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江崎皓介ピアノリサイタル「ラフマニノフ生誕150周年プログラム」(2023年5月28日 大泉学園ゆめりあホール)

江崎皓介ピアノリサイタル「ラフマニノフ生誕150周年プログラム」
Koosuke Ezaki Piano Recital

2023年5月28日(日)14:30 大泉学園ゆめりあホール (自由席)

ラフマニノフ
S.Rakhmaninov

幻想的小品集 前奏曲 "鐘" Op.3-2 嬰ハ短調

東洋のスケッチ 変ロ長調

楽興の時 Op.16

~休憩~

リラの花 Op.21-5 変イ長調

ひなぎく Op.38-3 ヘ長調

断片 変イ長調

ピアノ・ソナタ第2番Op.36 変ロ短調 (1913年版)

●アンコール

ショパン:ワルツ第7番嬰ハ短調Op.64-2

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14番「月光」Op.27-2~第2楽章Allegretto

ショパン:ワルツ第6番変ニ長調 Op.64-1「小犬のワルツ」

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毎年恒例の江崎皓介氏のピアノリサイタルを聞いてきました。
今回の場所は大泉学園ゆめりあホールで、調べたところ以前にこのホールに来たのは11年前でした。
これまで聞かせていただいた江崎氏のコンサートはサロン風の場所が多く、シューボックスタイプの本格的な音楽ホールで聴くのははじめてかもしれません。
とてもきれいな響きのホールで、江崎氏の演奏を堪能してきました。

今年がラフマニノフの生誕150周年にあたるということで、オールラフマニノフプログラムでした。
前半は「楽興の時」、後半はピアノ・ソナタ第2番のオリジナルバージョンをメインに置き、その前にいくつかの魅力的な小品が演奏されました。
冒頭の前奏曲「鐘」は特によく知られている作品ですが、江崎氏の演奏は最初から説得力に富んだものでした。江崎氏はおおげさな素振りやこれみよがしなパフォーマンスには決して走ることがなく、演奏そのもので聞き手の心をつかむピアニストです。音への誠実で繊細なアプローチが感じられた素敵な時間でした。

「楽興の時」というタイトルはおそらくシューベルトの同名のタイトルにあやかっているのでしょうが、曲数こそシューベルトと同じ6曲構成ながら、音楽の性格は当然全く異なります。シューベルトの前期ロマン派の素朴な美しさに比べると、ラフマニノフの方はもっと濃厚で甘美でロシアの底深い哀愁も帯びています。それらを1曲1曲江崎氏の優れた演奏で味わっていると、ラフマニノフの作品はロシアの大地で育った者ならではと実感しました。

休憩後、最初の2曲はラフマニノフ自身の歌曲のピアノ独奏用編曲です。とりわけ「リラの花」は彼の歌曲の中でも比較的よく歌われると思います。シューベルトの歌曲なども編曲している彼が、自作の歌曲も編曲しているのは、その出来ばえに自信があったのでしょうし、おそらくピアノファンにも知ってもらいたいという気持ちの表れなのではないかと思いました。江崎氏自身の解釈も配布されたプログラムノートに記載されていて興味深かったです。

詩の内容は下記サイト(「詩と音楽」)で藤井宏行さんが公開されています。
リラの花
ひなぎく

「リラの花」は劇的なパッセージも盛り込んで華やかさも加えていますが、「ひなぎく」は原曲に忠実な印象を受けました。
どちらも花に寄せて詩人の気持ちを吐露するという慎ましやかな作品です。この日演奏された「東洋のスケッチ」や「断片」なども含めた小品の簡潔な美しさは、彼のコンチェルトなどの華やかさとはまた異なる魅力があると思います。

最後に演奏されたピアノソナタ第2番は最初に発表された版によって演奏されました。ラフマニノフ自身が演奏した当時評判が芳しくなかったとのことで、14年後の1931年に改訂版を発表するのですが、ホロヴィッツは作曲家公認のもと、両者を融合させた別バージョンで演奏していたそうです。

江崎氏はドラマティックなパッセージから繊細な響きまで自由自在になんの違和感もなく見事に聞かせてくれました。きっと演奏者には相当のスタミナが求められるのではないでしょうか。1913年版のどこが当時不評だったのか私には分かりませんが、当時の聴衆と現代の我々の音楽環境の違いは作品の受容になんらかの影響を及ぼしていたのかもしれません。第2楽章の途中に極めて美しい惹きつけられる部分があり、そこはラフマニノフならではと感じました。

アンコールで弾かれたショパンの2つのワルツは以前のコンサートでも聞かせていただいたことがありますが、特に第7番のフレーズの変化に富んだ浮き立たせ方は出色でした。ある時は主旋律を、別の個所では弱拍のバスを強調し、メランコリックな著名作品にまだまだ新しい魅力がひそんでいることをまざまざと感じました。
「月光」の2楽章を単独でアンコールで聞いたのは今回が初めての体験でしたが、強調するリズムの右手と左手のずれという意味でショパンのワルツ第7番と共通するものを感じました(こちらはベートーヴェン自身の指示によるものですが)。

これだけ見事な演奏をホールの美しい響きで味わえるというのはなんとも贅沢な時間でした。
アニバーサリーの作曲家に対する深いリスペクトが感じられる江崎氏の姿勢と、作品の奥底に迫ろうという気持ちの詰まった充実した演奏は素晴らしかったです。コンサートに向けてどれだけの準備をされてきたのかを思うと頭が下がります。
さらに多くの人に聞いていただきたいピアニストです。

ちらしはこちら

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