ベートーヴェン「メルケンシュタイン(Merkenstein, WoO. 144 / Op. 100)」
Merkenstein, WoO. 144 / Op. 100
メルケンシュタイン
1.
Merkenstein! Merkenstein!
Wo ich wandle, denk' ich dein.
Wenn Aurora Felsen rötet,
Hell im Busch die Amsel flötet,
Weidend Herden sich zerstreun,
Denk' ich dein, Merkenstein!
メルケンシュタイン!メルケンシュタイン!
私が歩く場所でおまえのことを思う。
曙の光が岩を赤く染め、
茂みでつぐみが高らかにさえずり、
草を食む群れが散り散りになるとき、
おまえのことを思う、メルケンシュタイン!
2.
Merkenstein! Merkenstein!
Bei der schwülen Mittagspein
Sehn' ich mich nach deinen Gängen,
Deinen Grotten, Felsenhängen,
Deiner Kühlung mich zu freun.
Merkenstein! Merkenstein!
メルケンシュタイン!メルケンシュタイン!
昼の蒸し暑さに苦しみ、
私はおまえの木陰道を、
おまえの洞窟を、岩山の斜面を、
おまえの涼しさを求める、どれも私を喜ばせてくれるのだ。
メルケンシュタイン!メルケンシュタイン!
3.
Merkenstein! Merkenstein!
Dich erhellt mir Hesper's Schein,
Duftend rings von Florens Kränzen
Seh' ich die Gemächer glänzen,
Traulich blickt der Mond hinein.
Merkenstein! Merkenstein!
メルケンシュタイン!メルケンシュタイン!
宵の明星の輝きがおまえを照らし、
あたりはフローラの冠で香り、
輝く部屋を見ると
月がくつろいで覗き込んでいる。
メルケンシュタイン!メルケンシュタイン!
4.
Merkenstein! Merkenstein!
Dir nur hüllt die Nacht mich ein.
Ewig möcht' ich wonnig träumen
Unter deinen Schwesterbäumen,
Deinen Frieden mir verleihn!
Merkenstein! Merkenstein!
メルケンシュタイン!メルケンシュタイン!
おまえのためだけに夜が私を包み込む。
永遠に楽しい夢を見ていたい
おまえの姉妹の木の下で、
私におまえの平安を与えてほしい!
メルケンシュタイン!メルケンシュタイン!
5.
Merkenstein! Merkenstein!
Weckend soll der Morgen sein,
Laß uns dort von Ritterhöhen
Nach der Vorzeit Bildern spähen:
Sie, so groß und wir _ so klein!
Merkenstein! Merkenstein!
メルケンシュタイン!メルケンシュタイン!
朝の光で起こしてほしい、
あそこの騎士の丘から
太古の光景を探ってみよう、
それらはとても偉大で、一方我々はとても卑小だ!
メルケンシュタイン!メルケンシュタイン!
6.
Merkenstein! Merkenstein!
Höchster Anmut Lust-Verein.
Ewig jung ist in Ruinen
Mir Natur in dir erschienen;
Ihr, nur ihr mich stets zu weihn,
Denk' ich dein, Merkenstein!
メルケンシュタイン!メルケンシュタイン!
この上ない優美さと愉悦の融合。
廃墟では
おまえの中にある自然が永久に若く思えた。
自然に、ただ自然にのみ常に身を捧げるべく
おまえのことを思う、メルケンシュタイン!
