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ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ (ピアノ:デームス、ヘル、ブレンデル)/シューベルト&R.シュトラウス・ライヴ(1980年,1982年,1984年アムステルダム)

オランダの放送局NPO Radio4が、本日(5月28日)誕生日のディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Dietrich Fischer-Dieskau)のアムステルダム・コンセルトヘバウでのライヴを3種類、期間限定でアップしています。
おそらく数週間で消されてしまうと思いますので、もし興味のある方は早めに聴いてみて下さい。1曲ずつでも再生できるようになっているので、聞きたい曲だけ聞くことも出来ます。
シューベルトの方は1980年のライヴで、2014年にアップされた時にブログの記事にしていますので、その後アップされていなかったとしたら8年ぶりということになります。ピアノはイェルク・デームスです。

●Schubert-recital door Dietrich Fischer-Dieskau

ライヴ録音:1980年12月9日, Concertgebouw Grote Zaal Amsterdam(アムステルダム・コンセルトヘバウ大ホール)

Dietrich Fischer-Dieskau(ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ) (bariton)
Jörg Demus(イェルク・デームス) (piano)

Schubert(シューベルト)作曲

1.Prometheus(プロメテウス) D.674
2.Meeresstille(海の静けさ) D.216
3.An die Leier(竪琴に寄せて) D.737
4.Memnon(メムノン) D.541
5.Freiwilliges Versinken(自ら沈み行く) D.700
6.Der Tod und das Mädchen(死と乙女) D.531
7.Gruppe aus dem Tartarus(タルタロスの群れ) D.583
8.Nachtstück(夜曲) D.672
9.Totengräbers Heimweh(墓掘人の郷愁) D.842

10.Der Wanderer an den Mond(さすらい人が月に寄せて) D.870
11.Abendstern(夕星) D.806
12.Selige Welt(幸福の世界) D.743
13.Auf der Donau(ドナウ川の上で) D.553
14.Über Wildemann(ヴィルデマンの丘を越えて) D.884
15.Wanderers Nachtlied(さすらい人の夜の歌Ⅱ) D.768
16.Des Fischers Liebesglück(漁師の恋の幸福) D.933
17.An die Laute(リュートに寄せて) D.905
18.Der Musensohn(ムーサの息子) D.764

19.Nachtviolen(はなだいこん) D.752
20.Geheimes(秘めごと) D.719
21.An Sylvia(シルヴィアに) D.891
22.Abschied(別れ) D.957 nr.7

次にR.シュトラウスのリサイタルで、こちらも2014年にアップされた時に記事にしていました。ピアノはハルトムート・ヘルです。

●Richard Strauss recital door Dietrich Fischer-Dieskau

ライヴ録音:1982年2月18日, Concertgebouw, Amsterdam(アムステルダム・コンセルトヘバウ)

Dietrich Fischer-Dieskau(ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ) (bariton)
Hartmut Höll(ハルトムート・ヘル) (piano)

Richard Strauss(リヒャルト・シュトラウス)作曲

1 Schlechtes Wetter(悪天候), op.69 nr.5
2 Im Spätboot(夜更けの小舟で), op.56 nr.3
3 Stiller Gang(静かな散歩), op.31 nr.4
4 O wärst du mein(おお君が僕のものならば), op.26 nr.2
5 Ruhe, meine Seele(憩え、わが魂よ), op.27 nr.1 (04:00)
6 Herr Lenz(春さん), op.37 nr.5
7 Wozu noch, Mädchen(少女よ、それが何の役に立つのか), op.19 nr.1
8 Frühlingsgedränge(春の雑踏), op.26 nr.1
9 Heimkehr(帰郷), op.15 nr.5
10 Ach, weh mir unglückhaftem Mann(ああ辛い、不幸な俺), op.21 nr.4

11 Winternacht(冬の夜), op.15 nr.2
12 Gefunden(見つけた), op.56 nr.1
13 Einerlei(同じもの), op.69 nr.3
14 Waldesfahrt(森の走行), op.69 nr.4
15 Himmelsboten(天の使者), op.32 nr.5
16 Junggesellenschwur(若者の誓い), op.49 nr.6
17 "Krämerspiegel(「商人の鑑」)": O lieber Künstler(おお親愛なる芸術家よ), op.66 nr.6
18 "Krämerspiegel": Die Händler und die Macher(商人どもと職人どもは), op.66 nr.11
19 "Krämerspiegel": Hast du ein Tongedicht vollbracht(あなたが交響詩を書き上げたら), op.66 nr.5
20 "Krämerspiegel": Einst kam der Bock als Bote(かつて牝山羊が使者にやって来た), op.66 nr.2

21 Traum durch die Dämmerung(黄昏を通る夢), op.29 nr.1
22 Ständchen(セレナーデ), op.17 nr.2
23 Morgen(明日), op.27 nr.4
24 Zugemessene Rhythmen(整いすぎたリズム), WoO.122

1984年のアルフレート・ブレンデルとの『冬の旅』のライヴは、スタジオ録音やDVDの映像と比較してみるのも興味深いかと思います。

●Legendarisch archief: Winterreise door Dietrich Fischer-Dieskau

ライヴ録音:1984年6月29日, Concertgebouw, Amsterdam(アムステルダム・コンセルトヘバウ)

