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マーラー(Mahler)/「春の朝(Frühlingsmorgen)」を聴く

Frühlingsmorgen
 春の朝

Es klopft an das Fenster der Lindenbaum.
Mit Zweigen blütenbehangen:
Steh' auf! Steh' auf! Was liegst du im Traum?
Die Sonn' ist aufgegangen!
[Steh' auf! Steh' auf!]
 リンデの木が窓をたたきます、
 花のついた枝で。
 起きて!起きて!あなたは夢の中なのですか?
 太陽がもうのぼっていますよ!
 [起きて!起きて!]

Die Lerche ist wach, die Büsche weh'n!
Die Bienen summen und Käfer!
[Steh' auf! Steh' auf!]
Und dein munteres Lieb' hab ich auch schon geseh'n.
Steh' auf, Langschläfer! Langschläfer[, steh' auf]!
[Steh' auf! Steh' auf!]
 ひばりはもう起きているし、茂みは風になびいていますよ!
 ミツバチも甲虫も羽音を立てていますよ!
 [起きて!起きて!]
 あなたの元気な恋人ももう見かけましたよ。
 起きて、寝坊助さん!寝坊助さん[、起きて]!
 [起きて!起きて!]

※[ ]内はマーラーによる繰り返し

詩:Richard Volkmann (1830-1889), as Richard Leander, no title, appears in Gedichte, in Kleine Lieder, no. 9
曲:Gustav Mahler (1860-1911), "Frühlingsmorgen", 1880-7, published 1892 [voice and piano], Mainz, Schott

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マーラーの「春の朝(Frühlingsmorgen)」を聴いてみましょう。

テキストを書いたのは外科医のリヒャルト・フォン・フォルクマンという人で、詩を書く時はリヒャルト・レアンダーと名乗りました。

マーラーの作曲年代ははっきりしていませんが、1883年頃とするのが通説だそうです(『ブルックナー/マーラー事典』(1993年 東京書籍 渡辺裕)より)。

初演は1886年4月18日プラハで行われました(ソースはこちら)。
1892年にマインツのショット社から14曲からなる『リートと歌(Lieder und Gesänge)』の第1集第1曲として出版されました。

春が来て、リンデの木(セイヨウシナノキ、セイヨウボダイジュ)が枝で寝坊助さんの窓をこつこつ叩きます。
「もう日が昇っていますよ。ヒバリもミツバチもカブトムシも起きて音を立てていますよ。あなたの恋人もさっき見かけましたよ」と寝坊助さんに伝えます。

詩人がここで最も伝えたいのは「あなたの恋人はもう起きているのだから、早く恋人にもとに行きなさい」ということではないかと思います。

マーラーの音楽は、春が来たことの輝かしい爆発的な喜びという感じではなく、春の温かさに気持ちよくまどろんでいるような響きで一貫しています。ヒバリの鳴き声やミツバチの羽音をピアノがトリルで描写したり、ワルツのようなリズムを刻んだりもしますが、聴いているうちにだんだん心地よい眠りに誘われるような印象です。
「起きなさい」という枝の音も子守歌になってしまったかのようです。音楽は寝坊助さんの立場で描かれているようにすら思えます。
歌声部に1オクターブの上行音型が数回あらわれていて、マーラーはヨーデルのような効果を出して民謡の趣を与えようとしているのかもしれません(ピアノパートは9度上行がいくつか出てきます)。

"Steh' auf!(起きなさい)"という2音節の言葉は場所によって異なる動きがあてられ、時に同音のままの場合もありますが、4度から5度の下行の箇所が特に印象的で、下行した後の音(auf)が主音より高い音があてられていて、呼びかけている感じをうまくあらわしているように思います。

マーラーが楽譜冒頭に記した"Gemächlich, leicht bewegt"ですが、"Gemächlich"がゆったりと、くつろいでというような意味で、一方"leicht bewegt"が軽やかに動いてというような意味なので、一見矛盾しているようにも思えます。くつろいだ雰囲気のまま重くならないように演奏してほしいというようなニュアンスでしょうか。

6/8拍子
ヘ長調 (F-dur)
Gemächlich, leicht bewegt (くつろいで、軽やかな動きで)

●アン・ソフィー・フォン・オッター(MS), ラルフ・ゴトーニ(P)
Anne Sofie von Otter(MS), Ralf Gothóni(P)

オッターは深みと軽やかさの両面があり、素晴らしい歌唱です。

●アンゲリカ・キルヒシュラーガー(MS), ヘルムート・ドイチュ(P)
Angelika Kirchschlager(MS), Helmut Deutsch(P)

