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フランス歌曲における春の歌

今月(2022年4月)はベートーヴェン歌曲シリーズをお休みして春にちなんだドイツ歌曲を投稿してきましたが、フランス歌曲にも素晴らしい春の歌があります。残念ながら私はフランス語詩の対訳をつくることが出来ないので、今回は訳についてはいつもお世話になっている「詩と音楽」のサイトにリンクさせていただきました(藤井さんの解説もぜひご覧ください!)。
ここで選んだ演奏は個人的な好みに偏っていますが、皆さんもそれぞれお好きな演奏を動画サイトや音楽配信、CDなどで探してみて下さい(本当はスゼーの演奏も入れたかったのですが、あまりサイトにアップされていないようでした)。個人的にはラプラントの歌唱がとてもお勧めです!

●シャルル・グノー:春の歌
Charles Gounod (1818-1893): Chanson de printemps
エリー・アーメリング(S), ルドルフ・ヤンセン(P)
Elly Ameling(S), Rudolf Jansen(P)

対訳:「詩と音楽」藤井宏行氏

●ジョルジュ・ビゼー:四月の歌
Georges Bizet (1838-1875): Chanson d'avril, WD 75
エリー・アーメリング(S), ルドルフ・ヤンセン(P)
Elly Ameling(S), Rudolf Jansen(P)

対訳:「詩と音楽」藤井宏行氏

●ガブルエル・フォレ(フォーレ):五月
Gabriel Fauré (1845-1924): Mai
ブリュノー・ラプラント(BR), ルイ=フィリップ・ペルティエ(P)
Bruno Laplante(BR), Louis-Philippe Pelletier(P)

対訳:「詩と音楽」藤井宏行氏

●ガブルエル・フォレ:歌曲集『優れた歌』~9.冬は終わった
Gabriel Fauré (1845-1924): La bonne chanson, Op. 61 - 9. L'hiver a cessé
カミーユ・モラーヌ(BR), リリ・ビアンヴニュ(P)
Camille Maurane(BR), Lily Bienvenu(P)

対訳:「詩と音楽」藤井宏行氏

●アメデ=エルネスト・ショッソン(ショーソン):リラの花咲く時
Amédée-Ernest Chausson (1855-1899): Le temps des lilas
サンドリーヌ・ピオー(S), スーザン・マノフ(P)
Sandrine Piau(S), Susan Manoff(P)

対訳:「詩と音楽」藤井宏行氏

●レナルド・アン(レイナルド・アーン):『12のロンデル』~春
Reynaldo Hahn (1875-1947): Douze rondels - Le printemps
ヴェロニク・ジャンス(S), スーザン・マノフ(P)
Véronique Gens(S), Susan Manoff(P)

対訳:「詩と音楽」藤井宏行氏

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ハイネ(Heine)の詩「そっと私の心を通り抜ける(Leise zieht durch mein Gemüt)」による歌曲を聴く

Leise zieht durch mein Gemüt
 そっと私の心を通り抜ける

Leise zieht durch mein Gemüt
Liebliches Geläute,
Klinge, kleines Frühlingslied,
Kling hinaus ins Weite.
 そっと私の心を通り抜けるのは
 愛らしい鈴の音。
 響け、ちいさな春の歌。
 向こうの彼方まで響き渡れ。

[Kling]1 hinaus bis an das Haus,
Wo die [Blumen]2 sprießen,
Wenn du eine Rose schaust,
Sag, ich laß sie grüßen.
 あの家のそばまで響き渡れ、
 そこには花が芽吹いているよ、
 きみが1輪のバラを見たら
 伝えておくれ、彼女にぼくからの挨拶を。

詩:Heinrich Heine (1797-1856), no title, appears in Neue Gedichte, in Neuer Frühling, no. 6

1 Grieg: "Zieh"
2 Grieg, Urspruch: "Veilchen" (すみれ)

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ハイネの詩「そっと私の心を通り抜ける(Leise zieht durch mein Gemüt)」は短い2連の詩ですが、人気が高く、膨大な数の作曲家が曲を付けています。ハイネには珍しくシニカルな面のない純粋な恋の歌ととらえていいように思います。
歌曲の作曲でお馴染みのレーヴェ、フランツ、グリーグなどに混ざって、交響曲の作曲家ブルックナーも曲を付けているのが珍しいです。この詩に作曲した歌曲の中で最も有名で親しまれているのはメンデルスゾーンによる「挨拶」でしょう。メンデルスゾーンの歌曲集の録音には大抵この曲が選ばれています。コンパクトで愛らしい作品です。
歌曲の歌詞を掲載したサイト"The LiederNet Archive"を見ると、この詩にいかに多くの作曲家が曲を付けているかに驚かされます。
民謡調の無駄のない凝縮された言葉の中に人々を惹きつけるものがあるのだと思います。

