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ベートーヴェン「彩られたリボンで(Mit einem gemalten Band, Op. 83, No. 3)」

Mit einem gemalten Band, Op. 83, No. 3
 彩られたリボンで

1.
Kleine Blumen, kleine Blätter
Streuen mir mit leichter Hand
Gute, junge Frühlings-Götter
Tändelnd auf ein luftig Band.
 小さな花々や小さな葉っぱを
 軽やかに
 善良で若き春の神々が
 戯れながら 風に揺られた僕のリボンの上にまき散らす。

2.
Zephir, nimm's auf deine Flügel,
Schling's um meiner Liebsten Kleid;
Und so tritt sie vor den Spiegel
All in ihrer Munterkeit.
 そよ風よ、そのリボンを翼に乗せて
 僕の恋人の服に巻き付けておくれ。
 すると彼女は
 元気いっぱい鏡の前に歩む。

3.
Sieht mit Rosen sich umgeben,
Selbst wie eine Rose jung.
Einen Blick, geliebtes Leben!
Und ich bin belohnt genung.
 ばらに囲まれて、
 ばらのように若い自分を見るだろう。
 ほんの一瞥でも向けておくれ、愛する存在よ!
 それで僕は十分報われるのだ。

4.
Fühle, was dies Herz empfindet,
Reiche frei mir deine Hand,
Und das Band, das uns verbindet,
Sei kein schwaches Rosenband!
 この心が意識しているものを感じとっておくれ、
 気兼ねなく僕にこの手を差し出しておくれ、
 そして僕たちを結びつける絆は
 弱いばらのリボンではありませんように!

詩:Johann Wolfgang von Goethe (1749-1832), "Mit einem gemalten Band", written 1771, second version
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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ゲーテの詩によるOp.83の最後に置かれたのは「彩られたリボンで(Mit einem gemalten Band)」です。

この曲もOp.83の他の曲同様、1810年春および/または夏(Frühling und/oder Sommer 1810)に作曲されました(平野昭氏によると「(1810年)7月から8月に作曲」されたそうです)。

詩のあらすじをざっとまとめてみます。

春の神々が、ばらなどの花や葉を僕のリボンにまき散らす。その彩られたリボンを恋する女性のもとまでそよ風に運ばせて、プレゼントさながら彼女の服の上から巻き付けさせる。彼女は鏡の前に行き、リボンの巻きついた姿を見ると、リボンに描かれたばらのように若々しい自分を見出す。僕の方を一度でいいから見てほしい。それで僕は十分なのだから。僕のこの気持ちを感じてほしい。でも君を巻いたばらのリボンのような弱い絆では嫌だよ。

花、葉、春、リボン、そよ風、翼、恋人、ばら-といった名詞を羅列するだけでも、この詩の爽やかな情景が思い浮かびます。

2連目冒頭に出てくる「そよ風」を意味する"Zephir (Zephyr)"は、もともとギリシャ神話において西風が具現化した風神Anemoiの一人Zephyrosを指す言葉のようです。そしてこのZephyrosは花でいっぱいのショールを身に着けている少年として描かれるそうです(ZephyrAnemoi参照)。

ベートーヴェンはピアノパート右手をほぼ絶え間ない三連符で貫き、ばらの彩られたリボンがそよ風になびいている様を表しているかのようです。2連で主人公がそよ風に頼み事をするくだりでは急速な下降音型でそよ風の動きを描写しています。

歌声部は第1連で愛らしく軽快な旋律が歌われ、そよ風が登場する第2連から第3連にかけて旋律は変化します。第4連で再び第1連の旋律が戻り、歌詞を繰り返す際に盛り上がりを見せ、最後は穏やかに締めくくられます。

テキストを繰り返す際に、足りない音節を補う時のベートーヴェンの常とう手段である"ja"の追加がこの曲にもありました(第4連)。

また、第3連が終わって、第4連の音楽が始まる前の橋渡しのパッセージで第4連冒頭の"Fühle"という単語を先取りして使うのは、彼の他の歌曲でも使われている手法です。

