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ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ初出音源6曲 "DISCOVERIES"

今年没後10年を迎えたディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Dietrich Fischer-Dieskau: 1925-2012)がDeutsche Grammophonに残した歌曲全録音が107枚組のCDで発売されたことが歌曲ファン界隈で注目されていますが、もう1種類、おまけのように彼の新発見の録音(これまで倉庫深くに眠っていた音源)が6曲含まれたデジタルアルバムがリリースされたのは望外の喜びでした。

曲目はシューベルトの『白鳥の歌』から2曲、ジャネット・ベイカーとのシューベルト二重唱曲のLPに含まれていなかった1曲、ヴァラディ、シュライアーと録音したシューマン二重唱曲集のLPに含まれていなかった1曲、それにジェスィー・ノーマンと分担したブラームス歌曲全集でノーマンが歌っていた2曲のF=ディースカウによる録音です。

シューベルト、シューマンの二重唱曲集は、いずれもお蔵入りになる理由が思い当たらないので、おそらく膨大な録音テープの中に埋もれてレコード製作時に気付かれなかったのではないでしょうか。

ブラームスの方はディースカウの録音した後にノーマンがこの2曲を録音して、全集という性格上、どちらかの録音を採用するという段階でディースカウの録音はお蔵入りとなったのでしょう。

『白鳥の歌』の2曲は、著名な共演ピアニストのフーベルト・ギーゼン(Hubert Giesen)と、その夫人エリノア・ユンカー=ギーゼン(Ellinor Junker-Giesen)によるシューベルトの歌曲の録音が同じテープに入っていたそうですが、だからといってフーベルト・ギーゼンがディースカウのパートナーだったという確証はないようです。このアルバムの解説を書いているMarkus Kettner氏によると、初期のディースカウが放送録音でよく組んでいたクラウス・ビリング(Klaus Billing)の可能性もあると言っていますが、それならばヘルタ・クルストの可能性もあることになり、結局ピアニストの特定は出来ないということになるでしょう。

演奏はそれぞれの時期の良さが感じられる素晴らしいもので、豪華な共演者たち(歌手、ピアニスト)との息もぴったりでした。
特筆すべきなのが最初の「彼女の姿」です。解説のMarkus Kettner氏も触れていますが、かなりたっぷりとしたテンポで歌っています。

シューベルト:彼女の姿(Ihr Bild) D957/9 (ピアニスト不明)(1949年3月録音)

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ
「発見」 シューベルト・シューマン・ブラームス

シューベルト
彼女の姿 D957/9(『白鳥の歌』D957より)
漁師の娘 D957/10(『白鳥の歌』D957より)
ピアニスト名不明
録音:1949年3月, ベルリン

シューベルト
パンチ酒の歌 D253
ジャネット・ベイカー(MS), ジェラルド・ムーア(P)
録音:1972年3月, UFA-Tonstudio, ベルリン

シューマン
悲劇Ⅲ Op. 64/3c "彼女の墓の上に一本のリンデが立っている"
ペーター・シュライアー(T), クリストフ・エッシェンバハ(P)
録音:1977年12月, Studio Lankwitz, ベルリン

ブラームス
サッポー風の頌歌 Op. 94/4
メロディーのように Op. 105/1
ダニエル・バレンボイム(P)
録音:1978年3月, Studio Lankwitz, ベルリン

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Dietrich Fischer-Dieskau
DISCOVERIES Schubert · Schumann · Brahms

FRANZ SCHUBERT
Schwanengesang, D. 957: No 9, Ihr Bild
Schwanengesang, D. 957: No. 10, Das Fischermädchen
Unknown pianist
Recording: March 1949, Berlin

FRANZ SCHUBERT
Punschlied, D. 253
Janet Baker, Gerald Moore
Recording: March 1972, UFA-Tonstudio, Berlin

ROBERT SCHUMANN
Romanzen und Balladen, Vol. IV: Tragödie, Op. 64 No. 3c, "Auf ihrem Grab, da steht eine Linde"
Peter Schreier, Christoph Eschenbach
Recording: Dec. 1977, Studio Lankwitz, Berlin

JOHANNES BRAHMS
5 Lieder, Op. 94: No. 4, Sapphische Ode
5 Lieder, Op. 105: No. 1, Wie Melodien zieht es mir
Daniel Barenboim
Recording: March 1978, Studio Lankwitz, Berlin

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(参考)

Deutsche Grammophonのサイト

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ベートーヴェン「別れ(La partenza, WoO. 124)」

La partenza, WoO. 124
 別れ

Ecco quel fiero istante!
Nice, mia Nice, addio!
Come vivrò, ben mio,
Così lontan da te?
Io vivrò sempre in pene,
Io non avrò più bene,
E tu, chi sa se mai
Ti sovverrai di me!

(対訳:「詩と音楽」藤井宏行氏)

詩:Pietro Antonio Domenico Bonaventura Trapassi (1698-1782), as Pietro Metastasio, "La partenza", written 1746, appears in Canzonette, no. 5
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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メタスタージオのテキストによるイタリア語の歌曲「別れ(La partenza, WoO. 124)」は1795年に作曲され、1803年に校正、同年出版されました。

詩は、残酷な瞬間が来た。愛するニーチェと別れなければならない。僕はこれからずっと苦しんで生きるだろう。きみは僕のことを思い出してくれるのだろうか、という内容です。

このメタスタージオのイタリア語の歌詞について「MUSICA CLASSICA」さんが一語一語詳細に解説してくださっていて、とても勉強になります。ぜひご覧ください(記事はロッスィーニの歌曲として書いておられますが、同じテキストです("Sempre nel tuo cammino"以降はベートーヴェンは省略しています))。

ベートーヴェンの音楽はイ長調の明るい響きでほぼ貫かれていて、詩の内容を知らなければ別れの歌とは思えないほどです。ただベートーヴェンは曲の冒頭に"Affettuoso (情趣豊かに)"という指示を書き、詩の感情を表現することを求めているように思います。普段詩句の繰り返しの多いベートーヴェンには珍しく、この曲では最後の2行を1回繰り返すのみにとどめており、過剰さを排してコンパクトにまとめようとしたものと想像されます。歌声部は冒頭などいくつかの箇所を除いて順次進行で、なめらかな旋律が聞く者を心地よくさせてくれるのだと思います。

