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ベートーヴェン「田園カンタータ(Cantata campestre, WoO 103)」

Cantata campestre, WoO 103
 田園カンタータ

1.
Un lieto brindisi,
Tutti a Giovanni
Cantiam così.

2.
Viva lunghi anni
Sempre felici
Utile al mondo,
Caro agli amici,
Nuovo Esculapio
Dei nostri dì!

3.
Viva Giovanni!
Viva, ed al solito
Febbri e malanni
Segua a sanar.

4.
Viva lunghi anni
Sempre felici
Utile al mondo,
Caro agli amici,
Nuovo Esculapio
Dei nostri dì!

5.
Viva Giovanni!
Viva ed il tempo
Sospenda i vanni,
E sì bei giorni
Tardi a troncar.

6.
Viva lunghi anni
Sempre felici
Utile al mondo,
Caro agli amici,
Nuovo Esculapio
Dei nostri dì!

詩:Clemente Bondi (1742-1821)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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ソプラノ、2声のテノール、バスとピアノの為のカンタータ「田園カンタータ(Cantata campestre, WoO 103)」は、宮廷図書館員クレメンテ・ボンディのイタリア語のテキストに1814年に作曲されました。
平野昭氏の解説によれば「1806年からベートーヴェンのかかりつけの医師のひとりで、友人でもあったヨゼフ・フォン・ベルトリーニ(1784~1861)が、1814年に彼の恩師である医師ヨハン(イタリア名ジョヴァンニ)・マルファッティ(1775~1859)の霊名祝日のお祝いとして、ボンディにイタリア語の詩を、ベートーヴェンに作曲を依頼したもの」とのことです。ちなみに霊名祝日というのは、カトリック教会の伝統において洗礼を受けた信者の洗礼名の聖人の祝い日(記念日)のことだそうです(Wikipediaより)。この医師ジョヴァンニのドイツ語名ヨハンに該当する聖人はヨハネで、その霊名祝日の6月24日(Wikipedia)にマルファッティ邸で演奏されたようです。

●以下は英訳なども参照にした試訳です。正確ではありませんので、あくまで大意をつかむ程度にして下さい。

1.
愉快に乾杯、
みんなでジョヴァンニに
このように歌おう。

2.
彼が長生きして
ずっと幸せで
世界の役に立ち、
友人たちにとって大切な存在でありますように、
我らの時代の
新しい※アスクレーピオスよ!

3.
ジョヴァンニ万歳!
彼が長生きして、いつものように
発熱や病気を
治療しに行きますように。

4.
彼が長生きして
ずっと幸せで
世界の役に立ち、
友人たちにとって大切な存在でありますように、
我らの時代の
新しいアスクレーピオスよ!

5.
ジョヴァンニ万歳!
彼が長生きしますように、そして時が
翼の動きを止めて
こんな良き日々を
打ち切るのが遅くなりますように!

6.
彼が長生きして
ずっと幸せで
世界の役に立ち、
友人たちにとって大切な存在でありますように、
我らの時代の
新しいアスクレーピオスよ!

(※アスクレーピオス:ギリシャ神話の名医。薬方の神)

英訳:Beethoven: Secular Vocal Works (NAXOS) - Booklet

1945年にWinterthurのVerlag der Literarischen Vereinigungから初版が出版された時はドイツ語の歌詞のみが付されていて、解説をWilly Hessが書いていました。
1974年にLeipzigのVEB Deutscher Verlag für Musik社からようやくイタリア語歌詞版がはじめて出版されます。Harry Goldschmidtの"Die Erscheinung Beethoven"という論文の中に掲載され、楽譜の後にはドイツ語歌詞もまとめて記載されています。
オリジナルのイタリア語歌詞よりもドイツ語歌詞版が先に出版されたというのは不思議な気がしますが、機会作品ゆえに作曲されてから100年以上経ってようやく日の目を見たということになるのでしょう。

ちなみにドイツ語のテキストも下記に記しておきます。

Johannisfeier
begehn wir heute!
Wie sonst es war,
sei's heute auch!

Freudig erhebt euch,
liebe Leute,
leert das Glas
nach altem Brauch!

Wir wissen schon, wem
man heute trinkt!
Auf! leert das Glas
nach altem Brauch!
Wir wissen schon, wem
man heute trinkt!
Freudig erhebt euch,
liebe Leute,
auf leert das Glas!

Bei uns geborgen,
laß ab von Sorgen,
Freude dir winkt!
Tausend Gebete
schweben dankbar
aus allen Herzen,
die du zum Leben
einst auferweckt.

Trost bringst du den Armen,
Hilfst ihnen gern;
wo die Hoffnung schon fern,
spendest du Erbarmen.
Retter du der Kranken!
Sieh uns verzagt!
Würdig zu danken,
bebend von uns
niemand wagt.
Dir, Johannes,
Dank die Nachwelt sagt!

6/8拍子(1小節) - 2/4拍子(50小節) - 6/8拍子(97小節)
変ロ長調(B-dur) - ト長調(G-dur) - 変ロ長調(B-dur) - 変ホ長調(Es-dur) - 変ロ長調(B-dur)
Allegro(1小節) - Adagio(50小節) - Tempo primo(97小節)
※曲の最後に"Dal Segno al Fine(セーニョ記号に戻ってフィーネ(Fine)まで)"と記載あり(13小節に戻って33小節まで演奏して終える)

●カントゥス・ノヴス・ヴィーン, ディアナ・フックス(P), トマス・ホームズ(Musical Director)
Cantus Novus Wien, Diána Fuchs(P), Thomas Holmes(Musical Director)

イタリア語版です。合唱で歌われています。聞いた感じだとテノールⅠをアルトが歌っているようです(混声四部合唱ですね)。ハーモニーが美しく響いていて良いですね。

●バルバラ・エミラ・シェーデル(S), ダニエル・シュライバー(T), ライナー・テーテンベルク(T), ミヒャエル・ヴァーグナー(P)
Barbara Emilia Schedel(S), Daniel Schreiber(T), Rainer Tetenberg(T),
Michael Wagner(P)

ドイツ語版で歌われています。各声部1人ずつの重唱による演奏です。生き生きとした活気に満ちた演奏で、聞いていて楽しくなります。

●スイス・イタリア語放送合唱団, アンドレア・マルコン(P), ディエゴ・ファソリス(C)
Coro della Radio Svizzera, Andrea Marcon(P), Diego Fasolis(C)

ドイツ語版です。合唱で歌われています。こちらの合唱団も活気にあふれていました。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

「田園カンタータ《楽しい乾杯の歌》」——かかりつけ医師の依頼で書かれたイタリア語作品(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第8巻』:1999年10月11日第1刷 講談社(「田園カンタータ WoO 103」の解説:藤本一子)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(「田園カンタータ WoO 103 (Hess 127)」の解説:藤本一子、小林宗生)

Clemente Bondi (Wikipedia (伊語))

Clemente Bondi (Wikipedia (英語))

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シューマン「レクイエム(Requiem, Op. 90, No. 7)」(『ニコラウス・レーナウの6つの詩と、レクイエム(Sechs Gedichte von Nikolaus Lenau und Requiem, Op. 90)』より)

Requiem, Op. 90, No. 7
 レクイエム

Ruh' von schmerzensreichen Mühen
Aus und heißem Liebesglühen;
Der nach seligem Verein
Trug Verlangen,
Ist gegangen
Zu des Heilands Wohnung ein.
 苦痛だらけの労苦や
 熱い愛の炎から休みたまえ、
 至福の結合を
 願った人は
 行ってしまった、
 救世主の住処の中へと。

