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ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Dietrich Fischer-Dieskau: 1925.5.28-2012.5.18) 没後10年を記念して

ドイツ歌曲の演奏史に燦然と輝くディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Dietrich Fischer-Dieskau : 28. Mai 1925, Zehlendorf, Berlin - 18. Mai 2012, Berg am Starnberger See)が亡くなって早いものでもう10年が経ちました(2022年5月現在)。
中学生の頃にドイツ歌曲に惹かれて以来、彼にどれほど楽しませてもらったことでしょう。LPからCDに移り変わる時期にレコード店でLP、CD、カセットテープを夢中になって漁っていた時が懐かしく思い出されます。私にとって忘れがたい歌曲演奏家は山のようにいるのですが、その中でもF=ディースカウは別格の存在でした。
彼の声を美しくないと評する意見をよく目にするのですが、私の耳には彼の若かりし頃の声はとても心地よい美しさをもって響いてきます。ハイバリトンの軽やかな響きは自在なダイナミズムとめりはりのきいたディクションによって手に汗握るようなドラマを描いてくれます。
「完璧すぎる」「うますぎて鼻につく」というのも彼の評で頻繁に目にします。人の受け取り方はそれぞれなのでそれはその人にとってはおそらく真実なのだと思います。ただ私は畑中良輔氏がインタビューした時に彼が「自分には絶対音感がないので現代音楽は覚えるまで何度でも練習する」と言った言葉が忘れられません。彼が並外れた才能をもっていることは言うまでもないことですが、そんな彼ですら覚えるために地道に繰り返し練習するのです。その結果「完璧」とみなされるのならば私にはただただ凄いことにしか思えません。

私にとってフィッシャー=ディースカウの歌曲歌唱の中で最高だと思うのは断トツでシューベルトです。
中でもDeutsche Grammophonレーベルに1966年12月から1972年3月にかけてジェラルド・ムーアと共に録音したシューベルト歌曲大全集は一番の宝物です。463曲ものシューベルトの歌曲の録音が、今か今かと聞かれるのを待っているように盤面でひしめきあっているように感じられます。
実は私はまだ通して全曲を聞いたことがないので、先週から時間を見つけて次々と聞き進めているところです。こうしてどっぷりこの全集に集中してみると、いかにフィッシャー=ディースカウという存在が偉大であったか改めてひしひしと感じています。例えば歌曲集『美しい水車屋の娘』の第1曲のメリスマなど、F=ディースカウは必ずしもシューベルトの音程どおりではなく、勢いに任せて歌っていたりします。「完璧、お手本」といった言葉の堅苦しさと異なる自由な歌いぶりが感じられて個人的にはとても興味深いです。いつかのインタビューで「自然に」歌うことを心掛けていると言っていました。ともすれば「人工的」と評されがちなF=ディースカウのそうではない特質をこのシューベルトの1曲1曲から感じ取ることが出来て、とても楽しく聞き進めています。

この膨大な全集の曲目一覧をPDFファイルにまとめましたので興味のある方はダウンロードしてご参照ください。

ダウンロード(PDFファイル)

シューベルト歌曲大全集の一環として三大歌曲集も1971-72年に録音していますが、その他にもフィッシャー=ディースカウは折に触れ繰り返し録音しています。彼自身は「その時一番新しい録音」が最も納得のいく演奏と語っていましたが、歌曲ファンにとってはそれぞれの時期の歌唱を聞き比べる喜びがあり、これだけの録音を残してくれたF=ディースカウと関係者の方に感謝あるのみです。

●シューベルト:歌曲集『美しい水車屋の娘』D 795
Schubert: Die schöne Müllerin, D 795

1) HMV (EMI): 3-7 October 1951, Abbey Road Studios, London
Gerald Moore, piano

2) HMV (EMI): 2-4 December 1961, Gemeindehaus, Berlin-Zehlendorf
Gerald Moore, piano