●ハインリヒ・ハイネの詩の朗読(フリッツ・シュターフェンハーゲン)
Rezitation: Fritz Stavenhagen

渋い声で穏やかに語られます。ドイツ語の美しさが感じられます。

●カール・レーヴェ:そっと私の心を通り抜ける
Carl Loewe (1796-1869): Leise zieht durch mein Gemüt, 1838
ユリアーネ・バンゼ(S), ヘルムート・ドイチュ(P)
Juliane Banse(S), Helmut Deutsch(P)

レーヴェは慎ましやかに始めますが、「響け」というところで力強く感情を爆発させます。ハイネの詩に忠実に表現していますね。後半「きみが1輪のバラを見たら」の詩行を4回も繰り返しています。この詩行を強調しようとしたということは言えると思いますが、彼女にぼくの挨拶を伝えてほしいという言葉が照れくさくてなかなか言えずにためらっていたという風にもとらえられるかと思います。

●フランツ・ラハナー:春の歌 Op. 96, Heft 3, No. 15
Franz Lachner (1803-1890): Frühlingslied, Op. 96 (Sängerfahrt : achtzehn Lieder), Heft 3, No. 15
ルーフス・ミュラー(T), クリストフ・ハマー(P)
Rufus Müller(T), Christoph Hammer(P)

フランツ・ラハナーはシューベルトの友人でもあり画家シュヴィントによってシューベルトたちと酒場で語り合う絵が残されています。ケルントナートーアの楽長になるなど当時の楽壇の重鎮だったようです。この曲でのピアノ高音の連打は明らかに鈴の音ですね。歌は基本的に明るく伸びやかなメロディーラインですが時々装飾的な箇所や大きな跳躍もありなかなか技巧的です。ピアノパートはかなり雄弁でした。

●フェーリクス・メンデルスゾーン:挨拶 Op. 19, No. 5
Felix Mendelssohn (1809-1847): Gruß, Op. 19, No. 5, published 1834
ブリギッテ・ファスベンダー(MS), エリク・ヴェルバ(P)
Brigitte Fassbaender(MS), Erik Werba(P)

メンデルスゾーンのこの有名な曲は、ささやかでコンパクトなのにどこまでも広がるような響きがとても魅力的で、多くの録音があるのもうなずけます。有節形式なのにそれを感じさせない感情表現の豊かさが感じられます。ファスベンダーのこの録音は歌が気持ちよく広がっていくところが気に入っています。

●ローベルト・フランツ:そっと私の心を通り抜ける Op. 41, No. 1
Robert Franz (1815-1892): Leise zieht durch mein Gemüt, Op. 41, No. 1 (1867?), published 1867
マルクス・ケーラー(BR), ホルスト・ゲーベル(P)
Markus Koehler(BR), Horst Göbel(P)

フランツのこの曲は、前奏も後奏もなく、詩と歌とピアノが完全に密着したささやかな宝石のようです。

●アントン・ブルックナー:春の歌 WAB. 68
Anton Bruckner (1824-1896): Frühlingslied, WAB. 68 (1851)
ローベルト・ホルツァー(BS), トーマス・ケルブル(P)
Robert Holzer(BS), Thomas Kerbl(P)

交響曲や宗教曲で有名なブルックナーも少数ながら歌曲を残していました。この曲では伸びやかな歌のメロディーラインが心地よいです。

●アントン・ルビンシテイン:春の歌Ⅰ Op. 32, No. 1
Anton Rubinstein (1829-1894): Frühlingslied I, Op. 32, No. 1, published 1856?
ヘレーン・リンドクヴィスト(S), フィリップ・フォーグラー(P)
Hélène Lindqvist(S), Philipp Vogler(P)

アントン・ルビンシテインは19世紀に活躍したロシアのピアニストですが、作曲家としても幅広いジャンルで作品を残しています。この曲は聴いた感じでは2節の有節形式と思われます。一見素朴に思えますが、歌声部に同音反復や半音進行を織り交ぜているのがスパイスのように効果的です。

