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ベートーヴェン「あれかそれか(So oder so, WoO. 148)」

So oder so, WoO. 148
 あれかそれか

1.
Nord oder Süd! Wenn nur im warmen Busen
Ein Heiligtum der Schönheit und der Musen,
Ein götterreicher Himmel blüht!
Nur Geistes Armut kann der Winter morden,
Kraft fügt zu Kraft, und Glanz zu Glanz der Norden.
Nord oder Süd! Wenn nur die Seele glüht!
 北か南か!温かい胸の中で
 美や芸術(ムーサ)の神聖さ、
 多くの神々がいる天空が花開いていさえすればいい!
 冬はただ精神の欠如を殺せるぐらいだ、
 北は力には力を、輝きには輝きを継ぎ合わせる。
 北だろうが南だろうが魂が燃えていさえすればいい!

2.
Stadt oder Land! Nur nicht zu eng die Räume,
Ein wenig Himmel, etwas grün der Bäume
Zum Schatten vor dem Sonnenbrand!
Nicht an das Wo ward Seligkeit gebunden;
Wer hat das Glück schon außer sich gefunden?
Stadt oder Land! Die Außenwelt ist Tand!
 都会か田舎か!場所が狭すぎず、
 空がわずかでも見えて、木々がいくらか緑に茂って
 日焼けしないための日陰となってくれさえすればいい。
 幸せは場所と結びつけられるものではない。
 誰が外の世界に幸福を見つけられただろうか?
 都会か田舎か!外の世界に出てもつまらないものだ!

3.(この連にはベートーヴェンは作曲していない)
Knecht oder Herr! Auch Könige sind Knechte.
Wir dienen gern der Wahrheit und dem Rechte.
Gebeut uns nur, bist du verständiger.
Doch soll kein Hochmut unsern Dienst verhöhnen.
Nur Sklavensinn kann fremder Laune fröhnen.
Knecht oder Herr! Nur keines Menschen Narr!
 しもべか主人か!王もしもべなのだ。
 我らは真理と法には喜んで仕える。
 我らに命じたまえ、あなたはより思慮深い。
 だが高慢に我々の奉仕をあざけるべきではない、
 ただ奴隷の感覚は他人の気分にふけることが出来る。
 しもべか主人か!だが愚かな人間などいないのだ!

4.
Arm oder reich! Sei's Pfirsich oder Pflaume!
Wir pflücken ungleich von des Lebensbaume,
Dir zollt der Ast, mir nur der Zweig.
Mein leichtes Mahl wiegt darum nicht geringe.
Lust am Genuß bestimmt den Wert der Dinge.
Arm oder reich! Die Glücklichen sind [gleich (reich)]!
 貧しいか豊かか!桃あるいはスモモであれ!
 我々は生命の木から不平等に摘み取る。
 あなたには大枝が、私にはほんの小枝が与えられる。
 私の軽い食事はとても大切だ。
 楽しむ気持ちが物事の価値を決める。
 貧しいか豊かか!幸せな者にとってはどちらも同じなのだ(幸せな者こそ豊かといえるのだ)!

5.
Blaß oder rot! Nur auf den bleichen Wangen
Sehnsucht und Liebe, Zürnen und Erbangen,
Gefühl und Trost für fremde Not!
Es strahlt der Geist nicht aus des Blutes Welle.
Ein andrer Spiegel brennt in Sonnenhelle.
Blaß oder rot! Nur nicht das Auge tot!
 青ざめるか紅潮するか!頬が青ざめるのはただ
 愛や憧れ、怒りや心配、
 馴染みのない苦悩に対する感情や慰めの為!
 精神は血流の波によって輝くのではない。
 別の鏡が太陽の明るさで燃えるのだ。
 青ざめるか紅潮するか!目だけは生気を失わない!

6.
Jung oder alt! Was kümmern uns die Jahre!
Der Geist ist frisch, doch Schelme sind die Haare.
Auch mir ergraut das Haar zu bald.
Doch eilt nur, Locken, glänzend euch zu färben,
Es ist nicht Schade, Silber zu erwerben.
Jung oder alt! Doch erst im Grabe kalt!
 若さか老いか!年月の経過を気にかけてもどうしようもない!
 心は若いのだが、厄介なのは髪の毛だ。
 私の髪もじきに白くなる。
 だが巻き毛よ、急いで染めてつやを出せばよい。
 銀髪になるのは損ではない。
 若さか老いか!だが墓に入ればようやく冷たくなるのだ!

7.
Schlaf oder Tod! Willkommen, Zwillingsbrüder!
Der Tag ist hin; ihr zieht die Wimper nieder.
Traum ist der Erde Glück und Not.
Zu kurzer Tag! zu schnell [verrauschtes Leben (verrauscht das Leben)]!
Warum so schön und doch so rasch verschweben?
Schlaf oder Tod! Hell strahlt das Morgenrot!
 眠りか死か!ようこそ、双子の兄弟よ!
 昼は去り、きみたちはまつ毛を下ろそうとする。
 夢は地上の喜びと苦しみだ。
 あまりにも日は短い!あまりにも速く人生は過ぎ去る!
 なぜこれほど美しく、だが素早く消え去るのか?
 眠りか死か!夜明けは明るく輝くのだ!

