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アンゲリカ・キルヒシュラーガー2022年草津公演の映像

オーストリアのメゾソプラノ、アンゲリカ・キルヒシュラーガー(Angelika Kirchschlager)といえば、過去に何度か東京で歌曲のコンサートが企画されたものの、ご自身の出産や天災などの影響(私の曖昧な記憶なので違っていたらすみません)で結局実現しないままでした。
オペラでは以前に来日しているようですので、彼女の実演を聴いた方はおられることと思いますが、YouTubeのKusatsu Academy & Festivalのチャンネルを登録していたところ、突然"Angelika Kirchschlager in Kusatsu Academy 2022"という動画がアップされて驚きました。今年の8月に草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァルの為に来日してコンサートを開いていたのですね。
リサイタルの詳細はこちらのリンク先に記載がありますが、シューベルト、ブラームス、シューマン、シュトラウス、マーラーといったドイツリートの王道のプログラムを披露したのですね。その中から3曲アップしてくださり、有難いです。

Angelika Kirchschlager in Kusatsu Academy 2022

Angelika Kirchschlager in Kusatsu Academy 2022

アンゲリカ・キルヒシュラーガー メゾ・ソプラノ ・リサイタルより

2022年8月22日(月)16:00 草津音楽の森国際コンサートホール
アンゲリカ・キルヒシュラーガー(MS)
クリストファー・ヒンターフーバー(P)

R.シュトラウス:献呈 作品10-1 TrV 141
G.マーラー:ラインの伝説~ 子供の不思議な角笛
G.マーラー:高遠なる知性の賛美 ~子供の不思議な角笛

Angelika Kirchschlager (M-Sop) / Christopher Hinterhuber (Pf)

R. Strauss:Zueignung, Op.10-1 TrV 141
G. Mahler:Rheinlegendchen / Lob des hohen Verstandes - from “Des Knaben Wunderhorn”

The 42nd Kusatsu International Summer Music Academy & Festival

さすがの歌いっぷりですね。生で聞けた方々がうらやましいです。

その他に草津の常連のピアニスト岡田博美さんが演奏した中からロッシーニの「老いのあやまち」のコミカルな2曲のピアノ独奏曲を披露していて、こちらも個人的には楽しめました。

from “Péchés de vieillesse”, Okada plays Rossini, Kusatsu Academy

他にもいろいろ過去動画なども含めてありますので、探してみてはいかがでしょうか。萩原朔太郎の小説(青空文庫で読めます)をもとにした西村朗作曲の「猫町」などというバリトンの松平 敬氏が委嘱した作品の実演もアップされていて楽しいです!

【Kusatsu Music Festival 2021】VOCAL CONCERT / FROM BEETHOVEN: ADELAIDE TO NISHIMURA (22.Aug.)

第41回草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァル
「アデライーデ」から現代の歌へ
L.v.ベートーヴェン:アデライーデ 作品46
A.シェーンベルク:期待~4つの歌曲 作品2より第1曲
V.ウルマン:お前はどこからそのすべての美をうけたのだ/ピアノを弾きながら~リカルダ・フーフの詩による5つの愛の歌 作品26より第1曲/同第4曲
A.ツェムリンスキー:海の瞳/ばらのイルメリン~ばらのイルメリンとその他の歌 作品7より第3曲/同第4曲
L.ベリオ:セクエンツァ III
西村 朗:猫町
天羽明惠(ソプラノ)/ 日野妙果(メゾ・ソプラノ)/ 小貫岩夫(テノール)/ 江上菜々子(ピアノ)
松平 敬(バリトン)/工藤あかね(ソプラノ)/中川俊郎(ピアノ)

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ベートーヴェン「星空の下の夕暮れの歌(Abendlied unterm gestirnten Himmel, WoO 150)」