Dietrich Fischer-Dieskau(ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ) (bariton)
Alfred Brendel(アルフレート・ブレンデル) (piano)

Schubert(シューベルト)作曲

Winterreise(『冬の旅』) D.911 - compleet

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シュヴァルツコプフの歌う「ライアー弾き(Der Leiermann, D911-24)」他(1969年、1972年ライヴ音源)

An Elisabeth Schwarzkopf Recital (Montréal, 1972)

kadoguyさんのYouTubeチャンネル(※リンク先は音が出ます)からエリーザベト・シュヴァルツコプフ(Elisabeth Schwarzkopf: 1915-2006)とマーティン・イセップ(Martin Isepp: 1930-2011)によるカナダ、モントリオールでの1972年ライヴ音源がアップされていました。

詳細データは下記の通りですが、注目すべきなのは、最初のシューベルト歌曲のグループに歌曲集『冬の旅』から「リンデンバウム(セイヨウボダイジュ)」と「ライアー弾き(辻音楽師)」が歌われていることです!
「リンデンバウム」についてはすでにアムステルダムで歌われた際のライヴ音源がCD化されているので商品として聴くことは出来たのですが、「ライアー弾き」はこれまで聴くことが出来ず、私も今回はじめてこの貴重な録音により聴くことが出来ました。
彼女の来日公演プログラムには両曲とも含まれていて、これらが彼女のレパートリーに入っていることは知っていたのですが、「ライアー弾き」の音源がまさか残っているとは思いませんでした。

上記の動画の5:30に目盛りを移動すると「リンデンバウム」が、10:38に目盛りを移動すると「ライアー弾き」が始まります。

彼女の「ライアー弾き」は、噛みしめるように一語一語を丁寧に抑えめに語ります。ほとんど一貫して抑制した歌いぶりですが、最後の単語"drehn"で大きなクレッシェンドをかけて強調していました。第三者的というよりは主人公になりきった歌唱のように感じました。

さまざまな作曲家のミックスプログラムであえてこの曲を選ぶというのは珍しいことではないかと思いますが、演奏活動の終焉をそろそろ予感していた時期に『冬の旅』を歌いたいという心境になっていたのでしょうか。

ピアノのマーティン・イセップは、ヴィーン生まれで、8歳の時にイギリスに移り、ここを本拠地として活動しました。特にジャネット・ベイカーとのコンビは高く評価されています。
シュヴァルツコプフは彼女の演奏活動後期に複数回イセップと共演していたようですが、録音ではおそらく契約の関係でしょうか、ほぼジェフリー・パーソンズとのみ共演していましたので、このライヴ音源はイセップとの共演の記録という意味でも貴重です。

1972年4月7日, サル・ヴィルフリド=ペルティエ、モントリオール(モンレアル)

エリーザベト・シュヴァルツコプフ(S)
マーティン・イセップ(P)

フランツ・シューベルト:
I. ズライカⅠ, D. 720 0:00
II. リンデンバウム, D. 911, no. 5 5:30
III. ライアー弾き, D. 911, no. 24 10:38

ローベルト・シューマン:
IV. くるみの木, op. 25, no. 3 14:56
V. トランプ占いする女, op. 31, no. 2 19:05

ヨハネス・ブラームス:
VI. あの下の谷に, WoO. 33 no. 6 22:18
VII. 甲斐なきセレナード, op. 84, no. 4 25:01

エドヴァルト・グリーグ:
VIII. 睡蓮とともに, op. 25, no. 4 26:49
IX. きみを愛す, op. 5, no. 3 29:46

フランツ・リスト:
X. 三人のジプシー, S. 320 32:34

リヒャルト・シュトラウス:
XI. 明日!, op. 27, no. 4 39:06

フーゴ・ヴォルフ:
XII. フィリーネ 43:37
XIII. あなたは私が侯爵夫人でもないくせにと言うのね 46:50
XIV. あなたは私を一本の糸で捕まえて 48:10
XV. 私ペンナに住んでいる恋人がいるの 49:16

フランツ・シューベルト:
XVI. 至福, D. 433 50:35

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April 7, 1972, Salle Wilfrid-Pelletier, Montréal

Elisabeth Schwarzkopf, soprano
Martin Isepp, piano

Franz Schubert:
I. Suleika I, D. 720 0:00
II. Der Lindenbaum, D. 911, no. 5 5:30
III. Der Leiermann, D. 911, no. 24 10:38

Robert Schumann:
IV. Der Nussbaum, op. 25, no. 3 14:56
V. Die Kartenlegerein, op. 31, no. 2 19:05

Johannes Brahms:
VI. Da unten im Tale, WoO. 33 no. 6 22:18
VII. Vergebliches Ständchen, op. 84, no. 4 25:01

Edvard Grieg:
VIII. Mit einer Wasserlilie, op. 25, no. 4 26:49
IX. Ich liebe dich, op. 5, no. 3 29:46

