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ベートーヴェン「声高な嘆き(Die laute Klage, WoO. 135)」

Die laute Klage, WoO. 135
 声高な嘆き

Turteltaube, du klagest so laut
Und raubest dem Armen seinen einzigen Trost,
Süßen vergessenden Schlaf.
Turteltaub', ich jammre wie du,
Und berge den Jammer in's verwundete Herz,
In die verschlossene Brust.
Ach, die hart verteilende Liebe!
Sie gab dir die laute Jammerklage zum Trost,
Mir den verstummenden Gram!
 こきじ鳩よ、おまえはそんなに声高に嘆きの声を発して、
 哀れな者から唯一の慰めである
 甘美で忘却をもたらしてくれる眠りを奪い取っているのだ。
 こきじ鳩よ、私もおまえと同じく嘆き悲しみ、
 傷ついた心の中の苦しみを
 閉ざした胸に隠すのだ。
 ああ、厳格に分けられた愛!
 愛はおまえには慰めるために声高な嘆きを与え、
 私には物言わぬ心痛を与えたのだ!

詩:Johann Gottfried Herder (1744-1803)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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ヨハン・ゴットフリート・ヘルダーの詩による「声高な嘆き(Die laute Klage, WoO. 135)」は、Beethoven-Haus Bonnの記載によると1814年初頭に着手し、1814年終わり/1815年初頭に完成したようです(Beginn Anfang 1814, Abschluss Ende 1814 / Frühjahr 1815)。

珍しくベートーヴェンの生前には出版されず、1837年にヴィーンのDiabelli社から出版されました。

こきじ鳩(Turteltaube)と主人公は共に心に苦しみを抱えているが、こきじ鳩が声高に嘆く一方で主人公は押し黙り苦しみを心にしまい込むと境遇の違いを嘆きます。主人公の苦しみを忘れさせてくれる唯一のものである睡眠を、こきじ鳩の大きな声が妨げてしまうことに不満をもっているのですね。おそらく悩みを声高に訴えることの出来るこきじ鳩に対する主人公の羨望の念もあるのではないかと思います。

ピアノの前奏にこきじ鳩の鳴き声を模したような装飾音符付きの音型がありますが、これはベートーヴェンの自筆譜にはなく、講談社の『ベートーヴェン全集 第6巻』の村田千尋氏の解説によると、この前奏の追加は「恐らくディアベッリ自身によると思われる」とのことです。旧全集の楽譜でもこの前奏が掲載されている為、F=ディースカウ、シュライアー、プライはいずれもこの前奏付きで録音しています。最近の演奏家は前奏のない形(ベートーヴェンのオリジナルの形)で録音することが多いようです。

【自筆譜】前奏なし
Die-laute-klage-autograph

【初版(1837年、Diabelli社)】前奏あり
Die-laute-klage-erstausgabe

音楽は詩の3行ずつをひとまとめにして、最初の3行の音楽が次の3行に多少の変化をつけながら繰り返され、最後の3行で新しい音楽になり、再度その3行に多少の変化をつけて繰り返して締めくくります(A-A'-B-B')。

ベートーヴェンの歌曲でたまに見られる単語の中の休符がこの歌曲でも最終行の"verstummenden"という単語に複数回にわたって見られます。この「物言わぬ、押し黙った」という意味の単語の途中にあえて休符を入れて、言葉が喉にひっかかっているかのような効果を出して、嘆きを言葉にすることを許されていない辛さをうまく表現しているように思います。

Die-laute-klage-example

同じような楽句でもリズムや音を微妙に変化させたり、かなり頻繁に幅の大きなダイナミクスの変化を指定していて、かなり細かいところまでこだわって作りこんでいることが感じられました。渋さゆえにとっつきにくいかもしれませんが、聞き込むとなかなか味のある作品です。

6/8拍子
ハ短調(c-moll)
Andante sostenuto

●コキジバトの鳴き声
Turteltaube Gesang

胸の部分を振動させて鳴いていますね。キジバトより小さいのだそうです。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

前奏付き。オルベルツは前奏の前打音をかなり思いをこめて弾いていました。シュライアーは余裕をもったテンポで丁寧に歌い進めます。稀代の福音史家らしく語りかけるように聴き手に訴えています。最後から3行目の"Liebe(愛)"でふわっと優しい響きになるところが聴きどころでしょうか(楽譜でもここでpの指示がありますが、特に柔らかさが際立っていたように感じました)。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

前奏付き。速めのテンポで演奏されていました。プライは楽譜にsfpと指示のある"verwundete(傷ついた)"をかなり強調して歌っていました。どこを強調するかということも演奏家の解釈が伺えて興味深いです。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P)

前奏付き。比較的落ち着いたテンポで演奏しています。最後にきじ鳩の声高な嘆きに対して「私には物言わぬ心痛を与えた」と歌う時に静かに神妙に歌っていたのが印象的でした。F=ディースカウは後年ハルトムート・ヘルとも録音していますが、そちらも前奏付きでした。

●イリス・フェアミリオン(MS), ペーター・シュタム(P)
Iris Vermillion(MS), Peter Stamm(P)

前奏なし。フェアミリオンの声の温もりが詩の主人公に救いをもたらしているように感じました。

●第1稿
パウラ・ゾフィー・ボーネト(S), ベルナデッテ・バルトス(P)
Paula Sophie Bohnet(S), Bernadette Bartos(P)

第1稿で演奏しています。2019年録音。私は今のところ第1稿の楽譜を未確認なのですが、後半はピアノパートが未完成のようです。最終稿との違いは聴いた限りでは特にテキスト後半3行の箇所に顕著だと思います。歌詞も最終版とは異なるようで"Gram"はおそらく"Sinn"と歌われていました。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

《声高な嘆き》——きじ鳩の鳴き声で想い出すつらい別れ(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「声高な嘆き」の解説:村田千尋)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

Staatsbibliothek zu Berlin Preußischer Kulturbesitz, Musikabteilung mit Mendelssohn-Archiv:自筆楽譜(上にある数字の5ページ目をクリックして下さい)

RISM(国際音楽資料目録)

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コメント

フランツさん、こんばんは。

傷心を抱えた主人公の、心うちを歌い明かしたシュライヤー、そんな主人公に寄り添うようなフェアミリオンの演奏が、とても心に残りました。

シュライヤーと共演のオルブルツのピアノ、前奏から引き込まれてました。この前奏がこの曲の性質を方向づけたように思いました。

プライさんは「テンポは解釈」と言っていました。であるならば、速めに取ったテンポにメッセージが込められているわけですよね。もう少し聴きこんでみます。
彼の演奏だけ、上手く表現できないのですが、何か違った印象を受けました。

ベートーベンは、このようなリートも書いていたのですね。とても心に残る曲です。

投稿: 真子 | 2022年5月12日 (木曜日) 18時44分

真子さん、こんばんは。
コメント有難うございます。

シュライアーのけなげに訴えかける歌唱はぐっと引き付けられますよね。オルベルツの思いが凝縮されたかのような前奏も素敵です。

フェアミリオンはご指摘のように第三者的な立場ととらえることもできそうですね。

プライの速めのテンポは、私には心痛の深さをキジバトに悟られないようにあえて軽めに歌っている人物が浮かんできました。顔で笑って心で泣いているような感じでしょうか。

この曲聞き込むとなかなか味わい深いですよね。真子さんにも気に入っていただけて良かったです。

投稿: フランツ | 2022年5月12日 (木曜日) 20時10分

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