ベートーヴェン「さよなきどりの歌(Der Gesang der Nachtigall, WoO. 141)」
Der Gesang der Nachtigall, WoO. 141
さよなきどりの歌
1.
Höre, die Nachtigall singt, der Frühling ist wiedergekommen!
Wieder gekommen der Frühling und deckt in jeglichem Garten
Wohllustsitze; bestreut mit den silbernen Blüten der Mandel.
Jetzt sei fröhlich und froh, er entblüht der blühende Frühling.
聞け、さよなきどりが歌っている、春がまたやってきたのだ!
また春がやってきて、それぞれの庭にある快適な離宮を覆い、
アーモンドの銀色の花がふりかけられる。
さあ楽しみ喜ぼうではないか、花咲く春が開花したのだ。
2.
Gärten und Auen schmücken sich neu zum Feste der Freude;
blumige Lauben wölben sich hold zur Hütte der Freundschaft.
Wer weiß, ob er noch lebt, so lange die Laube nur blühet?
Jetzt sei fröhlich und froh, er entblüht der blühende Frühling.
庭や野原は喜びの祝祭のために新たに着飾り、
花咲き乱れた木々は友情を結んだ小屋へ丸天井のように広がる。
木々が花開く間、春がまだ健在かどうかなど誰が知ろう。
さあ楽しみ喜ぼうではないか、花咲く春が開花したのだ。
3.
Glänzend im Schleier Aurorens erscheint die bräutliche Rose;
Tulpen blühen um sie wie Dienerinnen der Fürstin;
Auf der Lilie Haupt wird der Tau zum himmlischen Glanze:
Jetzt sei fröhlich und froh, er entblüht der blühende Frühling.
曙の光のベールの中で輝きながら花嫁のばらがあらわれる。
チューリップは侯爵夫人の召使いのようにばらのまわりで花咲く。
ゆりの頭上で露が天の輝きとなる。
さあ楽しみ喜ぼうではないか、花咲く春が開花したのだ。
4.
Wie die Wangen der Schönen, so blühen Lilien und Rosen;
Farbige Tropfen hangen daran wie Edelgesteine.
Täusche dich nicht, auch hoffe von keiner ewige Reize.
Jetzt sei fröhlich und froh, er entblüht der blühende Frühling.
麗しき女性の頬のように、ゆりとばらは花開き、
色とりどりの雫が貴重な宝石のように付いている。
永遠の魅力など誰にも望めないとしても思い違いしないでおくれ。
さあ楽しみ喜ぼうではないか、花咲く春が開花したのだ。
5.
Tulpen und Rosen und Anemonen, sie hat der Sonne
Strahl mit Liebe gereizt, blutrot mit Liebe gefärbet;
Du, wie ein weiser Mann, genieße mit Freuden den Tag heut,
Jetzt sei fröhlich und froh, er entblüht der blühende Frühling.
チューリップやばらやアネモネを太陽の光は
愛をこめて魅了した、愛で深紅色に染めて。
きみは、賢者のように、今日という日を喜んで味わいなさい。
さあ楽しみ喜ぼうではないか、花咲く春が開花したのだ。
6.
Denke der traurigen Zeit, da alle Blumen erkrankten,
da der Rose das welkende Haupt zum Busen hinabsank;
jetzo beblümt sich der Fels; es grünen Hügel und Berge.
Jetzt sei fröhlich und froh, er entblüht der blühende Frühling.
悲しい時を思いなさい、花々がみな病み、
ばらがしおれた頭を胸に沈めたときのことを。
今や岩は花で飾られ、丘や山々は緑映えている。
さあ楽しみ喜ぼうではないか、花咲く春が開花したのだ。
7.
Nieder vom Himmel tauen am Morgen glänzende Perlen;
Balsam atmet die Luft; der niedersinkende Tau wird,
eh er die Rose berührt, zum duftigen Wasser der Rose,
Jetzt sei fröhlich und froh, er entblüht der blühende Frühling.
朝に空から輝く真珠の露がおりる。
香油を風が吸い込む。沈んでいく露は
バラに触れる前にバラの香水になる。
さあ楽しみ喜ぼうではないか、花咲く春が開花したのだ。
8.
Herbstwind war es, ein Tyrann, in den Garten der Freude gekommen;
aber der König der Welt ist wieder erschienen und herrschet
und sein Mundschenk beut den erquickenden Becher der Lust uns.
Jetzt sei fröhlich und froh, er entblüht der blühende Frühling.
秋風という暴君が喜びの庭にやって来たが、
世界の王が再び現れ支配して、
王の酌人は元気づけてくれる喜びの盃を我々に差し出す。
さあ楽しみ喜ぼうではないか、花咲く春が開花したのだ。
9.
Hier im reizenden Tal, hier unter blühenden Schönen
sang, eine Nachtigall, ich der Rose, Rose der Freude,
bist du verblüht einst, so verstummt die Stimme des Dichters.