Dem Gerechten leuchten helle
Sterne in des Grabes Zelle,
Ihm, der selbst als Stern der Nacht
Wird erscheinen,
Wenn er seinen
Herrn erschaut im Himmelspracht.
 正しき者には明るい
 星が墓の中に差し込む、
 彼は自身が夜の星として
 姿を現すだろう、
 彼が
 主を天の壮麗さの中に見つけると。

Seid Fürsprecher, heil'ge Seelen,
Heil'ger Geist, laß Trost nicht fehlen;
Hörst du? Jubelsang erklingt,
Feiertöne,
[Darein]1 die schöne
Engelsharfe [singt]2:
 代弁者となっておくれ、聖なる魂たちよ、
 聖霊よ、慰めを欠かさないでくれ、
 聞こえているか?歓喜の歌が響き、
 祭りの音に合わせて、
 美しい
 天使の竪琴が歌っている。

Ruh' von schmerzensreichen Mühen
Aus und heißem Liebesglühen;
Der nach seligem Verein
Trug Verlangen,
Ist gegangen
Zu des Heilands Wohnung ein.
 苦痛だらけの労苦や
 熱い愛の炎から休みたまえ、
 至福の結合を
 願った人は
 行ってしまった、
 救世主の住処の中へと。

1 Dreves: "Drein"
2 Dreves: "also singt"

詩:Leberecht Blücher Dreves (1816-1870), no title, appears in Lieder der Kirche -- deutsche Nachbildungen altlateinischer Originale, first published 1846
曲:Robert Schumann (1810-1856), "Requiem", op. 90 no. 7 (1850), published 1851 [voice and piano], from Sechs Gedichte von Nikolaus Lenau und Requiem, no. 7, Leipzig, Kistner

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「レクイエム」というと、モーツァルトやヴェルディ、フォレの作品のように宗教曲として演奏されるのが普通ですが、歌曲のタイトルとしてシューマンが作曲し、Op.90の最後に置いています。作者不詳のラテン語の詩をもとにドイツ語に訳したレーベレヒト・ブリューヒャー・ドレーフェスのテキストに作曲されました。テキストの冒頭連と最終連は全く同じですが、シューマンが音楽上の事情で繰り返したというわけではなく、ドレーフェスのテキストがもともとそうなっています。

グレアム・ジョンソンによると(Hyperionの解説の42頁。リンク先はPDFです)、このオリジナルの作者不詳のラテン語の詩(Requiescat a labore / doloroso at amore! / unionem coelitum / flagitavit / ...で始まる)は、ピエール・アベラールの死に対するエロイーズの嘆きを扱っているそうです(アベラールについての日本語のWikipediaのリンクはこちら)。そのような事実をもとに書かれたテキストだとしても、この詩をより普遍的な遺された人の悲しみの表現ととらえても問題ないのではないでしょうか。シューマンは長調の響きで亡き人が安息の中にいることを表現しているかのようです。

Requiem

C (4/4)
変ホ長調(Es-dur)
Langsam (♩=63)

ここでは声域の異なる4種類の演奏を選びました。どの演奏も感動的でした。

●クリスティーナ・ランツハマー(S), ゲロルト・フーバー(P)
Christina Landshamer(S), Gerold Huber(P)

●白井光子(MS), ハルトムート・ヘル(P)
Mitsuko Shirai(MS), Hartmut Höll(P)

●ペーター・シュライアー(T), ノーマン・シェトラー(P)
Peter Schreier(T), Norman Shetler(P)

●マティアス・ゲルネ(BR), マルクス・ヒンターホイザー(P)
Matthias Goerne(BR), Markus Hinterhäuser(P)

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP (楽譜ダウンロード)

Leberecht Dreves (Wikipedia (独語))

Gedichte / von Leberecht Dreves / herausgegeben von Joseph Freiherrn von Eichendorff / Berlin, Verlag von Alexander Duncker, / Königl. Hofbuchhändler / 1849

オリジナルのラテン語のテキストを含む文章(「Requiescat a labore」でページ内検索をしてください)

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【朗報】アーメリングのPhilipsリサイタル盤、Decca・Philipsのバッハ録音盤の2種類のボックス2023年に発売!

アーメリングファンの皆様、朗報です!
コメント欄でjunさんに教えていただいた情報をシェアいたします。junさん、有難うございます!

なんとエリー・アーメリング(Elly Ameling)の90歳を記念して、2023年にオーストラリアのELOQUENCEレーベルから、彼女の過去の録音をまとめたボックスが2つリリースされるそうです。
1つはPhilipsに録音したリサイタル盤のボックス、もう1つはDeccaとPhilipsのバッハ録音に参加したもののボックスだそうです。

ELOQUENCEレーベルは彼女に限らず、眠ったままになっている音源の発掘を積極的に行っているのですが、まさかこのレーベルからアーメリング全集をリリースしてもらえるとは正直想像していませんでした。

調べたところこちらに情報が出ていますが、詳細はこれから出てくると思います。
来年の楽しみが出来ました!

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(2023年2月8日追記→アーメリングの90歳の誕生日です)

junさんから続報のシェアがありました。いつも有難うございます!

こちらのリンク先に、3月(バッハ)と4月(リサイタル)にリリース予定のCDボックスの写真がアップされています。バッハのボックスの写真は初めて見ました。楽しみですが、高価そうですね...

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(2023年2月26日追記)

3月に発売されるアーメリングのバッハ・エディションについて、Tower RecordsとHMVに詳細が出ていました。

エリー・アメリング90歳記念『バッハ・エディション』(20枚組)<限定盤>

Tower Records

HMV

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(2023年2月27日追記)

Elly Ameling – The Philips Recitals

Eloquenceレーベルのサイトに4月に発売予定の29枚組のフィリップス・リサイタルが掲載されていました。
Track listingの行をクリックすると、各CDのおおまかな内容が表示されます。
最後のCD(29枚目)に
Mozart · Thomas · Verdi
Schubert · Grieg · Mahler
Halina Łukomska · Edna Graham
Hein Jordans · Kurt Masur · Edo de Waart · Bernard Haitink
と記載されています。
トマやヴェルディはおそらくオペラアリアと思われますが、SandmanさんのElly Ameling Discographyにもトマの項目はないので初出音源、もしくはオランダ限定で発売された音源なのかもしれませんね。
曲目詳細の発表が待ち遠しいです。→(2023年3月4日追記:トマとヴェルディはアーメリングと同じ年にセルトーヘンボスのコンクールで上位入賞したハリナ・ルコムスカとエドナ・グレアムがそれぞれ歌っているようです。アーメリングはモーツァルトの"Laudate Dominum"KV 321-5を歌っています)

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コルネーリウス/羊飼いOp. 8-2 (Die Hirten aus "Weihnachtslieder")(歌曲集『クリスマスの歌』Op. 8より)

Die Hirten, Op. 8-2b
 羊飼い

Hirten wachen im Feld,
Nacht ist rings auf der Welt,
Wach sind die Hirten alleine
Im Haine.
 羊飼いたちは野原で目を覚ましている、
 夜に世界中で
 目を覚ましているのは、
 林にいる羊飼いだけだ。

Und ein Engel so licht
Grüßet die Hirten und spricht:
„Christ, das Heil aller Frommen,
Ist kommen!”
 すると一人の天使が光を放って
 羊飼いたちに挨拶し、言った、
 「すべての敬虔なる者たちの救世主、キリストが
 到来した!」

