シューベルト「ルイーザの返答(Luisens Antwort, D 319)」を聴く
Luisens Antwort, D 319
ルイーザの返答
1.
Wohl weinen Gottes Engel,
Wenn Liebende sich trennen,
Wie werd' ich leben können,
Geliebter ohne dich!
Gestorben allen Freuden,
Leb' ich fortan den Leiden,
Und nimmer, Wilhelm, nimmer
Vergißt Luisa dich.
神の天使たちは泣くでしょう、
恋人同士が別れるときには、
私はどうやって生きていけるというのでしょう、
愛する方、あなたなしで!
喜びはすべて死に絶え、
これからは苦しんで生きていくのです、
そして決して、ヴィルヘルムよ、決して
ルイーザはあなたのことを忘れません。
2.
Wie könnt' ich dein vergessen!
Wohin ich, Freund, mich wende,
Wohin den Blick nur sende;
Umstrahlt dein Bildniß mich.
Mit trunkenem Entzücken
Seh' ich es auf mich blicken.
Nein nimmer, Wilhelm, nimmer
Vergißt Luisa dich.
どうしてあなたのことを忘れられましょうか!
友よ、どこを向いても
視線だけをどこに送ろうと
あなたの姿が私を光で包み込むのです。
うっとりと陶酔して
あなたの姿を私自身に見るのです。
いいえ決して、ヴィルヘルムよ、決して
ルイーザはあなたのことを忘れません。
3.
Wie könnt' ich dein vergessen!
Geröthet von Verlangen,
Wie flammten deine Wangen,
Von Inbrunst naß um mich!
Im Wiederschein der Deinen
Wie leuchteten die Meinen!
Nein nimmer, Wilhelm, nimmer
Vergißt Luisa dich.
どうしてあなたのことを忘れられましょうか!
憧れるあまり赤くなっています、
あなたの頬はなんと燃え上がり、
情熱のあまり私は濡れています!
あなたの頬に照らされて
なんと私の頬が輝いていることでしょう!
いいえ決して、ヴィルヘルムよ、決して
ルイーザはあなたのことを忘れません。
4.
Wie könnt' ich dein vergessen!
Vergessen, wie die Blöde
In Blick' und Nick und Rede
Die Liebe süß beschlich.
Dein zartes Liebeflehen,
Mein stammelndes Gestehen
Sollt' ich vergessen? Nimmer
Vergißt Luisa dich.
どうしてあなたのことを忘れられましょうか!
お馬鹿さんみたいに忘れるなんて、
あなたが視線を向け、うなずき、お話するさまに接しているうちに
甘い愛にとらわれたのです。
あなたの優しい求愛や
私のしどろもどろの告白を
忘れろとおっしゃるのですか?決して
ルイーザはあなたのことを忘れません。
5.
Wie könnt' ich dein vergessen!
Die Töne je verlernen,
Worin bis zu den Sternen
Du mich erhubest, mich.
Ach unauslöschlich klingen
Sie mir in Ohren, singen
Sie mir im Herzen - Nimmer
Vergißt Luisa dich.
どうしてあなたのことを忘れられましょうか!
かつてのあの響きを忘れるなんて、
星々まで
あなたが私を引き上げてくれた響きを。
ああ、忘れられず響いています、
あなたが私の耳に、
私の心に歌っています、決して
ルイーザはあなたのことを忘れません。
6.
Wie könnt' ich dein vergessen!
Vergessen deiner Briefe
Voll zarter, treuer Liebe,
Voll herben Grams um mich!
Ich will sie sorgsam wahren,
Für meinen Sarg sie sparen.
Geliebter, nimmer, nimmer,
Vergißt Luisa dich.
どうしてあなたのことを忘れられましょうか!
あなたの手紙を忘れるなんて、
優しく誠実な愛にあふれ、
私についての苦々しい痛みに満ちた手紙を!
私はその手紙を大事にとっておき、
私の棺に入れるために残しておこうと思います。
愛する方、決して、決して
ルイーザはあなたのことを忘れません。
7.
Wie könnt' ich dein vergessen!
Vergessen jener Stunden,
Wo ich von dir umwunden,
Umflechtend innigst dich,
An deine Brust mich lehnte,
Ganz dein zu seyn mich sehnte! -
Geliebter, nimmer, nimmer
Vergißt Luisa dich.
どうしてあなたのことを忘れられましょうか!
