ベートーヴェン「空高くかかるこれらの雲(Diese Wolken in den Höhen, Op. 98, No. 4)」(歌曲集『遥かな恋人に寄せて("An die ferne Geliebte")』より第4曲)
Diese Wolken in den Höhen, Op. 98, No. 4 (aus "An die ferne Geliebte")
空高くかかるこれらの雲(歌曲集『遥かな恋人に寄せて』より第4曲)
1.
Diese Wolken in den Höhen,
Dieser Vöglein muntrer Zug,
Werden dich, o Huldin, sehen.
Nehmt mich mit im leichten Flug!
空高くかかるこれらの雲や
列になった元気な小鳥たちは
おお優美な方よ、きみを見ることだろう。
軽やかに飛んで僕を連れていっておくれ!
2.
Diese Weste werden spielen
Scherzend dir um Wang' und Brust,
In den seidnen Locken wühlen.
Teilt ich mit euch diese Lust!
この西風たちは
いたずらしながらきみの頬や胸と戯れるだろう、
絹のような巻き毛をかき回しながら。
この楽しみをきみたちと分かち合えたらいいのに!
3.
Hin zu dir von jenen Hügeln
Emsig dieses Bächlein eilt.
Wird ihr Bild sich in dir spiegeln,
Fließ zurück dann unverweilt!
あの丘からきみのもとへ
この小川がせっせと急ぎ行く。
あの子の姿がきみの水面に映ったら
すぐに戻ってきておくれ!
詩:Alois (Isidor) Jeitteles (1794-1858)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)
---------
第4曲「空高くかかるこれらの雲」は、この歌曲集中最も短く、あっという間に過ぎ去ってしまいます。前曲の歌から途切れることなく、すぐに第4曲の歌が続きます。
前曲からの橋渡し
テキストは短いので、あらすじを書くほどでもないのですが一応まとめておきます。
1. 鳥はきみを見かけるだろう。鳥よ、僕を彼女のところに連れて行っておくれ。
2. 西風はきみの頬や胸と戯れる。ぼくもその楽しみを共有できたらいいのになぁ。
3. きみのもとに小川が急ぐ。彼女の姿が水面に映ったらすぐに戻っておいで!
周りの存在に彼女との仲立ちをしてもらおうとしているのですね。
歌声部は3つの連からなるほぼ完全な有節形式で、最後だけ次の曲に向かうために最終行をもう一度異なるメロディーで繰り返します。調も変わらず、心地よい速度を保ちながら高低高低のパターンをしばらく繰り返します。ふわふわと空想に遊んでいるようなイメージでしょうか。
一方のピアノパートは1連でプラルトリラーで鳥のさえずりを模し、2連は右手がオクターブを交互に弾くのに対し左手は3つの音で1つのまとまりを弾きます。3連は右手が歌をなぞるかと思いきや途中から距離を保ってポリフォニックに進んでいきます。おそらく各連の鳥、西風、小川を反映させているのだと思います。
最後の部分は次の曲に向けてドラマティックに展開していきます。
6/8拍子
Nicht zu geschwinde angenehm und mit viel Empfindung (速すぎずに、心地よく、たっぷり感情をこめて)
変イ長調(As-dur)
●詩の朗読(Sprecher: Johannes-c-held.com)
チャンネル名:Lied Lyrics
●フリッツ・ヴンダーリヒ(T), ハインリヒ・シュミット(P)
Fritz Wunderlich(T), Heinrich Schmidt(P)
まばゆいほど輝かしいヴンダーリヒの美声で熱気をこめて歌われています。本当いいですね!
●ロビン・トリッチュラー(T), マルコム・マーティノー(P)
Robin Tritschler(T), Malcolm Martineau(P)
トリッチュラーのまろやかでつやのある美声はこの歌曲集の主人公が希望に満ちていることを感じさせてくれます。
●ヘルマン・プライ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Hermann Prey(BR), Gerald Moore(P)
「Wolken in den Höhen(空高く流れゆく雲)で、テッシトゥーラも高くなるが、私にとってこのことははじめての高い変ホ音を、つまり、とりわけ、ひとつだけかなり高い第五のリートへの準備を促す、高音域での発声を意味している」(『喝采の時 ヘルマン プライ自伝』より)。余裕をもったテンポでプライとムーアが美しいアンサンブルを聞かせてくれます。
●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Gerald Moore(P)
初期のF=ディースカウの甘さのある美声が魅力的です。
●ゲルハルト・ヒュッシュ(BR), ハンス・ウード・ミュラー(P)
Gerhard Hüsch(BR), Hanns Udo Müller(P)
楷書風の明瞭なヒュッシュの歌は、詩の上質な朗読を聞いているように心地よいです。
●ヴォルフガング・ホルツマイア(BR), イモジェン・クーパー(P)
Wolfgang Holzmair(BR), Imogen Cooper(P)
ホルツマイアの柔らかい感触の声は涼風が吹き抜けるかのようです。クーパーの粒だちのよいピアノも美しいです。
●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)
シュライアーの歌う主人公は一途で真面目な青年像が浮かびます。
●ベンヤミン・ブルンス(T), カローラ・タイル(P)
Benjamin Bruns(T), Karola Theill(P)
ブルンスの歌唱は希望に胸ときめかせている感じがしていいですね。
●イアン・ボストリッジ(T), アントニオ・パッパーノ(P)
Ian Bostridge(T), Antonio Pappano(P)
