ブラームス(Brahms)/「春の慰め(Frühlingstrost, Op. 63, No. 1)」を聴く
Frühlingstrost, Op. 63, No. 1
春の慰め
1.
Es weht um mich Narzissenduft
Es spricht zu mir die Frühlingsluft:
Geliebter,
Erwach im roten Morgenglanz,
Dein harrt ein blütenreicher Kranz,
Betrübter!
私のまわりにスイセンの香りが吹き渡り、
春の風は私にこう語りかけます、
いとしい人よ、
赤く輝く朝の光を浴びて目を覚ましなさい、
たくさんの花で編んだ花輪があなたを待ちこがれています、
悲しみに沈んだ方よ!
2.
Nur mußt du kämpfen drum und tun
Und länger nicht in Träumen ruhn;
Laß schwinden!
Komm, Lieber, komm aufs Feld hinaus,
Du wirst im grünen Blätterhaus
Ihn finden.
憂さと闘って行動を起こさないといけません、
もう夢の中で休んでいては駄目ですよ、
消してしまいなさい!
いらっしゃい、いとしい人、野原に出ておいで、
あなたは緑の葉で覆われた家で
花輪を見つけることでしょう。
3.
Wir sind dir alle wohlgesinnt,
Du armes, liebebanges Kind,
Wir Düfte;
Warst immer treu uns Spielgesell,
Drum dienen willig dir und schnell
Die Lüfte.
私たちはみなあなたに好意を持っています、
かわいそうな、愛に臆病な子よ、
私たち 香りは。
いつも私たち遊び仲間に誠実に接してくれたから
あなたのために喜んで迅速にお役に立ちたいと思っています、
私たち 風は。
4.
Zur Liebsten tragen wir dein Ach
Und kränzen ihr das Schlafgemach
Mit Blüten.
Wir wollen, wenn du von ihr gehst
Und einsam dann und traurig stehst,
Sie hüten.
私たちはあなたの嘆き声を恋する娘に届けて、
あの娘の寝室を花輪で飾りましょう、
花で編んで。
あなたがあの娘から離れ去り、
ひとり悲しく立ち止まっているときには
私たちがあの娘を見守っていてあげましょう。
5.
Erwach im morgenroten Glanz,
Schon harret dein der Myrtenkranz,
Geliebter!
Der Frühling kündet gute Mär',
Und nun kein Ach, kein Weinen mehr,
Betrübter!
朝焼けの光を浴びて目を覚ましなさい、
もうあなたのことをミルテの花輪が待ちこがれていますよ、
いとしい人よ!
春が素敵な話をお知らせします、
もう嘆いたり泣いたりしないでね、
悲しみに沈んだ方よ!
詩:(Gottlob Ferdinand) Max(imilian) Gottfried von Schenkendorf (1783-1817), from Gedichte, first published 1837
曲:Johannes Brahms (1833-1897), "Frühlingstrost", op. 63 (Neun Lieder und Gesänge) no. 1 (1874) [voice and piano], Leipzig, Peters
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歌曲をつくった作曲家たちが必ずといっていいほど扱うテーマの一つが「春」ではないかと思います。シューベルトにもシューマンにもヴォルフにもシュトラウスにも春の歌曲はありますし、特にメンデルスゾーンは「春」がタイトルに含まれている独唱曲を数えたところ7曲もありました。ブラームスにも春を扱う歌曲はいくつもあるのですが、やはりいかにもブラームスだなぁとうならされる作品ぞろいで、とりわけ今回扱う「春の慰め」はブラームスにしか書けない魅力的な作品だと思います。
この詩の主人公の男の子は彼女と喧嘩でもしたのでしょうか。悲しみに沈んでいるのですが、春の風や香りが慰めて、二人の間を取り持ちます。最終連でミルテの花輪があなたを待っているとか、素敵な話をあなたに伝えるなどの詩句があり、このカップルの結婚を示唆しているように思えます。人ではなく春の立場から歌った詩というのが面白いと思いました。