あの時間を忘れるなんて、
あなたに巻き付かれて、
あなたに愛をこめてからみつかれて、
あなたの胸にもたれ、
すべてあなたのものになることを望んだあの時間を!
愛する方、決して、決して
ルイーザはあなたのことを忘れません。
8.
Wie könnt' ich dein vergessen!
Vergessen je der Fragen,
Die du in schönern Tagen
Ohn' Ende fragtest: "Sprich,
Luisa, bist du meine?"
Ja, Trauter, ja, die Deine
Bin ich auf ewig. - Nimmer
Vergißt Luisa dich.
どうしてあなたのことを忘れられましょうか!
かつてのあの問いかけを忘れるなんて、
あなたがあの素晴らしかった日々に
果てしなく「ねえ、
ルイーザ、きみは僕のもの?」と尋ねた問いかけを。
ええ、いとしい方、そうです、
私は永遠にあなたのものです、決して
ルイーザはあなたのことを忘れません。
9.
Wie könnt' ich dein vergessen!
Vergessen je der Schauer
Von Seligkeit und Trauer,
Die allgewaltig mich
An deiner Brust durchzückten,
Aus deinem Arm entrückten
Zu höhern Sphären! - Nimmer
Vergißt Luisa dich.
どうしてあなたのことを忘れられましょうか!
かつてのあの身震いを忘れるなんて、
幸せと悲しみのあまり
激しく
あなたの胸にもたれた私を貫き、
あなたの腕から
高き天空へと連れ去ったあの身震いを!決して
ルイーザはあなたのことを忘れません。
10.
Wie könnt' ich dein vergessen!
Vergessen je der Qualen,
Womit aus goldnen Schalen
Die Liebe tränkte mich!
Was ich um dich gelitten,
Was ich um dich gestritten
Sollt' ich vergessen? Nimmer
Vergißt Luisa dich.
どうしてあなたのことを忘れられましょうか!
かつてのあの苦しみを忘れるなんて、
黄金の鉢から
愛が私にしみこませた苦しみを!
あなたのために苦しんだことや
あなたのために口論したことを
私に忘れてほしいのですか?決して
ルイーザはあなたのことを忘れません。
11.
Ich kann dich nicht vergessen,
Auf jedem meiner Tritte,
In meiner Lieben Mitte,
Umschwebt dein Bildniß mich.
Auf meiner Leinwand schimmerts,
An meinem Vorhang flimmerts,
Geliebter, nimmer, nimmer
Vergißt Luisa dich.
あなたのことが忘れられないのです、
私が一歩歩くたびに
私の愛の中心で
あなたの姿が周りに浮かびます。
私のスクリーンにほのかに光り
私のカーテンにちらつくのです。
愛する方、決して、決して
ルイーザはあなたのことを忘れません。
12.
Ich kann dich nicht vergessen.
Mit jedem goldnen Morgen
Erwacht mein zärtlich Sorgen,
Mein Seufzen, ach, um dich!
"Wo weilst du itzt, du Einer?
Was denkst du itzt du Meiner?
Denkst du auch an Luisen?
Luisa denkt an dich!"
あなたのことが忘れられないのです、
黄金色の朝を迎えるたび
私の愛のこもった気がかりが、
溜息が、ああ、あなたを思って目覚めるのです。
「今どこにいるのですか、あなた?
今何を思っているのですか、私のものであるあなた?
ルイーザのことも思っていてくれますか?
ルイーザはあなたのことを思っています。」
13.
Ich kann dich nicht vergessen.
Des Nachts auf meinem Bette
Gemahnt michs oft, als hätte
Dein Arm umschlungen mich.
Des Penduls Schwingung weckt mich,
Das Horn des Wächters schreckt mich.
Allein bin ich im Dunkel,
Und weine still um dich.
あなたのことが忘れられないのです、
毎晩ベッドにいると
よく思うのです、
あなたの腕が私にからみついているかのように。
時計の振り子の揺れで目が覚め、
番人の角笛に驚きます。
私は暗闇の中一人きりで
あなたを思って静かに泣くのです。
14.
Ich kann dich nicht vergessen.
Nicht fremde Huldigungen,
Nicht Sklavenanbetungen,
O Freund, verdrängen dich.
Luisa liebt nur Einen,
Nur Einen kann sie meinen,
Nur Einen nie vergessen,
Vergessen nimmer dich.