2/4拍子
イ長調(A-dur)
Affettuoso (情趣豊かに)

●チェチーリア・バルトリ(MS), アンドラーシュ・シフ(P)
Cecilia Bartoli(MS), András Schiff(P)

バルトリのニュアンスに富んだ声の表情に脱帽です。

●ポール・トレパニエ(T), ピアニスト名不詳
Paul Trépanier(T), Unidentified pianist

1975年。カナダ人テノール、トレパニエの明晰な歌唱に惹かれました。

●ジョイス・ディドナート(MS), ダヴィッド・ゾベル(P)
Joyce DiDonato(MS), David Zobel(P)

2010年1月18日, Teatro de la Zarzuela, Madrid収録の放送録音。世界中の劇場から引っ張りだこのオペラ歌手ディドナートはさすがに主人公の悲痛な心情を声で表現していて素晴らしいです。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)【1970年代Philips録音】
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

ホカンソンが速めのテンポでノンレガートで弾いているのはプライの指示なのでしょうか。弦楽器片手にセレナーデを歌っているかのようなイメージが浮かんできました。プライはみずみずしい美声で再会を確信しているような歌に聞こえました。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)【1980年代後半Capriccio録音】
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

同じコンビですが10年経つと随分解釈が変わりますね。ホカンソンはもはやノンレガートでは弾いていません。プライの声から滲み出る哀感はこの時期ならではの素晴らしさだと思います。

●ヘルマン・プライ(BR), ヴォルフガング・サヴァリシュ(P)
Hermann Prey(BR), Wolfgang Sawallisch(P)

プライとサヴァリシュによる貴重なコンサートライヴ映像です。1970年代初頭とのことですので、ホカンソンとのPhilipsの録音と比較的近い時期の演奏と推定されますが、ホカンソン盤に聴かれたノンレガートをサヴァリシュはしていないので、もしかしたらピアニストの解釈なのかもしれませんね。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ハルトムート・ヘル(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Hartmut Höll(P)

F=ディースカウは1960年代にデームスともこの曲を録音していますが、個人的にはヘルとのこの録音の方がテキストの悲しみが伝わってきて気に入っています。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

シュライアーは誠実な歌いぶりの中で自然と主人公の辛い心情が伝わってきました。

●ピアノパートのみ
Sing with me - L. V. Beethoven - La partenza (high voice)

チャンネル名:Marco Santià Pianist (リンク先は音が出ます)
一見分散和音中心かと思いきや、右手と左手を交互に打つリズムやジグザグの音型など様々な要素が盛り込まれていることが分かります。

●モーツァルト(Mozart)作曲「ノットゥルノ(Notturno "Ecco quel fiero istante", K. 436)」
エリー・アーメリング(S), エリサベト・コーイマンス(S), ペーター・ファン・デア・ビルト(BR) オランダ管楽アンサンブル
Elly Ameling(S), Elisabeth Cooymans(S), Peter van der Bilt(BR), Members of the Netherlands Wind Ensemble

同じテキストにモーツァルトは三重唱で書いています。基本的に明るい曲調なのですが、歌い方によっては切ない感じが伝わってくると思います。アーメリングの伸びやかな歌声に聞き惚れます!

●ロッスィーニ(Rossini)作曲「別れ(La Partenza)」
エヴァ・メイ(S), ファビオ・ビディーニ(P)
Eva Mei(S), Fabio Bidini(P)

ロッスィーニも長調のゆったりしたテンポなので、歌手が別れの歌であることを表現しなければならないですね。ベテラン、メイの歌唱は素晴らしかったです。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

「別れ」——短くも創意あふれる歌曲(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「La partenza」の解説:村田千尋)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

RISM(国際音楽資料目録)

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ベートーヴェン「おお、いとしい森よ(O care selve, WoO. 119)」

O care selve, WoO. 119
 おお、いとしい森よ

CORO
O care selve, o cara
Felice libertà!

ARGENE
Qui, se un piacer si gode,
Parte non v'ha la frode,
Ma lo condisce a gara
Amore e fedeltà.

(対訳:「詩と音楽」藤井宏行氏)

詩:Pietro Antonio Domenico Bonaventura Trapassi (1698-1782), as Pietro Metastasio, appears in Olimpiade
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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ベートーヴェンはイタリア語の歌曲もいくつか作曲しています。これらも「詩と音楽」の藤井さんの対訳にリンクさせていただきながらご紹介していきたいと思います。

まずはメタスタージオの音楽劇『オリンピアーデ(Olimpiade)』の中の第1幕第4場からとられた一場面による「おお、いとしい森よ(O care selve, WoO. 119)」で、ベートーヴェン24、25歳頃の1794/95年に作曲されました。

メタスタージオのテキストに従って、合唱(Coro)(正確には斉唱ですが)と独唱(Una voce)によって歌われます。旧全集を見ると繰り返し記号が付けられていないので、それに従うと「A(合唱)-B(独唱)」と演奏されることになります。ただ、最後にAを繰り返して終わる演奏もあり、下記参考文献における藤本一子氏、村田千尋氏も共にA-B-Aのダ・カーポ形式と解説されていますので、自筆譜をインターネットで探したところ、こちらのHenle社のブログに大英図書館(British Library)のカフカ雑録(Kafka Miscellany)に保管されている自筆譜の写真が掲載されていました(複数ある写真のうち一番上の楽譜)。Aの部分の終わりにフェルマータ記号があり、Bの最後に「Dal Segno(ダル・セーニョ)」と書かれているのが見て取れました。ただ戻る場所のセーニョ記号が書かれていないので、ダ・カーポと判断していいように思いますし、おそらく新全集ではそうなっているのでしょう。

6/8拍子のリズムにのって素直なメロディーが歌われます。のどかで素朴な雰囲気をもった親しみやすい作品です。Bの後のピアノ間奏は独唱の締めのひとふしをそのまま繰り返しています。