●エドヴァルド・グリーグ:挨拶 Op. 48, No. 1
Edvard Grieg (1843-1907): Gruß, Op. 48, No. 1 (1884-8), published 1889
アン・ソフィー・フォン・オッター(MS), ベンクト・フォシュバーリ(P)
Anne Sofie von Otter(MS), Bengt Forsberg(P)

グリーグのハイネの詩による6つの歌曲Op.48はいずれも優れた作品ですが、この曲では短い中に感情の移り行きがドラマのように進行していき、グリーグの非凡さにあらためて驚かされます。ここで歌っているオッターは間然する所がありませんが、特に最後の"grüßen"で徐々に抑制していく響きがなんとも素晴らしかったです。

●アントン・ウアシュプルフ:そっと私の心を通り抜ける Op. 5, No. 1
Anton Urspruch (1850-1907): Leise zieht durch mein Gemüt, Op. 5, No. 1, published 1875, from Rosenlieder. Fünf Gesänge für 1 Singstimme mit Pianoforte, no. 1, Leipzig, Kahnt
スィビュラ・ルーベンス(S), カール=マルティン・ブットゲライト(P)
Sibylla Rubens(S), Carl-Martin Buttgereit(P)

作曲家ウアシュプルフはフランツ・リストの弟子で、ホーホ音楽院でピアノと作曲を指導したそうです(クラーラ・シューマンもここで教えていました)。この作品ではピアノの高音にずっと鈴を模した音が響いていますね。短調の物悲しい雰囲気で始まりますが、第2連で長調の響きに変わりほのかに希望が見えてきたようです。歌とピアノの繊細な味わいがなんとも魅力的です。

●アレクサンダー・ツェムリンスキー:春の歌
Alexander Zemlinsky (1871-1942): Frühlingslied, 1892, from Zwei Lieder auf Texte von Heinrich Heine, No. 1
サンドリーヌ・ピオー(S), スーザン・マノフ(P)
Sandrine Piau(S), Susan Manoff(P)

ツェムリンスキーによるこの作品は、濃厚なピアノの響きの中、まとわりつくような官能的な歌が19世紀の歌曲とは一線を画しているように感じられます。ここで歌っているピオーはドイツリートもフランス歌曲も共に素晴らしいソプラノです。

●チャールズ・アイヴズ:挨拶
Charles Ives (1874-1954): Gruß, 1895?8?
トマス・ハンプソン(BR), アーメン・グゼリミアン(P)
Thomas Hampson(BR), Armen Guzelimian(P)

アメリカの作曲家アイヴズは歌曲を沢山書いていますが、その中にはドイツ語の詩によるものも含まれています。このハイネの詩による作品では、繊細な味わいのある慎ましやかな小品という印象で、歌が細かい音で上行していく箇所が印象的でした。ピアノも歌と理想的な関係を保っている作品だと思います。ハンプソンの歌声もとてもいいですね。

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(参考)

The LiederNet Archive

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レーヴェ(Carl Loewe)/「春(Frühling, Op. 107a, No. 3)」を聴く

Frühling, Op. 107a, No. 3
 春

Der Frühling begrüsset die junge Natur,
Ein wogendes Blumenmeer decket die Flur,
Und Nachtigallchöre besingen
Die Bäume mit liebliche Klingen.
 春は若き自然に挨拶する、
 波打つ花の海が野原を覆い、
 さよなきどりは
 木々をたたえて愛らしい声で歌う。

Die Blümchen des Maies bespiegeln sich hell
Im traulich, melodisch sie lockenden Quell,
Und froh zu der himmlischen Sphäre
Erhebt sich der Halm und die Ähre.
 五月の花々は
 親しげに旋律が誘う泉に明るく映る自らの姿を見る。
 そして朗らかに天空に向けて
 イネの茎や穂が立っている。

Der Schmetterling zeiget im Bilde dem Geist,
Dass dieser einst siegend die Hülle durchreisst,
Wenn er sich aus düsterem Dunkel
Aufschwinget mit Glanzesgefunkel.
 蝶々はその姿で
 いつか打ち勝ってベールを引き裂くという気持ちを見せている、
 薄暗い闇から
 きらめき輝き 飛び立つときに。