Engel singen umher:
„Gott im Himmel sei Ehr'
Und den Menschen hienieden
Sei Frieden!”
 天使たちはまわりで歌う、
 「天の神に栄光あれ、
 地上の人間に
 平安あれ!」

Eilen die Hirten fort,
Eilen zum heilgen Ort,
Beten an in den Windlein
Das Kindlein.
 羊飼いたちは急いで去り、
 聖なる地へと急ぎ、
 産着にくるまった
 幼子を賛美する。

詩:Peter Cornelius (1824-1874), "Die Hirten", appears in Gedichte, in 2. Zu eignen Weisen, in Weihnachtslieder
曲:Peter Cornelius (1824-1874), "Die Hirten", op. 8 no. 2b (1870), published 1871 [ voice and piano ], from Weihnachtslieder, no. 2b, Leipzig, Fritzsch

●ペーター・コルネーリウス:羊飼いOp. 8-2b
Peter Cornelius (1824-1874), "Die Hirten", Op. 8, No. 2b
ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

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Die Hirten, Op. 8-2a (First version: 1856)
 羊飼い (第1作)

Die Hirten wachen nachts im Feld;
so still und dunkel liegt die Welt,
die Menschen alle schlafen:
Aber die Hirten, die armen Hirten
halten Wacht bei den Schafen.
 羊飼いは夜中に野原で目を覚ましている、
 世界はこんなに静かで暗い、
 人々はみな眠りについている、
 だが羊飼いたち、哀れな羊飼いたちは
 羊を見張っている。

Und sieh! ein Engel licht und schön
hernieder schwebt von Himmelshöhn,
Ein Bote auserkoren:
"Freuet euch, Hirten, Ihr guten Hirten,
der Heiland der Welt ist geboren."
 するとご覧!一人の天使が美しく輝いて
 天の高みから降りてくる、
 天命を授かった使者として、
 「喜べ、羊飼いたち、善良な羊飼いたちよ、
 この世の救世主が降誕されたのだ。」

Und Engel singen ringsumher:
"Sei Gott im Himmel Ruhm und Ehr,
den Menschen Frieden werde!"
Aber die Hirten, die frommen Hirten
knieten nieder zur Erde.
 すると天使たちはまわりで歌う、
 「天の神に名声と栄光あれ、
 人に平安が訪れるように!」
 だが羊飼いたち、敬虔な羊飼いたちは
 大地に跪いた。

Dann eilten sie zum heil'gen Ort,
Maria und Joseph sahn sie dort,
den Sohn gehüllt in Windlein.
Selige Hirten, die guten Hirten
beteten an das Kindlein.
 その後彼らは聖なる地に急ぎ、
 そこでマリアとヨセフ、
 産着にくるまった御子に会った。
 幸いな羊飼いたち、善良な羊飼いたちは
 幼子を賛美した。

詩:Peter Cornelius (1824-1874)
曲:Peter Cornelius (1824-1874), "Die Hirten", op. 8 no. 2a (1856), published 1871 [voice and piano], from Weihnachtslieder, no. 2a, Leipzig, Fritzsch

●ペーター・コルネーリウス:羊飼いOp. 8-2a (第1作)
Peter Cornelius (1824-1874), "Die Hirten", Op. 8, No. 2a (first version)
クリスティーナ・ランツハーマー(S), マティアス・ファイト(P)
Christina Landshamer(S), Matthias Veit(P)

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(参考)

The LiederNet Archive (Op. 8 No. 2b)

The LiederNet Archive (Op. 8 No. 2a: First version: 1856)

ペーター・コルネリウス(Wikipedia: 日本語)

Peter Cornelius (Komponist) (Wikipedia: ドイツ語)

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ベートーヴェン「別れの歌(Abschiedsgesang, WoO 102)」

Abschiedsgesang, WoO 102
 別れの歌

Die Stunde schlägt, wir müssen scheiden,
bald sucht vergebens dich mein Blick;
am Busen ländlich stiller Freuden
erringst du dir ein neues Glück.
Geliebter Freund! du bleibst uns theuer,
ging auch die Reise nach dem Belt;
doch ist zum guten Glück Stadt Steyer,
noch nicht am Ende dieser Welt.
 時が来た、僕らは別れねばならない、
 すぐに僕の目はむなしくきみをさがす。
 田舎の静かな喜びを胸に抱いて
 きみは新たな幸せを手に入れるだろう。
 いとしい友よ!きみは僕らにとってかけがえのない存在で居続ける、
 ベルト海峡へ旅立っても。
 幸運にもシュタイアーの町は
 地の果てというわけでもない。

Und kommen die Freunde um dich zu besuchen,
so sei nur hübsch freundlich und back' ihnen Kuchen,
auch werden, so wie sich's für Deutsche gehört,
auf's Wohlsein der Gäste die Humpen geleert.
Dann bringen wir froh im gezuckerten Weine
ein Gläschen dem ewigen Freundschaftsvereine,
dein Töchterlein mache den Ganymed,
ich weiss, dass sie gerne dazu sich versteht.
 きみの友人たちが訪ねてきたら
 友好的に迎えてケーキでも焼いてくれよ。
 ドイツ人の作法に従い
 客の健康を祈って大ジョッキを空にするだろう。
 そうしたら砂糖入りのワインの入ったグラスを
 永遠の友情の絆のためにもってこよう。
 きみの娘は若いしもべを作んなきゃな、
 あの娘にその心得があることは知っているさ。

Die Stunde schlägt, wir müssen scheiden,
bald sucht vergebens dich mein Blick;
am Busen ländlich stiller Freuden
erringst du dir ein neues Glück.
Geliebter Bruder! Lebe wohl!
 時が来た、僕らは別れねばならない、
 すぐに僕の目はむなしくきみをさがす。
 田舎の静かな喜びを胸に抱いて
 きみは新たな幸せを手に入れるだろう。
 いとしい同胞よ!さらば!

詩:Joseph Ritter von Seyfried (1780-1849)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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ベートーヴェンは、友人の治安判事マティアス・フォン・トゥッシャー(Mathias von Tuscher)から、シュタイアー(Steyer)に引っ越すレオポルト・ヴァイス博士(Dr. Leopold Weiss)の送別会のための作品を依頼されました。
ヨーゼフ・リッター・フォン・ザイフリートのテキストによる「別れの歌(Abschiedsgesang, WoO 102)」は、2声のテノールと1声のバスのための無伴奏の作品で、1814年5月に作曲されました。旧全集(1888年)ではじめて出版されました。

詩は田舎から都会に出ようとする友をみんなで送り出そうという内容です。

ベートーヴェンは第1連に別れのせつなさを反映したようなメロディーを付け、第2連では対照的に軽快で明るい曲調で友人同士の冗談を表現し、第3連で後ろ髪を引かれるように締めくくります。

旧全集の記載によると、ベートーヴェンは「ベートーヴェンにこれ以上侮辱されないために(Von Beethoven, um nicht weiter tuschirt zu werden)」と追記しているそうです。ベートーヴェンにいじめられないように遠くに引っ越すのだねとこの友人へ冗談を言っているわけですね。さらに講談社の『ベートーヴェン全集第8巻』の藤本一子氏の解説を読んではっとしたのですが、"tuschirt(「侮辱する」という意味の"tuschieren"の過去分詞)"という単語は作曲の依頼主のトゥッシャー(Tuscher)の名前にかけているわけです。こういう悪戯っぽいというか茶目っ気のある感じを知るとベートーヴェンがもっと身近な存在になりますね。ただ曲を聞くと、この言葉は別れの辛さを誤魔化そうとあえて言っているようにも感じられます。

