シューベルト/子守歌(Schubert: Wiegenlied, D 498)を聞く
Wiegenlied, D 498
子守歌
Schlafe, schlafe, holder, süßer Knabe,
Leise wiegt dich deiner Mutter Hand;
Sanfte Ruhe, milde Labe
Bringt dir schwebend dieses Wiegenband.
お眠り、お眠り、いとしい可愛い坊や、
お母さんが手でそっと揺らしてあげるよ。
あなたは安らかに休んで、穏やかに元気を回復するのよ、
この揺り籠のベルトに揺らされてね。
Schlafe, schlafe in dem süßen Grabe,
Noch beschützt dich deiner Mutter Arm.
Alle Wünsche, alle Habe
Faßt sie liebend, alle liebewarm.
お眠り、お眠り、甘きお墓の中で、
お母さんの腕であなたを守ってあげる。
望むもの全部、持ち物全部を
お母さんが愛情こめてみんな捕まえておいてあげるわ。
Schlafe, schlafe in der Flaumen Schoße,
Noch umtönt dich lauter Liebeston;
Eine Lilie, eine Rose,
Nach dem Schlafe werd' sie dir zum Lohn.
お眠り、お眠り、綿毛にくるまれて、
まだあなたのまわりで大きな愛の音が鳴っているよ、
一輪の百合と薔薇が
眠りから覚めたらあなたのご褒美となるのよ。
詩:Anonymous, sometimes misattributed to Matthias Claudius (1740-1815)
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828), "Wiegenlied", op. 98 (Drei Lieder) no. 2, D 498 (1816), published 1829
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世界中にあまたの「子守歌」がありますが、とりわけモーツァルト(実際には別人の作曲)、ブラームスと並んで知られているのがシューベルトの子守歌でしょう。
とはいえシューベルトだけでも「子守歌」を複数作曲していますので、ここではD 498の「子守歌」を扱いたいと思います。
3節からなるテキストの作者として、初版楽譜にはクラウディウスの名前が挙げられていますが、クラウディウスの作品中には見当たらず、現在にいたるまで特定されていないようです。
グレアム・ジョンソン(Graham Johnson)はこのテキストの第2節に「墓(Grabe)」という単語が使われていることに注目し、「当時幼児の死は日常茶飯事でした」と記しています。成人しないまま亡くなる乳幼児の多かった中、生きているその瞬間に母親としての愛情を注ごうという気持ちがあらわれているのかもしれません。
シューベルトはこの曲を1816年11月に作曲しました(19歳)。トニックとドミナントが交互にあらわれる平明な音楽で、子供をゆったりと眠りに誘うのにうってつけと言えるのではないでしょうか。
当時の雑誌に楽譜の出版情報が掲載されています(Österreichische Nationalbibliothek)。
【初版】(Op. 98, No. 2: Ant. Diabelli und Comp., Wien [1829])
Langsam (ゆっくりと)
C (4/4拍子)
変イ長調(As-dur)
●エリー・アーメリング(S), ドルトン・ボールドウィン(P)
Elly Ameling(S), Dalton Baldwin(P)
1982年録音。まさに理想の歌声!
●アンゲリカ・キルヒシュラーガー(MS), ヘルムート・ドイチュ(P)
Angelika Kirchschlager(MS), Helmut Deutsch(P)
キルヒシュラーガーの素直なメゾの響きは子供を慈しむ母親感がよく出ていると思います。
●グンドゥラ・ヤノヴィツ(S), アーウィン・ゲイジ(P)
Gundula Janowitz(S), Irwin Gage(P)
ヤノヴィツの芯のある響きはどこか高貴な家柄の母親のようなイメージが浮かんできます。ゲイジが第2節でバス音を強調しているのはテキストに現れる「墓(Grabe)」という言葉を反映しているのでしょうか。
●アナ・ルツィア・リヒター(MS), アミール・ブシャケヴィツ(P)
Anna Lucia Richter(MS), Ammiel Bushakevitz(P)
現役で活躍中の演奏家による映像です。ソプラノからメゾに転向したというリヒターは確かに声に深みがあり、母性を感じさせます。それと同時に眠りと死の近親性も暗示するような歌いぶりに感じられました。ピアニストのブシャケヴィツが面白い試みをしています。徐々にオクターブ上げていき、トイピアノのような響きで締めくくっています。おそらく作曲当時もこのような類のアレンジはされていたのでしょう。
●リタ・シュトライヒ(S), エリク・ヴェルバ(P)
Rita Streich(S), Erik Werba(P)
オペラでは華やかなコロラトゥーラを聞かせるシュトライヒも、一方でこんな可憐な歌を聞かせてくれます。
●三浦 環(S), アルド・フランケッティ(P)
Tamaki Miura(S), Aldo Franchetti(P)
1922年録音。往年の日本のプリマドンナ三浦 環もこの曲を録音していました。ここで歌っている有名な日本語歌詞は内藤濯(ないとう あろう)という人の訳だそうです(こちらのサイト(「世界の民謡・童謡」様)に詳しい解説があります)。
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(参照)
The LiederNet Archive: Wiegenlied
IMSLP (International Music Score Library Project): Wiegenlied, D.498 (Schubert, Franz)
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コメント
フランツさん、こんにちは。
芸術の秋と言いたいですが、なかなか秋が来ない今年ですね。
歌詞の中にある、墓。
子守唄に似付かわしくないけれど、当時は乳幼児の死亡率も高く、切実な気持ちが込められているんですね。
一番の歌詞からすると、愛しい坊やは病気なのでしょうか。
そして、二番の歌詞は坊やは残念ながらお墓のなかに。天国へ旅立ってしまった。
三番の歌詞の百合や薔薇はマリア様を表していると思われますので、愛しい我が子が、天の国にて目を覚ました。
愛の音、神の声により。
と、私はこの詩を読みました。
恥ずかしながら、有名な曲なのに、初めてきちんと詩を読みました。
私のこの詩の読み方が正しいかどうかわかりませんが、悲しいことではあるけれど、最後に希望がある。死が死で終わらないことを歌っているとも言えます。この詩の背景にキリスト教的な考えがあれば、ですが。
そう思うとシューベルトのメロディの優しさ甘さが、この詩についたのもうなづけます。
アメリングの温かく澄んだ声は、坊やの母でもあり、聖母マリア様でもあるように思いました。
投稿: 真子 | 2023年9月20日 (水曜日) 15時21分
真子さん、こんばんは。
まだまだ残暑厳しい毎日ですね。
この曲、音楽だけ聴いていれば優しい子守歌なのですが、テキストに「墓」という言葉が唐突に現れるのを知ってしまうと別の意味を帯びているようにも思えてきますね。
真子さんの解釈、興味深く拝見しました。真子さんの見方はこのテキストの一つの解釈として充分説得力があるように思いました。この子供が残念ながら亡くなってしまったとしても目が覚めたら天国で花に囲まれているというのは希望がありますね。百合や薔薇は「報酬、褒美(Lohn)」だと書かれているので、子供は最後は幸せなところで休んでいるのかもしれませんね。
このテキストが誰によってどういう経緯で書かれたのか今にいたるまで不明であるというのもミステリアスで、いろんな解釈を許容してくれるのだと思います。
アーメリングの包容力のある歌いぶりは聖母マリア様の視点もあるのかもしれませんね。
投稿: フランツ | 2023年9月20日 (水曜日) 23時50分