3) Deutsche Grammophon: 8-10 January 1968, Ufa-Ton-Studio, Berlin
Jörg Demus, piano

4) Deutsche Grammophon: December 1971, Ufa-Ton-Studio, Berlin
Gerald Moore, piano

5) [DVD] Arthaus: 20 June 1991, Feldkirch, Austria (live)
András Schiff, piano

6) [DVD] EMI: 2 April 1992, Salle Pleyel, Paris (live)
Christoph Eschenbach, piano

7) Tobu Recordings: 24 November 1992, Concert Hall, Tokyo Metropolitan Theatre (Tokyo Geijutsu Gekijo) (live)
Wolfgang Sawallisch, piano

●シューベルト:歌曲集『冬の旅』D 911
Schubert: Winterreise, D 911

1) Moviment Musica: 19 January 1948, Berlin
Klaus Billing, piano

2) Verona: 4 October 1952, Köln (live)
Hermann Reutter, piano

3) Melodram: 6 November 1953, Berlin (live)
Hertha Klust, piano

4) HMV (EMI): 13-14 January 1955, Gemeindehaus, Berlin-Zehlendorf
Gerald Moore, piano

5) INA: 4 July 1955, Prades (live)(第5曲「リンデンバウム(Der Lindenbaum)」は演奏中に起きた停電の為録音が残されていない。CDではヘルタ・クルスト(Hertha Klust)との録音を流用)
Gerald Moore, piano

6) HMV (EMI): 10 & 17 November 1962, Gemeindehaus, Berlin-Zehlendorf
Gerald Moore, piano

7) Deutsche Grammophon: 11-15 May 1965, Ufa-Ton-Studio, Berlin
Jörg Demus, piano

8) Deutsche Grammophon: 18-20 August 1971, Ufa-Ton-Studio, Berlin
Gerald Moore, piano

9) ORFEO: 23 August 1978, Kleines Festspielhaus, Salzburg (live)
Maurizio Pollini, piano

10) [DVD] TDK: 13 January 1979, Berlin
Alfred Brendel, piano

11) Deutsche Grammophon: 19-21 January 1979, Studio Lankwitz, Berlin
Daniel Barenboim, piano

12) Philips: 17-24 July 1985, Berlin
Alfred Brendel, piano

13) SONY CLASSICAL: 15-18 July 1990, Siemens-Villa, Berlin
Murray Perahia, piano

●シューベルト:歌曲集『白鳥の歌』D 957
Schubert: Schwanengesang, D 957
1. Liebesbotschaft; 2. Kriegers Ahnung; 3. Frühlingssehnsucht; 4. Ständchen; 5. Aufenthalt; 6. In der Ferne; 7. Abschied; 8. Der Atlas; 9. Ihr Bild; 10. Das Fischermädchen; 11. Die Stadt; 12. Am Meer; 13. Der Doppelgänger; 14. Die Taubenpost, D 965A

1) Melodram: 7 January 1954, Berlin
Hertha Klust, piano
(CD表記の1948年1月録音Klaus Billing (piano)は、Monika Wolf著"Dietrich Fischer-Dieskau: Verzeichnis der Tonaufnahmen"によると間違いとのこと)

2) HMV (EMI): 6 October 1951, Abbey Road Studios, London (8-13);
2, 12, 13 May 1955, Abbey Road Studios, London (1,3,7);
20, 21 September 1957, Gemeindehaus, Berlin-Zehlendorf (2,14);
23, 24 May 1958, Gemeindehaus, Berlin-Zehlendorf (4,5,6)
Gerald Moore, piano

3) HMV (EMI): 7-8 May 1962, Berlin
Gerald Moore, piano

4) Deutsche Grammophon: 7 & 9 March 1972, Ufa-Ton-Studio, Berlin
Gerald Moore, piano

5) Philips: 24 August - 1 September 1982, Siemens-Villa, Berlin
Alfred Brendel, piano