曲の形式はA-B-A-C-Aで、1、3、5連の共通の音楽の間に2、4連の異なる音楽をはさむ形になっています。
ピアノパートは片手が細かく三連符やトレモロを刻み、もう片方の手が歌の対旋律やバス音を奏でます。
ピアノ前奏の右手「ドラーソ」は、歌が始まってすぐ("um mich Nar-")の旋律に引き継がれますが、その1拍前からピアノ左手にもあらわれています(譜例1参照)。
奇数連(A)の最終行の歌のメリスマが効果的で、春の風にふわふわ身を任せているようなイメージを与えています(譜例2参照)。
それから個人的には譜例2の赤枠で囲ったバス音の流れが大好きです。こういう畳みかけ方はブラームスの魅力の一つではないかと思っています。
調はところどころ近親調への転調をしつつも常に基本のイ長調に立ち戻ります。
偶数連で少し落ち着いた感じを醸し出しつつ、基本的に駆け抜けるような推進力で聴き手をぐっと引き込んでいくチャーミングな作品だと思います。
6/4拍子
イ長調(A-dur)
Lebhaft (生き生きと)
●レネケ・ライテン(S), ハンス・アドルフセン(P)
Lenneke Ruiten(S), Hans Adolfsen(P)
オランダのソプラノ、ライテンの透明で細やかな歌唱が春の香りや風を運んでくれます。アドルフセンのピアノはあまり明瞭に粒を響かせないことで風が静かに立っている様を想像させてくれます。
●ジュリー・カウフマン(S), ドナルド・サルゼン(P)
Julie Kaufmann(S), Donald Sulzen(P)
アメリカのソプラノ、カウフマンの抒情的な美声が心地よく、いつまでも聴いていたい気持ちにさせてくれます。
●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ダニエル・バレンボイム(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Daniel Barenboim(P)
1980年代前半の録音。フィッシャー=ディースカウは穏やかに主人公を慰撫するような歌唱を聞かせる一方、バレンボイムは切り込みの鋭いタッチで春の爆発するような喜びを見事に表現していました。
●マリア・ミュラー(S), ミヒャエル・ラウハイゼン(P)
Maria Müller(S), Michael Raucheisen(P)
1944年Berlin録音。ミュラーの豊かな声は主人公を力強く励ましているように感じられます。
上記の他にLan Rao(S) & Micaela Gelius(P) (ARTE NOVA)、Deon van der Walt(T) & Charles Spencer(P) (ARS MUSICI)、Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Wolfgang Sawallisch(P) (EMI)、Olaf Bär(BR) & Helmut Deutsch(P) (EMI)、Andreas Schmidt(BR) & Helmut Deutsch(P) (cpo)の録音もあり、いずれも良かったですが、特にベーア&ドイチュの演奏は爽やかで春の息吹が感じられて引きこまれました。
Hyperionレーベルのブラームス歌曲全集では第7巻に収録されていて、演奏はBenjamin Appl(BR) & Graham Johnson(P)です。私はこのCDをiTunesにまだ入れていない為現物を探さないと聞けないのですが、こちら(14曲目の音符マークをクリック)で最初の1分強を試聴できました。
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(参考)
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コメント
フランツさん、こんばんは。
春を強く感じさせる曲ですね。
水仙と言えば、日本では水仙は早春の花ですが、ドイツではもっと先に咲くのでしょうか。
ライテンの声いいですね。レース編みのような繊細さにひかれます。
カウフマンのソプラノに、少しアメリングを感じました。一口に、レッジェーロ系の声と言っても、色合いは様々ですよね。
バリトンで聞くと、雰囲気がガラッとかわりますね。
春を歌っても、声種や声質で色んな色彩が出せますよね。
ミュラーからは、古きよき時代の風を感じました。他のソプラノに比べて力強さもありますね。
いつも、詩の訳に加え、詳しい曲の解説を書いてくださるから、本当に勉強になります。
フランツさんのリートへの愛を感じます!
