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生誕150年!ヴォーン・ウィリアムズ「リンデン・リー(Linden Lea)」

Linden Lea
 リンデン・リー

Within the woodlands, flow'ry gladed,
By the oak trees' mossy moot,
The shining grass blades, timber shaded,
Now do quiver underfoot;
And birds do whistle overhead,
And water's bubbling in its bed;
And there for me, the apple tree
Do lean down low in Linden Lea.
 森の中、花咲く空き地の
 苔むしたオークの切り株のそばで、
 輝く草は、木の陰になり、
 足元で震えている。
 鳥たちは頭上でさえずり、
 水は河床でぶくぶく沸いている、
 そしてそこでは、私に向かって、りんごの木が
 低く垂れさがるのだ、リンデン・リーで。

When leaves, that lately were a-springing,
Now do fade within the copse,
And painted birds do hush their singing,
Up upon the timber tops;
And brown leaved fruit's a-turning red,
In cloudless sunshine overhead,
With fruit for me, the apple tree
Do lean down low in Linden Lea.
 葉は最近芽吹いていたのに、
 今や林の中でしおれている、
 色鮮やかな鳥たちは歌うのをやめる、
 木の頂上で。
 そして茶色い葉の果実は赤くなる、
 頭上の雲一つない日の光の中で。
 果実とともに、私に向かって、りんごの木が
 低く垂れさがるのだ、リンデン・リーで。

Let other folk make money faster,
In the air of dark-room'd towns;
I don't dread a peevish master,
Though no man may heed my frowns.
I be free to go abroad,
Or take again my homeward road,
To where, for me, the apple tree
Do lean down low in Linden Lea.
 他の人々にはせっせと金を稼がせておけ、
 暗い寄宿生活を過ごした町の空気の中で。
 私は気難しい雇い主を恐れたりしない、
 私がまゆをひそめても気に掛ける人などいないかもしれないが。
 私はいつでも海外に行けるし、
 再び家路にもつける。
 そこへも、私に向かって、りんごの木が
 低く垂れさがるのだ、リンデン・リーで。

詩:William Barnes (1801-1886)
曲:Ralph Vaughan Williams (1872-1958), "Linden Lea", alternate title: "In Linden Lea", 1901, published 1902

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2022年が生誕150年にあたるレイフ・ヴォーン・ウィリアムズ(Ralph Vaughan Williams: 1872.10.12-1958.8.26)はイギリスの代表的な作曲家であり、歌曲も数多く残しています(The Ralph Vaughan Williams Societyの作品リストによると、独唱曲98曲、二重唱曲8曲)。歌曲集『生命の家(The house of life)』(特に「静かな午後(Silent noon)」が有名)、歌曲集『旅の歌(Songs of travel)』、歌曲集『ウェンロック・エッジで(On Wenlock Edge)』などがよく知られていますが、今回はとりわけ広く親しまれている「リンデン・リー(Linden Lea)」という歌曲をご紹介したいと思います。

1901年に作曲された歌曲「リンデン・リー」は、ウィリアム・バーンズ(William Barnes)がドーセット地方(イングランド南西部の地域)の方言で書いたテキストによるもので、1912年ロンドンのBoosey & Co.社出版の楽譜には標準語とドーセット方言が並行して記載されています(1902年の初版は今のところ閲覧できていません)。副題には「ドーセットの歌(A Dorset Song)」と書かれています。

ヴォーン・ウィリアムズの曲は基本的にはテキストの各節に同じ音楽を付けた有節形式ですが、各節冒頭の歌のパートに異なる強弱記号を付け、mp(1節)、mf(2節)、f(3節)と徐々に強くなるように配置しています。3節ではさらにAnimato(いきいきと)という指示まで付けています。
1、2節が故郷の田園風景を懐かしく回顧する一方、3節では都会で働く主人公が世知辛い現状を吐露しており、"f"は主人公の憤りが反映されているものと思われます(ピアノパートのスタッカートもその反映でしょう)。3節は冒頭だけでなく、その後も頻繁な強弱と速度の変更の指示があり、ヴォーン・ウィリアムズのテキストの解釈を知ることが出来ます。
各節最後の2行では故郷のりんごの木が低く垂れている情景を繰り返し、主人公の心のよすがになっていることを想像させます。最後の行"Do lean down low in Linden Lea."の"L"の頭韻が美しく響きますね。

ところで「リンデン・リー」とは何なのでしょう?地名のように使われていますが、Lindenはドイツ語でもお馴染みの「セイヨウボダイジュ(シナノキ)」のことで、Leaは詩語で「草原、草地、牧草地」をあらわすそうです。詩人の思い入れのあるシナノキの立った草原でしょうか。都会に出稼ぎに出て嫌な思いをしていても、主人公の心の中には故郷のシナノキ林に立っているりんごの木があり、いつでもそこに戻ることが出来るのだと言い聞かせているかのように感じました。

それにしてもイギリスのメロディーは何故か日本人の琴線に触れるものが多く、懐かしさを呼び起こされるのが不思議です。日本人の胸を打つ要素が何かあるのかもしれませんね。そのへんを研究対象にしたら面白いかもしれません。

3/4拍子
ト長調(G major)
Andante con moto

●ロデリック・ウィリアムズ(BR), イアン・バーンサイド(P)
Roderick Williams(BR), Iain Burnside(P)

優しく慰撫するようなウィリアムズの柔らかい表現に心が洗われるようです。感動的な演奏でした!

