない)を繰り返し、歌は解決しないまま終わり、ピアノが短い後奏でクライマックスを築き「f(フォルテ)」のまま終わります。最後の右手は単音を「f」で弾くことになり、和音で飾り立てないむき出しの感情がここで表現されているように思います。最後はハ短調の主和音で終わると思いきや4小節ほど前から「ド」の音にナチュラルが付けられていて(変ホ→ホ:Es→E)、長和音で終わることになります。最後の和音だけというわけではなく、数小節にわたってドがナチュラルで半音上がっているのですが、明るい希望は一切見えず、鬱屈した感情のまま終了します。最後の小節の2番目の音はハ音(C)とニ音(D)の短2度がぶつかり、緊張感を印象づけます。
この短い後奏でどれほどのドラマを表現するかはピアニストにかかっていると思います。

ピアノパートは少なくない箇所で拍を休符で始めているのが印象的です(下の譜例赤枠)。かつて愛し合った恋人を前にして多少の躊躇を感じながら気持ちを伝えようとしているのかもしれません。前奏から歌の箇所を経て、間奏、後奏に至るまで執拗にピアノパートに現れる三連符は、主人公の心の中から消えない執着心のようなものを私はイメージしました。

Du-sprichst 

前奏や間奏の左手バス音はハ短調の根音のCの音を保続しています。相手が自分を愛していないという確信が揺るぎないものである様を表現しているのでしょうか。

前奏
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第1連
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第2連
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第3連
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後奏
Photo_20231105164301 

C (4/4拍子)
ハ短調(c-moll)
Andante con moto

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Gerald Moore(P)

若かりし頃のディースカウの甘い声で歌われる恨み節も素晴らしいです。

●クリスティアン・エルスナー(T), ブルクハルト・ケーリング(P)
Christian Elsner(T), Burkhard Kehring(P)

深みを増したテノールのエルスナーの低声部まで充実した響きに魅せられました。

●コンスタンティン・クリンメル(BR), エレーヌ・グリモー(P)
Konstantin Krimmel(BR), Hélène Grimaud(P)

クリンメルのつややかで若さあふれる美声が主人公の一途な様を彷彿とさせ、グリモーの熟したピアノが内面の激情を強く表現しています。

●ヤニナ・ベヒレ(MS), マルクス・ハドゥラ(P)
Janina Baechle(MS), Markus Hadulla(P)

ベヒレは細やかな情感表現を素晴らしく聞かせてくれて感動的でした。

●ジュリー・カウフマン(S), ドナルド・サルゼン(P)
Julie Kaufmann(S), Donald Sulzen(P)

原調による演奏。普段低く移調した演奏で聞き慣れている為、とても新鮮でした。女声が歌っても内容的に全く問題ないと思います。

●サイモン・ウォルフィッシュ(BR), エドワード・ラッシュトン(P)
Simon Wallfisch(BR), Edward Rushton(P)

ウォルフィッシュは高音で痛々しいほど生の感情をむき出しにして聞き手を主人公の内面に引きずりこみます。

●トーマス・クヴァストホフ(BR), ユストゥス・ツァイエン(P)
Thomas Quasthoff(BR), Justus Zeyen(P)

クヴァストホフは例えば第2連のクライマックスの"liebst"をあえて柔らかく歌うことで、主人公の意固地になっていた気持ちの中の迷いを表現していたように感じました。ツァイエンは雄弁な演奏でした。

●ローマン・トレーケル(BR), オリヴァー・ポール(P)
Roman Trekel(BR), Oliver Pohl(P)

リートの名手トレーケルは、各連のクライマックスでテンポを速め、全体の設計を違和感なく構築していました。

●クリストフ・プレガルディアン(T), ウルリヒ・アイゼンローア(P)
Christoph Prégardien(T), Ulrich Eisenlohr(P)

プレガルディアンはさすがにスタイリッシュな魅力がありますね。

●マティアス・ゲルネ(BR), クリストフ・エッシェンバハ(P)
Matthias Goerne(BR), Christoph Eschenbach(P)