投稿: 真子 | 2022年4月 9日 (土曜日) 20時03分
真子さん、こんにちは。
そうですよね。春のわくわくした感じがブラームス特有の語法で魅力的に表現されていると思います。
水仙は早春なのですね。ちょっと調べた感じでは日本の水仙は4月頃までとのことですので、この詩に出てくるようなドイツの水仙はもっと後までもつのかもしれませんね。
今回も聞き比べていただき、有難うございます。
やはり男声と女声では随分雰囲気が変わりますよね。
F=ディースカウは新旧2回録音しているのですが、録音時期や共演者が違うだけでも随分趣が違うので面白いです。
ライテンはアーメリングのお弟子さんで、彼女のマスタークラスの映像でもすでに優れた歌を聞かせてくれていました。日本での知名度はあまり高くないかもしれませんが、歌曲歌手として注目していきたい歌手です。
ジュリー・カウフマンもレッジェーロに分類される声なのですね。こういうタイプの声、私も好みです。
往年のミュラーの録音は、まさに「古きよき時代」ですね。馥郁とした香りが漂ってきて、埋もれさせてはいけない貴重な財産だと思います。
お褒めの言葉、有難うございます(^^)ただただ「好き」というだけで続けているブログですが、こうして真子さんから反応をいただけると本当に励みになり、継続するモチベーションとなります。いつも有難うございますm(__)m
投稿: フランツ | 2022年4月10日 (日曜日) 12時29分
フランツさん、こんにちは。
私がイメージしてしまったのは日本水仙なので、ドイツの水仙とはまた違うかもしれませんね。
昔、淡路島の水仙郷を見に行った時、3月に入るとほとんど枯れていたので、その印象が強くて。
水仙の学名は、ギリシャ神話の美少年
ナルキッソスに由来するそうですね。
ナルシストの元になった神話ですが、悲しい最後に合わせたように「報われない恋」が花言葉の一つになっています。
しかしながら、ドイツでは長い冬の終わりを告げる「希望の象徴」と、ネット上で見つけました。詩人も、花言葉まで調べて詩を書いたわけではないかもしれませんものね。
声のジャンルは、聞くとすぐにこの人はリリコかなとか、レッジェーロかなとか考えてしまします。
ジュリー カウフマンのこの演奏の声の感じで、レッジェーロかなと思いましたが、調べますとコロラトゥーラになっていました。
先に調べてから、書くべきでしたね。すみませんでした。
ライテンはアメリングのお弟子さんでしたか。現役を退いて久しいアメリングですが、こうしてお弟子さんが活躍されているのは嬉しいですね!
コロナ禍の今、来日公演も閉ざされていますが、いつか日本にも来ていただきたいです!
投稿: 真子 | 2022年4月10日 (日曜日) 15時27分
真子さん、こんにちは。
今日は暑かったですね。
淡路島に水仙郷というところがあるのですか。真子さんが行かれた時は残念ながら見ごろを過ぎていたのですね。
冬の終わりを告げる「希望の象徴」ということは、水仙が終わると春が来るという感じなのかもしれませんね。一つの生命を全うして、別の生命に引き継がれると思うと切ないですが、それゆえに詩にうたわれたりもするのでしょう。
水仙はナルキッソスに由来するのですね。花言葉もそこからきているのですね。西欧はギリシャ神話が日常に深く関わっているのでしょうね。アーメリングもリート歌手の心がけとしてギリシャ神話・ローマ神話・聖書の知識が大事だと言っていました。シューベルトのリートもギリシャ・ローマ神話のテーマのものだけでひと晩のプログラムが組めるほど沢山あります。今はネットですぐに調べられるので助かりますが、昔は東洋人には神話関係は敷居が高かったかもしれませんね。
声のジャンルは自己申告と他者による感じ方は一致しないこともありますよね。グルベロヴァやポップなどコロラトゥーラも抒情的なものもどちらも見事に聞かせてくれましたよね。カウフマンも今回の歌曲ではコロコロした感じは特に感じられず、リリカルな爽やかさがあったと思います。
そうですね。お弟子さんの活躍は嬉しいことと思います。ライテンはオペラやコンサートもこなしているので、いずれ今の状況が落ち着いたころに来日してくれたらいいですよね。
投稿: フランツ | 2022年4月10日 (日曜日) 18時17分