Glühwürmchen durchschweben im flimmenden Tanz
Die Lüfte mit goldenem leuchtendem Glanz,
Sie wiegen sich selig und irren und schwanken
Wie ahnend verschwimmende Traumesgedanken.
 蛍たちはちらちら光るダンスを舞いながら
 黄金色に輝く光でそよ風の中漂う。
 それらは幸せに揺れてさまよいよろめく、
 うすうす感じながらかすむ夢の思いのように。

詩:Thelyma Nelly Helene Branco (1818-1894), as Dilia Helena
曲:Carl Loewe (1796-1869), "Frühling", op. 107 no. 3 (1842), from Waldblumen: Eine Liedergabe von Dilia Helena. Zweiter Strauß, no. 3

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今回はカール・レーヴェの「3つの歌(3 Lieder, Op. 107a)」の第3曲「春(Frühling)」を聞き比べたいと思います。とはいってもIMSLPに楽譜がアップされておらず、音源も私の知る限り今のところ2種類しかないのですが、とても魅力的な春の歌ですし、歴史物語を題材にしたバラーデ(バラード)を得意とした作曲家レーヴェの、バラーデだけではないリートの分野の魅力も感じることが出来るので、ぜひご紹介したいと思いました。

詩の第2連にもあるように、ドイツの春といったらやはり五月なのですね。

詩は4連からなり、レーヴェはA-A'-B-A''の形式で作曲しています。第3連で変化を見せて最後に元の音楽が回帰する形ですね。

明るく上昇する旋律は春の予感に胸躍らせる者の気持ちを見事なまでに描いていると思います。
第3、4連では4行目の詩句が異なる旋律で繰り返されます。
最終連で蛍が登場する場面のピアノの表現など、細やかな情景描写はバラーデ作家レーヴェの面目躍如たるものがあるでしょう。

●エリーザベト・シュヴァルツコプフ(S), ミヒャエル・ラウハイゼン(P)
Elisabeth Schwarzkopf(S), Michael Raucheisen(P)

録音:9.III.1943
シュヴァルツコプフが歌うと情景が眼前に浮かぶんですよね。さらにかぐわしい香りまでも!気品がありながら親しみやすさもあるとてもチャーミングな歌唱でした。

●モニカ・グロープ(MS), コルト・ガルベン(P)
Monica Groop(MS), Cord Garben(P)

録音:18-21 March 1998, Sendesaal, Cologne, Germany
丁寧に歌うグロープの歌唱もまた魅力的でした!コルト・ガルベンによるcpoレーヴェ歌曲全集の第11巻に収録されています。

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ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Dietrich Fischer-Dieskau)のDeutsche Grammophon全歌曲録音発売予定

2012年5月に86歳で亡くなったディートリヒ・フィッシャー=ディースカウがDeutsche Grammophonに録音した全歌曲集成が2022年10月末にドイツで発売されるそうです(106枚組)。PhilipsやDeccaの録音も含まれるそうで、「冬の旅」は4種類が収録されることになるとのことです(デームス、ムーア、バレンボイム、ブレンデルのピアノ)。

ソース(jpc)

フィッシャー=ディースカウほどの著名なリート歌手でも没後10年経たないと全集が発売されないというのは寂しいところではありますが、CDが売れない時代でレコード会社もいろいろ大変なのでしょう。ようやく待望の録音がまとめて復活されることを素直に喜びたいと思います。かなり高価なのがちょっと痛いですが...

(2022/5/19追記)
Dietrich Fischer-Dieskau - Complete Lieder (Trailer)

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ブラームス(Brahms)/「春の慰め(Frühlingstrost, Op. 63, No. 1)」を聴く

Frühlingstrost, Op. 63, No. 1
 春の慰め

1.
Es weht um mich Narzissenduft
Es spricht zu mir die Frühlingsluft:
Geliebter,
Erwach im roten Morgenglanz,
Dein harrt ein blütenreicher Kranz,
Betrübter!
 私のまわりにスイセンの香りが吹き渡り、
 春の風は私にこう語りかけます、
 いとしい人よ、
 赤く輝く朝の光を浴びて目を覚ましなさい、
 たくさんの花で編んだ花輪があなたを待ちこがれています、
 悲しみに沈んだ方よ!