Franz Liszt:
X. Die drei Zigeuner, S. 320 32:34

Richard Strauss:
XI. Morgen!, op. 27, no. 4 39:06

Hugo Wolf:
XII. Philine 43:37
XIII. Du sagst mir, daß ich keine Fürstin sei 46:50
XIV. Du denkst mit einem Fädchen mich zu fangen 48:10
XV. Ich hab' in Penna einen Liebsten wohnen 49:16

Franz Schubert:
XVI. Seligkeit, D. 433 50:35

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Elisabeth Schwarzkopf sings Schubert & Schumann Lieder! (Montréal, 1969)

もう1つ1969年のモントリオールでのシュヴァルツコプフのライヴが同じくkadoguyさんのYouTubeチャンネルからアップされていて、こちらの共演者はジョン・ニューマーク(John Newmark: 1904-1991)です。ニューマークとは1970年2月15日にテレビ用コンサートで共演して、その時の録音がRococoというレーベルからLPで発売されたことがあるそうです。彼はドイツ生まれで後にカナダに帰化したピアニストで、独奏者として、またカナダ内外の多数の音楽家の共演者として活躍しました。特にキャスリーン・フェリアやモーリーン・フォレスターとの共演は非常に有名です。

「くるみの木」はこちらでも歌われています。後期のシュヴァルツコプフはこの曲をゆっくりめに歌う傾向があり、ここでもしっとりとした匂い立つような演奏ですね。

1969年10月19日, エクスポ劇場、モントリオール(モンレアル)

エリーザベト・シュヴァルツコプフ(S)
ジョン・ニューマーク(P)

I. シューベルト:音楽に寄せて, D. 547 0:00
II. シューベルト:ます, D. 550 2:37
III. シューマン:くるみの木, op. 25, no. 3 4:45
IV. シューベルト:至福, D. 433 8:32

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October 19, 1969, Expo-Théâtre, Montréal

Elisabeth Schwarzkopf, soprano
John Newmark, piano

I. "An die Musik", D. 547 (Schubert) 0:00
II. "Die Forelle", D. 550 (Schubert) 2:37
III. "Der Nußbaum", op. 25, no. 3 (Schumann) 4:45
IV. "Seligkeit", D. 433 (Schubert) 8:32

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ベートーヴェン「憧れ(Sehnsucht, WoO. 146 "Die stille Nacht umdunkelt")」

Sehnsucht, WoO. 146
 憧れ

1.
Die stille Nacht umdunkelt
Erquickend Tal und Höh',
Der Stern der Liebe funkelt
Sanft wallend in dem See.
 静かな夜は
 元気を回復させながら谷や丘を闇に包み、
 愛の星は
 穏やかに湖の中でうねりながらきらめく。

2.
Verstummt sind in den Zweigen
Die Sänger der Natur;
Geheimnisvolles Schweigen
Ruht auf der Blumenflur.
 枝々にいる
 自然界の歌い手たちは口を閉ざし、
 秘めやかな沈黙が
 花咲き乱れる野原に憩う。

3.
Ach, mir nur schließt kein Schlummer
Die müden Augen zu:
Komm, lindre meinen Kummer,
Du stiller Gott der Ruh!
 ああ、眠りは
 僕の疲れた瞳を閉じない、
 来て、僕の苦しみを和らげておくれ、
 静かな憩いの神よ!

4.
Sanft trockne mir die Tränen
Gib süßer Freude Raum,
Komm, täusche hold mein Sehnen
Mit einem Wonnetraum!
 優しく僕の涙を乾かして、
 甘き喜びにひたらせておくれ、
 おいで、僕の憧れを快く
 歓喜の夢で欺いておくれ!

5.
O zaubre meinen Blicken
Die Holde, die mich flieht,
Laß mich ans Herz sie drücken,
Daß edle Lieb' entglüht!
 おお、僕の目に魔法をかけて
 僕から逃げたいとしい人を見せておくれ、
 気高い愛が燃え上がるように
 彼女をきつく抱きしめさせておくれ!

6.
Du Holde, die ich meine,
Wie sehn' ich mich nach dir;
Erscheine, ach, erscheine
Und lächle Hoffnung mir!
 僕の好きないとしい人、
 どれほどきみが恋しいことか、
 姿を見せて、ああ、姿を見せて
 希望が僕に微笑みかけますように!

詩:Christian Ludwig Reissig (1784-1847)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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今回はベートーヴェンがこれまでも好んで曲を付けてきたクリスティアン・ルートヴィヒ・ライスィヒの詩に1815年終わりから1816年初めに作曲した「憧れ(Sehnsucht, WoO. 146)」を取り上げたいと思います。

夜の静寂の中眠れない主人公は、逃げられた恋人への思慕の念を募らせ、夢にあらわれてくれるように願うという内容です。

コラール風の穏やかな信仰告白を思わせるこの曲は、恋人への憧れの気持ちを神聖な存在への思慕に昇華したかのようにすら感じられます。聴いているうちに胸が熱くなってくるほど静かな感動を覚える作品だと思います。

