シューベルト/ムーサの息子(ミューズの子)(Der Musensohn, D 764)
Der Musensohn, D 764
ムーサの息子(ミューズの子)
Durch Feld und Wald zu schweifen,
Mein Liedchen wegzupfeifen,
So gehts von Ort zu Ort!
Und nach dem Takte reget,
Und nach dem Maß beweget
Sich alles an mir fort.
野や森を超えてさすらい、
僕の歌を口笛で吹きながら
あちこちと歩いていく!
拍子を取って進み、
僕の歩幅で動くんだ、
僕のそばを通り過ぎるものはみんな。
Ich kann sie kaum erwarten,
Die erste Blum' im Garten,
Die erste Blüt' am Baum.
Sie grüßen meine Lieder,
Und kommt der Winter wieder,
Sing' ich noch jenen Traum.
僕はほとんど待ちきれないぐらいだ、
庭に最初に咲く花や、
木に最初に開く花がね。
それらに僕の歌が挨拶し、
また冬がやってくると、
僕はまだあの夢を歌っているというわけ。
Ich sing' ihn in der Weite,
Auf Eises Läng' und Breite,
Da blüht der Winter schön!
Auch diese Blüte schwindet,
Und neue Freude findet
Sich auf bebauten Höhn.
僕は彼方で歌う、
長く広がる氷の上で、
そこは冬が美しく花開いている!
この花が消えても
新たな喜びが
耕された丘の上に見つかるんだ。
Denn wie ich bei der Linde
Das junge Völkchen finde,
Sogleich erreg' ich sie.
Der stumpfe Bursche bläht sich,
Das steife Mädchen dreht sich
Nach meiner Melodie.
というのも、僕がシナノキのそばで
若い連中を見つけるやいなや
彼らを掻き立てるのさ、
さえない兄(あん)ちゃんはいきり出し、
ぎこちない娘はぐるぐる回る、
僕のメロディーに合わせて。
Ihr gebt den Sohlen Flügel
Und treibt, durch Thal und Hügel,
Den Liebling weit von Haus.
Ihr lieben holden Musen,
Wann ruh' ich ihr am Busen
Auch endlich wieder aus?
あなたがたはこの足裏に翼を授け、
谷や丘を渡るように
お気に入りの僕を家からはるばる引きずり出す。
いとしいムーサたちよ、
僕があの娘(こ)の胸で
ようやくまた休めるのはいつになるのだろう。
詩:Johann Wolfgang von Goethe (1749-1832), "Der Musensohn", written 1774, first published 1800
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828), "Der Musensohn", op. 92 (Drei Lieder) no. 1, D 764 (1822), published 1828 [ voice, piano ], M. J. Leidesdorf, VN 1014, Wien
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シューベルトの歌曲の中でもとりわけ人気の高い「ミューズの子(ムーサの息子)D764, Op. 92-1」は、ヨーハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテのテキストに1822年12月に作曲されました。A-B-A-B-Aの簡潔な形式ですが、一番最後のAの締めくくり「あの娘(こ)の胸でようやくまた休めるのはいつ?」の「胸(Busen)」でリタルダンドが指示されているのが後ろ髪を引かれるような感じで印象的です。この部分をどのように歌い演奏するかも聴きどころの一つではないでしょうか。Aのト長調とBのロ長調が交互に現れるのですが長3度上下という遠い関係の転調(シューベルトはこの長3度の転調を好んだようです)ですが、歌声部の開始音がどちらもH音で、雰囲気ががらっと変わりながらも自然につながっていくところが素晴らしいと思います。
シューベルトの歌曲について、詩、曲それぞれの成立状況やオリジナルの資料へのリンクの他、サイト用に録音された演奏も聞けるようにしている"Schubertlied.de"というサイトの情報の充実ぶりは驚きです!シューベルト歌曲ファンの方はぜひご覧ください(トップページはこちら、「ムーサの息子」はこちら)。
『ゲーテ全集 1』(新装普及版)(2003年 潮出版社)の訳者山口四郎氏の解説によれば、ゲーテの詩の成立は「1774年頃の作とする説もあるが、大方は1799年11月よりあまり早くない時期としている」とのことで、習熟度からして若い頃の作品ではないと指摘されています。わくわくするようなリズムが感じられますね。
ちなみにムーサというのはWikipediaによれば「技芸・文芸・学術・音楽・舞踏などを司るギリシア神話の女神」とのことで、複数います。その息子(Musensohn)はドイツ語で「詩人(Dichter)」を意味するそうです(DUDEN)。このゲーテの詩は、母親のムーサに翼を与えられた息子(詩人)が、あちこち野山を駆け巡り、歌声で周りのあらゆるものを活気づけるという内容です。
古今東西の歌曲歌手たちが録音していますが、マティス、ボニーのような歌曲の女神たちが録音していないのが残念です。テキストから男声用の作品と判断したからかもしれませんね。オッターは今のところスタジオ録音は残していませんが、動画サイトにライヴ映像がアップされています。興味のある方は検索してみて下さい。
●第1稿
変イ長調(As-dur)
6/8拍子
Ziemlich lebhaft (かなり生き生きと)
●第2稿
ト長調(G-dur)
6/8拍子
Ziemlich lebhaft (かなり生き生きと)
●詩の朗読(speaker: Susanna Proskura)
Schubert, Der Musensohn, pronunciation
●ヘルマン・プライ(BR), カール・エンゲル(P)
Hermann Prey(BR), Karl Engel(P)
この曲はプライの為にあると言ってもいいぐらいです!野山を駆け巡る天真爛漫な少年像にぴったりで絶品です。エンゲルのリズムに乗った演奏もとても良かったです。
●フリッツ・ヴンダーリヒ(T), フーベルト・ギーゼン(P)
Fritz Wunderlich(T), Hubert Giesen(P)
ヴンダーリヒの輝かしい甘い美声はただただ魅力的です!