2.
Nur mußt du kämpfen drum und tun
Und länger nicht in Träumen ruhn;
Laß schwinden!
Komm, Lieber, komm aufs Feld hinaus,
Du wirst im grünen Blätterhaus
Ihn finden.
 憂さと闘って行動を起こさないといけません、
 もう夢の中で休んでいては駄目ですよ、
 消してしまいなさい!
 いらっしゃい、いとしい人、野原に出ておいで、
 あなたは緑の葉で覆われた家で
 花輪を見つけることでしょう。

3.
Wir sind dir alle wohlgesinnt,
Du armes, liebebanges Kind,
Wir Düfte;
Warst immer treu uns Spielgesell,
Drum dienen willig dir und schnell
Die Lüfte.
 私たちはみなあなたに好意を持っています、
 かわいそうな、愛に臆病な子よ、
 私たち 香りは。
 いつも私たち遊び仲間に誠実に接してくれたから
 あなたのために喜んで迅速にお役に立ちたいと思っています、
 私たち 風は。

4.
Zur Liebsten tragen wir dein Ach
Und kränzen ihr das Schlafgemach
Mit Blüten.
Wir wollen, wenn du von ihr gehst
Und einsam dann und traurig stehst,
Sie hüten.
 私たちはあなたの嘆き声を恋する娘に届けて、
 あの娘の寝室を花輪で飾りましょう、
 花で編んで。
 あなたがあの娘から離れ去り、
 ひとり悲しく立ち止まっているときには
 私たちがあの娘を見守っていてあげましょう。

5.
Erwach im morgenroten Glanz,
Schon harret dein der Myrtenkranz,
Geliebter!
Der Frühling kündet gute Mär',
Und nun kein Ach, kein Weinen mehr,
Betrübter!
 朝焼けの光を浴びて目を覚ましなさい、
 もうあなたのことをミルテの花輪が待ちこがれていますよ、
 いとしい人よ!
 春が素敵な話をお知らせします、
 もう嘆いたり泣いたりしないでね、
 悲しみに沈んだ方よ!

詩:(Gottlob Ferdinand) Max(imilian) Gottfried von Schenkendorf (1783-1817), from Gedichte, first published 1837
曲:Johannes Brahms (1833-1897), "Frühlingstrost", op. 63 (Neun Lieder und Gesänge) no. 1 (1874) [voice and piano], Leipzig, Peters

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歌曲をつくった作曲家たちが必ずといっていいほど扱うテーマの一つが「春」ではないかと思います。シューベルトにもシューマンにもヴォルフにもシュトラウスにも春の歌曲はありますし、特にメンデルスゾーンは「春」がタイトルに含まれている独唱曲を数えたところ7曲もありました。ブラームスにも春を扱う歌曲はいくつもあるのですが、やはりいかにもブラームスだなぁとうならされる作品ぞろいで、とりわけ今回扱う「春の慰め」はブラームスにしか書けない魅力的な作品だと思います。

この詩の主人公の男の子は彼女と喧嘩でもしたのでしょうか。悲しみに沈んでいるのですが、春の風や香りが慰めて、二人の間を取り持ちます。最終連でミルテの花輪があなたを待っているとか、素敵な話をあなたに伝えるなどの詩句があり、このカップルの結婚を示唆しているように思えます。人ではなく春の立場から歌った詩というのが面白いと思いました。

曲の形式はA-B-A-C-Aで、1、3、5連の共通の音楽の間に2、4連の異なる音楽をはさむ形になっています。

ピアノパートは片手が細かく三連符やトレモロを刻み、もう片方の手が歌の対旋律やバス音を奏でます。

ピアノ前奏の右手「ドラーソ」は、歌が始まってすぐ("um mich Nar-")の旋律に引き継がれますが、その1拍前からピアノ左手にもあらわれています(譜例1参照)。

【譜例1】
Fruhlingstrost_beispiel-1

奇数連(A)の最終行の歌のメリスマが効果的で、春の風にふわふわ身を任せているようなイメージを与えています(譜例2参照)。

【譜例2】
Fruhlingstrost_beispiel-21
Fruhlingstrost_beispiel-22

それから個人的には譜例2の赤枠で囲ったバス音の流れが大好きです。こういう畳みかけ方はブラームスの魅力の一つではないかと思っています。

調はところどころ近親調への転調をしつつも常に基本のイ長調に立ち戻ります。

偶数連で少し落ち着いた感じを醸し出しつつ、基本的に駆け抜けるような推進力で聴き手をぐっと引き込んでいくチャーミングな作品だと思います。

6/4拍子
イ長調(A-dur)
Lebhaft (生き生きと)