あなたのことが忘れられないのです、
他の人に熱中しようとしても
奴隷を好きになろうとしても
おお友よ、あなたを排除できないのです。
ルイーザはただ一人の方を愛しています。
ただ一人の方と言えます、
ただ一人の方を忘れません、
あなたのことを決して忘れません。
15.
Luisa liebt nur Einen,
Verschmäht des Stutzers Schmeicheln,
Verhöhnt sein süsslich Heucheln,
Gedenkt, o Wilhelm, dein;
Denkt deines Geistes Adel,
Dein Lieben sonder Tadel
Dein Herz so treu, so bieder -
Und brennt für dich allein.
ルイーザはただ一人の方を愛しています、
伊達男のお世辞を退けて
そいつの猫をかぶった甘ったるい言動をあざ笑って
ヴィルヘルムよ、あなたのことを思うのです。
あなたの心の気高さを
非の打ち所のないあなたの愛情を
とても誠実で純真なあなたの心を思い、
そしてあなただけに燃え上がるのです。
16.
Für dich nur mag ich brennen,
Für dich, für dich nur fühlen.
Dieß Feuer in mir kühlen
Mag Zeit, mag Ferne nicht.
Von dir, von dir mich scheiden
Mag Freude nicht, nicht Leiden,
Mag nicht die Hand des Todes,
Selbst dein Vergessen nicht.
あなたのためだけに燃え上がりたい、
あなたのためだけに感じたいのです。
私の中のこの炎を冷ますのは
遠さではなく、時の経過であってほしいです。
あなたから、あなたから私を隔てているのは
喜びでも、苦しみでもありません、
それは死神の手でもなく、
あなたに忘れられることですらありません。
17.
Selbst, wenn du falsch und treulos
An fremde Brust dich schmiegtest,
In fremdem Arm dich wiegtest,
Vergessend Schwur und Pflicht
In fremden Flammen brenntest,
Luisen gar verkenntest,
Luisen gar vergässest -
Ich, ach! vergäss' dich nicht!
あなたが不実で不貞にも
他の女の胸にもたれかかり
他の女の腕の中で腰を振ったとしても
忘れつつある誓いと義務が
他の女の炎の中で燃え上がろうと
ルイーザを完全に見誤ろうと
ルイーザを全く忘れようと
私は、ああ!あなたを忘れないでしょう!
18.
Verachtet und vergessen,
Verloren und verlassen,
Könnt' ich dich doch nicht hassen;
Still grämen würd ich mich,
Bis Tod sich mein erbarmte,
Das Grab mich kühl umarmte -
Doch auch im Grab', im Himmel,
O Wilhelm, liebt' ich dich!
軽蔑され、忘れられ、
見捨てられ、見放されても
私はあなたを憎むことは出来ないでしょう。
静かに私は嘆くでしょう、
死が私に同情してくれるまで、
墓が私を冷たく抱きしめるまで、
でも、墓の中でも、天国でも
おおヴィルヘルム、私はあなたを愛すでしょう!
19.
In mildem Engelglanze
Würd' ich dein Bett umschimmern,
Und zärtlich dich umwimmern:
"Ich bin Luisa, ich!
Luisa kann nicht hassen,
Luisa dich nicht lassen,
Luisa kommt, zu segnen,
Und liebt auch droben dich."
穏やかな天使の輝きの中
私はあなたのベッドのまわりでほのかに光り
あなたを思ってめそめそ泣くでしょう。
「私はルイーザ、私です!
ルイーザは憎んだり出来ません、
ルイーザはあなたと別れられません、
ルイーザは祝福するために来たのです、
そして天上でもあなたを愛しています。」
詩:Ludwig Gotthard Theobul Kosegarten (1758-1818), "Luisens Antwort", written 1785, first published 1786
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828), "Luisens Antwort", D 319 (1815), published 1895
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今日はルートヴィヒ・ゴットハルト・テオブル・コーゼガルテンの詩によるシューベルトの歌曲「ルイーザの返答(Luisens Antwort, D 319)」を採り上げます。シューベルト18歳の時(1815年10月19日)に作曲されました。
詩は19連からなり、シューベルトは有節歌曲として作曲していますので、全部演奏したらかなりの時間になると思いますが、今のところ全節演奏した録音は存在しません(2022年3月現在)。
恋人だったヴィルヘルムに捨てられたルイーザという女性による未練たっぷりの心情が切々と綴られています。
詩の内容を大雑把に要約してみます。
1. 恋人の別れには天使も涙するでしょう。あなたなしでどうやって生きていけるのでしょうか?