ボストリッジはノンビブラートを結構使いますね。第3連の"fließ(流れる)"を2回ともノンビブラートにしているのはおそらく何らかの意図があるのでしょう。
●マティアス・ゲルネ(BR), アルフレート・ブレンデル(P)
Matthias Goerne(BR), Alfred Brendel(P)
ゲルネは第3曲からブレスせずにそのままこの第4曲を歌い始めます!おそらく誰もが出来ることではないように思います。
●ピアノパートのみ(Hye-Kyung Chung)
Diese Wolken in den Höhen Op. 98 No. 4 (L. v. Beethoven) - Accompaniment
チャンネル名:insklyuh
---------
(参考)
「遥かな恋人に寄せて(連作歌曲)」——愛と自然を歌った声楽史上初の連作歌曲(平野昭)
吉村哲『ベートーヴェンの歌曲研究-連作歌曲集《遥かなる恋人に寄す》の演奏解釈をめぐって-』(盛岡大学短期大学部紀要24巻: 2014)
『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)
『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(歌曲集『遥かな恋人に寄せて』の解説:前田昭雄)
『喝采の時 ヘルマン プライ自伝』(原田茂生・林捷:共訳)(1993年第一刷 メタモル出版)
Alois Isidor Jeitteles (Österreichisches Biographisches Lexikon)
| 固定リンク | 0
« ベートーヴェン「空高く軽快に飛ぶアマツバメよ(Leichte Segler in den Höhen, Op. 98, No. 3)」(歌曲集『遥かな恋人に寄せて("An die ferne Geliebte")』より第3曲) | トップページ | ベートーヴェン「五月が戻り来て、野原は花開く(Es kehret der Maien, es blühet die Au, Op. 98, No. 5)」(歌曲集『遥かな恋人に寄せて("An die ferne Geliebte")』より第5曲) »
「音楽」カテゴリの記事
「詩」カテゴリの記事
「ベートーヴェン」カテゴリの記事
- ベートーヴェン「喜びに満ちては、苦しみにあふれ(Freudvoll und leidvoll, Op. 84/4)」(悲劇『エグモント』のための音楽("Egmont" Musik zu J. W. von Goethes Trauerspiel, Op. 84)より)(2023.04.15)
- ベートーヴェン「太鼓が鳴る(Die Trommel gerühret, Op. 84/1)」(悲劇『エグモント』のための音楽("Egmont" Musik zu J. W. von Goethes Trauerspiel, Op. 84)より)(2023.04.15)
- ベートーヴェン「ロプコヴィツ・カンタータ(Lobkowitz-Cantate, WoO 106)」(2023.01.20)
- ベートーヴェン「結婚式の歌(Hochzeitslied, WoO 105 (Hess 125, 124))」(2023.01.13)
- ベートーヴェン「修道僧の歌(Gesang der Mönche, WoO 104)」(2023.01.06)
コメント
フランツさん、こんばんは。
ハンスベトヒャーのご紹介ありがとうございました。このように解析を読むとさらに深く曲を聞けますね。
プライさんは、よく自然歌手なんて呼ばれていましたが、自伝を読んでいると分析し、技術を駆使して歌っていることがわかりますよね。当たり前ですが。自然に聞こえるようにきかせる技術があるということなんですよね。
ヴンダーリヒの声は本当に輝かしいですね。そして甘い。いつも極上の黄金の蜂蜜みたいな声だと感じます。
トリッチュラーのテノールも魅力的ですね!好きな声です。私には好みの音色があるようです。
ブルンストの伸びやかさ、声の広がりにも魅せられます。
シュライヤーは、あまり詩に走らないで誠実な青年像を描き出していますね。
ディースカウさん、若き日にはこんなに甘いうたいぶりだったんですね。
ヒッシュの品格。古きよき時代の香りがしました。
ホルツマイヤーはどこまでも穏やかで癒しを感じます。
ブルンストの伸びやかさ、広がりある歌から、おっしゃる通りときめきをかんじました。
ボストリッジは個性的ですよね。ノンビブラートの箇所、たしかにどんな意図なのか気になります。
ゲルネの懐広い歌に包まれるのは心地いいです。ノンブレスで二曲歌ってしまえるのがすごいですが、息継ぎしないにはやはり解釈なのでしょうね。
ボストリッジ共々、どんな思惑なのか聞いてみたいです。
この歌曲集も折り返し地点を越えましたね。聞き終わるのがもったいない曲集です。
投稿: 真子 | 2022年7月 5日 (火曜日) 20時21分
真子さん、こんばんは。
ベトヒャーの分析を大雑把にまとめてみるとA-B-C-C-B-Aという関係がなりたちそうです(同じアルファベットはあくまで対応しているというだけで、同一ではないですが)。第1曲の音楽が最終曲に回帰するというところも環(クライス)を描いていますね。
プライの全く作為なく聞こえる歌唱は彼にのみ可能なテクニックなのでしょうね。これほど自然に聞こえるように歌うことは相当大変なことなのではないかと想像します。
ヴンダーリヒは「輝かしい」という形容がぴったり当てはまりますよね。
トリッチュラーもブルンスも気に入っていただけて嬉しいです。とてもいいテノールですよね。
シュライアーは上記2人に比べると古典的な形式を重視した歌いぶりですね。
ディースカウにもこんなに甘美な歌を歌う時期があったことが私には嬉しいです。
ヒュッシュは現代の歌手の源泉のように思えます。彼がいたから現代のリート歌唱がここまで発展してきたのではないかと思えてなりません。偉大な歌手です!
ボストリッジのノンビブラートやゲルネの息継ぎの位置などはおっしゃるように解釈のうちなのでしょう。千差万別で面白いですね。
残りの歌曲も楽しんでいただけたら幸いです。
投稿: フランツ | 2022年7月 6日 (水曜日) 22時51分