6/8拍子
ト長調(G-dur)
Allegretto

●ヘルマン・プライ(BR), ハインリヒ・シュッツ・クライス・ベルリン, レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Heinrich Schütz Kreis, Berlin, Leonard Hokanson(P)

合唱(A)-独唱(B)-合唱(A)。プライの独唱の後に冒頭の合唱を繰り返す形で演奏しています。合唱パートを女声合唱にしたことで、円熟のプライの歌唱と対比されて美しい演奏でした。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

合唱のパートも含めて、シュライアーが一人で歌っています(A-B)。シュライアーは感情のこもった歌でした。

●ルイーズ・トッピン(S), ジョン・オブライエン(Fortepiano)
Louise Toppin(S), John O'Brien(Fortepiano)

2014年3月8-10日録音。合唱のパートも含めて、トッピンが一人で歌っています(A-B)。トッピンは声の色合いの豊かな歌を聞かせてくれています。

●アンナ・ボニタティブス(MS), アデーレ・ダロンゾ(P)
Anna Bonitatibus(MS), Adele D'Aronzo(P)

合唱のパートも含めて、ボニタティブスが一人で歌っています。最後に合唱パートを繰り返していました(A-B-A)。イタリア人ボニタティブスは速めのテンポでかなり抑揚をつけて歌っていました。

●コンスタンティン・グラーフ・フォン・ヴァルダードルフ(BR), ヴィーン・グスタフ・マーラー合唱団, クリスティン・オーカーランド(P)
Constantin Graf von Walderdorff(BR), Gustav Mahler Chor Wien, Kristin Okerlund(P)

ここでは、ベートーヴェンが省いたメタスタージオのテキストの続きを復元して歌っています。資料的にも貴重ですね。合唱は混声合唱で歌っています。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「O care selve」の解説:村田千尋)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

G. Henle Verlag: "Beethoven's “Unfinished” (compositions)" (自筆譜の写真)

L’olimpiade, Vienna, van Ghelen, 1733 (メタスタージオの原文)

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ベートーヴェンのフランス語の歌曲「愛する喜び(Plaisir d'aimer, WoO. 128)」

★愛する喜び(Plaisir d'aimer), WoO. 128 (Hess 131, Biamonti 201)

Plaisir d'aimer (Romance), WoO. 128

Plaisir d'aimer, besoin d'une âme tendre
Que vous avez de pouvoir sur mon coeur.
De vous, hélas, en voulant me défendre
Je perds la paix sans trouver le bonheur.

詩の対訳:ロマンス(「詩と音楽」藤井宏行氏訳)

詩:anonymous
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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ベートーヴェンは1798年から99年にこの作者不詳の短い詩による歌曲スケッチを書きました。

愛する喜びは優しい心が必要なのに相手の力ゆえに私は幸せも見いだせず平安を失ったと歌われます。フランス語に疎いのであくまで想像ですが、相手の強烈な引力ゆえに心の平静を失ってしまったというところでしょうか。「糸を紡ぐグレートヒェン」に近い感覚かなと思いました。

はじめて出版されたのは、もう一つのフランス語の歌曲「何と時は長く(Que le temps me dure), WoO. 116」の第1稿と同様、1902年の「Die Musik. – 1 (1901/1902), H. 12」で、「何と時は長く」の楽譜に続けて掲載されています。
そこでは3つのスケッチの後に、演奏できる形にした楽譜が掲載されています(Beethoven-Haus Bonnのリンク先で閲覧可能です)。

「Die Musik. – 1 (1901/1902), H. 12」に掲載された楽譜
Romance_1
Romance_2
Romance_3
Romance_4

スケッチ(未完)
[C (4/4拍子)]
ト長調(G-dur)

●パメラ・コバーン(S), レナード・ホカンソン(P)
Pamela Coburn(S), Leonard Hokanson(P)

コバーンのメロディーラインを丁寧に紡ぐ歌唱が美しかったです。

●マリオ・アカール(BR), クロード・コレ(P)
Mario Hacquard(BR), Claude Collet(P)

アカールは歌手と同時に俳優業もしているそうで、語るような歌が印象的でした。コレのピアノも雄弁で良かったです。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

シュライアーの真摯な歌いかけが心に沁みます。

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(参照)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

《愛の喜び》——フランス語の詩にのせた11小節の歌曲(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「Plaisir d'aimer」の解説:村田千尋)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

Staatsbibliothek zu Berlin: Digitalisierte Sammlungen (スケッチ)
1
2

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エリー・アーメリング初期のヴォルフ「イタリア歌曲集」全曲(ハンス・ヴィルブリンク&フェーリクス・ドゥ・ノーベル)(1962年12月)

動画サイトにエリー・アーメリング(Elly Ameling)の新しい音源がアップされていたのでご紹介します!同じくオランダ出身のバリトン歌手ハンス・ヴィルブリンク(Hans Wilbrink: born 8 October 1933 in Rotterdam; died 20 August 2003 in Munich)と分担してヴォルフの「イタリア歌曲集」全曲を演奏した時の録音で、オランダの歌曲ピアノの名手フェーリクス・ドゥ・ノーベル(Felix de Nobel: born 27 May 1907 in Haarlem; died 25 March 1981 in Amsterdam)と共演しています。以前Sandmanさんに教えていただいたサイトBeeld en Geluidの音源とおそらく同じと思われ、最初の数曲は購入して所持していたのですが、その後、おそらく権利の関係で日本からは購入出来なくなってしまった為、こうして全曲を聞くことが出来て嬉しいです。アーメリングとヴィルブリンクは当時29歳、ドゥ・ノーベルは当時55歳で、歌手とピアニストの年齢差26歳です。ちなみにこの年齢差はF=ディースカウとムーアの年齢差と同じです。ベテランのピアニストが有望な若手歌手と組んで世の中に紹介していくという仕組みですね。そういえばJanny de Jong著「Elly Ameling: Vocaal Avontuur」というアーメリングについて書かれた本にこの3人の写真が掲載されていたのを思い出しました。彼女はデームスやボールドウィンと出会う前はドゥ・ノーベルとリサイタルや放送録音でよく共演していたようです。