音楽は詩の2連づつをひとまとまりにした変形有節形式と言ってよいでしょう。歌声部はほぼ同じ音楽を3回繰り返し、一方ピアノ・パートは後期ピアノ・ソナタの緩徐楽章にも通じる天から降って来たような音楽を変奏形式で展開していきます。この作品はベートーヴェンにしか書けない音楽だと思います。知られざる傑作と言っていいのではないでしょうか。

3/4拍子
ホ長調(E-dur)
Mit Empfindung, aber nicht zu langsam (感情をこめて、しかしゆっくり過ぎずに)

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P)

F=ディースカウは詩の展開に沿って見事なまでに憧れの心情を描いていました。素晴らしかったです!デームスのピアノも感情の機微が感じられて良かったです。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

含蓄に富んだプライの豊かな表現に胸がいっぱいになりました。成熟した時期だからこその思いの深さがありました!

●アン・ソフィー・フォン・オッター(MS), メルヴィン・タン(Fortepiano)
Anne Sofie von Otter(MS), Melvyn Tan(Fortepiano)

オッターの節度をもったしっとりとした味わいの歌は思わず耳をそばだてて聞き入ってしまうほどです。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

シュライアーの誠実な歌いぶりを聴くと、主人公の憧れの対象である恋人に思いが届いてほしいと思わずにいられません。

●オーラフ・ベーア(BR), ジェフリー・パーソンズ(P)
Olaf Bär(BR), Geoffrey Parsons(P)

ベーアが歌うと、繊細な青年像が思い浮かびます。この曲の主人公の心の痛みと恋人への強い思いの表現にぴったり合致していると思います。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

「憧れ」——希望に呼びかける、ライシッヒの詩による歌曲(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「Sehnsucht, WoO 146」の解説:村田千尋)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

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エリー・アーメリング・マスタークラス(Internationaal Lied Festival Zeist) (2022/5/18, 5/20)

今月オランダ、ゼイスト(Zeist)で国際リートフェスティヴァル(Internationaal Lied Festival Zeist)が開催されていて、アーメリングのマスタークラスも催されているようです。

Internationaal Lied Festival Zeist
Masterclass Elly Ameling

woensdag 18 mei 2022
10.15 - 13.00 14.00 - 16.45

vrijdag 20 mei 2022
10.15 - 13.00 14.00 - 16.45

5/17のステファヌ・ドゥグー(Stéphane Degout)(BR)とアラン・プラネス(Alain Planès)(P)のリサイタル終演後と思われるアーメリングとの写真もあり、相変わらずお元気そうです。

マスタークラスのレポートを誰かアップしてくれたらいいなと思います。

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ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Dietrich Fischer-Dieskau: 1925.5.28-2012.5.18) 没後10年を記念して

ドイツ歌曲の演奏史に燦然と輝くディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Dietrich Fischer-Dieskau : 28. Mai 1925, Zehlendorf, Berlin - 18. Mai 2012, Berg am Starnberger See)が亡くなって早いものでもう10年が経ちました(2022年5月現在)。
中学生の頃にドイツ歌曲に惹かれて以来、彼にどれほど楽しませてもらったことでしょう。LPからCDに移り変わる時期にレコード店でLP、CD、カセットテープを夢中になって漁っていた時が懐かしく思い出されます。私にとって忘れがたい歌曲演奏家は山のようにいるのですが、その中でもF=ディースカウは別格の存在でした。
彼の声を美しくないと評する意見をよく目にするのですが、私の耳には彼の若かりし頃の声はとても心地よい美しさをもって響いてきます。ハイバリトンの軽やかな響きは自在なダイナミズムとめりはりのきいたディクションによって手に汗握るようなドラマを描いてくれます。
「完璧すぎる」「うますぎて鼻につく」というのも彼の評で頻繁に目にします。人の受け取り方はそれぞれなのでそれはその人にとってはおそらく真実なのだと思います。ただ私は畑中良輔氏がインタビューした時に彼が「自分には絶対音感がないので現代音楽は覚えるまで何度でも練習する」と言った言葉が忘れられません。彼が並外れた才能をもっていることは言うまでもないことですが、そんな彼ですら覚えるために地道に繰り返し練習するのです。その結果「完璧」とみなされるのならば私にはただただ凄いことにしか思えません。

私にとってフィッシャー=ディースカウの歌曲歌唱の中で最高だと思うのは断トツでシューベルトです。
中でもDeutsche Grammophonレーベルに1966年12月から1972年3月にかけてジェラルド・ムーアと共に録音したシューベルト歌曲大全集は一番の宝物です。463曲ものシューベルトの歌曲の録音が、今か今かと聞かれるのを待っているように盤面でひしめきあっているように感じられます。
実は私はまだ通して全曲を聞いたことがないので、先週から時間を見つけて次々と聞き進めているところです。こうしてどっぷりこの全集に集中してみると、いかにフィッシャー=ディースカウという存在が偉大であったか改めてひしひしと感じています。例えば歌曲集『美しい水車屋の娘』の第1曲のメリスマなど、F=ディースカウは必ずしもシューベルトの音程どおりではなく、勢いに任せて歌っていたりします。「完璧、お手本」といった言葉の堅苦しさと異なる自由な歌いぶりが感じられて個人的にはとても興味深いです。いつかのインタビューで「自然に」歌うことを心掛けていると言っていました。ともすれば「人工的」と評されがちなF=ディースカウのそうではない特質をこのシューベルトの1曲1曲から感じ取ることが出来て、とても楽しく聞き進めています。