Abendlied unterm gestirnten Himmel, WoO 150
 星空の下の夕暮れの歌

1.
Wenn die Sonne niedersinket,
Und der Tag zur Ruh sich neigt,
Luna freundlich leise winket,
Und die Nacht herniedersteigt;
Wenn die Sterne prächtig schimmern,
Tausend Sonnenstrassen flimmern:
Fühlt die Seele sich so groß,
Windet sich vom Staube los.
 日が沈み
 一日が休息しようとしているとき、
 月の女神が親しげにかすかな合図をして
 夜の帳が下りる。
 星々が壮麗にちらつき
 千もの太陽の軌道がきらめくとき
 魂は自身が大きくなったことを感じ
 塵から解き放たれようと身をよじる。

2.
Schaut so gern nach jenen Sternen,
Wie zurück ins Vaterland,
Hin nach jenen lichten Fernen,
Und vergißt der Erde Tand;
Will nur ringen, will nur streben,
Ihre Hülle zu entschweben:
Erde ist ihr eng und klein,
Auf den Sternen möcht sie sein.
 あの星々を、
 祖国に帰るように、
 あの明るい遠方を喜んで見つめて、
 地上のつまらなさを忘れる。
 ひたすら奮闘し、努める、
 魂を覆っているものから離れようと。
 地上は魂にとって窮屈で小さい、
 星々にいたいのだ。

3.
Ob der Erde Stürme toben,
Falsches Glück den Bösen lohnt:
Hoffend blicket sie nach oben,
Wo der Sternenrichter thront.
Keine Furcht kann sie mehr quälen,
Keine Macht kann ihr befehlen;
Mit verklärtem Angesicht,
Schwingt sie sich zum Himmelslicht.
 地上の嵐が荒れ狂い
 偽りの幸せが悪人に報いようが、
 希望を持って魂は上方を見つめる、
 星々の審判者が君臨している所を。
 もはや恐怖が魂を苦しめることは出来ず
 権力が魂に命じることも出来ない。
 浄化した顔で
 天の光へと弧を描いて行く。

4.
Eine leise Ahnung schauert
Mich aus jenen Welten an;
Lange nicht mehr dauert
Meine Erdenpilgerbahn,
Bald hab ich das Ziel errungen,
Bald zu euch mich aufgeschwungen,
Ernte bald an Gottes Thron
Meiner Leiden schönen Lohn.
 あの世からのかすかな予感に
 私は震える。
 もはや
 私の地上での巡礼の道は長くないだろう。
 じきに私は目的地に達して
 きみたちのもとへ飛び立っていく、
 間もなく神の玉座で
 私の苦しみは素晴らしい報いを得るだろう。

詩:(Ferdinand August) Otto Heinrich, Graf von Loeben (1786-1825), as Heinrich Goeble
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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「星空の下の夕暮れの歌」の詩の作者はハインリヒ・ゲーブレ(Heinrich Goeble)という人で、これまで生没年も含めて詳細が知られていませんでしたが、Wikipediaの英語版では、ハインリヒ・ゲーブレは、オットー・ハインリヒ・フォン・レーベンの2番目の筆名であり、ベートーヴェンのこの歌曲の詩の作者であると明言しています。その根拠として"Theodore Albrecht, "Otto Heinrich Graf von Loeben (1786-1825) and the Poetic Source of Beethoven's Abendlied unterm gestirnten Himmel, WoO 150," in Bonner Beethoven-Studien, Band 10 (Bonn: Verlag Beethoven-Haus, 2012), pp. 7–32"という文献を挙げていますので、この論文の中で同一人物である旨考察がされているものと思われます。

詩は、窮屈な地上にいる主人公の魂が、やがてまとっている肉体から解き放たれてはるか星のもとに帰り、これまでの苦悩が報われることを予感するという内容です。

ベートーヴェンはこの詩に1820年3月4日に作曲し、同月出版されました。初版の出版譜にメトロノームの速度指示が記載されています。

歌は4節からなる変形有節形式で、基本は同じ音楽ですが、節によって多少の旋律の変化があります。歌声部の最終節の最終行はコーダのように繰り返されますが、その際にベートーヴェンお得意の"ja"を追加し、さらに"bald(間もなく)"を2回繰り返してから最終行を繰り返します。その際"Leiden(苦悩)"の下行する半音進行も印象的です。ピアノパートは各節異なっており、詩に応じた描写をしているように感じられます。特に高音域で締めくくるピアノ後奏の響きの美しさは印象的です。荘厳で透徹した神々しい音楽は、すでに主人公が天空に到達しているかのように感じられます。