ここでのアーメリングの声のみずみずしさは言うまでもなく素晴らしいです!安定したテクニックと言葉さばきの見事さは天性のものもきっとあるのでしょう。ヴィルブリンクのハイバリトン(バスバリトンと表記されることもあるようですが)も爽やかで聞いていて気持ちよいです。指揮や合唱ピアノもしていたドゥ・ノーブルは、歌曲のピアニストとしてシュヴァルツコプフやプライなどがオランダに来た時に共演していましたから、日本で言う小林道夫さんのような感じだったのでしょうか。ここでも46曲の難曲を表情豊かに描いていました。

それにしてもヴォルフの「イタリア歌曲集」はやはり楽しいです!!1~2分の曲が多く、全部聴いても75分ぐらい(「冬の旅」と同じぐらい)なので初めて聞くという方もぜひ試しに聞いてみてください。

録音:1962年12月18/20日, デン・ハーグ(デン・ハーハ)(Den Haag)
(※Beeld en Geluidのサイトでは1962年12月18/28日と記載されている。)

エリー・アーメリング(Elly Ameling)(S)
ハンス・ヴィルブリンク(Hans Wilbrink)(BR)
フェーリクス・ドゥ・ノーベル(Felix de Nobel)(P)

1 小さくてもうっとりとさせられるものはある (S) 0:00
2 遠いところに旅立つそうね (S) 2:04
3 あなたは世界で一番美しい (BR) 3:33
4 この世界の生みの親に祝福あれ (BR) 5:06
5 目の見えない人たちは幸いだ (BR) 6:25
6 一体誰があんたを呼んだのよ (S) 8:01
7 月がひどい不満をぶちまけ (BR) 9:12
8 さあ、仲直りしよう (S) 11:01
9 君の魅力がすべて描かれて (BR) 12:50
10 あなたは細い糸たった一本で私を捕まえて (S) 14:25
11 もうどれほどずっと待ち焦がれてきたことでしょう (S) 15:26
12 駄目、お若い方、そんな事しちゃ嫌 (S) 17:35
13 ふんぞり返っておいでだな、麗しき娘よ (BR) 18:21
14 相棒よ、おれたちゃ修道服でもまとって (BR) 19:13
15 私の恋人はとってもちっちゃいの (S) 21:24
16 戦場に向かわれるお若い方々 (S) 23:02
17 君の彼氏が昇天するところを見たいのなら (BR) 24:23
18 ブロンドの頭をあげておくれ、眠るんじゃないぞ (BR) 26:15
19 私たちは二人とも、長いこと押し黙っていました (S) 28:01
20 あたしの恋人が月明りの注ぐ家の前で歌っているわ (S) 30:05
21 あなたのお母さんがお望みでないらしいわね (S) 31:34
22 セレナードを捧げにわたくし参りました (BR) 32:37
23 君にはどんな歌を歌ってあげたらいいのかな (BR) 34:02
24 私はもう濡れていないパンを食べることはありません (S) 35:52
25 彼氏があたしを食事に招いてくれたの (S) 37:16
26 私がしょっちゅう聞かされた噂では (BR) 38:11
27 ベッドの中でへとへとの体を大きく伸ばしているというのに (BR) 39:44
28 侯爵夫人様じゃないんだからって、あたしに言うけど (S) 41:39
29 賤しからぬあなた様の御身分は重々承知しておりますわ (S) 42:50
30 放っておけばいいさ、あんな高慢ちきを演じる女なんか (BR) 44:35
31 どうして陽気でいられるもんか、まして笑うことなんて (S) 45:54
32 なにを怒っているの、大切な方、そんなに熱くなって (S) 47:34
33 僕が死んだら、この体を花で包みこんでおくれ (BR) 49:09
34 それから、あなたが朝早くベッドから起き上がり (BR) 51:17
35 今は亡き君の母上に祝福あれ (BR) 54:03
36 あなたが、愛する方、天国に昇る時がきたら (S) 57:40
37 君を愛することで、どれほどの時間を無駄使いしてきたことか (BR) 59:22
38 君が僕をちら見して笑い出し (BR) 1:00:56
39 緑色と、緑を身にまとう人に幸ありますように (S) 1:02:27
40 ああ、あなたのお家がガラスみたいに透き通っていたらいいのに (S) 1:03:52
41 昨夜、真夜中に私が起き上がると (BR) 1:05:18
42 ぼくはもう歌えないよ、だって風が (BR) 1:06:58
43 ちょっと黙ってよ、そこの不愉快なおしゃべり男 (S) 1:08:04
44 おお、お前は分かっているのだろうか、どれほど俺がお前を思って (BR) 1:09:06
45 深淵が恋人の小屋を飲み込んでしまえ (S) 1:11:03
46 あたし、ペンナに住んでる恋人がいるの (S) 1:12:20

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Recording: 18/20 December 1962, Den Haag
("Beeld en Geluid" says "Opnameperiode: 1962-12-18 1962-12-28".)