詩:Johann Baptist Rupprecht (1776-1846)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)
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ヨハン・バプティスト・ルップレヒト(Johann Baptist Rupprecht: 1776-1846)の詩による独唱曲「メルケンシュタイン(Merkenstein, WoO 144)」は1814年終わりに作曲されました。
その後、同じテクストに二重唱曲として1814年秋/1815年初頭に作曲された曲は、Op. 100として出版されました。
メルケンシュタインとは、ベートーヴェンの時代にはすでに廃墟となっていた古城のことです。平野昭氏の解説に作曲・出版の状況やメルケンシュタイン城の地図なども記されていますので興味のある方はご覧ください(メルケンシュタイン城の廃墟の画像はこちら)。
WoO 144の独唱曲は冒頭に2回"Merkenstein!"と歌う際に下行形で呼びかけます。最初のfpから最後のpまでダイナミクスの変化が大きく、ピアノは歌より遅れて同じ音型を響かせ、こだまのような効果を出しています。その後も歌の後に同じ音型をピアノ間奏で響かせていて、山の中のエコーをイメージさせます。6/8拍子のゆったりした四分音符+八分音符のリズムが自然の中を歩く時のリラックスした心境を表現しているようです。
Op. 100の二重唱曲は、独唱曲のようなエコーの効果はなく、流麗に素朴に進んでいきます。2つの歌声部は3度の音程を保つことが多く、一番最後の音で2声部とも同じ主音を歌います。最後の方に一度fが出る以外はダイナミクスはpで柔らかく歌われ、聴き手は森林浴のようにリラックスして聴けるのではないかと思います。
【WoO. 144 (独唱)】
6/8拍子
変ホ長調(Es-dur)
【Op. 100 (二重唱)】
3/8拍子
ヘ長調(F-dur)
Mäßig, jedoch nicht schleppend (中庸に、しかし引きずらないように)
●WoO. 144 (独唱)
ペーター・マウス(T), ハンス・ヒルスドルフ(P)
Peter Maus(BR), Hans Hilsdorf(P)
1,2,3,4,5,6節。マウスは全節を歌っています。ハイバリトンの明晰な歌唱が素晴らしかったです。
●WoO. 144 (独唱)
ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)
1,4,5節。プライはたっぷりしたテンポ設定で、いとしい対象に呼びかけるように歌っています。ホカンソンのピアノの響きがチャーミングです。
●WoO. 144 (独唱)
フローリアン・プライ(BR), ノルベルト・グロー(P)
Florian Prey(BR), Norbert Groh(P)
1,4,5節。フローリアンが父ヘルマンの録音と同じ節を選んで歌っているのは偶然でしょうか。古城への敬意が感じられる丁寧な歌唱でした。グローのピアノの美しさも印象的でした。
●WoO. 144 (独唱)
マティアス・ゲルネ(BR), アレクサンダー・シュマルツ(P)
Matthias Goerne(BR), Alexander Schmalcz(P)
1,2,3,4節。地底から湧き上がってくるようなゲルネの豊かな声で優しく細やかに歌っています。
●WoO. 144 (独唱)
ヴァンサン・リエーヴル=ピカール(T), ジャン=ピエール・アルマンゴー(P)
Vincent Lièvre-Picard(T), Jean-Pierre Armengaud(P)
1,2,3,6節。テノールで聴くと涼風が吹くような爽やかさが際立ちますね。
●Op. 100 (二重唱)
ハイディ・ブルナー(MS), コンスタンティン・グラーフ・フォン・ヴァルダードルフ(BR), クリスティン・オーカーランド(P)
Heidi Brunner(MS), Constantin Graf von Walderdorff(BR), Kristin Okerlund(P)
1,2,3,4,5,6節。二重唱バージョンを全節歌っています。高音パート(主旋律)はすべてブルナーが歌っています。
●Op. 100 (二重唱)
ヘルマン・プライ(BR), パメラ・コバーン(S), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Pamela Coburn(S), Leonard Hokanson(P)
1,5,4節。高音パートは1,4節をコバーン、5節をプライが歌っています。詩の順序を入れ替えて歌っているのが興味深いです。
●Op. 100 (二重唱)
アナ・ハーゼ(MS), フローリアン・プライ(BR), ノルベルト・グロー(P)
Anna Haase(MS), Florian Prey(BR), Norbert Groh(P)
1,2,3,6節。高音パートはすべてハーゼが歌っています。
●Op. 100 (二重唱)
ナタリー・ペレス(MS), ヴァンサン・リエーヴル=ピカール(T), ジャン=ピエール・アルマンゴー(P)
Natalie Pérez(MS), Vincent Lièvre-Picard(T), Jean-Pierre Armengaud(P)
1,2,3,6節。高音パートは1,6節をペレス、2,3節をリエーヴル=ピカールが歌っています。
●Op. 100 (二重唱)
アデーレ・シュトルテ(S), ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Adele Stolte(S), Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)
1,2,3節。高音パートはすべてシュトルテが歌っています。
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(参考)
「メルケンシュタイン(第1作)」——風光明媚な古城を思い出し、呼びかける(平野昭)
メルケンシュタイン(第2作、ニ重唱)——お気に入りの散歩ルートにあった古城遺跡を題材に(平野昭)
Johann Baptist Rupprecht (Österreichisches Biographisches Lexikon)
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