●シューベルト歌曲大全集からの音源:臨終を告げる鐘 D 871
Schubert: Das Zügenglöcklein, D 871

Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Gerald Moore(P)
録音:1969年3月, Ufa-Ton-Studio, Berlin

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(参考)

Wikipedia (ドイツ語)

Wikipedia (日本語)

Dietrich Fischer-Dieskau (Monika Wolf)

Monika Wolf: "Dietrich Fischer-Dieskau: Verzeichnis der Tonaufnahmen": Tutzing: Schneider, 2000: ISBN 3 7952 0999 4

Compiled by John Hunt: "A Notable Quartet: Janowitz, Ludwig, Gedda, Fischer-Dieskau": John Hunt, 1995: ISBN 0 9525827 1 6

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コメント

フランツさん、こんばんは。

ディースカウさんが亡くなられて、もう10年になるのですね。
世間とはうるさいもので、歌がうまければうまいで、色々言われるのですね。
ライバルと勝手に位置付けられたプライさんと比べての記事も、よく目にしましたよね。わざとファン同士が反目し合うのを目論んでいるかのように。

だから、こちらのプログでフランツさんがディースカウもプライも好きと書かれているのを見て、目からウロコでした。
もちろん、ディースカウさんは特別の存在だと思いますが。

ディースカウさんの録音の数の多さには本当に驚かされます。
あまり演奏されない曲にも光を当てて、世に表してくださったのも、大きな功績ですよね。
後世にしっかり、素晴らしい演奏の数々を残していきたいですね。

投稿: 真子 | 2022年5月19日 (木曜日) 22時00分

フランツさん,
Sandmanです.
久しぶりにコメントさせて頂きます.

フィッシャー=ディースカウのシューベルト大全集の詳細データありがとうございます. 私もこの全集を持っているのですが, CDのブックレットには, 詳細の録音時期が明記されていなく, いつの録音なのかと, 常々, 気になっていました. 詳細の録音月日が分かって, それがどれほど重要なのか, と言うことはありますが.

さて, 私もこの全集をCDで持っていて, 1990年から14年間をかけて, 全部聞きました. そのときは, ただ, 漫然と聞いたように思います.
その後, フランツさんが, ブログで紹介していた, hyperionのシューベルトの歌曲全集40枚組を5年ほど前に購入し, さらに, フィッシャー=ディースカウ著, 原田茂生訳の「シューベルトの歌曲をたどって」という本(白水社)を, たまたま古本屋で入手したのを機に, シューベルトの歌曲をもう一度全部聴いてみようと思い立ちました.

「シューベルトの歌曲をたどって」を少しずつ読みながら, 引用されている歌曲を一つづつ, hyperionの色々な演奏者の録音とフィッシャー=ディースカウの録音を聞く訳です. シューベルトの歌曲を専門に研究して, 楽曲や詩を熟知している人でない限り, この本は, 書籍を読んだだけでは, 理解できないのではないかと思います. しかし, 読んでは聞くと, 私のような素人でも, 漠然とながら, シューベルとの歌曲への理解が深まるように思います.

そして, 聞き比べと言うのはおこがましいのですが, フィッシャー=ディースカウのシューベルトがとても説得力があり, シューベルの魅力を引き出していると感じることが多いのです.
5年ほどで, 半分しか進んでいませんが, じっくり聞きたいと思います.

私は, フィッシャー=ディースカウの録音は, シューベルト以外はほとんど聞いていません. 次はどの作曲家を聞こうかと思っています.