各節の歌声部を掲載しておきます。

第1節
Abendlied-unterm-gestirnten-himmel_1

第2節
Abendlied-unterm-gestirnten-himmel_2

第3節
Abendlied-unterm-gestirnten-himmel_3

第4節
Abendlied-unterm-gestirnten-himmel_4

C (4/4拍子)
ホ長調(E-dur)
Ziemlich anhaltend (かなり音を保持して)
♩=76. Mälzels Metronom

●ハンス・ホッター(BSBR), ミヒャエル・ラウハイゼン(P)
Hans Hotter(BSBR), Michael Raucheisen(P)

ホッターのもつ温かみのある声は、魂への限りない共感に満ちていました。

●ジョン・マーク・エインスリー(T), イアン・バーンサイド(P)
John Mark Ainsley(T), Iain Burnside(P)

高音歌手にとって決して歌いやすい音域ではないと思いますが、エインスリーは丁寧に心情を描き出していて感動しました!バーンサイドの音色も美しいです。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

プライは主に各節前半を柔らかく、後半を重厚に力強く歌い、この曲から威厳を引き出していました。ホカンソンも雄弁な演奏でした。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ハルトムート・ヘル(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Hartmut Höll(P)

いい意味で枯れた雰囲気のある後期のF=ディースカウの声によって、老境の悟りきった趣がよく出ていました。

●ジャン・デガエタニ(MS), ギルバート・カリッシュ(P)
Jan DeGaetani(MS), Gilbert Kalish(P)

慈しむように歌うデガエタニの歌唱に魅了されました。カリッシュのピアノはかなりドラマティックでした。

●ペーター・シュライアー(T), アンドラーシュ・シフ(P)
Peter Schreier(T), András Schiff(P)

シュライアーは必要以上に起伏を強調せず、自然に歌っていました。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

「星空の下の夕べの歌」——ベートーヴェンの力作! 来る死を想う歌曲(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「Abendlied unterm gestirnten Himmel」の解説:村田千尋)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

RISM(国際音楽資料目録)

Otto von Loeben (Wikipedia: 独語)

Otto Heinrich von Loeben (Wikipedia: 英語)

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ベートーヴェン「諦め(Resignation, WoO. 149)」

Resignation, WoO. 149
 諦め

1.
Lisch aus, mein Licht!
Was dir gebricht,
Das ist nun fort,
an diesem Ort
Kannst du's nicht wieder finden!
Du mußt nun los dich binden.
 消えよ、わが光!
 あなたに不足しているもの、
 それは今や無くなってしまった、
 この場所で
 あなたは再び見つけることは出来ない!
 あなたはもう失ったままいなければならない。

2.
Sonst hast du lustig aufgebrannt,
Nun hat man dir die Luft entwandt;
Wenn diese fort gewehet,
die Flamme irregehet,
Sucht, findet nicht;
lisch aus, mein Licht!
 かつてあなたは楽しげに燃え盛っていたが、
 今やあなたから空気が奪われてしまった。
 空気が去ってしまうと
 炎は迷子になり
 探しても、見つからない。
 消えよ、わが光!