Elly Ameling, soprano
Hans Wilbrink, baritone
Felix de Nobel, piano

1. Auch kleine Dinge können uns entzücken (S) 0:00
2. Mir ward gesagt, du reisest in die Ferne (S) 2:04
3. Ihr seid die Allerschönste weit und breit (BR) 3:33
4. Gesegnet sei, durch den die Welt entstund (BR) 5:06
5. Selig ihr Blinden, die ihr nicht zu schauen (BR) 6:25
6. Wer rief dich denn? Wer hat dich herbestellt (S) 8:01
7. Der Mond hat eine schwere Klag' erhoben (BR) 9:12
8. Nun laß uns Frieden schließen, liebstes Leben (S) 11:01
9. Daß doch gemalt all deine Reize wären (BR) 12:50
10. Du denkst mit einem Fädchen mich zu fangen (S) 14:25
11. Wie lange schon war immer mein Verlangen (S) 15:26
12. Nein, junger Herr, so treibt man's nicht, fürwahr (S) 17:35
13. Hoffärtig seid Ihr, schönes Kind, und geht (BR) 18:21
14. Geselle, woll'n wir uns in Kutten hüllen (BR) 19:13
15. Mein Liebster ist so klein, daß ohne Bücken (S) 21:24
16. Ihr jungen Leute, die ihr zieht ins Feld (S) 23:02
17. Und willst du deinen Liebsten sterben sehen (BR) 24:23
18. Heb' auf dein blondes Haupt und schlafe nicht (BR) 26:15
19. Wir haben beide lange Zeit geschwiegen (S) 28:01
20. Mein Liebster singt am Haus im Mondenscheine (S) 30:05
21. Man sagt mir, deine Mutter woll es nicht (S) 31:34
22. Ein Ständchen Euch zu bringen kam ich her (BR) 32:37
23. Was für ein Lied soll dir gesungen werden (BR) 34:02
24. Ich esse nun mein Brot nicht trocken mehr (S) 35:52
25. Mein Liebster hat zu Tische mich geladen (S) 37:16
26. Ich ließ mir sagen und mir ward erzählt (BR) 38:11
27. Schon streckt' ich aus im Bett die müden Glieder (BR) 39:44
28. Du sagst mir, daß ich keine Fürstin sei (S) 41:39
29. Wohl kenn' ich Euren Stand, der nicht gering (S) 42:50
30. Laß sie nur gehn, die so die Stolze spielt (BR) 44:35
31. Wie soll ich fröhlich sein und lachen gar (S) 45:54
32. Was soll der Zorn, mein Schatz, der dich erhitzt (S) 47:34
33. Sterb' ich, so hüllt in Blumen meine Glieder (BR) 49:09
34. Und steht Ihr früh am Morgen auf vom Bette (BR) 51:17
35. Benedeit die sel'ger Mutter (BR) 54:03
36. Wenn du, mein Liebster, steigst zum Himmel auf (S) 57:40
37. Wie viele Zeit verlor ich, dich zu lieben (BR) 59:22
38. Wenn du mich mit den Augen streifst und lachst (BR) 1:00:56
39. Gesegnet sei das Grün und wer es trägt (S) 1:02:27
40. O wär dein Haus durchsichtig wie ein Glas (S) 1:03:52
41. Heut Nacht erhob ich mich um Mitternacht (BR) 1:05:18
42. Nicht länger kann ich singen, denn der Wind (BR) 1:06:58
43. Schweig einmal still, du garst'ger Schwätzer dort (S) 1:08:04
44. O wüßtest du, wie viel ich deinetwegen (BR) 1:09:06
45. Verschling der Abgrund meines Liebsten Hütte (S) 1:11:03
46. Ich hab in Penna einen Liebsten wohnen (S) 1:12:20

※私が以前歌曲投稿サイト「詩と音楽」に投稿した「イタリア歌曲集」の全曲訳詩はこちらの曲目リストのリンクからご覧いただけます。

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ベートーヴェンのフランス語の歌曲「何と時は長く(Que le temps me dure, WoO. 116)」

ベートーヴェンはフランス語のテキストによる独唱歌曲のスケッチを2曲残しています。
ルソーの詩による「何と時は長く(Que le temps me dure), WoO. 116」と、作者不詳のテキストによる「愛する喜び(Plaisir d'aimer), WoO. 128」です。今回と次回の2回でこの2曲を取り上げたいと思います。
私は残念ながらフランス語の翻訳が出来ない為、歌曲サイト「詩と音楽」の藤井宏行氏の対訳ページにリンクを貼らせていただきました。藤井さん、有難うございます。

★何と時は長く(Que le temps me dure), WoO. 116 (第1稿:Hess 129/第2稿:Hess 130)

Que le temps me dure, WoO. 116

1節:
Que le temps me dure!
Passé loin de toi,
toute la nature
n'est plus rien pour moi.

Le plus vert bocage,
quand tu n'y viens pas,
n'est qu'un lieu sauvage,
pour moi, sans appas.

2節:
Hélas! si je passe
Un jour sans te voir,
Je cherche ta trace
Dans mon désespoir...

Quand je t'ai perdue,
Je reste à pleurer,
Mon âme éperdue
Est près d'expirer.

3節:
Le coeur me palpite
Quand j'entends ta voix,
Tout mon sang s'agite
Dès que je te vois;

Ouvres-tu la bouche,
Les cieux vont s'ouvrir...
Si ta main me touche,
Je me sens frémir.

詩の対訳:何と一日が私にはゆっくりと(「詩と音楽」藤井宏行氏訳)

詩:Jean-Jacques Rousseau (1712-1778), "Romance"
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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学生時代に誰もがその名前を聞く思想家ジャン=ジャック・ルソーが書いた「Romance」という詩は、もともと"Que le jour me dure!"という詩行で始まりますが、ベートーヴェンは"jour(日)"を"temps(時)"に変更しています。ちなみに詩人ルソー自身が作曲した作品もあり、さらにロッスィーニはこの詩に2回も作曲しています("Ariette à l'ancienne"、"Ariette villageoise")。

詩の内容は恋人から離れた辛い心情を歌ったもので、このテーマはベートーヴェンのいくつもの歌曲と共通していますね(ぜひ藤井さんの対訳をご覧ください)。

ベートーヴェンはこの詩によるスケッチを1793年初頭に書きました。2稿残されています。
未完成のスケッチの為か生前には出版されず、第1稿は1902年の「Die Musik. – 1 (1901/1902), H. 12」、第2稿は1935年の「Neue Zeitschrift für Musik (新音楽時報) 1935 Heft 11」で初めて出版されました。ちなみに「新音楽時報」はシューマンが創刊した音楽雑誌で、なんと現在まで続いているそうです。