●デイム・ジャネット・ベイカー(MS), ジェラルド・ムーア(P)
Dame Janet Baker(MS), Gerald Moore(P)

日本ではあまり知られていませんが、イギリス歌曲を精力的に歌ってきたジャネット・ベイカーの歌声は温かみがあり素晴らしいです。

●ジョン・シャーリー=クワーク(BR), ヴァイオラ・タナード(P)
John Shirley-Quirk(BR), Viola Tunnard(P)

シャーリー=クワークの深みのある歌声はホッターのような包容力を感じました。表現もしみじみとした味わいがあり、非常に胸打たれました。タナードのピアノも歌声に共通する包容力があり素敵でした。

●ブリン・ターフェル(BR), マルコム・マーティノー(P)
Bryn Terfel(BR), Malcolm Martineau(P)

速めのテンポですが、ターフェルはテキストに敏感に反応した歌唱で良かったです。

●ロバート・ティアー(T), フィリップ・レッジャー(P)
Robert Tear(T), Philip Ledger(P)

楽譜付きの映像です。ティアーはかなりドラマティックな歌いぶりで、テキストの第3節の怒りが根底にあるのかなと感じました。

●ピアノパートのみ
Vaughan Williams - Linden Lea - Accompaniment: G major

チャンネル名:Simon Walton
とても美しい演奏です。ピアノパートだけ聞いていても心に響くものがありました。

動画サイトにはないですが、加耒徹(BR)&松岡あさひ(P)の録音は滑らかなディクションと真摯な表現で魅了されました。
もう1組、辻裕久(T)&なかにしあかね(P)はイギリス歌曲を精力的に演奏しているコンビで、この曲の録音も伸びやかな美声と味わい深いピアノの響きで素晴らしかったです。機会があればぜひお聴きください。

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(参考)

Liedernet

IMSLP(楽譜のダウンロード)

The Ralph Vaughan Williams Society (作品表)

William Barnes (Wikipedia: 英語)

Dorset (Wikipedia: 英語)

「詩と音楽」:2008.09.30 藤井宏行氏の対訳と解説

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コメント

>それにしてもイギリスのメロディーは何故か日本人の琴線に触れるものが多く、懐かしさを呼び起こされるのが不思議です。

フランツさん、こんばんは。
本当にそうですね。私も同じ事を思います。この曲も懐かしく感じます。民謡のメロディとにていますね。
国民性も気候、文化も違うのに不思議です。

ウィリアムズの優しいバリトンが曲に合っていて癒されました。

ベイカーのメゾもいいですね。
最近メゾの音質も好きです。包まれますよね。半音が効いている箇所があったようにおもうのですが、ベイカーが一番聞き取れました。独特の効果を生みますよね。

シャーリー=クワークの深い声、確かにホッターをおもわせますね。深くてまろやかなバリトンはあったかいお湯に浸っているような心地よさがあります。

ターフェルは、1990年代によく名前を聞きましたね。レンタルで借りて来て色々聞いたことが懐かしいです。パワフルな歌手のイメージですが、曲に合わせて歌えるのがやはり名歌手なんだと思います。

優しく懐かしいです名曲のご紹介をありがとうございました。

投稿: 真子 | 2022年11月 7日 (月曜日) 19時47分

真子さん、こんばんは。

イギリスのメロディーの懐かしさについて、真子さんにも共感いただけて嬉しいです。音階なのか、リズムなのか、何か要因がありそうな気がします。そういえば「蛍の光」もスコットランド民謡ですし、昔からイギリスの民謡は日本にいろいろ入ってきているのでしょうね。

各演奏についてもコメント有難うございます。

ロデリック・ウィリアムズはドイツリートも得意としていますが、お国もののイギリス歌曲はやはり素晴らしいですね。この曲のメロディーに優しく寄り添った歌声に聴き惚れました。まさに「癒し」の声ですよね。

ベイカーの歌はメロディーラインを生かして歌っているのがとてもいいなと思います。半音の効果は第3節の"take again my homeward road"の"again"のピアノパートでしょうか。ここをベイカーは本当にデリケートな弱声で感動的に歌っていますね。

シャーリー=クワークの声、「あったかいお湯に浸っているような心地よさ」という表現、真子さんらしくとても分かりやすいたとえですね。

ターフェルは結構連続して録音が出ていた時期ありましたよね。真子さんはレンタルでいろいろ聴かれたのですね。そういう思い出ってふと懐かしくなりますよね。おっしゃるようにパワフルな歌いぶりだと思いますが、ドイツリートなども独自の表現で聴かせてくれますね。
以前メットの公演を映画館で上映するライブビューイングというのを見に行ったことがあるのですが、「ラインの黄金」でターフェルがヴォータンを歌っていたのを思い出します。未だにヴァーグナーは初心者ですが、あの音の洪水に浸っていると心地よい気分になったりします。

今回も素敵なコメント有難うございました!

投稿: フランツ | 2022年11月 8日 (火曜日) 20時04分

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