C (4/4拍子) - 6/8拍子 - C (4/4拍子)
変ロ長調(B-dur) - ト長調(G-dur) - 変ロ長調(B-dur)
Andante ma non troppo - Lebhaft (doch nicht zu sehr) - Tempo I

●カントゥス・ノヴス・ヴィーン, トマス・ホームズ(C)
Cantus Novus Wien, Thomas Holmes(C)

2019年録音。無伴奏男声合唱によってこのテキストの状況が目に浮かぶようです。寂しいけれど友人同士ならではの軽口もたたきながら送り出す感じがして、聞きながら感情移入してしまいました。

●ヨアヒム・フォークト(T), ギュンター・バイアー(T), ズィークフリート・ハウスマン(BS), ディートリヒ・クノーテ(C)
Joachim Vogt(T), Günther Beyer(T), Siegfried Hausmann(BS), Dietrich Knothe(C)

こちらは重唱による録音で、各声部1人ずつの3人で1人の友人を送り出すのはよりリアリティがある気がします。中間部が元気(空元気かもしれませんが)な分、両端の穏やかな部分がより切なく感じられます。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

The Complete Beethoven: DAY 268

《別れの歌》——転勤する聖職者を朗らかに送り出す三重唱曲(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第8巻』:1999年10月11日第1刷 講談社(「別れの歌 WoO 102」の解説:藤本一子)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(「別れの歌 WoO 102」の解説:小林宗生)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

Seyfried, Joseph Ritter (Wikisource)

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アーメリングのカンタータBWV 132初出音源、プライ&シュヴァルツコプフ「フィガロの結婚」、スゼー「ドン・ジョヴァンニ」

すっかり世代交代が進んだ音楽業界ですが、クラシックに親しみはじめた頃に知り実演や録音を夢中で聞いた演奏家たちにノスタルジックな思いを持つのは私も年をとったということなのだと思います。
最近家の大掃除をしていたところ、昔懐かしいコンサートのプログラムやちらしが大量に出てきて、また掃除が捗らなくなってしまいました。

そんなわけで昔懐かしい演奏家たちの珍しい音源をいくつかご紹介したいと思います。

●エリー・アーメリングの参加したバッハ:カンタータBWV132 (1964年)
Bach Kantate BWV 132 Bereitet die Wege, bereitet die Bahn, Gerhard Schmidt Gaden 1964

チャンネル名:Rainer Harald

Aufnahme aus der Stadtpfarrkirche Bad Tölz (original mono)
Bandaufnahme vom Radio

Elly Ameling Sopran
Helen Raab Alt
Theo Altmeyer Tenor
Barry McDaniel Bass
Der Tölzer Knabenchor
Das Collegium musicum des WDR
Leitung: Gerhard Schmidt-Gaden

1.Arie Sopran: Bereitet die Wege, bereitet die Bahn (0:00),
2.Rezitativ Tenor: Willst du dich Gottes Kind und Christi Bruder nennen (7:50)
3.Arie Bass: Wer bist du? Frage dein Gewissen, (10:29)
4.Rezitativ Alt: Ich will mein Gott, dir frei heraus bekennen, (13:51)
5.Arie Alt: Christi Glieder, ach bedenket, (15:42)
6.Choral: Ertöt uns durch deine Güte, erweck uns durch deine Gnad (19:44)

アップしてくださったRainer Haraldさんは過去にもバッハを中心に20世紀後半のラジオ録音を質のよい音源で共有してくださっています。
アーメリングはこの音源では冒頭のアリアを歌っています。31歳のつやつやした美声と伸びやかな発声がファンにはたまりません。素晴らしい音源のアップに感謝です。Sandmanさん作成のElly Ameling Discographyによるとスタジオ録音はされていないレパートリーのようです。
"Kantate zum 4. Advent(第4アドヴェントのカンタータ)"とのことですので、ちょうど今頃のカンタータということなのでしょうか。

●プライ&シュヴァルツコプフ「フィガロの結婚」
Mozart's "Le nozze di Figaro" (Amsterdam, 1961)

チャンネル名:kadoguy(リンク先は音が鳴るのでご注意ください)

Count Almaviva: Hermann Prey
Countess Almaviva: Elisabeth Schwarzkopf
Susanna: Graziella Sciutti
Figaro: Giuseppe Taddei
Cherubino: Stefania Malagu
Marcellina: Mimi Aarden
Don Bartolo: Joseph Rouleau
Don Basilio: Frans Vroons
Don Curzio: Chris Taverne
Barbarina: Wilma Driessen
Antonio: Gé Smit

Netherlands Chamber Choir
Residency Orchestra of the Hague
Conductor: Carlo Maria Giulini

23 June 1961, Stadsschouwburg, Amsterdam, Holland Festival

1961年オランダ・フェスティヴァルのライヴ音源です。ここで注目なのがフィガロではなくアルマヴィーヴァ伯爵をヘルマン・プライ(1929.7.11 - 1998.7.22)が歌っていることと、伯爵夫人のエリーザベト・シュヴァルツコプフ(1915.12.9 - 2006.8.3)と共演していることです。フィガロを当たり役としていたプライがまだ31歳で伯爵を演じていたという事実に驚きました。シュヴァルツコプフはレコード会社の商策なのかF=ディースカウとの共演が多い印象があり、プライと夫婦役というのは珍しいのではないでしょうか。

●スゼー「ドン・ジョヴァンニ」
Mozart's "Don Giovanni" (Lausanne, 1967)

チャンネル名:kadoguy(リンク先は音が鳴るのでご注意ください)

May 19, 1967, Théâtre de Beaulieu, Lausanne, Switzerland

Gérard Souzay (Don Giovanni)
Beverly Sills (Donna Anna)
Michel Sénéchal (Don Ottavio)
Anton Diakov (Il Commendatore)
Arlene Saunders (Donna Elvira)
Heinz Blankenburg (Leporello)
Claude Corbeil (Masetto)
Isabel Garcisanz (Zerlina)

Choir and Orchestra of the Radio Suisse Romande
Reinhard Peters (Conductor)

- Act I 0:00
- Act II 1:29:15

ジェラール・スゼー(1918.12.8 - 2004.8.17)は1963年にドン・ジョヴァンニを初めて歌っているそうですが、正規のスタジオ録音全曲盤はおそらくなかったのではないでしょうか(後でディスコグラフィーを調べてみます)。ライヴ音源でこうして聞けるのは貴重ですね。2004年に亡くなってもう18年が経過したとは本当に早いと思います。

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ベートーヴェン「聞け、そよ風のささやきを(生きる喜び) (Odi l'aura che dolce sospira (Lebens-Genuss), Op. 82/5)」(『4つのアリエッタと1つの二重唱曲(Vier Arietten und ein Duett, Op. 82)』より)

Odi l'aura che dolce sospira (Lebens-Genuss), Op. 82/5
 聞け、そよ風のささやきを(生きる喜び)

Venere:
Odi l'aura che dolce sospira;
Mentre fugge scutendo le fronde,
Se l'intendi, ti parla d'amor.

Pallade:
Senti l'onda che rauca s'aggira;
Mentre geme radendo le sponde,
Se l'intendi, si lagna d'amor.