L. Beethoven sets stanzas 1-2, 4-7
R. Schumann sets stanzas 1-3, 6-7

詩:Karl Gottlieb Lappe (1773-1843), So oder so
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827), "So oder so", WoO. 148

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カール・ゴットリープ・ラッペの詩による「あれかそれか(So oder so, WoO. 148)」は1817年初頭に作曲されました。
ちなみにラッペは後にシューベルトが作曲した「夕映えの中で(Im Abendrot, D 799)」や「孤独な男(Der Einsame, D 800)」の詩も書いています。

詩は「北と南」「都会と田舎」のように対照的な要素を比較して、どちらがいいとも言えないという哲学的な内容になっています。
ベートーヴェンの曲は、1817年に"Wiener Zeitschrift für Kunst, Literatur, Theater und Mode(ヴィーン芸術・文学・演劇・流行雑誌)"の中に掲載されたものが初版ですが、何故か原詩の3連のみ印刷されておらず、ベートーヴェンの指示なのか、出版社の判断なのかは分かりませんでした。

テキストの教訓くさい内容にしてはベートーヴェンの音楽は随分軽快でコミカルに感じられます。各連冒頭行と最終行の「~ oder ~」を「ソミレド」と下行させていて、基本的に上行のフレーズで作られている他の箇所との違いを際だたせています。

同じ詩にシューマンが無伴奏混声合唱曲として作曲しています(Nord oder Süd, Op. 59-1)が、こちらは原詩の4,5連を省略し、6連までは有節形式(若干の細かい違いはあります)で、最終連だけ別の音楽になっています。

6/8拍子
ヘ長調(F-dur)
Ziemlich lebhaft und entschlossen (かなり生き生きと、決然として)

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

1,6,7節。プライはこの詩の説教臭さをあまり全面に出さず、ユーモラスにくつろいで歌っているように感じました。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

1,4,7節。シュライアーの説得力のある語り掛けに引き込まれました。

●ヴァンサン・リエーヴル=ピカール(T), ジャン=ピエール・アルマンゴー(P)
Vincent Lièvre-Picard(T), Jean-Pierre Armengaud(P)

1,2,6,7節。リエーヴル=ピカールは丁寧な歌い方で好感がもてました。

●コンスタンティン・グラーフ・フォン・ヴァルダードルフ(BR), クリスティン・オーカーランド(P)
Constantin Graf von Walderdorff(BR), Kristin Okerlund(P)

1,2,3,4,5,6,7節。ヴァルダードルフが意外と軽妙な歌いぶりを聞かせていて良かったです。例によってすべての節(3節も含めて)を歌っているので、資料としても貴重です。

●シューマンが同じ詩に作曲した無伴奏混声合唱曲「北か南か, Op. 59-1」
Robert Schumann: Nord oder Süd, Op. 59-1
Renner Ensemble, Bernd Engelbrecht

シューマンは原詩の4,5連を省略しており、ここではシューマンの指示通りに歌われています。最終連だけ音楽が異なるのが印象的です。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

歌曲「いずれにしても」——人生を達観したような詩をベートーヴェンが見事に表現(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「So oder so」の解説:村田千尋)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

RISM(国際音楽資料目録)

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コメント

フランツさん、こんばんは。

ドイツリートというのは面白いですね。イタリアでは絶対歌になり得ない詩だと思います。

カール·ラッぺは「夕映えの中で」で、夕焼けを読んですら哲学的ですものね。
この詩だけで断言はできませんが、三木露風の「赤とんぼ」にみる日本の叙情性との違いを感じます。
日本人は、夕焼け小焼けの赤とんぼ、、を、理屈より感覚で

投稿: 真子 | 2022年9月 1日 (木曜日) 18時33分

すみません。
手が当たり送信してしまいました。

、、感覚で聞きますよね。
ドイツ人も、独特の森への感覚を持っているらしく、日本人にはなかなかわからないところではありますが。

先日来より話題になっている、声の変化。
プライさんのこの演奏等は、晩年の渋みのある声で力みなく歌われているゆえに、余計人生の深みを感じます。
大人の余裕でしょうか。
このベートーベン全集、やはり声の変化が辛く、買ったもののあまり聞いていなかったのですが、なかなかいいですね。
こちらのブログで再確認しました!

ヴァンサン・リエーヴル=ピカールの丁寧な歌いぶり、爽やかで美しいテノールも心に残りました。
次のヴァルダードルフとの歌いぶりの違いは、違った曲のようにも聞こえました。

投稿: 真子 | 2022年9月 1日 (木曜日) 18時50分

真子さん、こんばんは。

本当に、詩はお国柄が出ますね。

このラッペの詩、対照的なものを並べて、どちらも同じなのだよと言っているのだと思いますが、訳すのがとても難しくて、どうやったら対比感を出せるか試行錯誤しました。
同じラッペの「夕映えの中で」も結構難解な言い回ししていますよね。
ベートーヴェンの音楽はとても軽快で意外なほど親しみやすいので、ドイツ人はこうやって難解な言葉も音楽と共に親しんでしまうのかなぁと思ったりしました。

確かに「赤とんぼ」は情景が目に浮かびますよね。一方のドイツリートは文法的な性質もあってかやはり理屈っぽいですよね。森や自然への感覚も国や地域と結びついた違いがあるのでしょうね。

プライの全集、真子さんほどのファンの方でもお辛かったのですね。声の変化はものすごくデリケートなので、気付く人と気付かない人がいるのでしょうね。
この全集でのプライをこうして少しずつ聴いてみて、プライは声楽家としての各時期にしか出せない響き、味わいをそのたびにしっかり出しているなぁとあらためて感銘を受けました。プライのいい意味で力の抜けた、その場でプライが言葉を紡いでいるかのように歌う血肉となった響きと味わいは絶品だと思いました。この時期でなければ聞けない歌の宝庫ですね。

リエーヴル=ピカールやヴァルダードルフもそれぞれの特徴があって、こうして聞き比べると楽しいですね。

投稿: フランツ | 2022年9月 2日 (金曜日) 20時45分

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