この膨大な全集の曲目一覧をPDFファイルにまとめましたので興味のある方はダウンロードしてご参照ください。

ダウンロード(PDFファイル)

シューベルト歌曲大全集の一環として三大歌曲集も1971-72年に録音していますが、その他にもフィッシャー=ディースカウは折に触れ繰り返し録音しています。彼自身は「その時一番新しい録音」が最も納得のいく演奏と語っていましたが、歌曲ファンにとってはそれぞれの時期の歌唱を聞き比べる喜びがあり、これだけの録音を残してくれたF=ディースカウと関係者の方に感謝あるのみです。

●シューベルト:歌曲集『美しい水車屋の娘』D 795
Schubert: Die schöne Müllerin, D 795

1) HMV (EMI): 3-7 October 1951, Abbey Road Studios, London
Gerald Moore, piano

2) HMV (EMI): 2-4 December 1961, Gemeindehaus, Berlin-Zehlendorf
Gerald Moore, piano

3) Deutsche Grammophon: 8-10 January 1968, Ufa-Ton-Studio, Berlin
Jörg Demus, piano

4) Deutsche Grammophon: December 1971, Ufa-Ton-Studio, Berlin
Gerald Moore, piano

5) [DVD] Arthaus: 20 June 1991, Feldkirch, Austria (live)
András Schiff, piano

6) [DVD] EMI: 2 April 1992, Salle Pleyel, Paris (live)
Christoph Eschenbach, piano

7) Tobu Recordings: 24 November 1992, Concert Hall, Tokyo Metropolitan Theatre (Tokyo Geijutsu Gekijo) (live)
Wolfgang Sawallisch, piano

●シューベルト:歌曲集『冬の旅』D 911
Schubert: Winterreise, D 911

1) Moviment Musica: 19 January 1948, Berlin
Klaus Billing, piano

2) Verona: 4 October 1952, Köln (live)
Hermann Reutter, piano

3) Melodram: 6 November 1953, Berlin (live)
Hertha Klust, piano

4) HMV (EMI): 13-14 January 1955, Gemeindehaus, Berlin-Zehlendorf
Gerald Moore, piano

5) INA: 4 July 1955, Prades (live)(第5曲「リンデンバウム(Der Lindenbaum)」は演奏中に起きた停電の為録音が残されていない。CDではヘルタ・クルスト(Hertha Klust)との録音を流用)
Gerald Moore, piano

6) HMV (EMI): 10 & 17 November 1962, Gemeindehaus, Berlin-Zehlendorf
Gerald Moore, piano

7) Deutsche Grammophon: 11-15 May 1965, Ufa-Ton-Studio, Berlin
Jörg Demus, piano

8) Deutsche Grammophon: 18-20 August 1971, Ufa-Ton-Studio, Berlin
Gerald Moore, piano

9) ORFEO: 23 August 1978, Kleines Festspielhaus, Salzburg (live)
Maurizio Pollini, piano

10) [DVD] TDK: 13 January 1979, Berlin
Alfred Brendel, piano

11) Deutsche Grammophon: 19-21 January 1979, Studio Lankwitz, Berlin
Daniel Barenboim, piano

12) Philips: 17-24 July 1985, Berlin
Alfred Brendel, piano

13) SONY CLASSICAL: 15-18 July 1990, Siemens-Villa, Berlin
Murray Perahia, piano

●シューベルト:歌曲集『白鳥の歌』D 957
Schubert: Schwanengesang, D 957
1. Liebesbotschaft; 2. Kriegers Ahnung; 3. Frühlingssehnsucht; 4. Ständchen; 5. Aufenthalt; 6. In der Ferne; 7. Abschied; 8. Der Atlas; 9. Ihr Bild; 10. Das Fischermädchen; 11. Die Stadt; 12. Am Meer; 13. Der Doppelgänger; 14. Die Taubenpost, D 965A

1) Melodram: 7 January 1954, Berlin
Hertha Klust, piano
(CD表記の1948年1月録音Klaus Billing (piano)は、Monika Wolf著"Dietrich Fischer-Dieskau: Verzeichnis der Tonaufnahmen"によると間違いとのこと)

2) HMV (EMI): 6 October 1951, Abbey Road Studios, London (8-13);
2, 12, 13 May 1955, Abbey Road Studios, London (1,3,7);
20, 21 September 1957, Gemeindehaus, Berlin-Zehlendorf (2,14);
23, 24 May 1958, Gemeindehaus, Berlin-Zehlendorf (4,5,6)
Gerald Moore, piano

3) HMV (EMI): 7-8 May 1962, Berlin
Gerald Moore, piano

4) Deutsche Grammophon: 7 & 9 March 1972, Ufa-Ton-Studio, Berlin
Gerald Moore, piano