2. どこを見てもあなたの姿がまわりで輝いています。
3. あなたの頬は燃え上がり、私の頬を照らしています。
4. あなたが求愛してくれたことやしどろもどろになりながら私が打ち明けたことを忘れることなど出来ません。
5. あなたが私に歌ってくれた歌を忘れられません。
6. あなたがくれた手紙を棺に入れるためにとっておきます。
7. あなたに抱かれたあの時間を忘れません。
8. きみはぼくのもの?と聞かれたことを忘れません。私は永遠にあなたのものです。
9. あなたに抱かれたときに私を貫いた身震いを忘れません。
10. あなたへの愛ゆえに苦しんだり言い争ったりしたことを忘れません。
11. 私が歩くたびにあなたの姿が私の中のスクリーンに投影されるのです。
12. 朝になるとあなたのことが気がかりで、どこでどうしているのか考えてしまいます。
13. 毎晩ベッドにいるとあなたに腕を回されているかのように錯覚して、時計の音で目が覚めます。
14. 他の人を好きになろうとしてみても、あなたのことが頭から離れないのです。私が愛しているのはただ一人だけです。
15. 私に言い寄ってくる男を払いのけて、あなたの完璧な愛情を思い出します。
16. あなたのためだけに燃え上がりたい。時間が経ってこの炎が冷めてしまえばいいのに。
17. あなたが他の女を抱いて私のことを忘れても、私はあなたのことを忘れません。
18. あなたに捨てられてもあなたを嫌いになりません。死神が迎えに来てくれるまで静かに嘆き悲しむだけです。
19. 天使になったらあなたのベッドにあらわれて、泣きながら天国でもあなたを愛していることを伝えます。
ちょっとひいてしまうぐらい情熱的な詩ですね。過去の思い出や現在の心境を書き連ね、どんな仕打ちにあっても今後もあなただけを愛し続けますという決意のようなものが感じられます。
詩人は男性ですが、どんな心境でこの女性の立場からの詩を書いたのでしょう。ちょっと気になります。
ここで、この詩の第1連最初の4行をご覧ください。
Wohl weinen Gottes Engel,
Wenn Liebende sich trennen,
Wie werd' ich leben können,
Geliebter ohne dich!
神の天使たちは泣くでしょう、
恋人同士が別れるときには、
私はどうやって生きていけるというのでしょう、
愛する方、あなたなしで!
次に、クラーマー・エーバーハルト・カール・シュミット(Klamer Eberhard Karl Schmidt: 1746-1824)の詩にモーツァルトが作曲した歌曲「別れの歌(Das Lied der Trennung, KV 519)」の第1連最初の4行をご覧ください。
Die Engel Gottes weinen,
wo Liebende sich trennen!
wie werd' ich leben können,
o Mädchen,ohne dich?
神の天使たちは泣いています、
恋人同士が別れるときに、
僕はどうやって生きていけるというのだろう、
おお乙女よ、きみなしで?
この4行は明らかに対応しているのが分かります。シュミットより12歳年下のコーゼガルテンが、「別れの歌」のアンサーソングを書いたということのようです。
シュミットの詩は全18連(モーツァルト旧全集では第1,3,8,12,16,17,18連が掲載されていますが、新全集には全連掲載されているようです(新全集未確認ですが、文献にそう記載されていました))で、コーゼガルテンの詩は全19連ですから、ルイーザの返答の方が1連多いことになります。
「ルイーザの返答」は彼氏が不実を働いたという設定で書かれていますが、その基となる彼氏側の「別れの歌」ではルイーザが不実を働いたということになっていて、お互いに浮気をしていたということになるのでしょうか。
それでは音楽を見ていきます。モーツァルトの「別れの歌(Das Lied der Trennung) KV 519」の楽譜を見てみましょう。
次にシューベルトの「ルイーザの返答 D 319」の楽譜です。
まず拍子ですが、モーツァルト「別れの歌」が2/4拍子、シューベルト「ルイーザの返答」が2/2拍子(Alla breve)です。基準となる音価は「ルイーザ~」の方が「別れ~」の2倍ですが、どちらも2拍子です。
調は「別れ~」がフラット4つのヘ短調であるのに対して、「ルイーザ~」がフラット5つの変ロ短調で「別れ~」の下属調にあたり近い関係にあります。