ゲルネは思いつめたように引きずって歌っています。エッシェンバハは後奏の最後の1音までフォルテを貫いていて効果的でした。

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(参考)

The LiederNet Archive (テキスト)

IMSLP (楽譜)

Wikipedia (August von Platen-Hallermünde) (英語)

Wikipedia (August von Platen-Hallermünde) (独語)

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コメント

フランツさん、こんばんは。

阪神が悲願の日本一になり、ようやく落ち着いて来ました。
リート、ことにこのブラームスのような歌曲は、心を静めなければなかなか世界に入っていけませんでした。

ディースカウさん、若い頃はこんなに声に感情を乗せて歌っていたのですね。
ドイツリートは、恋をすれはさすらい、イタリア歌曲では奈落に落ちることがよくありますが、奈落に落ちながらも高らかに歌い上げます。
この曲においても、魂がさすらう、彷徨うさまが、絵のように浮かんできます。
感情の乗ったディースカウさんの歌は、まさに魂が彷徨っているようでした。

カウフマンのソプラノで聞くと、さらに悲しげに響きますね。切々とした歌が迫ります。
恋の悲しみには男女の差はないのでしょうね。

色々書き込んでいたのに、手が当たりコメントが消えてしまいました。
時々やってしまいます(^^;
いちぶの感想になりますが、コメント送ります。

悲しい曲ですが、美しくて心に染みますね。

投稿: 真子 | 2023年11月14日 (火曜日) 20時27分

真子さん、こんばんは。

阪神日本一おめでとうございます!!
きっと真子さん喜んでおられるだろうなぁと思っていました。
確かに野球とリートの世界とは対峙する時の気持ちが違うのでしょうね。しかもブラームスですし。

まずコメントが消えてしまった件、残念でしたね。消えた瞬間の絶望感、私も経験者なのでよく分かります。コメント欄にじかに書くと消える危険性があるので、パソコンのアクセサリーの中にあるメモ帳、あるいはWordに下書きして、コピーするのがいいかもしれません。

ご感想書き直して下さったのですね。有難うございます。
ディースカウは真子さんのおっしゃる通り若い頃は結構感情を前面に出す歌い方だったんですよね。ムーアと組み出して徐々に客観的な視点の歌を歌うようになったのではないかと思います。

ジュリー・カウフマンがこの曲を歌うとガラリと雰囲気が変わりますよね。ソプラノ歌手でなかなか聞けない曲なので、とても新鮮でした。

おっしゃるように悲しい曲ですが染みるんですよね。ブラームスの音楽は本当に胸にじわっときます。

投稿: フランツ | 2023年11月15日 (水曜日) 19時49分

フランツさん、こんばんは。

こちら関西では、関西ダービーと言うことで盛り上がりましたよ\(^o^)/

あんなを暑かったのに急に寒くなったりして、そうなると気持ちが内に向かいリートを聞きたくなりますね。

ディースカウさん、ムーアと組むまでは感情を出す演奏だったんですね。
ピアニストとは共演ですから、演奏もピアニストで変わると言われますものね。

歌う年齢、ピアニスト。一人の歌手を丁寧に聞くのもまた、リートの醍醐味ですよね。

投稿: 真子 | 2023年11月16日 (木曜日) 20時28分

真子さん、こんばんは。

関西ダービーという言葉をネットではじめて見た時は競馬用語かな?と思って調べてみたら野球用語だったのですね。関西が本拠地同士の戦いは皆さん盛り上がったことでしょうね。

確かに気温と共に聴きたくなる音楽は変わりますよね。リートを聴くのにうってつけの季節になりました!

ディースカウの最初期の「冬の旅」はクラウス・ビリングというピアニストと組んだ放送録音が残っていますが、かなり思い入れたっぷりの歌です。こういう時期を経て客観性も取り入れた歌に変化していったのだと思います。

前回真子さんが「魂が彷徨っているよう」と形容して下さったのは、ディースカウの歌に感情の揺れがあったということと感じ嬉しく拝読しました。ドイツとイタリアの恋の歌はそれぞれの国民性があらわれるんでしょうね。

投稿: フランツ | 2023年11月17日 (金曜日) 19時23分

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