(a due):
Quell'affetto chi sente nel petto,
Sa per prova se nuoce, se giova,
Se diletto produce o dolor!

(対訳:「詩と音楽」藤井宏行氏)

詩:Pietro Antonio Domenico Bonaventura Trapassi (1698-1782), as Pietro Metastasio
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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1809年に作曲された『4つのアリエッタと1つの二重唱曲(Vier Arietten und ein Duett, Op. 82)』の最終曲(第5曲目)は、メタスタージオのテキストによる「Odi l'aura che dolce sospira(聞け、そよ風のささやきを)」で、ドイツ語タイトル訳は「Lebens-Genuss(生きる喜び)」となっています。この曲だけソプラノとテノールの二重唱曲になっています。

メタスタージオの『徳と美のあいだの平和(La pace fra la virtù e la bellezza)』から採られていて、最初の3行がヴィーナス、次の3行がパラス、最後の3行は2人で語る設定になっています。ベートーヴェンは第1連をソプラノ独唱、第2連をテノール独唱、そして第3連をソプラノとテノールの二重唱として作曲しています。

『ベートーヴェン事典(1999年初版 東京書籍)』の藤本一子氏による歌詞大意は次の通りです。
歌詞大意:「きいて,梢のざわめきを。それは愛の告白。きいて,波うち寄せる音を。それは愛の嘆き。二重唱:恋する者にはそれが嘆きなのか喜びなのかが分かるのです。」

そよ風が葉擦れの甘い溜息をつくのは愛を語っていて、波が岸辺に打ち寄せるのは愛を嘆いている、体験した人には分かるのだというなんともロマンティックな詩ですが、ベートーヴェンは第1,2連の最初の2行でそよ風や波をピアノパートの簡潔な描写で見事に表しています。第1,2連の3行目では雰囲気が変わり、テキストを繰り返しながら重みのある雰囲気で語るように歌われます。最終連でソプラノとテノールの甘美な二重唱になるのですが、テノールのパートの最後の方("se diletto"の"let-")に高い嬰ト音(gis)が出てきます。テノール歌手が歌う場合はもちろん問題ないのですが、バリトン歌手が歌う場合はこの箇所のみソプラノ声部と入れ替えて歌うことが多いようです。

Lebensgenuss

3/8拍子
ホ長調(E-dur)
Andante vivace

●アデーレ・シュトルテ(S), ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Adele Stolte(S), Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

シュトルテの清楚な美声とシュライアーの真摯な歌が合わさり、涼しい風に吹かれているような爽快さを感じました。

●アン・マリー(MS), ロデリック・ウィリアムズ(BR), イアン・バーンサイド(P)
Ann Murray(MS), Roderick Williams(BR), Iain Burnside(P)

英国の知的なコンビによる素敵なアンサンブルでした。ベートーヴェンによってテノールと指定されたパートをウィリアムズが歌っている為、最後の方の"se diletto"で高い嬰ト音(gis)が出てくる一箇所のみマリーとウィリアムズの声部を入れ替えて歌っています。

●パメラ・コバーン(S), ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Pamela Coburn(S), Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

マリー&ウィリアムズの場合と同様、"se diletto"の箇所のみ両者の声部を入れ替えて歌っています。コバーンとプライのコンビはアットホームな温もりがあっていいですね。

●ズィモーナ・アイズィンガー(S), ライナー・トロースト(T), マンフレート・シーベル(P)
Simona Eisinger(S), Rainer Trost(T), Manfred Schiebel(P)

出版社によってイタリア語の歌詞の下に併記されたドイツ語歌詞による歌唱です。美声歌手二人の生き生きとした表現が味わえます。シーベルのピアノも美しいです。

●ダニア・エル・ゼイン(S), ヴァンサン・リエーヴル=ピカール(T), ジャン=ピエール・アルマンゴー(P)
Dania El Zein(S), Vincent Lièvre-Picard(T), Jean-Pierre Armengaud(P)

こちらもドイツ語歌詞による歌唱です。同じ旋律でもドイツ語で聞くとまた雰囲気がよりかっちりするのが面白いです。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

4つのアリエッタとひとつの二重唱——作曲動機不明のイタリア歌曲(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「Vier Arietten und ein Duett, Op. 82」の解説:高橋浩子)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

RISM(国際音楽資料目録)

Liber Liber: Metastasio: La pace fra la virtù e la bellezza

PIETRO METASTASIO: ARIE

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江崎皓介ピアノリサイタル(2022年12月10日 ミューザ川崎シンフォニーホール 音楽工房 市民交流室)

江崎皓介ピアノリサイタル
フランク生誕200周年&スクリャービン生誕150周年プログラム
~ピアノで織りなす神秘劇~

2022年12月10日(土)19:00開演(18:30開場)
ミューザ川崎シンフォニーホール 音楽工房 市民交流室

江崎皓介(ピアノ)

フランク(バウアー編):前奏曲、フーガと変奏曲 Op.18

フランク:前奏曲、コラールとフーガ M.21

フランク:前奏曲、アリアと終曲 M.23

~休憩(15分)~

スクリャービン:10のマズルカ Op.3

スクリャービン:ピアノソナタ第4番 Op.30

アンコール
シューマン:「子供の情景」~トロイメライ

江崎皓介氏のTwitter告知

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毎年恒例の江崎皓介氏のピアノリサイタルを聞いてきました。今回は川口ではなくミューザ川崎で、神奈川出身でありながら一度も行ったことがなかったので楽しみでした。

JR川崎駅中央改札を出て、地上に降りずにそのまま一本道で会場まで行けるのが便利でした(徒歩3分ぐらい)。会場前にはおそらく音符を模したと思われるモニュメントがいくつか設置されていました。
ミューザ川崎の建物に入り、長いエスカレーターを上ると、シンフォニーホールがありましたが、今回はそちらではなく音楽工房 市民交流室という小さなホールで、ピアノを聞くにはちょうどいいスペースでした。

ちょうどこの日はセザール・フランク(César Franck: 1822年12月10日 - 1890年11月8日)の生誕200回目の誕生日にあたり、その当日に彼の代表的な鍵盤作品3作が聴けるという贅沢な時間でした。

この日は前半がフランク、後半は今年が生誕150周年にあたるスクリャービン(Alexandre Scriàbine: 1872年1月6日 - 1915年4月27日)の作品で、アニバーサリー・イヤーの作曲家の作品を堪能できる素晴らしいプログラミングでした。

最初のフランク「前奏曲、フーガと変奏曲 Op.18」はもともとオルガン独奏用に作曲され、その後フランク自身によってハルモニウムとピアノの為に編曲されましたが、今回はかなり広く弾かれているハロルド・バウアー編曲によるピアノ独奏版です。前奏曲とフーガの間のつなぎのLargoの部分にピアノ版では急速なパッセージが追加されていますが、概して原曲に忠実な編曲なのではないでしょうか。冒頭のフレーズはあまりにも印象的で、一度聞けば耳から離れない魔力のようなものがあります。個人的にはいにしえの響きのようでもあり、フィリップ・グラスの作品を予感させるようにも感じられます。

続く「前奏曲、コラールとフーガ M.21」はフランクのピアノ曲の中でも特に有名なもので、アルペッジョの美しいフレーズはとりわけ印象的です。

前半最後の「前奏曲、アリアと終曲 M.23」は親しみやすいフレーズで始まる前奏曲、息の長いメロディのアリア、それと対照的に激しく蠢く終曲からなり、規模は大きめではないでしょうか。