●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)
シュライアーの歯切れの良さが爽快です。オルベルツも出たり引っ込んだりのタイミングが絶妙です!
●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Gerald Moore(P)
ディースカウは比較的抑えたテンポで美しいディクションを聞かせています。ムーアの変幻自在な表現力の多彩さに舌を巻きます。
●マティアス・ゲルネ(BR), エリク・シュナイダー(P)
Matthias Goerne(BR), Eric Schneider(P)
ゲルネはアンドレアス・ヘフリガーとの録音(DECCA)に続き、2回目の録音です(Harmonia mundi)。速めのテンポで表情を付けながらリズミカルに歌うゲルネの歌は素晴らしかったです。ゲルネの動きを想像しながら聞いていました。シュナイダーも軽快で見事でした。
●クリスティアン・ゲアハーアー(BR), ゲロルト・フーバー(P)
Christian Gerhaher(BR), Gerold Huber(P)
ゲアハーアーは端正かつ軽快な歌唱です。
●ダニエル・ベーレ(T), オリヴァー・シュニーダー(P)
Daniel Behle(T), Oliver Schnyder(P)
現役世代のドイツのリート歌手ベーレの歌は、言葉さばきが巧みで、シュニーダーのピアノと共にうきうきするような演奏でした。
●イアン・ボストリッジ(T), ジュリアス・ドレイク(P)
Ian Bostridge(T), Julius Drake(P)
ボストリッジの軽やかな声は、翼を得て重力から解放されたさまをイメージさせてくれます。ドレイクも歌手を知り尽くした演奏でした。
●ヨナス・カウフマン(T), ヘルムート・ドイチュ(P)
Jonas Kaufmann(T), Helmut Deutsch(P)
Grafenegg-Festival 2020のライヴ映像。この曲を歌うカウフマンはテノールらしい高音を響かせていて、彼のキャラクターに合った曲だと思います。
●エリー・アーメリング(S), ルドルフ・ヤンセン(P)
Elly Ameling(S), Rudolf Jansen(P)
円熟期(1984年)のアーメリングによる細やかな語り口が味わえます。ヤンセンの雄弁なピアノも良かったです。
●キャスリーン・フェリア(CA), フィリス・スパー(P)
Kathleen Ferrier(CA), Phyllis Spurr(P)
イギリスの往年の名コントラルト、フェリアの人肌を感じさせる歌声はなんともチャーミングです。
●ジェスィー・ノーマン(S), フィリップ・モル(P)
Jessye Norman(S), Phillip Moll(P)
ノーマンは強靭な曲だけでなく、このような軽快な作品でも言葉のイメージを細やかに表現していて素晴らしいです。モルのすっきりとした演奏ぶりも良いです。
●ハンス・ホッター(BSBR), マルセル・ドリュアール(P)
Hans Hotter(BSBR), Marcel Druart(P)
1959年6月21日, INR(ベルギー国営放送研究所)録画。ホッター(1909.1.19-2003.12.6)がちょうど50歳の時の映像。温かみのある声と巧みなテキストへの反応が感じられました。
●ハンス・ホッター(BSBR), ヘルムート・ドイチュ(P)
Hans Hotter(BSBR), Helmut Deutsch(P)
Hans Hotter sings Schubert's "Der Musensohn" at age 78!
上記の映像の28年後の貴重な映像!ホッターは若かりし頃から老成した響きを聞かせていた為か、80代近くになっても違和感なくこの曲の軽やかさが感じられ素晴らしいです。ドイチュの著書の序文に寄稿したホッターは、ドイチュと共演する機会が残念ながらなかったと書いていたので、この映像はレアなものなのでしょう。
●ピアノパートのみ(Giorgia Turchi(P))
Piano accompaniment (Karaoke + score)
チャンネル名:Giorgia Turchi(リンク先は音声が流れます)
●ライヒャルト(Johann Friedrich Reichardt: 1752-1814)作曲:ムーサの息子(Der Musensohn)
木村能里子(S), クリストフ・トイスナー(GT)
Norico Kimura(S), Christoph Theusner(GT)
ゲーテお気に入りの作曲家ライヒャルトによる歌曲はギター伴奏の素朴で愛らしい作品です。木村さんは一点の曇りもない晴れやかな歌唱で魅力的ですね。
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(参考)
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