ブラームス/「僕のそばを流れ去った大河(Der Strom, der neben mir verrauschte, Op. 32, No. 4)」を聞く
Der Strom, der neben mir verrauschte, Op. 32, No. 4
僕のそばを流れ去った大河
Der Strom, der neben mir verrauschte, wo ist er nun?
Der Vogel, dessen Lied ich lauschte, wo ist er nun?
Wo ist die Rose, die die Freundin am Herzen trug?
Und jener Kuß, der mich berauschte, wo ist er nun?
Und jener Mensch, der ich gewesen, und den ich längst
Mit einem andern ich vertauschte, wo ist er nun?
僕のそばを流れ去った大河は今どこに?
僕が歌に耳を澄ましたあの鳥は今どこに?
女友達が胸に挿していたあの薔薇はどこに?
そして僕をうっとりさせたあのキスは今どこに?
そしてかつての僕、とうに別人と入れ替わった
かつての僕は今どこに?
詩:August von Platen-Hallermünde (1796-1835), appears in Gedichte, in Ghaselen, no. 17, first published 1821
曲:Johannes Brahms (1833-1897), "Der Strom, der neben mir verrauschte", op. 32 (Neun Lieder und Gesänge) no. 4 (1864), published 1865 [ voice and piano ], Winterthur, Rieter-Biedermann
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ダウマーとプラーテンの詩によるブラームスの『リートとゲザング(Lieder und Gesänge)』Op. 32の4曲目はプラーテンのテキストによる「僕のそばを流れ去った大河(Der Strom, der neben mir verrauschte, Op. 32, No. 4)」です。
各行が似たフレーズで進められて展開していく通作形式で、1分強の短い作品です。
主人公はかつてあったものが今はどこに行ってしまったのかと、その失ったものを羅列して「今どこにあるのか?(wo ist er nun?)」と連呼します。そばを流れていった大河、美しい鳴き声の鳥、女友達(とはいってもFreundinという言葉は恋人ではないが大人の関係であると学生の頃に聞いた覚えがあります)の胸に挿した薔薇、恍惚とさせられたキス-それらはもう今はないわけですね。
最後にかつての僕はどこへ行った?と言うのですが、今の僕はかつての僕と入れ替わってしまったようです。
かつての僕は好きな人と一緒に川や鳥の鳴き声や愛撫を楽しんだのでしょうか。女友達(=ガールフレンド)(Freundin)という言葉が使われているので恋人になる前に終焉をむかえてしまったのかもしれません。ブラームスは曲を短調でスタートするのですが、3、4行目の女友達との思い出に言及する箇所で長調の響きに変えて、主人公が甘い記憶に一時的に浸っている様子を描いています。
ブラームスは各行の末尾に"wo ist er nun?"があることに着目して、行ごとのフレーズを少しずつ高くしていき、気持ちが高揚していくように展開していきます。
"wo ist er nun?"の音程関係について、下記の譜例に記しました。それぞれ若干の違いがあるものの"wo ist er nun?"にあてられたフレーズはいずれも「下→上→上→上→上」で共通していますね。6行目の締めの繰り返しはメリスマをなくして各音節に1音をあてています。
第6行目(最終行)の"wo ist"は、これまでと違って、ピアノパートが歌と同じ音で強調しています。ただ、歌は八分休符の後、八分音符で"wo"と歌い始めるのですが、ピアノパートは三連符の最後の音の為、厳密に言えば歌がピアノよりも少し早めに出ることになります。このへんのリズムのずれの扱いについて、ブラームス特有の記譜上の慣習がもしかしたらあるのかもしれませんが(バロック時代の記譜法や、それを引き継いだシューベルトの付点音符と三連符の扱いのように)、この部分をいろいろな演奏で聞いてみると、この箇所の歌とピアノを同時に演奏するものが結構多いことが分かります。
ただ、個人的にはブラームスが書いたままずらして演奏する方が前のめり気味に「どこだ?」と歌っているように聞こえ、焦燥感がより鮮明に浮き立ってくるのではないかと思います。
一方、歌とピアノを同時に演奏する場合、fz(フォルツァンド)の効果が出て、音量的な効果は出ると思います。速いテンポなので、同時の方が演奏しやすいという面もありそうです。
このあたりは演奏家の解釈次第なのでしょうね。
C (4/4拍子)
嬰ハ短調(cis-moll)
Moderato, ma agitato
●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ダニエル・バレンボイム(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Daniel Barenboim(P)
ディースカウはOp.32の中の数曲をリサイタルで頻繁に取り上げていましたが、この曲もレパートリーに入っていて、私も彼の放送録音でこの作品をはじめて知りました。主人公の過去のよき時代を懐かしむ感じが円熟期のディースカウによって表現されていました。切り込みの鋭いバレンボイムも素晴らしいです。"wo"は歌とピアノでずらしていましたが、3回目はほぼ同じタイミングのように聞こえました。ずらした良さが感じられるいい演奏でした。
●クリストフ・プレガルディアン(T), ウルリヒ・アイゼンローア(P)
Christoph Prégardien(T), Ulrich Eisenlohr(P)
プレガルディアンは語り部のようにすっきりと、しかし情熱をもって歌っていて良かったです。アイゼンローアもドラマティックに演奏していました。
●ヤニナ・ベヒレ(MS), マルクス・ハドゥラ(P)
Janina Baechle(MS), Markus Hadulla(P)
ベヒラの豊かで包み込むような声の響きが心地よく、この曲の魅力を引き出していたと思います。"wo ist"の歌の表情がとても印象的でした。ベテランのハドゥラも良かったです。
●トーマス・クヴァストホフ(BR), ユストゥス・ツァイエン(P)
Thomas Quasthoff(BR), Justus Zeyen(P)
クヴァストホフはブラームスの音価をしっかり守り、激しい作品でも丁寧に表現しているのが伝わってきます。
●アンドレアス・シュミット(BR), ヘルムート・ドイチュ(P)
Andreas Schmidt(BR), Helmut Deutsch(P)
シュミットはゆっくりめのテンポでブラームスの旋律線を丁寧に歌っていました。ドイチュの細部にまで行き届いたピアノは勢い任せにならず、ブラームスの音をじっくり聞かせてくれます。上述した"wo"を歌とピアノでずらして演奏した例です。このテンポだから可能なのかもしれませんが、ずらすことによるメリットは大きいと思います。
●コンスタンティン・クリンメル(BR), エレーヌ・グリモー(P)
Konstantin Krimmel(BR), Hélène Grimaud(P)
ここではグリモーが主導権を握り、その推進力にのって若いクリンメルを導いていたように感じます。"wo"のずれは最初は明らかにずらしていますが、2回目、3回目は自然な流れで一致して聞こえました。どちらかに統一しないこういう解釈もいいなと思いました。
●マルティン・ヘンゼル(BR), ヘダイエット・ヨナス・ジェディカー(P)
Martin Hensel(BR), Hedayet Jonas Djeddikar(P)
他の多くの演奏に比べるとゆっくりめに聞こえますが、ブラームスの指定はModerato, ma agitato(中庸のテンポで、しかし激して)なので、指示に忠実に従った演奏と言えると思います。歌、ピアノともに楽譜に真摯に向き合っている感じがして好感が持てました。
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(参考)
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