江崎さんはこのかなりエネルギーを要すると思われるこの3作から実に細やかなポリフォニーを描き分け、それぞれの声部が浮かんでは背後に沈み、音が生き物のように胸に迫ってきました。かなりダイナミクスの幅は大きくとられ、渾身の演奏でした。

前半だけで55分というボリュームで、休憩15分をはさんで後半はスクリャービンです。

最初に「10のマズルカ Op.3」が演奏されましたが、私は寡聞にしてスクリャービンがマズルカを作曲していることを知りませんでした。なんでもスクリャービンはショパンの影響を受けていたそうで、このOp.3は10代後半に散発的に作曲されたのだとか。確かにショパンの香り漂う作品群でした。
江崎さんは昨年ショパンのエチュード全曲を聞かせていただき、素晴らしかったのを記憶していますが、プロフィールによると第14回スクリャービン国際コンクールで第一位を取られているとのこと。スラブ系の音楽は特に十八番なのでしょう。
スクリャービンのマズルカ、ショパンに近いものがありながらも曲調はそれぞれ異なり、それぞれの曲の中でも異なる曲調が併存しており、楽しめました。江崎さんは第4曲の後で一回拍手にこたえておられました。
最終曲は後半で執拗に繰り返される変ハ音(Ces)(ロ音と同じ音)が強迫観念のように聴き手の不安を煽ります。
私の記憶では江崎さんはこの最後の変ハ音を鳴らしたまま、次のピアノソナタ第4番Op.30の冒頭の異名同音のロ音(H)につなげて演奏していました。このソナタ冒頭の模糊とした雰囲気にすんなり溶け込んでいて、とても興味深い試みだと思いました。このソナタ、まだスクリャービンが単一楽章でソナタを作る前の作品で、2楽章からなりますが、短くあっという間に終わってしまいます。両楽章の性格は全く異なり、模糊とした1楽章から霧が晴れたような2楽章へと切れ目なく続き、単一楽章ソナタへの予兆と見ることも出来るかもしれません。江崎さんは深く踏み込んだ表現で素晴らしかったです。

スクリャービン:マズルカOp.3-10の最後
Scriabin-op-310

スクリャービン:ピアノソナタ第4番Op.30の冒頭
Scriabin-sonata-op-30

この日のアンコールはシューマンの「トロイメライ」。快適なテンポで美しく歌われていました。終演は21時。かなりのボリュームでしたが、集中力がとだえることなく、二人の偉大な作曲家の魅力を存分に堪能させていただきました。

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セザール・フランク(César Franck: 1822-1890)生誕200年

リエージュ(当時のネーデルラント連合王国、現在のベルギーにある都市)出身のセザール・フランク(César-Auguste-Jean-Guillaume-Hubert Franck、1822年12月10日 - 1890年11月8日)が今年(2022年)で生誕200年を迎えます。

私個人としてはフランクといえば、まずは有名なヴァオリンとピアノのためのソナタ イ長調、そしてオルガン曲やピアノ曲の作曲家という印象です。フランク自身オルガン奏者としても活動していた為、「3つのコラール小品」などとても魅力的に感じます。最近ピアノの演奏で聞き魅了された「前奏曲、フーガと変奏曲」Op.18はオリジナルがオルガン曲とのことで、あらためてオルガンで聞いたところ同じ曲にもかかわらず全く色合いが違っていてとても興味深かったです。もちろん交響曲やピアノ五重奏曲なども広く親しまれていますが、その一方でフランクの歌曲というとほぼ知られないまま現在に至るという状況でしょう。
正直私もつい最近まで「夜想曲(Nocturne)」ぐらいしか脳裏に浮かんできませんでした。

そんな中、ギリシャのバリトン、タスィス・クリストヤニス(Tassis Christoyannis)がソプラノのヴェロニク・ジャンス(Véronique Gens)とピアノのジェフ・コーエン(Jeff Cohen)と共にフランクの歌曲・二重唱曲全集を録音しました(HMVの紹介ページはこちら)。その録音風景をこちらで見ることが出来ます。

●セザール・フランク:歌曲・二重唱曲全集
César Franck: Complete Songs and Duets
タスィス・クリストヤニス(BR), ヴェロニク・ジャンス(S), ジェフ・コーエン(P)
Tassis Christoyannis(BR), Véronique Gens(S), Jeff Cohen(P)

クリストヤニスはラプラント系統の柔らかい美声で繊細かつ力強く歌っています。

この2枚組のフランク歌曲全集の録音と同時期にリサイタルも開催したようで、フランク歌曲ばかりの演奏を見ることが出来ます。

●追憶:フランク歌曲コンサート(タスィス・クリストヤニス(BR), ジェフ・コーエン(P))
Recollection: César Franck's songs – concert by Tassis Christoyannis and Jeff Cohen

Recorded in Venice, Palazzetto Bru Zane, 9th April 2022
César FRANCK (セザール・フランク作曲)
00:01:18 Les cloches du soir (夕暮れの鐘)
00:03:54 Nocturne (夜想曲)
00:07:44 Aimer (愛すること)
00:12:06 S'il est un charmant gazon (もしそれが美しい芝生なら)
00:14:30 Roses et papillons (薔薇と蝶)
00:16:44 Le mariage des roses (薔薇の結婚)
00:19:15 Ninon (ニノン)
00:21:46 L'Émir de Bengador (バンガドールの酋長)
00:26:42 Robin Gray (ロバン・グレー)
00:31:53 Passez ! passez toujours! (永遠に過ぎ去れ!)
00:38:25 Le vase brisé (壊れた花瓶)
00:41:57 Lied (リート)
00:43:50 Souvenance (追憶)
00:47:08 À cette terre où l’on ploie sa tente (この地では、人は夕暮れに天幕を畳む)
00:52:42 Le Sylphe (空気の精)
Reynaldo HAHN (レナルド・アン作曲)
00:57:43 Si mes vers avaient des ailes (私の詩に翼があったなら)

それではフランクの歌曲の中からいくつかをピックアップしてみたいと思います。

●セザール・フランク:夜想曲
César Franck: Nocturne
エリー・アーメリング(S), ルドルフ・ヤンセン(P)
Elly Ameling(S), Rudolf Jansen(P)

歌詞対訳(ルイ・ドゥ・フルコ詩、藤井宏行氏訳)
人生に疲れたものが夜に救いを求めるという内容です。やはり沁みますね。円熟期のアーメリングの深みのある表現が素晴らしいです。

●セザール・フランク:リート(歌)
César Franck: Lied, FWV. 85
カミーユ・モラーヌ(BR), リリ・ビヤンヴニュ(P)
Camille Maurane(BR), Lily Bienvenu(P)

歌詞対訳(リュシヤン・パテ詩、藤井宏行氏訳)
かつてばらを摘んでくれた彼女のお墓の前に佇むと彼女の声が聞こえるという内容です。なんと美しい曲でしょう!歌の旋律もピアノの響きも一度聞くと引き込まれます。モラーヌのバリトン・マルタンの声は耳に心地よく響きます。

●セザール・フランク:バラの結婚
César Franck: Le mariage des roses, FWV. 80
ヘン・ライス(S), チャールズ・スペンサー(P)
Chen Reiss(S), Charles Spencer(P)

歌詞対訳(ウジェヌ・ダヴィッド詩、藤井宏行氏訳)
バラやツバメのように僕らも愛し合おうと恋人に呼びかける歌です。なんとも愛らしい曲で、ライスの美しいソプラノがよく合っていました。