第1稿は前奏(後奏も兼ねる)付きで哀愁のこもったメロディーが魅力的です。一方の第2稿は穏やかな曲調で、途中で短調の響きもあらわれますが、再び穏やかな長調で締めくくります。いずれもスケッチの段階だからでしょうか、第1節(詩の2連分をまとめた形)のみが記載されていますので、ルソーの後続の連を繰り返して有節歌曲として演奏することが出来ます。ベートーヴェンは"rien"や"loin"のような1音節の単語をハイフンでつないて2音節の単語として扱っていて(下の譜例では"loin"にハイフンが見られませんが、初版(1902年)の「Die Musik」(Beethoven-Haus Bonnのリンク先から閲覧可能)では"lo-in"と記載されていて、そこで記事を書いているJean Chantavoine氏もそれを誤り(Fehler)と指摘しています)、それをそのまま演奏するか1音節に発音してメリスマにするかは演奏家の判断によるようです(下記の様々な演奏では両方のパターンを聞くことが出来ます)。フランス人の歌手の中でも両方のパターンに分かれて発音しているのが興味深かったです。ちなみに優れたベートーヴェン初期歌曲集のアルバムを録音した水越啓(T)&重岡麻衣(Fortepiano)は1音節で扱っていました。

・第1稿:Hess 129
スケッチ、ピアノパート未完成
拍子の表示なし(6/8拍子)
ハ短調(c-moll)
速度表示なし

・第2稿:Hess 130
スケッチ、ピアノパート未完成
2/4拍子
ハ長調(C-dur)
Andante

「新音楽時報」1935年11巻に掲載された「何と時は長く」の第1稿、第2稿の楽譜を掲載しておきます(クリックすると拡大します)。
1_20220910143501
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おそらくこの楽譜を元に後に演奏できる形に補完した形で別途出版されて、それに基づいて録音がされているのでしょう。未完のスケッチとはいえ歌声部は完成していると言えるでしょうから、ピアノパートを補えばいいことになります。

●第1稿&第2稿
マリオ・アカール(BR), クロード・コレ(P)
Mario Hacquard(BR), Claude Collet(P)

第1稿(1,2,3節)、第2稿(1節)。第1稿の第3節の後、最後の和音を弾かずに第2稿を続けて演奏し、最後に第1稿のピアノ後奏を弾いて終わります。2つの稿をまとめて演奏するうえで一つの可能性を提示していて興味深いですね。フランス人と思われるアカールの歌唱はやはりディクションが素晴らしいです。

●第1稿&第2稿
ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

第1稿(1,2,3節)、第2稿(1節)を続けて演奏しています。プライのフランス語歌唱は珍しいのではないでしょうか。第1稿で抑制した味わいを聞かせ、第2稿で感情を開放した感じがしました。

●第1稿:Hess 129
ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

第1稿(1,3節)。シュライアーのフランス語の発音は若干ドイツ語なまりというか、"s"を濁って発音しがち(例えば"sauvage")で、ご愛敬ですね。歌自体はいつもの真摯な感じで好印象です。

●第1稿:Hess 129
ダニア・エル・ゼイン(S), ジャン=ピエール・アルマンゴー(P)
Dania El Zein(S), Jean-Pierre Armengaud(P)

第1稿(1,2,3節)。清楚な声で繊細に歌っていて聞いていて心地よい印象を受けました。エル・ゼインはフランス人らしいのですが、例の単語を2音節で歌っていますね。

●第2稿:Hess 130
ダニア・エル・ゼイン(S), ジャン=ピエール・アルマンゴー(P)
Dania El Zein(S), Jean-Pierre Armengaud(P)

第2稿(1,1節)。エル・ゼインはここで第1節を繰り返して歌っています。ベートーヴェンが楽譜に記載したのが第1節のみであることを考慮すると、これも一つの解釈として受け入れられると思います。涼風が吹き抜けるような爽やかさでした。

●第2稿:Hess 130
ウルリケ・ヘルツェル(CA), ハンス・ヒルスドルフ(P)
Ulrike Helzel(CA), Hans Hilsdorf(P)

第2稿(1,1節)。ヘルツェルもエル・ゼイン同様第1節を繰り返して歌っています。Andanteは「歩くような速さで」を指すので、ヘルツェルは随分ゆっくり歩くのかもしれませんね。辛さがじわじわと伝わってくるような歌唱でした。

●【参考】詩人のルソー自身が作曲した歌曲
Jean-Jaques Rousseau: Que le jour me dure, 1753
ギュンター・ヒューブナー(BR), ピアニスト名不詳
Günter Hübner(BR), unidentified pianist

ルソー自身の作品です。原調はト長調なのですが、この曲の歌声部はドレミ(G,A,H)の3音しか使っていないのです。楽譜はベートーヴェンの上述の楽譜が掲載されていた「Neue Zeitschrift für Musik (新音楽時報)」の1ページ前に掲載されていました(下記のリンク先から閲覧可能です)。

●【参考】ロッスィーニ:古風なアリエッタ(『老いの過ち』第3巻)
Rossini: Ariette à l'ancienne ("Péchés de vieillesse",Vol III)
チェチーリア・バルトリ(MS), ジェルジ・フィッシャー(P)
Cecilia Bartoli(MS), György Fischer(P)

ロッスィーニの『老いの過ち』より、ルソーの詩の1,2連のみを使った通作歌曲。限られたテキストを何度も繰り返すのが特徴的です。失礼ながら出だしが「黄金虫」に聞こえてしまいました。でもロッスィーニらしいいい歌ですね。バルトリの歌う映像が見れます!

●【参考】ロッスィーニ:古風なアリエッタ(『老いの過ち』第11巻)
Rossini: Ariette villageoise ("Péchés de vieillesse",Vol XI)
メロディー・ルルジャン(S), ジュリオ・ザッパ(P)
Melody Louledjian(S), Giulio Zappa(P)

前曲同様ここでもルソーの詩の1,2連のみを使っています。舟歌のリズムで心地よく揺れていて、詩の深刻さよりもメロディの美しさが優先されているように感じました。ルルジャン、いい声ですね。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

《時は長く》——ルソーと切なく歌う「時はなんと長いのか、遠く君から離れていると」(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「Que le temps me dure」の解説:村田千尋)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

Neue Zeitschrift für Musik 1935 Heft 11: p.1201-1202(第1稿、第2稿の楽譜)(第2稿はこれが初版)
PDF (p.1313-1314)

ジャン=ジャック・ルソー (Wikipedia:日本語)

Jean-Jacques Rousseau (Wikipedia:仏語)

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クリストフ・プレガルディエン&ミヒャエル・ゲース/シューベルト「白鳥の歌」他(2022年10月1日(土)トッパンホール)

