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ベートーヴェン「別れ(La partenza, WoO. 124)」

La partenza, WoO. 124
 別れ

Ecco quel fiero istante!
Nice, mia Nice, addio!
Come vivrò, ben mio,
Così lontan da te?
Io vivrò sempre in pene,
Io non avrò più bene,
E tu, chi sa se mai
Ti sovverrai di me!

(対訳:「詩と音楽」藤井宏行氏)

詩:Pietro Antonio Domenico Bonaventura Trapassi (1698-1782), as Pietro Metastasio, "La partenza", written 1746, appears in Canzonette, no. 5
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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メタスタージオのテキストによるイタリア語の歌曲「別れ(La partenza, WoO. 124)」は1795年に作曲され、1803年に校正、同年出版されました。

詩は、残酷な瞬間が来た。愛するニーチェと別れなければならない。僕はこれからずっと苦しんで生きるだろう。きみは僕のことを思い出してくれるのだろうか、という内容です。

このメタスタージオのイタリア語の歌詞について「MUSICA CLASSICA」さんが一語一語詳細に解説してくださっていて、とても勉強になります。ぜひご覧ください(記事はロッスィーニの歌曲として書いておられますが、同じテキストです("Sempre nel tuo cammino"以降はベートーヴェンは省略しています))。

ベートーヴェンの音楽はイ長調の明るい響きでほぼ貫かれていて、詩の内容を知らなければ別れの歌とは思えないほどです。ただベートーヴェンは曲の冒頭に"Affettuoso (情趣豊かに)"という指示を書き、詩の感情を表現することを求めているように思います。普段詩句の繰り返しの多いベートーヴェンには珍しく、この曲では最後の2行を1回繰り返すのみにとどめており、過剰さを排してコンパクトにまとめようとしたものと想像されます。歌声部は冒頭などいくつかの箇所を除いて順次進行で、なめらかな旋律が聞く者を心地よくさせてくれるのだと思います。

2/4拍子
イ長調(A-dur)
Affettuoso (情趣豊かに)

●チェチーリア・バルトリ(MS), アンドラーシュ・シフ(P)
Cecilia Bartoli(MS), András Schiff(P)

バルトリのニュアンスに富んだ声の表情に脱帽です。

●ポール・トレパニエ(T), ピアニスト名不詳
Paul Trépanier(T), Unidentified pianist

1975年。カナダ人テノール、トレパニエの明晰な歌唱に惹かれました。

●ジョイス・ディドナート(MS), ダヴィッド・ゾベル(P)
Joyce DiDonato(MS), David Zobel(P)

2010年1月18日, Teatro de la Zarzuela, Madrid収録の放送録音。世界中の劇場から引っ張りだこのオペラ歌手ディドナートはさすがに主人公の悲痛な心情を声で表現していて素晴らしいです。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)【1970年代Philips録音】
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

ホカンソンが速めのテンポでノンレガートで弾いているのはプライの指示なのでしょうか。弦楽器片手にセレナーデを歌っているかのようなイメージが浮かんできました。プライはみずみずしい美声で再会を確信しているような歌に聞こえました。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)【1980年代後半Capriccio録音】
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

同じコンビですが10年経つと随分解釈が変わりますね。ホカンソンはもはやノンレガートでは弾いていません。プライの声から滲み出る哀感はこの時期ならではの素晴らしさだと思います。

●ヘルマン・プライ(BR), ヴォルフガング・サヴァリシュ(P)
Hermann Prey(BR), Wolfgang Sawallisch(P)

プライとサヴァリシュによる貴重なコンサートライヴ映像です。1970年代初頭とのことですので、ホカンソンとのPhilipsの録音と比較的近い時期の演奏と推定されますが、ホカンソン盤に聴かれたノンレガートをサヴァリシュはしていないので、もしかしたらピアニストの解釈なのかもしれませんね。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ハルトムート・ヘル(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Hartmut Höll(P)

F=ディースカウは1960年代にデームスともこの曲を録音していますが、個人的にはヘルとのこの録音の方がテキストの悲しみが伝わってきて気に入っています。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

シュライアーは誠実な歌いぶりの中で自然と主人公の辛い心情が伝わってきました。

●ピアノパートのみ
Sing with me - L. V. Beethoven - La partenza (high voice)

チャンネル名:Marco Santià Pianist (リンク先は音が出ます)
一見分散和音中心かと思いきや、右手と左手を交互に打つリズムやジグザグの音型など様々な要素が盛り込まれていることが分かります。

●モーツァルト(Mozart)作曲「ノットゥルノ(Notturno "Ecco quel fiero istante", K. 436)」
エリー・アーメリング(S), エリサベト・コーイマンス(S), ペーター・ファン・デア・ビルト(BR) オランダ管楽アンサンブル
Elly Ameling(S), Elisabeth Cooymans(S), Peter van der Bilt(BR), Members of the Netherlands Wind Ensemble

同じテキストにモーツァルトは三重唱で書いています。基本的に明るい曲調なのですが、歌い方によっては切ない感じが伝わってくると思います。アーメリングの伸びやかな歌声に聞き惚れます!