詩:Paul, Graf von Haugwitz (1791-1856)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827), "Resignation", WoO. 149, G. 252, published 1829 [voice and piano], Leipzig, Probst

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パウル・フォン・ハウクヴィツ伯爵の詩による歌曲「諦め(Resignation, WoO. 149)」は、Beethoven-Haus Bonnの記載によると、1814年から1815年の変わり目から1817年終わり、もしくは1818年始めまでに作曲されています(Jahreswende 1814 / 1815 bis Ende 1817 / Anfang 1818)。

光というのは生きる希望でしょうか、それとも愛する存在でしょうか。
輝く為に必要な空気がなくなり、探すが見つからないので、もはや消えてしまうように願います。

ハウクヴィツ伯爵の原詩は2連からなりますが、ベートーヴェンは1連(A)-2連(B)-1連(A')という形で作曲しています。
最初の1連の最終行を繰り返す際に十八番の"ja"が追加されているのはいつもながら微笑ましいです。1連は穏やかでメロディアスですが、2連は細かい音価の変化や休符の付与、メロディアスではない旋律など、語りの要素が勝っているように思います。最後に1連が回帰することで、主人公が諦観を受け入れたかのようです。

ちなみに初版楽譜にはメトロノームの速度指定も書かれています(後の旧全集には記載されていません。新全集は未確認です)。

3/8拍子
ニ長調(D-dur)
Mälzels Metronom76=♪
Mit Empfindung, jedoch entschlossen, wohl accentui[e]rt und sprechend vorgetragen (感情をこめて、しかし決然として、充分に抑揚をつけて表情豊かに演奏する)

●フリッツ・ヴンダーリヒ(T), フーベルト・ギーゼン(P)
Fritz Wunderlich(T), Hubert Giesen(P)

このような内省的な歌でもヴンダーリヒが歌うとその美声に酔いしれることが出来るというのは私にとって発見でした。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P)

言葉への反応が鋭敏で、第2節1行目で盛り上がったかと思うと、2行目で抑えるところなどF=ディースカウならではの表現力でした。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

シュライアーはここでは重めのテンポで内省的な歌を聞かせています。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

1970年代のPhilipsの録音ではまだ希望の灯を宿しているような勢いのあるプライの歌唱が印象的でした。

●ジョン・マーク・エインスリー(T), イアン・バーンサイド(P)
John Mark Ainsley(T), Iain Burnside(P)

エインスリーのみずみずしい美声による丁寧な歌唱とバーンサイドの雄弁なピアノが素晴らしかったです。

●マティアス・ゲルネ(BR), ヤン・リシエツキ(P)
Matthias Goerne(BR), Jan Lisiecki(P)

ゲルネの慰撫するような優しい語り掛けに惹かれます。

●マーク・パドモア(T), クリスティアン・ベザイデンハウト(Fortepiano)
Mark Padmore(T), Kristian Bezuidenhout(Fortepiano)

パドモアは歌うというよりも語りかけを重視したような繊細なアプローチに感じました。

●イアン・ボストリッジ(T), アントニオ・パッパーノ(P)
Ian Bostridge(T), Antonio Pappano(P)

ボストリッジはここでかなり厳格にベートーヴェンの書いた強弱記号を生かした歌い方をしていて、ベートーヴェンの意図が伝わってきます。

●イリス・フェアミリオン(MS), ペーター・シュタム(P)
Iris Vermillion(MS), Peter Stamm(P)

メゾで聞くと温かい雰囲気が加味される気がしました。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

歌曲《あきらめ》——行進曲調の律動感にのせて切ない気持ちを歌う(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「Resignation」の解説:村田千尋)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

RISM(国際音楽資料目録)

Paul von Haugwitz (Wikipedia)

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ベートーヴェン「あれかそれか(So oder so, WoO. 148)」

So oder so, WoO. 148
 あれかそれか

1.
Nord oder Süd! Wenn nur im warmen Busen
Ein Heiligtum der Schönheit und der Musen,
Ein götterreicher Himmel blüht!
Nur Geistes Armut kann der Winter morden,
Kraft fügt zu Kraft, und Glanz zu Glanz der Norden.
Nord oder Süd! Wenn nur die Seele glüht!
 北か南か!温かい胸の中で
 美や芸術(ムーサ)の神聖さ、
 多くの神々がいる天空が花開いていさえすればいい!
 冬はただ精神の欠如を殺せるぐらいだ、
 北は力には力を、輝きには輝きを継ぎ合わせる。
 北だろうが南だろうが魂が燃えていさえすればいい!