Jetzt sei fröhlich und froh, er entblüht der blühende Frühling.
この魅惑の谷で、この美しく花盛りの美女の下で
さよなきどりは歌った、私はばらに、ばらは喜びに。
きみはいつか盛りを過ぎ、詩人の声は押し黙る。
さあ楽しみ喜ぼうではないか、花咲く春が開花したのだ。
詩:Johann Gottfried Herder (1744-1803)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)
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ヨハン・ゴットフリート・ヘルダー(Johann Gottfried Herder: 1744-1803)の詩による「さよなきどりの歌(Der Gesang der Nachtigall, WoO. 141)」は、1813年5月3日(ベートーヴェン42歳)に作曲されました(自筆譜に記載された日付によります)。歌曲「恋人に寄せて WoO 140」第1、2稿を1811年に作曲した後、ベートーヴェンは1年以上歌曲を書かなかったものと思われますが、1812年は交響曲第7番、第8番を完成しているので、決して作曲意欲が落ちたというわけではないと思います(1812年のベートーヴェンの精神的な苦悩はこちらのリンク先の山之内克子氏の文章が分かりやすいです)。
ベートーヴェンの歌曲は作品番号(Op.)の付いていない曲(WoO番号等の付与された曲)でも大多数は生前に出版されているようなのですが、この曲に関しては出版されず、1888年旧全集で初めて出版されたそうです。
この曲の自筆譜はこちらのリンク先で見ることが出来るのですが、ピアノ後奏の上にバツ印が付けられています。つまり、ベートーヴェンは一度書いた後奏が気に入らなかったものの代わりの後奏を書かないまま放置したということになるのでしょう。ただ、旧全集ではこのバツ印の後奏を復活させている為現在では演奏することが可能となっています。
ベートーヴェンは歌詞を第1連のみ記載しています。ヘルダーの原詩9連をすべて歌う場合は有節形式で繰り返すことになり、実際旧全集ではそのように指示しています。
ただ、例えば詩の第1連と第2連の音節の数を比較した時、下記の通り一致していない為、調整が必要になります(旧全集では第2節用に音符を示していますが、第3連以降も歌う場合は演奏者が決めなければなりませんね)。なお、各連第4行の詩行はすべて全く同一なのでここだけは完全に音節数も一致しています。
【第1連の音節数】
第1行:16
第2行:16
第3行:16
第4行:15
【第2連の音節数】
第1行:15
第2行:15
第3行:15
第4行:15
この歌曲はハ長調なのですが、春の到来を告げるさよなきどりの鳴き声の素朴で明るい雰囲気を描き出す為にこの調を選んだのかもしれませんね。ピアノ前奏のさよなきどりの鳴き声の描写がなんとも愛らしいです。歌はほぼタンタタ タンタタ タンタンという一定のリズムで進み、後半の間奏箇所以外は休みなく連続で歌い続けるので結構大変かもしれません。ピアノの右手高音部が歌の旋律を完全になぞり、素朴な味わいを強めています。
3/4拍子
Allegro ma non troppo
ハ長調(C-dur)
●さよなきどり(ナイチンゲール)の鳴き声
Der Gesang der Nachtigall (singing nightingale) / Nationalpark Unteres Odertal
実際のさよなきどりの鳴き声をお聞きください。いろんなタイプの音を立てていますが、この歌曲の前奏同様、同音反復もありますね。
●アデーレ・シュトルテ(S), ヴァルター・オルベルツ(P)
Adele Stolte(S), Walter Olbertz(P)
1,2節。シュトルテの鳥の鳴き声のような美しい高音の響きがこの曲の爽やかな雰囲気に合っていました。
●ナタリー・ペレス(MS), ジャン=ピエール・アルマンゴー(P)
Natalie Pérez(MS), Jean-Pierre Armengaud(P)
1,2節。ペレスの細やかな表情の付け方がとても魅力的です。
●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)
1,2節。プライは持ち前の甘美な声で優しく語りかけるように歌っていました。
●フローリアン・プライ(BR), ノルベルト・グロー(P)
Florian Prey(BR), Norbert Groh(P)
1,2,4,6,9節。フローリアンのハイバリトンが心地よく感じられます。第6節では悲しげな詩句を反映した抑制した表現を聞かせてくれました。
●コンスタンティン・グラーフ・フォン・ヴァルダードルフ(BR), クリスティン・オーカーランド(P)
Constantin Graf von Walderdorff(BR), Gustav Mahler Chor Wien, Kristin Okerlund(P)
1-9節。ヴァルダードルフはこの全集の他の歌曲同様、ここでも原詩の全9節すべてを歌っています。やはり歌いづらそうな節もありますが、資料として貴重です。ヴァルダードルフの誠実な歌いぶりにブラボーです。オーカーランドの美しいタッチも良かったです。
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(参考)
《ナイチンゲールの歌》——ヘルダーの詩にのせた鳴き声の描写がかわいらしい歌曲(平野昭)
『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)
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