5) Philips: 24 August - 1 September 1982, Siemens-Villa, Berlin
Alfred Brendel, piano

●シューベルト歌曲大全集からの音源:臨終を告げる鐘 D 871
Schubert: Das Zügenglöcklein, D 871

Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Gerald Moore(P)
録音:1969年3月, Ufa-Ton-Studio, Berlin

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(参考)

Wikipedia (ドイツ語)

Wikipedia (日本語)

Dietrich Fischer-Dieskau (Monika Wolf)

Monika Wolf: "Dietrich Fischer-Dieskau: Verzeichnis der Tonaufnahmen": Tutzing: Schneider, 2000: ISBN 3 7952 0999 4

Compiled by John Hunt: "A Notable Quartet: Janowitz, Ludwig, Gedda, Fischer-Dieskau": John Hunt, 1995: ISBN 0 9525827 1 6

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テレサ・ベルガンサ(Teresa Berganza)追悼

スペイン出身のメゾソプラノ、テレサ・ベルガンサ(Teresa Berganza Vargas: 1933年3月16日, Madrid - 2022年5月13日, San Lorenzo de El Escorial)が亡くなりました。89歳だったとのことです。

 El Mundo

ベルガンサは「カルメン」などオペラ、コンサートで引く手あまたでしたが、歌曲も得意としていて、私も過去に一度だけ実演に接することが出来ました。今のところプログラムが見当たらないので確認できないのですが、ドイツリートも含まれていた記憶があります(「魔王」も歌っていたような気がします)。

私の中でベルガンサといえば次の曲の印象が強いです。

●ヒメネス作曲:サルスエラ『テンプラニカ』~サパテアード
Teresa Berganza Zapateado La Tempranica Giménez

Teresa Berganza(MS), probably Juan Antonio Álvarez Parejo(P)

上の動画とは別の映像ですが、確かTVで来日公演のリサイタルを見た際に、音楽に合わせて手や振りを付けて格好よく決めていた印象があります。

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(2022/5/17追記)上述の動画ありました!

●ヒメネス作曲:サルスエラ『テンプラニカ』~サパテアード(タランチュラ)
Teresa BERGANZA sings "La tarántula é un bicho mu malo"

Teresa Berganza(MS), Juan Antonio Álvarez Parejo(P)
1986年5月31日東京文化会館

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それからリカルド・レケホとのシューマン『女の愛と生涯』とムソルクスキー『子供部屋』のCDは、独露の名作を深みと愛らしさのある歌で魅了してくれました。どちらもベルガンサの母性を感じさせてくれる温かい表現が印象的でした。

●シューマン:『女の愛と生涯』
Teresa Berganza "Frauenliebe und Leben" Schumann

Teresa Berganza(MS), Ricardo Requejo(P)

その後もClavesレーベルなどにスペイン歌曲等を録音していました。

●グリーディ作曲:『6つのカスティーリャの歌』~当ててごらんと言ったって
Guridi: Seis Canciones Castellanas: V. Como Quieres que Adivine

Teresa Berganza(MS), Juan Antonio Álvarez Parejo(P)
録音:1986年10月, Church of Seon, Switzerland

彼女の強靭で濃厚な美声で聴くグラナドスの歌曲は最高です。

●グラナドス:『トナディーリャス』~悲しみにくれるマハⅠ
Teresa Berganza La maja dolorosa I Granados

Teresa Berganza(MS), probably Juan Antonio Álvarez Parejo(P)

以前インタビューで読んだ時ですが、彼女が以前の旦那さんと離婚される際に生死をかけたやりとりがあったというようなことを語っていて(正確な言葉は失念してしまいましたが、大体そんな感じでした)、見た目では分からない気性の強さがあるのだなぁと思ったものでした。

若い頃にはBBCのテレビに出演してジェラルド・ムーアと共演したういういしい映像も残されています。

●ファリャ:『7つのスペイン民謡』~ムーア人の織物、ムルシア地方のセギディーリャ、アストゥリアス地方の歌
De Falla, Siete Canciones Populares Espanolas - Teresa Berganza; Gerald Moore [1]
1. El Paño Moruno; 2. Seguidilla Murciana; 3. Asturiana

Teresa Berganza(MS), Gerald Moore(P)

●ファリャ:『7つのスペイン民謡』~ホタ、子守歌、カンシオン、ポロ
De Falla, Siete Canciones Populares Espanolas - Teresa Berganza; Gerald Moore [2]
4. Jota; 5. Nana; 6. Canción; 7. Polo

Teresa Berganza(MS), Gerald Moore(P)

テレサ・ベルガンサさんのご冥福をお祈りいたします。

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ベートーヴェン「秘密(Das Geheimnis, WoO. 145)」

Das Geheimnis (Liebe und Wahrheit), WoO. 145
 秘密(愛と真実)

1.
Wo blüht das Blümchen, das nie verblüht?
Wo strahlt das Sternlein, das ewig glüht?
Dein Mund, o Muse! dein heil'ger Mund
Tu' mir das Blümchen und Sternlein kund.
 決してしぼまない花はどこに咲いているのか?
 永遠に燃え続ける星はどこで輝いているのか?
 あなたの口、おおムーサよ!あなたの聖なる口よ、
 私に花と星のことを知らせておくれ。