●レネケ・ライテン(S), ハンス・アドルフセン(P)
Lenneke Ruiten(S), Hans Adolfsen(P)

オランダのソプラノ、ライテンの透明で細やかな歌唱が春の香りや風を運んでくれます。アドルフセンのピアノはあまり明瞭に粒を響かせないことで風が静かに立っている様を想像させてくれます。

●ジュリー・カウフマン(S), ドナルド・サルゼン(P)
Julie Kaufmann(S), Donald Sulzen(P)

アメリカのソプラノ、カウフマンの抒情的な美声が心地よく、いつまでも聴いていたい気持ちにさせてくれます。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ダニエル・バレンボイム(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Daniel Barenboim(P)

1980年代前半の録音。フィッシャー=ディースカウは穏やかに主人公を慰撫するような歌唱を聞かせる一方、バレンボイムは切り込みの鋭いタッチで春の爆発するような喜びを見事に表現していました。

●マリア・ミュラー(S), ミヒャエル・ラウハイゼン(P)
Maria Müller(S), Michael Raucheisen(P)

1944年Berlin録音。ミュラーの豊かな声は主人公を力強く励ましているように感じられます。

上記の他にLan Rao(S) & Micaela Gelius(P) (ARTE NOVA)、Deon van der Walt(T) & Charles Spencer(P) (ARS MUSICI)、Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Wolfgang Sawallisch(P) (EMI)、Olaf Bär(BR) & Helmut Deutsch(P) (EMI)、Andreas Schmidt(BR) & Helmut Deutsch(P) (cpo)の録音もあり、いずれも良かったですが、特にベーア&ドイチュの演奏は爽やかで春の息吹が感じられて引きこまれました。

Hyperionレーベルのブラームス歌曲全集では第7巻に収録されていて、演奏はBenjamin Appl(BR) & Graham Johnson(P)です。私はこのCDをiTunesにまだ入れていない為現物を探さないと聞けないのですが、こちら(14曲目の音符マークをクリック)で最初の1分強を試聴できました。

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(参考)

The LiederNet Archive

Max von Schenkendorf (Wikipedia)

Max von Schenkendorf: Frühlingstrost

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マーラー(Mahler)/「春の朝(Frühlingsmorgen)」を聴く

Frühlingsmorgen
 春の朝

Es klopft an das Fenster der Lindenbaum.
Mit Zweigen blütenbehangen:
Steh' auf! Steh' auf! Was liegst du im Traum?
Die Sonn' ist aufgegangen!
[Steh' auf! Steh' auf!]
 リンデの木が窓をたたきます、
 花のついた枝で。
 起きて!起きて!あなたは夢の中なのですか?
 太陽がもうのぼっていますよ!
 [起きて!起きて!]

Die Lerche ist wach, die Büsche weh'n!
Die Bienen summen und Käfer!
[Steh' auf! Steh' auf!]
Und dein munteres Lieb' hab ich auch schon geseh'n.
Steh' auf, Langschläfer! Langschläfer[, steh' auf]!
[Steh' auf! Steh' auf!]
 ひばりはもう起きているし、茂みは風になびいていますよ!
 ミツバチも甲虫も羽音を立てていますよ!
 [起きて!起きて!]
 あなたの元気な恋人ももう見かけましたよ。
 起きて、寝坊助さん!寝坊助さん[、起きて]!
 [起きて!起きて!]

※[ ]内はマーラーによる繰り返し

詩:Richard Volkmann (1830-1889), as Richard Leander, no title, appears in Gedichte, in Kleine Lieder, no. 9
曲:Gustav Mahler (1860-1911), "Frühlingsmorgen", 1880-7, published 1892 [voice and piano], Mainz, Schott

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マーラーの「春の朝(Frühlingsmorgen)」を聴いてみましょう。

テキストを書いたのは外科医のリヒャルト・フォン・フォルクマンという人で、詩を書く時はリヒャルト・レアンダーと名乗りました。

マーラーの作曲年代ははっきりしていませんが、1883年頃とするのが通説だそうです(『ブルックナー/マーラー事典』(1993年 東京書籍 渡辺裕)より)。

初演は1886年4月18日プラハで行われました(ソースはこちら)。
1892年にマインツのショット社から14曲からなる『リートと歌(Lieder und Gesänge)』の第1集第1曲として出版されました。

