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ベートーヴェン「秘密(Das Geheimnis, WoO. 145)」

Das Geheimnis (Liebe und Wahrheit), WoO. 145
 秘密(愛と真実)

1.
Wo blüht das Blümchen, das nie verblüht?
Wo strahlt das Sternlein, das ewig glüht?
Dein Mund, o Muse! dein heil'ger Mund
Tu' mir das Blümchen und Sternlein kund.
 決してしぼまない花はどこに咲いているのか?
 永遠に燃え続ける星はどこで輝いているのか?
 あなたの口、おおムーサよ!あなたの聖なる口よ、
 私に花と星のことを知らせておくれ。

2.
"Verkünden kann es dir nicht mein Mund,
Macht es dein Innerstes dir nicht kund!
Im Innersten glühet und blüht es zart,
Wohl jedem, der es getreu bewahrt!"
 「私の口はあなたに知らせることは出来ないのです、
 あなたの心の奥底がご自分に知らせないのならば!
 心の奥底にほのかに燃え、咲いているのです、
 誠実でい続ける者の奥底に!」

詩:Ignaz Heinrich Freiherr von Wessenberg (1774-1860), "Das Geheimniß", subtitle: "Liebe und Wahrheit", appears in Neue Gedichte, Constanz: M. Wallis, first published 1826
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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イグナーツ・ハインリヒ・フライヘア・フォン・ヴェッセンベルクの詩による歌曲「秘密」は1815年に作曲されました。

「愛と真実」という仰々しい副題が付けられていて、枯れない花や永遠に輝き続ける星がどこにあるのか教えてほしいと尋ねる主人公に対して、ムーサは誠実な人の内面にそれらがあると答えます。花や星というのは愛と真実を指しているのでしょう。

ベートーヴェンの音楽はほぼ有節歌曲と言っていいでしょう。ピアノパートが第2連でより細かくなっているのと、曲の締めに最後の2行を若干の変化を加えて繰り返している以外は基本的に同じ音楽です。歌の旋律を質問者の言葉(第1連)と回答するムーサの言葉(第2連)でほぼ一致させているのは、おそらくあえてそうしているのでしょう。

歌はド→レ→ミ→ファ→ソ→ラと順次進行し、ラの音と同時にピアノがサブドミナントの和音を急速なアルペッジョで奏でます。その後の歌は跳躍進行も含めながら進みます。各節最初の2行は十六分休符の後に歌い始め、相手にためらいがちに話しているさまを醸し出しているようです。

テキストは哲学的な問答ですが、ベートーヴェンの音楽は愛らしい小品といった印象を受けます。とはいえピアノパートに大胆な試み(急速なアルペッジョ)も取り入れた野心的な作品ということも言えるのではないかと思います。

2/4拍子
ト長調(G-dur)
Innig vorgetragen und nicht schleppend (心をこめて演奏し、間のびしないように)

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P)

F=ディースカウはすっきりとしたテンポ設定で、いつもながら巧みに表現していたと思います。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

質問を投げかける者と、答えるムーサのどちらも真摯な感じが伝わってきます。

●エリーザベト・シュヴァルツコプフ(S), ミヒャエル・ラウハイゼン(P)
Elisabeth Schwarzkopf(S), Michael Raucheisen(P)

シュヴァルツコプフの歌唱は笑顔を湛えつつちょっと悪戯っぽい目でこちらの反応をうかがっているような印象を受けました。

●パメラ・コバーン(S), レナード・ホカンソン(P)
Pamela Coburn(S), Leonard Hokanson(P)

若干説教臭いこのテキストがコバーンによって爽やかさを獲得しています。

●ロデリック・ウィリアムズ(BR), イアン・バーンサイド(P)
Roderick Williams(BR), Iain Burnside(P)

ウィリアムズの抑制した表現は特にムーサの回答に効果を発揮していたように感じました。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

歌曲《秘密(愛と真実)》——新聞社からの依頼曲(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「Das Geheimnis」の解説:村田千尋)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

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コメント

フランツさん、こんばんは。

ドイツリートの特徴として、哲学的な詩というのがありますね。
夕焼けを歌った曲にしても、三木露風の詩に山田耕筰が曲をつけた「夕焼け雲」「赤とんぼ」など、抒情的です。
シューベルトの「夕映えの中で」は、名作ですが、カール·ラッペは哲学的ですよね。
日本とドイツの感覚の違いを感じます。
「夕焼け雲」、小品ですが詩も曲もとてもいいんです。
「緑の谷の 花にも うつる」と夕焼け雲を表した三番の歌詞の抒情性は露風ならのものだと感じます。大好きなうたです。

前置きが長くなりました。
この歌曲にいちばんピッタリ来たのが、シュライアーでした。福音史家を得意としたシュライアーならではの説得力だと思いました。

ディースカウさんには、諭し教えられているような気持ちになりました。

パメラ·コバーンの爽やかな声の響きには惹かれますね。
あまり哲学的にとらわれない表現を取ったのでしょうね。
コバーンは、プライさんとこのベートーベン歌曲集を作っていますが、二人がどのように担当する曲を決めたのか、想像するのも楽しいです。

交響曲のイメージが強いベートーベンですが、多彩な歌曲も作っていたんですね。

投稿: 真子 | 2022年5月19日 (木曜日) 21時30分

真子さん、こんばんは。

ドイツ人の書く詩には理屈っぽいものもあって結構難しいんですよね。

「夕焼雲」という曲、ご紹介有難うございます!動画サイトに関定子さんと塚田佳男さんの演奏がありましたので聞いてみました。
懐かしい感じの曲ですね。三木露風の最小限に切り詰めた言葉から情景が浮かんできますね。かえるの鳴き声も面白いです。緑に夕焼けの赤みがうつるというのもなんとも情緒を感じさせて素敵でした。
これに比べるとシューベルトの名作「夕映えの中で」のラッペのテキストは自然を前にした自分の感情が前面に出ていてドイツっぽいなぁと思います。

このベートーヴェンの曲、テキストの問答が理屈っぽくてちょっとまわりくどい感じがしましたが、曲は素直で簡素で民謡のようです。
その真面目な問答を表現するのにシュライアーはうってつけですね。

コバーンとプライの全集での分担はどういうふうに決めたのでしょうね。この曲など普通に考えたらプライが担当しそうなものですが、分担の打ち合わせシーンを見てみたいですね。

投稿: フランツ | 2022年5月20日 (金曜日) 20時02分

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