2.
Stadt oder Land! Nur nicht zu eng die Räume,
Ein wenig Himmel, etwas grün der Bäume
Zum Schatten vor dem Sonnenbrand!
Nicht an das Wo ward Seligkeit gebunden;
Wer hat das Glück schon außer sich gefunden?
Stadt oder Land! Die Außenwelt ist Tand!
 都会か田舎か!場所が狭すぎず、
 空がわずかでも見えて、木々がいくらか緑に茂って
 日焼けしないための日陰となってくれさえすればいい。
 幸せは場所と結びつけられるものではない。
 誰が外の世界に幸福を見つけられただろうか?
 都会か田舎か!外の世界に出てもつまらないものだ!

3.(この連にはベートーヴェンは作曲していない)
Knecht oder Herr! Auch Könige sind Knechte.
Wir dienen gern der Wahrheit und dem Rechte.
Gebeut uns nur, bist du verständiger.
Doch soll kein Hochmut unsern Dienst verhöhnen.
Nur Sklavensinn kann fremder Laune fröhnen.
Knecht oder Herr! Nur keines Menschen Narr!
 しもべか主人か!王もしもべなのだ。
 我らは真理と法には喜んで仕える。
 我らに命じたまえ、あなたはより思慮深い。
 だが高慢に我々の奉仕をあざけるべきではない、
 ただ奴隷の感覚は他人の気分にふけることが出来る。
 しもべか主人か!だが愚かな人間などいないのだ!

4.
Arm oder reich! Sei's Pfirsich oder Pflaume!
Wir pflücken ungleich von des Lebensbaume,
Dir zollt der Ast, mir nur der Zweig.
Mein leichtes Mahl wiegt darum nicht geringe.
Lust am Genuß bestimmt den Wert der Dinge.
Arm oder reich! Die Glücklichen sind [gleich (reich)]!
 貧しいか豊かか!桃あるいはスモモであれ!
 我々は生命の木から不平等に摘み取る。
 あなたには大枝が、私にはほんの小枝が与えられる。
 私の軽い食事はとても大切だ。
 楽しむ気持ちが物事の価値を決める。
 貧しいか豊かか!幸せな者にとってはどちらも同じなのだ(幸せな者こそ豊かといえるのだ)!

5.
Blaß oder rot! Nur auf den bleichen Wangen
Sehnsucht und Liebe, Zürnen und Erbangen,
Gefühl und Trost für fremde Not!
Es strahlt der Geist nicht aus des Blutes Welle.
Ein andrer Spiegel brennt in Sonnenhelle.
Blaß oder rot! Nur nicht das Auge tot!
 青ざめるか紅潮するか!頬が青ざめるのはただ
 愛や憧れ、怒りや心配、
 馴染みのない苦悩に対する感情や慰めの為!
 精神は血流の波によって輝くのではない。
 別の鏡が太陽の明るさで燃えるのだ。
 青ざめるか紅潮するか!目だけは生気を失わない!

6.
Jung oder alt! Was kümmern uns die Jahre!
Der Geist ist frisch, doch Schelme sind die Haare.
Auch mir ergraut das Haar zu bald.
Doch eilt nur, Locken, glänzend euch zu färben,
Es ist nicht Schade, Silber zu erwerben.
Jung oder alt! Doch erst im Grabe kalt!
 若さか老いか!年月の経過を気にかけてもどうしようもない!
 心は若いのだが、厄介なのは髪の毛だ。
 私の髪もじきに白くなる。
 だが巻き毛よ、急いで染めてつやを出せばよい。
 銀髪になるのは損ではない。
 若さか老いか!だが墓に入ればようやく冷たくなるのだ!