春が来て、リンデの木(セイヨウシナノキ、セイヨウボダイジュ)が枝で寝坊助さんの窓をこつこつ叩きます。
「もう日が昇っていますよ。ヒバリもミツバチもカブトムシも起きて音を立てていますよ。あなたの恋人もさっき見かけましたよ」と寝坊助さんに伝えます。

詩人がここで最も伝えたいのは「あなたの恋人はもう起きているのだから、早く恋人にもとに行きなさい」ということではないかと思います。

マーラーの音楽は、春が来たことの輝かしい爆発的な喜びという感じではなく、春の温かさに気持ちよくまどろんでいるような響きで一貫しています。ヒバリの鳴き声やミツバチの羽音をピアノがトリルで描写したり、ワルツのようなリズムを刻んだりもしますが、聴いているうちにだんだん心地よい眠りに誘われるような印象です。
「起きなさい」という枝の音も子守歌になってしまったかのようです。音楽は寝坊助さんの立場で描かれているようにすら思えます。
歌声部に1オクターブの上行音型が数回あらわれていて、マーラーはヨーデルのような効果を出して民謡の趣を与えようとしているのかもしれません(ピアノパートは9度上行がいくつか出てきます)。

"Steh' auf!(起きなさい)"という2音節の言葉は場所によって異なる動きがあてられ、時に同音のままの場合もありますが、4度から5度の下行の箇所が特に印象的で、下行した後の音(auf)が主音より高い音があてられていて、呼びかけている感じをうまくあらわしているように思います。

マーラーが楽譜冒頭に記した"Gemächlich, leicht bewegt"ですが、"Gemächlich"がゆったりと、くつろいでというような意味で、一方"leicht bewegt"が軽やかに動いてというような意味なので、一見矛盾しているようにも思えます。くつろいだ雰囲気のまま重くならないように演奏してほしいというようなニュアンスでしょうか。

6/8拍子
ヘ長調 (F-dur)
Gemächlich, leicht bewegt (くつろいで、軽やかな動きで)

●アン・ソフィー・フォン・オッター(MS), ラルフ・ゴトーニ(P)
Anne Sofie von Otter(MS), Ralf Gothóni(P)

オッターは深みと軽やかさの両面があり、素晴らしい歌唱です。

●アンゲリカ・キルヒシュラーガー(MS), ヘルムート・ドイチュ(P)
Angelika Kirchschlager(MS), Helmut Deutsch(P)

1996年録音。キルヒシュラーガーは明晰なディクションと伸びのある美声で魅了されました。ドイチュのベテランらしい細やかなピアノも良かったです。

●クリスティアン・ゲアハーアー(BR), ゲロルト・フーバー(P)
Christian Gerhaher(BR), Gerold Huber(P)

ゲアハーアーのめりはりのきいたディクションとハイバリトンの美声が素晴らしく、充実した歌唱でした。

●白井光子(MS), ハルトムート・ヘル(P)
Mitsuko Shirai(MS), Hartmut Höll(P)

白井さんの余裕のある歌唱は、お姉さんが年下の子に「いつまで寝ているの」と言っている感じがしました。

●ベルナルダ・フィンク(MS), アントニー・スピリ(P)
Bernarda Fink(MS), Anthony Spiri(P)

2014年録音。アルゼンチン生まれのフィンクはドイツリートも得意としていて、ここでも丁寧で美しい歌唱を聞かせています。

●クリスティアーネ・カルク(S), ブルクハルト・ケーリング(P)
Christiane Karg(S), Burkhard Kehring(P)

清楚で落ち着いた雰囲気のソプラノの歌唱が聞いていて心地よいです。

●ピアノパートのみ(Dan Marginean(P))
G.Mahler - Lieder und Gesänge: 1. Frühlingsmorgen (piano accompaniment)

チャンネル名:Dan Marginean (リンク先に飛ぶと音が出ますのでご注意ください)
マーラーもピアノパートが充実しているのが分かります。この歌曲もピアノパートだけで十分楽しめました。ニュアンスに富んだとても惹きつけられる演奏でした。

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(参考)

The LiederNet Archive

The Music of Gustav Mahler: A Catalogue of Manuscript and Printed Sources (Paul Banks)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

Richard von Volkmann (Wikipedia)

『ブルックナー/マーラー事典』(1993年初版 東京書籍 歌曲は渡辺裕執筆)

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