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ベートーヴェン「諦め(Resignation, WoO. 149)」

Resignation, WoO. 149
 諦め

1.
Lisch aus, mein Licht!
Was dir gebricht,
Das ist nun fort,
an diesem Ort
Kannst du's nicht wieder finden!
Du mußt nun los dich binden.
 消えよ、わが光!
 あなたに不足しているもの、
 それは今や無くなってしまった、
 この場所で
 あなたは再び見つけることは出来ない!
 あなたはもう失ったままいなければならない。

2.
Sonst hast du lustig aufgebrannt,
Nun hat man dir die Luft entwandt;
Wenn diese fort gewehet,
die Flamme irregehet,
Sucht, findet nicht;
lisch aus, mein Licht!
 かつてあなたは楽しげに燃え盛っていたが、
 今やあなたから空気が奪われてしまった。
 空気が去ってしまうと
 炎は迷子になり
 探しても、見つからない。
 消えよ、わが光!

詩:Paul, Graf von Haugwitz (1791-1856)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827), "Resignation", WoO. 149, G. 252, published 1829 [voice and piano], Leipzig, Probst

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パウル・フォン・ハウクヴィツ伯爵の詩による歌曲「諦め(Resignation, WoO. 149)」は、Beethoven-Haus Bonnの記載によると、1814年から1815年の変わり目から1817年終わり、もしくは1818年始めまでに作曲されています(Jahreswende 1814 / 1815 bis Ende 1817 / Anfang 1818)。

光というのは生きる希望でしょうか、それとも愛する存在でしょうか。
輝く為に必要な空気がなくなり、探すが見つからないので、もはや消えてしまうように願います。

ハウクヴィツ伯爵の原詩は2連からなりますが、ベートーヴェンは1連(A)-2連(B)-1連(A')という形で作曲しています。
最初の1連の最終行を繰り返す際に十八番の"ja"が追加されているのはいつもながら微笑ましいです。1連は穏やかでメロディアスですが、2連は細かい音価の変化や休符の付与、メロディアスではない旋律など、語りの要素が勝っているように思います。最後に1連が回帰することで、主人公が諦観を受け入れたかのようです。

ちなみに初版楽譜にはメトロノームの速度指定も書かれています(後の旧全集には記載されていません。新全集は未確認です)。

3/8拍子
ニ長調(D-dur)
Mälzels Metronom76=♪
Mit Empfindung, jedoch entschlossen, wohl accentui[e]rt und sprechend vorgetragen (感情をこめて、しかし決然として、充分に抑揚をつけて表情豊かに演奏する)

●フリッツ・ヴンダーリヒ(T), フーベルト・ギーゼン(P)
Fritz Wunderlich(T), Hubert Giesen(P)

このような内省的な歌でもヴンダーリヒが歌うとその美声に酔いしれることが出来るというのは私にとって発見でした。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P)

言葉への反応が鋭敏で、第2節1行目で盛り上がったかと思うと、2行目で抑えるところなどF=ディースカウならではの表現力でした。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

シュライアーはここでは重めのテンポで内省的な歌を聞かせています。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

1970年代のPhilipsの録音ではまだ希望の灯を宿しているような勢いのあるプライの歌唱が印象的でした。

●ジョン・マーク・エインスリー(T), イアン・バーンサイド(P)
John Mark Ainsley(T), Iain Burnside(P)

エインスリーのみずみずしい美声による丁寧な歌唱とバーンサイドの雄弁なピアノが素晴らしかったです。

●マティアス・ゲルネ(BR), ヤン・リシエツキ(P)
Matthias Goerne(BR), Jan Lisiecki(P)

ゲルネの慰撫するような優しい語り掛けに惹かれます。

●マーク・パドモア(T), クリスティアン・ベザイデンハウト(Fortepiano)
Mark Padmore(T), Kristian Bezuidenhout(Fortepiano)

パドモアは歌うというよりも語りかけを重視したような繊細なアプローチに感じました。

●イアン・ボストリッジ(T), アントニオ・パッパーノ(P)
Ian Bostridge(T), Antonio Pappano(P)

ボストリッジはここでかなり厳格にベートーヴェンの書いた強弱記号を生かした歌い方をしていて、ベートーヴェンの意図が伝わってきます。

●イリス・フェアミリオン(MS), ペーター・シュタム(P)
Iris Vermillion(MS), Peter Stamm(P)

メゾで聞くと温かい雰囲気が加味される気がしました。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

歌曲《あきらめ》——行進曲調の律動感にのせて切ない気持ちを歌う(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「Resignation」の解説:村田千尋)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

RISM(国際音楽資料目録)

Paul von Haugwitz (Wikipedia)

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コメント

フランツさん、こんばんは。

最後の大きな工事、外構工事が今日から始まりました。片付け等でバタバタしていました。

さて、この曲、諦めが全体に流れていますね。
長調であるが故に、余計に悲しく響きます。シューベルトもよく使う手法ですよね。
時折短調に響く破調が、どうしようもない気持ちを表しているように思いました。

どのようにも解釈できる詩ですね。
「あなた」の事を歌いながら、最後は「消えよ、わが光」。
実は、私があなたを失ってゆく。
そんな、諦めなければならない心情を歌っているような気もします。

どの演奏もこころに染みますね。
ヴンダーリヒの甘さは、かえって残酷に響きました。
プライさんは、確かにまだ諦めなくていい、光は少し残っている。そんな歌唱でした。

ゲルネは、キズついた心を休ませてくれますね。
メゾできくと、違う世界観がひらけるような気がしました。

初めてききましたが、魅力的な曲ですね!

投稿: 真子 | 2022年8月23日 (火曜日) 20時22分

真子さん、こんばんは。

工事も大詰めなのですね。いろいろお忙しいと思いますが、お体に気を付けてくださいね。

コメントを有難うございます。
この曲、悟りの境地に達した主人公の諦感ととらえるか、口で諦めようと言っていても内心は諦めきれない人の心情ととらえるか、いろんな解釈が出来そうですね。
炎が燃えるためには空気が必要だけれど、もはや空気がない中で生きなければならない。必要不可欠な存在が去ってしまった苦しみを歌っているのかなと思います。
おっしゃるようにベートーヴェンは長調の響きを基調にしているので、一層ささってくるものがありますね(シューベルトの多くの曲もそうだと思いますが、シューマンの「リーダークライス」の中の「悲しみ」が思い浮かびました)。

ヴンダーリヒの甘さゆえの「残酷」というご感想、興味深かったです。
プライはおっしゃるように希望の光が残っている感じですね。この後の全集録音ではすでに悟ったような味わいがあり、同じ演奏家の新旧録音の聴き比べの醍醐味を味わいました。
ゲルネは本当に傷を癒すヒーラーのような歌ですね。
女声は母性本能で主人公に大丈夫だよと言ってくれているような感じもします。

気に入っていただけて良かったです!

投稿: フランツ | 2022年8月24日 (水曜日) 20時33分

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