2.
"Verkünden kann es dir nicht mein Mund,
Macht es dein Innerstes dir nicht kund!
Im Innersten glühet und blüht es zart,
Wohl jedem, der es getreu bewahrt!"
 「私の口はあなたに知らせることは出来ないのです、
 あなたの心の奥底がご自分に知らせないのならば!
 心の奥底にほのかに燃え、咲いているのです、
 誠実でい続ける者の奥底に!」

詩:Ignaz Heinrich Freiherr von Wessenberg (1774-1860), "Das Geheimniß", subtitle: "Liebe und Wahrheit", appears in Neue Gedichte, Constanz: M. Wallis, first published 1826
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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イグナーツ・ハインリヒ・フライヘア・フォン・ヴェッセンベルクの詩による歌曲「秘密」は1815年に作曲されました。

「愛と真実」という仰々しい副題が付けられていて、枯れない花や永遠に輝き続ける星がどこにあるのか教えてほしいと尋ねる主人公に対して、ムーサは誠実な人の内面にそれらがあると答えます。花や星というのは愛と真実を指しているのでしょう。

ベートーヴェンの音楽はほぼ有節歌曲と言っていいでしょう。ピアノパートが第2連でより細かくなっているのと、曲の締めに最後の2行を若干の変化を加えて繰り返している以外は基本的に同じ音楽です。歌の旋律を質問者の言葉(第1連)と回答するムーサの言葉(第2連)でほぼ一致させているのは、おそらくあえてそうしているのでしょう。

歌はド→レ→ミ→ファ→ソ→ラと順次進行し、ラの音と同時にピアノがサブドミナントの和音を急速なアルペッジョで奏でます。その後の歌は跳躍進行も含めながら進みます。各節最初の2行は十六分休符の後に歌い始め、相手にためらいがちに話しているさまを醸し出しているようです。

テキストは哲学的な問答ですが、ベートーヴェンの音楽は愛らしい小品といった印象を受けます。とはいえピアノパートに大胆な試み(急速なアルペッジョ)も取り入れた野心的な作品ということも言えるのではないかと思います。

2/4拍子
ト長調(G-dur)
Innig vorgetragen und nicht schleppend (心をこめて演奏し、間のびしないように)

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P)

F=ディースカウはすっきりとしたテンポ設定で、いつもながら巧みに表現していたと思います。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

質問を投げかける者と、答えるムーサのどちらも真摯な感じが伝わってきます。

●エリーザベト・シュヴァルツコプフ(S), ミヒャエル・ラウハイゼン(P)
Elisabeth Schwarzkopf(S), Michael Raucheisen(P)

シュヴァルツコプフの歌唱は笑顔を湛えつつちょっと悪戯っぽい目でこちらの反応をうかがっているような印象を受けました。

●パメラ・コバーン(S), レナード・ホカンソン(P)
Pamela Coburn(S), Leonard Hokanson(P)

若干説教臭いこのテキストがコバーンによって爽やかさを獲得しています。

●ロデリック・ウィリアムズ(BR), イアン・バーンサイド(P)
Roderick Williams(BR), Iain Burnside(P)

ウィリアムズの抑制した表現は特にムーサの回答に効果を発揮していたように感じました。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

歌曲《秘密(愛と真実)》——新聞社からの依頼曲(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「Das Geheimnis」の解説:村田千尋)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

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ベートーヴェン「声高な嘆き(Die laute Klage, WoO. 135)」

Die laute Klage, WoO. 135
 声高な嘆き

Turteltaube, du klagest so laut
Und raubest dem Armen seinen einzigen Trost,
Süßen vergessenden Schlaf.
Turteltaub', ich jammre wie du,
Und berge den Jammer in's verwundete Herz,
In die verschlossene Brust.
Ach, die hart verteilende Liebe!
Sie gab dir die laute Jammerklage zum Trost,
Mir den verstummenden Gram!
 こきじ鳩よ、おまえはそんなに声高に嘆きの声を発して、
 哀れな者から唯一の慰めである
 甘美で忘却をもたらしてくれる眠りを奪い取っているのだ。
 こきじ鳩よ、私もおまえと同じく嘆き悲しみ、
 傷ついた心の中の苦しみを
 閉ざした胸に隠すのだ。
 ああ、厳格に分けられた愛!
 愛はおまえには慰めるために声高な嘆きを与え、
 私には物言わぬ心痛を与えたのだ!