7.
Schlaf oder Tod! Willkommen, Zwillingsbrüder!
Der Tag ist hin; ihr zieht die Wimper nieder.
Traum ist der Erde Glück und Not.
Zu kurzer Tag! zu schnell [verrauschtes Leben (verrauscht das Leben)]!
Warum so schön und doch so rasch verschweben?
Schlaf oder Tod! Hell strahlt das Morgenrot!
 眠りか死か!ようこそ、双子の兄弟よ!
 昼は去り、きみたちはまつ毛を下ろそうとする。
 夢は地上の喜びと苦しみだ。
 あまりにも日は短い!あまりにも速く人生は過ぎ去る!
 なぜこれほど美しく、だが素早く消え去るのか?
 眠りか死か!夜明けは明るく輝くのだ!

L. Beethoven sets stanzas 1-2, 4-7
R. Schumann sets stanzas 1-3, 6-7

詩:Karl Gottlieb Lappe (1773-1843), So oder so
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827), "So oder so", WoO. 148

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カール・ゴットリープ・ラッペの詩による「あれかそれか(So oder so, WoO. 148)」は1817年初頭に作曲されました。
ちなみにラッペは後にシューベルトが作曲した「夕映えの中で(Im Abendrot, D 799)」や「孤独な男(Der Einsame, D 800)」の詩も書いています。

詩は「北と南」「都会と田舎」のように対照的な要素を比較して、どちらがいいとも言えないという哲学的な内容になっています。
ベートーヴェンの曲は、1817年に"Wiener Zeitschrift für Kunst, Literatur, Theater und Mode(ヴィーン芸術・文学・演劇・流行雑誌)"の中に掲載されたものが初版ですが、何故か原詩の3連のみ印刷されておらず、ベートーヴェンの指示なのか、出版社の判断なのかは分かりませんでした。

テキストの教訓くさい内容にしてはベートーヴェンの音楽は随分軽快でコミカルに感じられます。各連冒頭行と最終行の「~ oder ~」を「ソミレド」と下行させていて、基本的に上行のフレーズで作られている他の箇所との違いを際だたせています。

同じ詩にシューマンが無伴奏混声合唱曲として作曲しています(Nord oder Süd, Op. 59-1)が、こちらは原詩の4,5連を省略し、6連までは有節形式(若干の細かい違いはあります)で、最終連だけ別の音楽になっています。

6/8拍子
ヘ長調(F-dur)
Ziemlich lebhaft und entschlossen (かなり生き生きと、決然として)

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

1,6,7節。プライはこの詩の説教臭さをあまり全面に出さず、ユーモラスにくつろいで歌っているように感じました。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

1,4,7節。シュライアーの説得力のある語り掛けに引き込まれました。

●ヴァンサン・リエーヴル=ピカール(T), ジャン=ピエール・アルマンゴー(P)
Vincent Lièvre-Picard(T), Jean-Pierre Armengaud(P)

1,2,6,7節。リエーヴル=ピカールは丁寧な歌い方で好感がもてました。

●コンスタンティン・グラーフ・フォン・ヴァルダードルフ(BR), クリスティン・オーカーランド(P)
Constantin Graf von Walderdorff(BR), Kristin Okerlund(P)

1,2,3,4,5,6,7節。ヴァルダードルフが意外と軽妙な歌いぶりを聞かせていて良かったです。例によってすべての節(3節も含めて)を歌っているので、資料としても貴重です。

●シューマンが同じ詩に作曲した無伴奏混声合唱曲「北か南か, Op. 59-1」
Robert Schumann: Nord oder Süd, Op. 59-1
Renner Ensemble, Bernd Engelbrecht

シューマンは原詩の4,5連を省略しており、ここではシューマンの指示通りに歌われています。最終連だけ音楽が異なるのが印象的です。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

歌曲「いずれにしても」——人生を達観したような詩をベートーヴェンが見事に表現(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「So oder so」の解説:村田千尋)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

RISM(国際音楽資料目録)

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ベートーヴェン「山からの呼び声(Ruf vom Berge, WoO. 147)」

Ruf vom Berge, WoO. 147
 山からの呼び声

1.
Wenn ich ein Vöglein wär'
Und auch zwei Flüglein hätt',
Flög ich zu dir!
Weils aber nicht kann sein,
Bleib ich allhier.
 もし僕が小鳥で
 二つの羽があれば
 君のもとへ飛んで行くのに!
 だがそれは出来ないので
 ここにいるのだ。