トッパンホール22周年 バースデーコンサート
〈歌曲(リート)の森〉~詩と音楽 Gedichte und Musik~ 第25篇
〈シューベルト三大歌曲 1〉
クリストフ・プレガルディエン&ミヒャエル・ゲース

2022年10月1日(土)18:00 トッパンホール

クリストフ・プレガルディエン(テノール)
ミヒャエル・ゲース(ピアノ)

ベートーヴェン:連作歌曲《遥かなる恋人に寄す》Op.98
 第1曲 僕は丘の上に腰を下ろして
 第2曲 青い山なみが
 第3曲 空高く軽やかに飛ぶ雨ツバメよ
 第4曲 高みにある雲の群れも
 第5曲 五月はめぐり
 第6曲 受け取ってください、これらの歌を

シューベルト:白鳥の歌 D957より
 第1曲 愛の言づて
 第2曲 兵士の予感
 第3曲 春のあこがれ
 第4曲 セレナーデ
 第5曲 居場所
 第6曲 遠い地で
 第7曲 別れ

~休憩~

ブラームス:〈君の青い瞳〉Op.59-8~《リートと歌》より
ブラームス:〈永遠の愛〉Op.43-1~《4つの歌》より
ブラームス:〈野の中の孤独〉Op.86-2~《低音のための6つのリート》より
ブラームス:〈飛び起きて夜の中に〉Op.32-1~《プラーテンとダウマーによるリートと歌》より
ブラームス:〈教会の墓地で〉Op.105-4~《低音のための5つのリート》より

シューベルト:白鳥の歌 D957より
 第10曲 魚とりの娘
 第12曲 海辺で
 第11曲 町
 第13曲 もう一人の俺
 第9曲 あの娘の絵姿
 第8曲 アトラス

[アンコール]

シューベルト:鳩の使い D965A
シューベルト:我が心に D860
シューベルト:夜と夢 D827

(※上記の演奏者や曲目の日本語表記はプログラム冊子に従いました。アンコールもトッパンホールの公式Twitterの日本語表記に従いました。)

Toppan Hall The 22th Birthday Concert
[Song Series 25 -Gedichte und Musik-]
Christoph Prégardien(Ten) & Michael Gees(pf)

Saturday, 1 October 2022 18:00, Toppan Hall

Christoph Prégardien, Tenor
Michael Gees, piano

Beethoven: Liederzyklus "An die ferne Geliebte" Op.98
 No. 1. Auf dem Hügel sitz ich spähend
 No. 2. Wo die Berge so blau
 No. 3. Leichte Segler in den Höhen
 No. 4. Diese Wolken in den Höhen
 No. 5. Es kehret der Maien, es blühet die Au
 No. 6. Nimm sie hin denn, diese Lieder

Schubert: 7 Lieder nach Gedichten von L. Rellstab aus "Schwanengesang" D957
 No. 1. Liebesbotschaft
 No. 2. Kriegers Ahnung
 No. 3. Frühlingssehnsucht
 No. 4. Ständchen
 No. 5. Aufenthalt
 No. 6. In der Ferne
 No. 7. Abschied

-Intermission-

Brahms: 'Dein blaues Auge' Op.59-8 aus "Lieder und Gesänge"
Brahms: 'Von ewiger Liebe' Op.43-1 aus "4 Gesänge"
Brahms: 'Feldeinsamkeit' Op.86-2 aus "6 Lieder für eine tiefere Stimme"
Brahms: 'Wie rafft' ich mich auf in der Nacht' Op.32-1 aus "Lieder und Gesänge von A. v. Platen und G. F. Daumer"
Brahms: 'Auf dem Kirchhofe' Op.105-4 aus "5 Lieder für eine tiefere Stimme"

Schubert: 6 Lieder nach Gedichten von Heinrich Heine aus "Schwanengesang" D957
 No. 10. Das Fischermädchen
 No. 12. Am Meer
 No. 11. Die Stadt
 No. 13. Der Doppelgänger
 No. 9. Ihr Bild
 No. 8. Der Atlas

[Zugaben]

Schubert: Die Taubenpost D965A
Schubert: An mein Herz D860
Schubert: Nacht und Träume D827

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久しぶりに生のコンサートに出かけてきました。テノールのクリストフ・プレガルディエン(プレガルディアン)がシューベルトの三大歌曲集をトッパンホールで披露するというので、その初回(10月1日)の『白鳥の歌』他のリサイタルを聴きました。
最近はあまりコンサートの広告などを熱心に見ることもなく、たまたまフリーペーパーの「ぶらあぼ」をぱらぱらめくっていてこのコンサートに気付いたので、数日前に電話してチケットをとり、飯田橋に降り立ちました。

個人的なことですが、飯田橋は社会人になって最初に勤めた会社があった場所で(大昔の話です)、久しぶりにそのビルに行ってみましたが、とうの昔に居酒屋のビルに変わっているばかりか、周辺の書店やよく通った飲食店などかなり変わってしまっていて妙にノスタルジックな気分に襲われました。

そんな感傷を引きずりながら15分ほどの坂道をのぼっていくと、以前はなかったスーパーいなげやが途中にありました。コンサートに向かう道は期待に胸ふくらませていて独特の高揚感があるんですよね。

ホールに着き、チケットをもぎってもらうと同時に受け取るプログラム冊子は以前と全く同じ表紙・デザインのものでした。変わるものがあれば変わらないものもあり、いろいろな思いが交錯する日となりました。

トッパンホールに来たのは一体何年ぶりだろうというぐらい久しぶりだったのですが、席についてしまえば過去に過ごした多くの素敵な時間がよみがえってきます。

今回は後方左側の席だったのですが、段になっているので、舞台がよく見渡せるいい席でした。

プログラムは前半がベートーヴェンの歌曲集《遥かなる恋人に寄す》と、シューベルトの『白鳥の歌』からレルシュタープの詩による7曲、休憩をはさみ後半はブラームスの歌曲5曲と、『白鳥の歌』からハイネの詩による6曲でした。
『白鳥の歌』の順序を出版順から入れ替えるのが最近の流行りで、プレガルディエンのちらしではレルシュタープ、ハイネそれぞれ曲順を入れ替えた形で発表されていましたが、結局レルシュタープ歌曲集はお馴染みの出版順で演奏され、ハイネ歌曲集のみがプレガルディエン独自の曲順に入れ替えられていました。