詩:Johann Gottfried Herder (1744-1803)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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ヨハン・ゴットフリート・ヘルダーの詩による「声高な嘆き(Die laute Klage, WoO. 135)」は、Beethoven-Haus Bonnの記載によると1814年初頭に着手し、1814年終わり/1815年初頭に完成したようです(Beginn Anfang 1814, Abschluss Ende 1814 / Frühjahr 1815)。

珍しくベートーヴェンの生前には出版されず、1837年にヴィーンのDiabelli社から出版されました。

こきじ鳩(Turteltaube)と主人公は共に心に苦しみを抱えているが、こきじ鳩が声高に嘆く一方で主人公は押し黙り苦しみを心にしまい込むと境遇の違いを嘆きます。主人公の苦しみを忘れさせてくれる唯一のものである睡眠を、こきじ鳩の大きな声が妨げてしまうことに不満をもっているのですね。おそらく悩みを声高に訴えることの出来るこきじ鳩に対する主人公の羨望の念もあるのではないかと思います。

ピアノの前奏にこきじ鳩の鳴き声を模したような装飾音符付きの音型がありますが、これはベートーヴェンの自筆譜にはなく、講談社の『ベートーヴェン全集 第6巻』の村田千尋氏の解説によると、この前奏の追加は「恐らくディアベッリ自身によると思われる」とのことです。旧全集の楽譜でもこの前奏が掲載されている為、F=ディースカウ、シュライアー、プライはいずれもこの前奏付きで録音しています。最近の演奏家は前奏のない形(ベートーヴェンのオリジナルの形)で録音することが多いようです。

【自筆譜】前奏なし
Die-laute-klage-autograph

【初版(1837年、Diabelli社)】前奏あり
Die-laute-klage-erstausgabe

音楽は詩の3行ずつをひとまとめにして、最初の3行の音楽が次の3行に多少の変化をつけながら繰り返され、最後の3行で新しい音楽になり、再度その3行に多少の変化をつけて繰り返して締めくくります(A-A'-B-B')。

ベートーヴェンの歌曲でたまに見られる単語の中の休符がこの歌曲でも最終行の"verstummenden"という単語に複数回にわたって見られます。この「物言わぬ、押し黙った」という意味の単語の途中にあえて休符を入れて、言葉が喉にひっかかっているかのような効果を出して、嘆きを言葉にすることを許されていない辛さをうまく表現しているように思います。

Die-laute-klage-example

同じような楽句でもリズムや音を微妙に変化させたり、かなり頻繁に幅の大きなダイナミクスの変化を指定していて、かなり細かいところまでこだわって作りこんでいることが感じられました。渋さゆえにとっつきにくいかもしれませんが、聞き込むとなかなか味のある作品です。

6/8拍子
ハ短調(c-moll)
Andante sostenuto

●コキジバトの鳴き声
Turteltaube Gesang

胸の部分を振動させて鳴いていますね。キジバトより小さいのだそうです。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

前奏付き。オルベルツは前奏の前打音をかなり思いをこめて弾いていました。シュライアーは余裕をもったテンポで丁寧に歌い進めます。稀代の福音史家らしく語りかけるように聴き手に訴えています。最後から3行目の"Liebe(愛)"でふわっと優しい響きになるところが聴きどころでしょうか(楽譜でもここでpの指示がありますが、特に柔らかさが際立っていたように感じました)。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

前奏付き。速めのテンポで演奏されていました。プライは楽譜にsfpと指示のある"verwundete(傷ついた)"をかなり強調して歌っていました。どこを強調するかということも演奏家の解釈が伺えて興味深いです。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P)

前奏付き。比較的落ち着いたテンポで演奏しています。最後にきじ鳩の声高な嘆きに対して「私には物言わぬ心痛を与えた」と歌う時に静かに神妙に歌っていたのが印象的でした。F=ディースカウは後年ハルトムート・ヘルとも録音していますが、そちらも前奏付きでした。

●イリス・フェアミリオン(MS), ペーター・シュタム(P)
Iris Vermillion(MS), Peter Stamm(P)

前奏なし。フェアミリオンの声の温もりが詩の主人公に救いをもたらしているように感じました。

●第1稿
パウラ・ゾフィー・ボーネト(S), ベルナデッテ・バルトス(P)
Paula Sophie Bohnet(S), Bernadette Bartos(P)

第1稿で演奏しています。2019年録音。私は今のところ第1稿の楽譜を未確認なのですが、後半はピアノパートが未完成のようです。最終稿との違いは聴いた限りでは特にテキスト後半3行の箇所に顕著だと思います。歌詞も最終版とは異なるようで"Gram"はおそらく"Sinn"と歌われていました。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

《声高な嘆き》——きじ鳩の鳴き声で想い出すつらい別れ(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「声高な嘆き」の解説:村田千尋)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

Staatsbibliothek zu Berlin Preußischer Kulturbesitz, Musikabteilung mit Mendelssohn-Archiv:自筆楽譜(上にある数字の5ページ目をクリックして下さい)

RISM(国際音楽資料目録)

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Leeds Lieder 2022

2022/4/28-5/1まで英国で催されていたLeeds Liederのコンサートの模様がこちらにアップされていて見ることが出来ます。
様々なアーティストの優れた演奏を楽しめますが、つい最近ボストリッジがイモジェン・クーパーと演奏した「白鳥の歌」もありますので興味のある方はぜひ!
プログラムはこちらからダウンロード出来ます。

ちなみにこの音楽祭のPresidentでもあるエリー・アーメリングによる“Some Thoughts on the Art of Song”という冊子もこちらで見ることが出来ます。

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