歌の旋律は1小節あたり4音節→3音節を繰り返す点で両曲とも共通しています。
ピアノパートは、「別れ~」は左手で強拍に八分音符を弾き、右手は十六分休符の後に3つの十六分音符が続くパターンが続きます。一方「ルイーザ~」は左手で強拍に二分音符を弾き、右手は八分休符の後に3つの八分音符が続くパターンが続きます。右手の3つの音符については両者とも上行、下行の順で動き、かなり似ていると言えると思います。
形式はモーツァルトが最初の15連を有節形式で進めた後、16,17連で変化を見せ別の音楽が進行していきます。最終連で再び冒頭の音楽が回帰しますが、終わりに向けて変化を見せ、強い訴求力を加えながら静かに終わります。一方の「ルイーザ~」は完全な有節形式です。
以上両曲を比較してみましたが、シューベルトが両方の詩の関連性を理解したうえで、かなりモーツァルトの音楽を意識した作曲をした形跡が伺えます。少なくともシューベルトが「別れの歌」と無関係に「ルイーザの返答」を作曲したとは考えにくいと思います。
無名なのが信じられないほど切なく美しい曲で、8行のテクストがシューベルトによって見事に起承転結の展開を与えられています。たった6小節のピアノ前奏(間奏にも使われ、ほぼ後奏とも同じ)が曲の世界観を素晴らしく描いていて、ぐっと引き込まれます。個人的にはシューベルトの知られざる傑作ではないかと思っています。
2/2拍子
変ロ短調(b-moll)
Klagend (嘆いて)
●Hyperion Schubert Edition, Vol. 7 (リンク先の音符マークをクリックすると一部試聴可能です)
エリー・アーメリング(S), グレアム・ジョンソン(P)
Elly Ameling(S), Graham Johnson(P)
1,7,18,19節。1989年8月15-18日録音。グレアム・ジョンソンによるハイペリオンレーベルのシューベルトエディション7巻に含まれるこの音源はおそらく世界初録音と思われます。アーメリングの奥行を感じさせる繊細な語りかけが素晴らしく、このCDをはじめて聴いた時からとりわけ印象に残ったことを覚えています。一体何度聞いたことでしょう(今でも折に触れて聞いています)!彼女は第7節のヴィルヘルムとの情事の思い出を歌うことで、元恋人たちの親密な関係をより明るみに出していると思います。
●カタリナ・コンラーディ(S), ダニエル・ハイデ(P)
Katharina Konradi(S), Daniel Heide(P)
1,2,12節。2020年7月録音。ここでコンラーディが選んで歌っている第12節では朝になってルイーザがヴィルヘルムに「今何をしているのですか。私のことを思ってくれていますか」と気に掛けるという内容で、好きだった人のことをつい気にしてしまう進行中の恋人同士のような情景です。最近の私のお気に入りソプラノ歌手、コンラーディはゆっくりめのテンポで丁寧に歌い、詩の主人公が冷静に言葉を紡いでいるかのようです。歌曲を歌うのにとても適性が感じられてこれからの活躍が楽しみです。ダニエル・ハイデは次世代の歌曲演奏を担っていくであろうピアニストです。
●エルス・クロメン(S), ヤン・フェルムレン(Fortepiano)
Els Crommen(S), Jan Vermeulen(Fortepiano)
1,2,8,14,17,18,19節。クロメンは他のどの録音よりも多くの節を歌っています。「どこを見てもあなたの姿が輝いている(2節)」「私は永遠にあなたのもの(8節)」「他の人を好きになろうとしてもあなたのことが忘れられない(14節)」「他の女を抱いていてもあなたを忘れない(17節)」「捨てられても嫌いにならない(18節)」「天国でもあなたを愛している(19節)」という流れがクロメンの歌によって描かれます。クロメンはリリックな持ち味で、清楚な女性が裏切られた男性に切々と訴えている感じが出ています。
●リュディア・トイシャー(S), ウルリヒ・アイゼンローア(Fortepiano)
Lydia Teuscher(S), Ulrich Eisenlohr(Fortepiano)
1,2,18,19節。2003年11月10-14日, 2004年1月12-16日, 2005年11月2-3日録音。トイシャーは速めのテンポで吸い付くような趣で悲壮感を打ち出しながら歌っています。装飾音の扱いが他の演奏と違い興味深いです。