●ロッスィーニ(Rossini)作曲「別れ(La Partenza)」
エヴァ・メイ(S), ファビオ・ビディーニ(P)
Eva Mei(S), Fabio Bidini(P)

ロッスィーニも長調のゆったりしたテンポなので、歌手が別れの歌であることを表現しなければならないですね。ベテラン、メイの歌唱は素晴らしかったです。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

「別れ」——短くも創意あふれる歌曲(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「La partenza」の解説:村田千尋)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

RISM(国際音楽資料目録)

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コメント

フランツさん、こんばんは。

別れの詩にこんなに穏やかなメロディをつけたのですね。ベートーベンはやはり多才だなあと感じつつ聞きました。

プライさんのPHILIPS盤は、この曲に限らず30代、50代に比べ速めのテンポを取っているようです。テンポも解釈と語っていましたから、何か考えがあったんでしょうね。
温もりとコクのある美声に聞き入ります。

カプリッチオ盤では声が渋くなってきています。噛み締めるように歌うことが多く、哀愁を感じるのもその為かもしれませんね。

サヴァリッシュさんとの共演映像、よく見つけてくださいました!貴重な映像ですよね。
ライヴの為か、ゆったりと表情豊かに歌っていますよね。素敵です。
この時期の声は本当に美しい!
この声そのものが芸術だと感じます。

実は、各歌手について詳しく書いていたのですが、消えてしまいガクッと来てしまいました。
プライさんだけ打ち直しました。
すみません(^-^;

ちなみに、メイのCD持っています。
豊かな表現力で素晴らしいですよね!

投稿: 真子 | 2022年10月30日 (日曜日) 21時17分

真子さん、こんばんは。

>実は、各歌手について詳しく書いていたのですが、消えてしまいガクッと来てしまいました。

これは辛いですよね。消えた瞬間、もう書く気力が失せますよね。私も経験者ですからよく分かります。
そんな中、再度書いてくださり、有難うございます!

真子さんがWindowsのパソコンをお使いでしたら、Windowsアクセサリの中に「メモ帳」というソフトが入っているので、それで下書きをすると途中で消える可能性が少なくなると思います。ファイル名を付けて分かりやすい場所に保存しておくというのも一つの手だと思います。
私はこのブログの初期の頃、記事を入力するフォームに直接入力していて、なんらかの拍子に一瞬で記事が消えて絶望したことが数回ありました。
それ以来、メモ帳やワードなどに保存しながら記事を作成することにしました。ご参考までに。

プライの聴き比べ、楽しんでいただけたようで良かったです。同じ曲でもそれぞれの時期で異なる特徴があって興味深いですよね。サヴァリシュとの映像は日本語でプライの名前が表示されているので、日本で放送されたのかもしれませんね。

エヴァ・メイのCDお持ちなのですね。さすがです!イタリア歌曲はまだまだ私にとって知らない曲が多い分野なので、こうして少しずつ探索していくのも楽しいです。

投稿: フランツ | 2022年10月31日 (月曜日) 21時00分

フランツさん、こんばんは。

保存の仕方をありがとうございます。
スマホで見たり書いたりすることが多いので、余計誤送信してしまいます。
パソコンを使う時には、教えて頂いた機能を使ってみます。
どんどん世の中について行けなくなっている事を痛感します(^-^;

投稿: 真子 | 2022年11月 8日 (火曜日) 21時36分

真子さん、こんばんは。
お役に立てたならば良かったです^^

スマホは手軽ですよね。私も音楽を聞くのはほとんどスマホです。
記事を書いたり、コメントを書いたりするのはスマホだと失敗することが多いので、スマホから直接書かざるをえない場合もメモのアプリに下書きしてからコピーするようにしています。
便利な世の中ですが、馴染みの薄い人たちにとっては不親切な世の中になったとつくづく思います。機会音痴の母親など、一人暮らしなので、機械回りのことは私に依頼がきます(笑)。なんでもかんでもコンピュータの利用を強いるならば高齢者にその教育の支援をするのが先ではないかなと思ったりします。

投稿: フランツ | 2022年11月 9日 (水曜日) 18時44分

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