2.
Wenn ich ein Sternlein wär'
Und auch viel Strahlen hätt',
Strahlt' ich dich an.
Und du säh'st freundlich auf,
Grüßtest hinan.
 もし僕が星で
 多くの光があったら
 君を照らすだろうに。
 すると君はやさしく見上げて
 挨拶してくれるだろう。

3.
Wenn ich ein Bächlein wär'
Und auch viel Wellen hätt',
Rauscht' ich durch's Grün.
Nahte dem kleinen Fuß,
Küßte wohl ihn.
 もし僕が小川で
 多くの波があったら
 緑野を通りさらさらと進み、
 あの小さな足に近づいて
 口づけするだろう。

4.
Würd' ich zur Abendluft,
Nähm' ich mir Blütenduft,
Hauchte dir zu.
Weilend auf Brust und Mund,
Fänd' ich dort Ruh'.
 僕が夕風になったら
 花の香りを奪って
 君に吐きかけるだろう、
 胸と口にとどまり
 そこで僕は憩いを見出すだろう。

5.
Geht doch kein' Stund der Nacht,
Ohn' daß mein Herz erwacht
Und an dich denkt.
Wie du mir tausendmal
Dein Herz geschenkt.
 夜の時が進むことはない、
 僕の心が目覚めて
 君のことを思うことなしには。
 なんと君は僕に千回も
 君の心を贈ってくれたのだ。

6.
Wohl dringen Bach und Stern,
Lüftlein und Vöglein fern,
Kommen zu dir.
Ich nur bin festgebannt,
Weine allhier.
 小川や星、
 そよ風や鳥がはるばる突き進み
 君のもとへとやってくる。
 僕はただ動くことも出来ず
 ここで泣くのみ。

詩:Georg Friedrich Treitschke (1776-1842), "Ruf vom Berge"
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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ゲオルク・フリードリヒ・トライチュケの詩による「山からの呼び声」は、1816年に作曲されました。

詩は、もし僕が小鳥なら彼女のもとに飛んでいくのに、もし星なら彼女を照らすのにという具合に、はるか遠くにいる恋人のもとに飛んでいきたいのに行けない気持ちを妄想をまじえて描いています。歌曲集『遥かな恋人に寄せて』を思い出しますね。

ベートーヴェンの音楽も民謡調のテキストの持ち味を生かした素朴な有節形式で作曲しています。ピアノパートの右手最高音がほぼ歌の旋律をなぞっていることも、素朴でのどかな印象を強めています。最終節で主人公は彼女のもとに行けないことに対して涙を流すのですが、そこはベートーヴェンによって特に変化がつけられることはなく、歌手の表現力にかかっていると言えそうです。

一番最後のピアノの後奏にかっこうの鳴き声を思わせる音型があらわれ、主人公が自然に囲まれている様がイメージされます。素朴ですがなかなか魅力的な作品で、もっと演奏されるようになるといいなと思います。

3/8拍子
イ長調(A-dur)
Etwas lebhaft (いくぶん生き生きと)

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

1-6節。シュライアーはすべての節を歌っています。各節前半はかなり威勢よく元気に歌い、後半の抑えた感情表現との対比が見事でした!

●ジョン・マーク・エインスリー(T), イアン・バーンサイド(P)
John Mark Ainsley(T), Iain Burnside(P)

1-6節。エインスリーは第3連の小川のくだりで装飾を加えていました。清々しく爽やかな歌とピアノでした。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P)

1,2,3,5,6節。ここでは第4節以外は歌われています。さすが軽やかな歌唱ですね。F=ディースカウは後年ヘルともこの曲を録音していますが、そちらも同じく第4節を除いて歌っていました。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

1,2,3,5,6節。プライは柔らかい声で慈しむように歌っていました。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

歌曲「山からの呼び声」——《フィデリオ》決定稿の台本作家による詩に作曲(平野昭)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

Georg Friedrich Treitschke (Wikipedia)

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