プレガルディエンはすでに66歳になっていたということにまず驚きました。F=ディースカウが歌手活動から引退したのが67歳の時で、その頃にはすでに声がかなり重くなっていたことを考えると、プレガルディエンの声のコンディションの見事さはちょっと信じがたいほどでした。高音域が若干きつそうな場面がある以外は殆ど年齢による衰えを感じることがなく、細やかな表現から劇的な表現まで変幻自在でした。ホール後方の席にいた私にも細やかな表現の綾がしっかり伝わってきます。基礎がしっかりしている人は長く歌い続けられるということなのでしょうか。

プレガルディエンは楽譜立てに紙を置いて、歌っていましたが、それが楽譜なのか歌詞なのか席からは確認できませんでした。ただ、ほとんどそれを見ることなく、正面の客席に顔を向けて歌っていたので、あくまで万が一の為の備忘録のような感じに思えます。

プレガルディエンはプログラム最初の《遥かなる恋人に寄す》の冒頭の曲からすでに声が朗々と前に出ていて年齢的な心配は杞憂に過ぎませんでした。
彼はバッハ歌いでもあり、彼の歌の基本は聴き手に伝えるという姿勢だと思います。
言葉が明瞭に聞こえてきます。
プレガルディエンは実演でも録音でも、歌の旋律に装飾を加えたり、多少変更を加えたりします。
当時の作品が演奏される際にすでにそうしたことは行われていて、シューベルト歌曲の紹介者フォーグルがどのように変更したかは楽譜の形で残っています。シューベルトはフォーグルの歌の伴奏をしたわけですから、そうした変更はシューベルトの公認と言ってもいいのでしょう。
プレガルディエンはすべての曲に装飾を加えるわけではなく、特定の曲に絞って装飾・変更を加えていきます。
私の記憶では《遥かなる恋人に寄す》では装飾は付けていませんでした。
この日最初に装飾を加えたのは『白鳥の歌』第3曲「春のあこがれ」でした。
特定の曲で装飾を加える時は、数か所変更を加えます。そして、歌手に呼応してゲースも思いっきりピアノパートに変更を加えます。
どこまで事前に準備していて、どこから即興的なやりとりなのかは知るよしもないですが、耳馴染みの音楽にちょっと装飾を加えて歌とピアノの新しい響きが生まれる瞬間に居合わせられるのはスリリングです。

プレガルディエンは万能歌手で、若者の心の痛みでも、抒情的な風景でも、疎外された者の心情でも、愛の告白でも、見事に説得力をもった表現で聴かせてくれるので、聴き手は身を委ねて、それぞれの小世界に浸ることが出来ます。
例えば《遥かなる恋人に寄す》第1曲では"Bote(使い)"の前に少しだけ間をとって「愛の使者はいないのか」という気持ちを強調していました。
年齢を重ねて低音は充実していて、特にテノール歌手には必ずしも歌いやすくはないであろう「遠い地で」の低音がしっかりと響いていたのは聴きごたえありました。

ピアノのミヒャエル・ゲースは、これまで数多くのピアニストたちと共演してきたプレガルディエンのパートナーの中でも極めて異彩を放っていることは間違いないです。
ゲースはリズムや拍を楽譜通りに明瞭に伝えようとはしません。
むしろ音楽的な響きの中でそれを(おそらく)あえてぼやかします。
ペダルの海の中で響きは時に濁り、普段聞こえる音が響きに埋没するかと思うと、普段埋もれがちな内声が浮き立ってきたりもします。
それは手垢にまみれたリート演奏に独自の視点をもたらそうとしているのかもしれませんし、もともとのゲースの資質なのかもしれません。
プレガルディエンが同じ作品を現代作曲家の様々な演奏形態による編曲版で歌ったりするのが新しい視点の可能性を試みているということならば、ゲースというピアニストと共演するということもその一環としてとらえてもいいのかもしれません。
ゲースは基本的に右手を中心に響かせ、左手はここぞという時だけ強調します。過去の様々な演奏に馴染んだ耳には、なぜ左手のバス音をこんなに弱く演奏するのだろうかという疑問をつきつけられます。それこそが先入観に疑問を持つようにというゲースから聴き手へのメッセージのようにも思えます。
それからリートを弾くピアニストたちがここぞという時にやる右手と左手のタイミングをわずかにずらすことによる味付けをゲースはこれでもかというぐらいに多用します。これはゲースの好みなのかもしれませんね。
また、ジャズも演奏するというゲースはプレガルディエンの装飾に呼応してかなり大胆な変更を施します。このあたりもプレガルディエンが志す方向と共通しているのだと思います。ただ、ブラームスの「永遠の愛」の後奏はゲースの創作作品になってしまっていて、これはさすがにやり過ぎかなと個人的には思いました。

大体『白鳥の歌』のプログラムだと、45分ぐらいで終わってしまうので、他に何が追加されるのかが愛好家にとっては気になるのですが、今回はよく一緒に演奏される『遥かなる恋人に寄す』の他にブラームスの歌曲5曲という珍しいカップリングが興味深かったです。私はブラームス歌曲が大好きなので、この日のコンサートは大好きな作品のオンパレードでとても楽しめました。プログラムビルディングも大事ですよね。

『白鳥の歌』出版時に含まれた「鳩の便り」は一つだけザイドルのテキストということもあって、今回のように正規のプログラムからは外されることが多くなってきましたが、アンコールで歌ってくれたのでこの曲が好きな私としては良かったです!そしてアンコール2曲目は珍しいシュルツェの詩による「我が心に」が演奏され、最後の「夜と夢」は魔術的な美しさでした。プレガルディエンのレガート健在でした!

やはりホールの美しい響きの中で聴く一流の演奏は格別でした。行って良かったです!あと2夜行ける方はぜひ楽しんできてください!

トッパンホールのHPでの公演詳細

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