●セザール・フランク:もし素敵な芝生があれば
César Franck: S'il est un charmant gazon, FWV. 78
ブリュノ・ラプラント(BR), ジャニヌ・ラシャンス(P)
Bruno Laplante(BR), Janine Lachance(P)

歌詞対訳(ヴィクトル・ユゴー詩、藤井宏行氏訳)
同じテキストにフォレが作曲した「愛の夢」という歌曲が私は大好きなのですが、このフランクの歌曲もまた愛らしい魅力があります。フランクはこのテキストに2回作曲していて、第2作はギリシャ人バリトンTassis ChristoyannisとピアニストJeff Cohenの全集で演奏されていますが、ほとんどの録音では第1作が取り上げられています。ここでのラプラントも第1作を柔らかい美声で素晴らしく歌っています。

●セザール・フランク:バラと蝶々
César Franck: Roses et papillons, FWV. 81
マリー・ドゥヴェルロー(S), フィリップ・カッサール(P)
Marie Devellereau(S), Philippe Cassard(P)

歌詞対訳(ヴィクトル・ユゴー詩、藤井宏行氏訳)
いずれお墓に呼ばれるのだから一緒に生きていきなさいとバラと蝶々に呼びかけるという内容です。はかない雰囲気のドゥヴェルローの歌は彼岸からの声のような印象を受けました。

●セザール・フランク:壊れた花瓶
César Franck: Le vase brisé, FWV. 84
ブリュノ・ラプラント(BR), ジャニヌ・ラシャンス(P)
Bruno Laplante(BR), Janine Lachance(P)

歌詞対訳(ルネ=フランソワ・シュリ=プリュドム詩、藤井宏行氏訳)
愛する者の心の傷を、扇で小さなひびの入った花瓶が日に日に傷が広がる様になぞらえて、傷に触るなと歌われます。深刻に始まり、詩の展開に応じてピアノと共に盛り上がります。ラプラントとラシャンスの感情のこもった演奏に引き付けられました。

●【番外編:合唱曲】セザール・フランク:五月の初めてのほほ笑み
César Franck: Premier sourire de mai, FWV. 90
ナミュール室内合唱団, フィリップ・リガ(P), ティボー・レナーツ(C)
Chœur de Chambre de Namur, Philippe Riga(P), Thibaut Lenaerts(C)

歌詞対訳(ヴィクトル・ヴィルデ詩、藤井宏行氏訳)
合唱曲ですが、冷たい空気感が冒頭のピアノと合唱の歌いだしから伝わってきて、思わずひきつけられました。冬から春への変わり目のまだ肌寒い中、動植物たちが活動を始める様が美しく描かれています。

●【番外編:宗教曲】セザール・フランク:天使のパン
César Franck: Panis Angelicus, FWV 61, No.5
ジェスィー・ノーマン(S), ロイヤル・フィルハーモニック管弦楽団, サー・アレグザンダー・ギブソン(C)
Jessye Norman(S), Royal Philharmonic Orchestra, Sir Alexander Gibson(C)

歌詞対訳(トマス・アクイナス詩、藤井宏行氏訳)
テキストの背景については上記リンク先で藤井さんが解説してくださっていますのでぜひご覧ください。ノーマンは心で歌っていますね。感動的です。

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セザール・フランクの歌詞対訳(『詩と音楽』藤井宏行氏)

IMSLP(楽譜のダウンロード)

セザール・フランク(Wikipedia)

セザール・フランクの生涯と作品 (Tomoyuki Sawado (Sonetto Classics))

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ベートーヴェン「いらだつ恋人(恋の焦燥) (L'amante impaziente. Arietta assai seriosa, Op. 82/4)」(『4つのアリエッタと1つの二重唱曲(Vier Arietten und ein Duett, Op. 82)』より)

L'amante impaziente (Liebes‑Ungeduld), Op. 82/4
 いらだつ恋人(恋の焦燥)

Che fa il mio bene?
Perchè non viene?
Vedermi vuole
languir così!
Oh come è lento
nel corso il sole!
Ogni momento
mi sembra un dì!

(対訳:「詩と音楽」藤井宏行氏)

詩:Pietro Antonio Domenico Bonaventura Trapassi (1698-1782), as Pietro Metastasio
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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1809年に作曲された『4つのアリエッタと1つの二重唱曲(Vier Arietten und ein Duett, Op. 82)』の第4曲目は、第3曲目のメタスタージオの「L'amante impaziente(いらだつ恋人)」と同じテキストで、こちらは「Arietta assai seriosa(アリエッタ・アッサイ・セリオーサ)」という副題が付けられています。ドイツ語タイトル訳は「Liebes‑Ungeduld(恋の焦燥)」となっています(第3曲目の副題だった「静かな問いかけ」はむしろ第4曲の方がふさわしい気が・・・)。

第3曲と同じくこの第4曲もテキストの繰り返しと"sì"の追加がありましたので、それらを[ ]内で追記してテキストを表記してみます。

Che fa il mio bene?
Perchè[, perchè] non viene?
vedermi vuole
languir così[, così, così]!
Oh come è lento
nel corso il sole!
Ogni momento
mi sembra un dì[, mi sembra un dì, , un dì]!
 [Che fa, che fa il mio bene?]
 [Perchè, perchè non viene?]
 [vedermi vuole]
 [languir così, così!]
 [Oh come è lento]
 [nel corso il sole!]
 [ogni momento]
 [mi sembra un dì,]
 [ogni momento]
 [mi sembra un dì, , un dì, un dì!]
 [Che fa, che fa, che fa il mio bene?]
 [Perchè, perchè non viene?]
 [vedermi vuole]
 [languir,]
 [vedermi vuole]
 [languir!]
 [vedermi vuole]
 [languir così,]
 [languir così, così, , così!]

(試訳)

私のいとしい人は何をしているのだ?
どうして来ないのか?
あの人は見たいのだ、
私がこれほど憔悴するのを!
おおなんと遅いんだ、
太陽が進むのは!
一瞬が
一日に思えるほどだ。

テキスト前半の4行は6/8拍子でAndante、テキスト後半4行は2/4拍子でAllegroで演奏され、テキストが交互に繰り返される為、緩急の変化に富んだ作品になっています。
同じテキストによる前曲(第3曲)は常に速いテンポで一貫して焦燥感を打ち出したコミカルな作品だったのに対して、この第4曲は恋人がなぜ来ないという前半のテキストをあえてゆっくりのテンポにしたことで絶望感を表現し、後半の「瞬間が一日の長さに思える」というテキストの焦燥感と対比させて感情の幅の広さが感じられます。

・6/8. Andante con espressione
New1

・2/4. Allegro
New2

・6/8. Andante
New3

・2/4. Allegro
New4

・6/8. Andante
New5revised

6/8 - 2/4 - 6/8 - 2/4 - 6/8拍子
変ロ長調(B-dur)
Andante con espressione - Allegro - Andante - Allegro - Andante

●チェチーリア・バルトリ(MS), アンドラーシュ・シフ(P)
Cecilia Bartoli(MS), András Schiff(P)

バルトリは内面的な表現がまた素晴らしいです。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P)

ディースカウは緩急のメリハリが相変わらず見事です。

●アン・マリー(MS), イアン・バーンサイド(P)
Ann Murray(MS), Iain Burnside(P)

テキストの悲痛な感情表現を声にのせて歌っているマリーの歌唱が素晴らしかったです。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