投稿: Sandman | 2022年5月20日 (金曜日) 14時56分

真子さん、こんばんは。

もう10年経ったのかぁというのが率直な感想です。

特定の演奏家のファンとしてはつい気になって批評や感想などを見てしまいますが、どうしてもアンチの方はいらっしゃいますよね。アンチのいない演奏家はいないでしょうから気にしても仕方ないのですが、こてんぱんに否定されているのを見るとやはり悲しいです。
プライとディースカウのライバル関係は音楽評論家や同業者だけでなく、メディアやレコード会社が焚きつけたという側面も否定できないでしょうね。不幸中の幸いだったのは両者ともファンが多かったことです。でも一人の演奏家を讃える時にもう片方を貶す必要はないように思うのですけどね。

もう随分昔ですが、すでに亡くなった著名な日本のオペラ演出家はロサンヘレスやジェシー・ノーマンを絶賛していました。私がこの両者のコンサート会場でプログラムを買うと、その人がよくエッセーを載せていたりするのですが、ノーマンを褒めたたえる文章の中で、F=ディースカウとアーメリングを名指しして、お勉強の成果を披露する発表会みたいだの、つまらないだのぼろくそでした。ノーマンのファンの方も他の演奏家をけなしたうえで、いかにノーマンが素晴らしいか熱弁されても素直に喜べるのだろうかと思ってしまいました。(ちなみにこの方、プライは褒めておられました)
素人の感想ならともかく、音楽をなりわいとしている影響力のある人は発言にもっと気を付けてほしいなと思ったものでした。

すみません、愚痴ってしまいました。いつもの結論になりますが、サヴァリッシュがF=ディースカウとプライを日本のどこそこの名酒になぞらえていた通り、二人のタイプの違う歌手がいてくれたことに感謝したいと思います。

私のクラシック好きの原点は「魔王」で、最初に買った音源がF=ディースカウ&ムーアの演奏なので、どうしても思い入れが強くなってしまいます。

投稿: フランツ | 2022年5月20日 (金曜日) 20時04分

Sandmanさん、こんばんは。

フィッシャー=ディースカウのシューベルト大全集の録音データ、喜んでいただけて作成した甲斐がありました。
三大歌曲集を除いた歌曲を1966年から1969年の間に録音したと分かっていても、3年も離れていると声が変わる可能性もありますし、ファンとしてはもっと細かいデータが欲しいですよね。
Deutsche Grammophonのサイトに1曲ずつ情報を公開してくれているのは良心的だと思います。
実は記事の最後に書いたディスコグラフィー2種類も手元にあるのですが、こちらも月単位では載っていなかったのです。
CD製作者は録音データを詳細に記載するのは手間でしょうが、やはりあると嬉しいですよね。

Sandmanさんは14年かけて聞かれたのですか!長大な挑戦でしたね。最後まで完走されたこと、素晴らしいと思います。
F=ディースカウの著書『シューベルトの歌曲をたどって』は、シューベルト鑑賞の御伴になりますよね。私の場合は、特定の歌曲についてF=ディースカウが何と言っているか気になった時に開くことが多いです。それにしてもあれほどコンサートや録音やリハーサルや旅などで忙しい中、この本を執筆する時間を捻出したF=ディースカウはやはり超人だと思います。

Hyperionのシューベルト全集は最初1枚もののシリーズとして売られていて、ちょうどリサイタルのような形で聴ける形になっていたので、そちらの方が聞きやすいかもしれませんね。後に全曲を年代順に入れ替えてまとめられた組物(Sandmanさんがお持ちの方ですね)は、私の場合順番にというより聴きたい曲を聴くということが多いです。

それにしてもシューベルトの完全な全集がこうしてあらわれても、F=ディースカウ&ムーアのように1人の歌手と1人のピアニストだけで400曲以上録音するということは今後もないかもしれませんね。

フィッシャー=ディースカウの録音はシューベルト以外にも膨大な曲があります。私の場合はどれがお勧めというのはあるのですが、先入観を与えてしまうよりはSandmanさんの直観に従って、例えば動画サイトなどでいろいろつまみ聴きをして、良さそうと思った録音を聴いてみられるのがいいかもしれませんね。

投稿: フランツ | 2022年5月20日 (金曜日) 20時51分

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