●ルート・ツィーザク(S), ウルリヒ・アイゼンローア(P)
Ruth Ziesak(S), Ulrich Eisenlohr(P)
1,2,18節。2006年9月25-30日, 2007年2月12-14日録音。Naxosレーベルのモーツァルト歌曲全集にこの曲だけぽつんとシューベルト歌曲が含まれているので、事情を知らない方は疑問に思うことでしょう。「別れの歌」→「ルイーザの返答」という流れのプログラミングがステージでも演奏されるといいなと思います。ツィーザクは今やベテランですが歌曲に打ってつけの歌手ですね。
●クラウディア・タンドル(MS), ナイアル・キンセラ(P)
Klaudia Tandl(MS), Niall Kinsella(P)
1,2節。2020年2月17-19日録音。タンドルは声域に応じて低く移調しているのでより深刻な心境が感じられました。
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コメント
フランツさん、こんばんは。
長い詩ですね。
思いを伝えきるには、これだけ語らねばならなかったのかもしれませんね。
「別れの歌」の返歌であるなら違うのでしょうが、この女性は男性に騙されもて遊ばれたのではないか、という気もします。
初めて聞きましたが、メロディがまた美しいですね。
18歳でこれを作ったなんて、やっぱりシューベルトは天才ですよね。
コンラーティの声いいですね。私も好きです。切々としたメロディに寄り添わせるような歌いぶりも、可憐な声だから余計胸に迫りました。
どこを見てもあなたの姿が輝いている(2節)」「他の人を好きになろうとしてもあなたのことが忘れられない(14節)」「他の女を抱いていてもあなたを忘れない(17節)」「捨てられても嫌いにならない(18節)」
これは、古今東西、恋を失った人がみな思うであろう気持ちを、クロメンのような声でやや速いテンポで歌うと、何としても彼を忘れられない痛々しさが伝わって来ました。
トイシャーもリリックな声ですね。
リリコレッジェーロの声質はやはり好きです。
テンポも解釈だとしたら、この速いテンポは、沸き上がる彼への気持ちが止まらない。そんな思いを感じます。
恨みたい気持ちもありながら、恨めない悲しい女心でしょうか。
男性が書いたとしたら、確かに凄い想像力ですね。
それとも、こういう気持ちに男女差はないのでしょうか。
ツィーザクは、先の三人より表現に深みがありますね。
モーツァルトの歌をシューベルトが返す。とても贅沢な楽しみ方です。
メゾの音域で低くなった分、ソプラノで外に向いていたエネルギーが内へと向かっている感じがします。
返歌ですが、自分の心に言い聞かせているようにも聞こえます。
今回も素敵な曲、演奏に出会わせてくださって、ありがとうございました。
投稿: 真子 | 2022年4月 5日 (火曜日) 20時25分
真子さん、こんばんは。
「別れの歌」は恋人のルイーザが、「ルイーザの返答」は恋人のヴィルヘルムが浮気をしたという設定のようです。
お互いに裏切られた形になりますね。
この曲美しいですよね。こういう切ないメロディーと聴き手の琴線に触れるピアノの響きに接すると、シューベルトの凄さをまざまざと感じます。
私がこの曲をはじめて聴いたのは、記事でも書きましたが、アーメリングの歌うハイペリオン・シューベルト・エディションの7巻でした。前年にアーメリングの来日リサイタルに行ってプログラムを買ったところ、翌年に新録音のシューベルトのCDが発売予定と書かれていて狂喜したものでした。その翌年にこの7巻をCD店で手にとった時の喜びは今でも思い出すことが出来ます。しかも一度も聞いたことのない珍しい曲がてんこ盛りで、何度も何度も繰り返し聞いたものでした。その中でこの「ルイーザの返答」と「イーダより」は特に印象に残り、いつかこういう形で記事にしたいと思っていましたので、今回実現できて良かったです(^^)
アーメリングの録音の後、いろいろな女声歌手がこの曲を録音していることからも、作品の魅力を演奏家たちも感じたのではないかと思います。
それぞれのご感想を有難うございます。興味深く拝見しました。コンラーディ、いいですよね。今、動画サイトやサブスクリプションでいろいろ聴いていますが、どれもとても素晴らしくて今後も追っかけていきたいと思いました。
喜んでいただけて良かったです。珍しい曲の発掘は今後もしていきたいと思っています。
投稿: フランツ | 2022年4月 6日 (水曜日) 19時23分