シュライアーは緩急の差を付け過ぎずに、焦燥感よりは悲痛な表情を前面に出しているように感じました。

●パメラ・コバーン(S), レナード・ホカンソン(P)
Pamela Coburn(S), Leonard Hokanson(P)

コバーンは丁寧でしっとりとした感情表現を聞かせてくれています。

●レナート・ブルゾン(BR), マーカス・クリード(P)
Renato Bruson(BR), Marcus Creed(P)

ブルゾンの堂々たる歌唱は、相手に翻弄されるというよりも、むしろ余裕で受け止めているような印象を受けました。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

4つのアリエッタとひとつの二重唱——作曲動機不明のイタリア歌曲(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「Vier Arietten und ein Duett, Op. 82」の解説:高橋浩子)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

RISM(国際音楽資料目録)

Adriano in Siria, Dramma per musica (Pietro Metastasio)

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ベートーヴェン「いらだつ恋人(静かな問いかけ) (L'amante impaziente. Arietta buffa, Op. 82/3)」(『4つのアリエッタと1つの二重唱曲(Vier Arietten und ein Duett, Op. 82)』より)

L'amante impaziente (Stille Frage), Op. 82/3
 いらだつ恋人(静かな問いかけ)

Che fa il mio bene?
Perchè non viene?
Vedermi vuole
languir così!
Oh come è lento
nel corso il sole!
Ogni momento
mi sembra un dì!

(対訳:「詩と音楽」藤井宏行氏)

詩:Pietro Antonio Domenico Bonaventura Trapassi (1698-1782), as Pietro Metastasio
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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1809年に作曲された『4つのアリエッタと1つの二重唱曲(Vier Arietten und ein Duett, Op. 82)』の第3曲目はメタスタージオのテキストによる「L'amante impaziente(いらだつ恋人)」で、「Arietta buffa(アリエッタ・ブッファ)」という副題が付けられています。ドイツ語タイトル訳(おそらく出版社による訳)は「Stille Frage(静かな問いかけ)」となっています(この快活な曲になぜ「stille(静かな)」というドイツ語訳が付けられたのかは謎です)。

歌詞は、メタスタージオの"Adriano in Siria"の中のEmirenaの台詞を元に若干ベートーヴェンによる変更も加えられています(5行目が原詩では"Oggi è pur lento")。ご多分に漏れず、この曲でもテキストの繰り返しが多く、さらにベートーヴェンの追加の"sì"もありましたので、それらを[ ]内で追記して歌詞を表記してみます。

Che fa[, che fa] il mio bene?
Perchè[, perchè] non viene?
Vedermi vuole
languir così[, così, così]!
Oh come è lento
nel corso il sole!
Ogni momento
mi sembra un dì,
 [Ogni momento]
 [mi sembra un dì,]
 [sì, sì, mi sembra un dì!]
 [mi sembra un dì!]
 [Ah!]
 [che fa, che fa il mio bene?]
 [Perchè, perchè non viene?]
 [Vedermi vuole]
 [languir così, così, così!]
 [Vedermi vuole]
 [languir così, così, così!]
 [Perchè, perchè non vien il mio ben,]
 [languir, languir vedermi vuole così!]
 [Perchè, ah! perchè non vien il mio ben,]
 [languir, languir vedermi vuole,]
 [languir così, così,]
 [sì, vedermi]
 [languir così, così, così!]

(試訳)

私のいとしい人は何をしているのだ?
どうして来ないのか?
あの人は見たいのだ、
私がこれほど憔悴するのを!
おおなんと遅いんだ、
太陽が進むのは!
一瞬が
一日に思えるほどだ。

5~6行目(Oh come è lento / nel corso il sole!)だけ一切繰り返していませんね。
"così(これほど、このように)"という単語を頻繁に繰り返し、主人公が「このように」憔悴している様を相手が見たがっているんだという箇所にベートーヴェンは重点を置いているようです。

前奏に細かい十六分音符の音型が出て、主人公の焦る気持ちを最初から印象付けます。歌が始まるとピアノがいったん収まり、歌が終わるとまたピアノが細かい音型を繰り返します。その後はピアノはタッタタッタと休符をはさみながら心臓の鼓動のようなリズムになり、5行目から今度はタタタタタタと休符が消えてさらに鼓動が速まります。
いったんテキストの最後までたどりつくと、ピアノの両手がユニゾンで長い音価をつなぎます。再び冒頭の音型が戻り、テキストも最初に戻って繰り返します。1行目と2行目の歌は冒頭より高く上っていき、より気持ちが高揚していることを印象付けます。続いて左手はタッタタッタのリズムが回帰しますが、右手は細かいリズムを加えて変化を見せます。
終わりの方の"vedermi"は"ve-der-mi"と音節ごとに八分休符を入れて歌われ、焦って声が上ずっている感じを表現しているかのようです。
締めに"così"を3回繰り返すのですが、最初の2回は「ソ-ド」で主音で終わるのですが、一番最後だけ「ソ-ミ」で終わり、気持ちが解消されていないことを示しているかのようです。

6/8拍子
変ホ長調(Es-dur)
Allegro

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P)

F=ディースカウはこのタイプの曲が本当に巧いです。"Perchè"の後にベートーヴェンによって追加された"ah!"の表情など焦燥感が手に取るように伝わってきます。

●チェチーリア・バルトリ(MS), アンドラーシュ・シフ(P)
Cecilia Bartoli(MS), András Schiff(P)

バルトリの変幻自在な表現とシフの鋭いタッチが素晴らしいです!

●ロデリック・ウィリアムズ(BR), アン・マリー(MS), イアン・バーンサイド(P)
Roderick Williams(BR), Ann Murray(MS), Iain Burnside(P)

ウィリアムズは知的な表現がなんとも爽快です。バーンサイドの雄弁なピアノも魅力的です。

●アンナ・ボニタティブス(MS), アデーレ・ダロンゾ(P)
Anna Bonitatibus(MS), Adele D'Aronzo(P)

ボニタティブスは非常に表情豊かに歌っていて個人的にとても気に入りました。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

プライの歌唱は大人の対応という印象で、彼女が来ないことで苛立ったりはせず、慣れっこになっているような余裕が感じられました。

●アンドレア・ボチェッリ(T), ユージン・コーン(P)
Andrea Bocelli(T), Eugene Kohn(P)

ボチェッリの歌唱は焦燥感を前面に押し出していて、聞いていて楽しくなります。

●レナート・ブルゾン(BR), マーカス・クリード(P)
Renato Bruson(BR), Marcus Creed(P)

ブルゾンの歌唱は焦燥感よりも恋人が来ないことに落ち込んでいるような感じが出ていました。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

ここでのシュライアーは強弱を明瞭に表現してメリハリのきいた歌唱でした。

●ピアノパートのみ(おそらくチャンネル名のSalvatore Gaglio氏による演奏と思われます)
BEETHOVEN " L'amante impaziente " Op. 82 n. 3 Lieder piano accompaniment with score baritone soprano

チャンネル名:salvatore gaglio pianist(リンクをクリックすると音が鳴りますのでご注意ください)
楽譜付きなので、ピアノに合わせて歌ってみてください。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

4つのアリエッタとひとつの二重唱——作曲動機不明のイタリア歌曲(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「Vier Arietten und ein Duett, Op. 82」の解説:高橋浩子)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

RISM(国際音楽資料目録)

Adriano in Siria, Dramma per musica (Pietro Metastasio)

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