1996年録音。キルヒシュラーガーは明晰なディクションと伸びのある美声で魅了されました。ドイチュのベテランらしい細やかなピアノも良かったです。

●クリスティアン・ゲアハーアー(BR), ゲロルト・フーバー(P)
Christian Gerhaher(BR), Gerold Huber(P)

ゲアハーアーのめりはりのきいたディクションとハイバリトンの美声が素晴らしく、充実した歌唱でした。

●白井光子(MS), ハルトムート・ヘル(P)
Mitsuko Shirai(MS), Hartmut Höll(P)

白井さんの余裕のある歌唱は、お姉さんが年下の子に「いつまで寝ているの」と言っている感じがしました。

●ベルナルダ・フィンク(MS), アントニー・スピリ(P)
Bernarda Fink(MS), Anthony Spiri(P)

2014年録音。アルゼンチン生まれのフィンクはドイツリートも得意としていて、ここでも丁寧で美しい歌唱を聞かせています。

●クリスティアーネ・カルク(S), ブルクハルト・ケーリング(P)
Christiane Karg(S), Burkhard Kehring(P)

清楚で落ち着いた雰囲気のソプラノの歌唱が聞いていて心地よいです。

●ピアノパートのみ(Dan Marginean(P))
G.Mahler - Lieder und Gesänge: 1. Frühlingsmorgen (piano accompaniment)

チャンネル名:Dan Marginean (リンク先に飛ぶと音が出ますのでご注意ください)
マーラーもピアノパートが充実しているのが分かります。この歌曲もピアノパートだけで十分楽しめました。ニュアンスに富んだとても惹きつけられる演奏でした。

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(参考)

The LiederNet Archive

The Music of Gustav Mahler: A Catalogue of Manuscript and Printed Sources (Paul Banks)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

Richard von Volkmann (Wikipedia)

『ブルックナー/マーラー事典』(1993年初版 東京書籍 歌曲は渡辺裕執筆)

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コメント

フランツさん、こんばんは。

マーラーの描く穏やかな春、いいですね。そんなメロディにオッターのメゾがぴったりはまっていますよね。

キルヒシュラーガーのメゾは、伸びやかで春の華やぎを感じさせてくれました。いい声ですね。音色がとても好きです。ビアノも華やいだ感じがしました。

ゲアハーアーは、テノーラルな軽やかさがありますね。言葉が立っていますね。

白井さんは、名前を聞かなければ日本人が歌っているようには聞こえないですね。貫禄をかんじまさした。

フィンクの透明なメゾも心地よいですね。そよ風が吹き抜けて行くようです。

この中では唯一の高音歌手ですね。
キーが上がると、こんなにも雰囲気が変わるのですね。ビアノのトリルもさらに軽やかに可憐な響きで、小鳥のさえずりがより鮮明に聞こえて来るようでした。

マーラーの穏やかな一面を見せて頂き、ありがとうございました(^^)

投稿: 真子 | 2022年4月13日 (水曜日) 21時18分

真子さん、こんばんは。
コメントを有難うございます。

ここでマーラーが描く春の情景はまったりとしていますよね(同じマーラーでも「大地の歌」の「春に酔える者」のように威勢の良い曲もありますが)。
いろんな演奏を聴きましたが、「起きなさい」と言われて起きたくなる演奏にはまだ出会っていない気がします(笑)
マーラーのこの音楽はテキストに反して子守唄なのではないかと思っています。

ご指摘を受けてはじめて気づきましたが、ここで選んだ歌手はソプラノのカルク以外はみな低声でしたね。カルクは落ち着いたテンポですが、よく通る高音が輝かしいです。ピアノは低く移調すると原調の響きを維持するのが大変なようで、ムーアもシューベルトの「愛の使い」やブラームスの「便り」を低く移調する時には軽やかさを失わないように注意が必要と書いていました。ここでのケーリングのピアノは高いキーゆえの鮮明な響きが魅力的でした。

キルヒシュラーガーは何度か日本でリサイタルが計画されたのですが、キャンセルが続き、まだ生で聴けていません。でもオーストリア出身同志のドイチュと多くのリートの録音を出してくれています。いい歌手ですよね。

フィンクはあまり日本では知られていないですが、よいリートを聞かせてくれると思います。おっしゃるように「そよ風」のような爽やかさがありますね。

今回もそれぞれのご感想楽しく拝読しました。有難うございますm(__)m

投稿: フランツ | 2022年4月14日 (木曜日) 20時06分

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