第4連のテキストは繰り返され、ベートーヴェンが重きを置いていることが明白ですが、さらに"verbindet(結びつける)"という言葉に朗唱風のメリスマを与えています。これによって彼女との絆を「結ぶ」ことが強調されていますね。
また2音節の単語"schwa-ches(弱い)"、"Ro-sen(ばら)"の間に休符を入れて、言葉による指示ではなく、記譜によってはずむように歌う効果を出しているのも印象的でした。

実は私は今回この記事を書くまでは、あまりこの歌曲をしっかり聞いたことがなかったのですが、もっと演奏されていいと思えるチャーミングな作品であることが分かりました。

4/4拍子
Leichtlich und mit Grazie vorgetragen(軽やかに優美に演奏して)
ヘ長調(F-dur)

●詩の朗読(Florian Friedrich)

少し陰のある声で朗読されていて、ベートーヴェン歌曲とはまた違った味わいがありました。

●ジャン・デガエタニ(MS), ギルバート・カリッシュ(P)
Jan DeGaetani(MS), Gilbert Kalish(P)

温かみのあるデガエタニの声で、ベートーヴェンの指示通り「軽やかに優美に」演奏されていて、聴く者の心を溶かしてくれます。何度も繰り返し聞きたくなる演奏でした。

●エリーザベト・シューマン(S), ジョージ・リーヴズ(P)
Elisabeth Schumann(S), George Reeves(P)

3連の"belohnt"に聞けるようなE.シューマンのチャーミングな歌い方は抗いがたい魅力にあふれています。古きよき時代の素晴らしい記録だと思います。

●オーラフ・ベーア(BR), ジェフリー・パーソンズ(P)
Olaf Bär(BR), Geoffrey Parsons(P)

繊細なベーアの歌唱が、この柔らかい小品にとてもマッチしているように感じられました。

●エリーザベト・シュヴァルツコプフ(S), エトヴィン・フィッシャー(P)
Elisabeth Schwarzkopf(S), Edwin Fischer(P)

シュヴァルツコプフはこの愛らしい小品からもヴォルフの時のようなドラマを眼前に浮かび上がらせてくれます。フィッシャーはスタッカートでこの小ドラマの愛らしさを表現していました。

●ニコライ・ゲッダ(T), エヴァ・パタキ(P)
Nicolai Gedda(T), Eva Pataki(P)

万能テノール、ゲッダはアリアのように表情豊かに表現していました。"verbindet"の表情の付け方が印象的でした。

●オットマル・シェック作曲「彩られたリボンでOp. 19a, No. 4」
Othmar Schoeck: Mit einem gemalten Band, Op. 19a, No. 4
エルンスト・ヘフリガー(T), カール・グレナッハー(P)
Ernst Haefliger(T), Karl Grenacher(P)

スイスの作曲家シェックによる付曲はつつましやかでロココ風の優美な均整が感じられますが、最後は盛り上がりを見せ、均整から飛び出そうとしていました。同郷のヘフリガーの訴えかけるような歌からは、この主人公がけなげで誠実な若者としてイメージされました。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

ゲーテによる3つの歌(ゲザング)——ゲーテが「浄書して送ってほしい」と言った作品(平野昭)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

Gesprochene deutsche Lyrik (詩の朗読)

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コメント

フランツさん、こんばんは。

春の美しさが彩れたリボンが、そよ風にたゆたう景色が目に浮かびます。
メロディも、リボンを揺らしているようですね。

>ほんの一瞥でも向けておくれ、愛する存在よ! それで僕は十分報われるのだ。
前回の、星になった自分を見てさえくれたら、に通じる一途なけなげさがここにもありますね。
一瞥してくれるだけでいい、と。

デガエタニの温かいメゾは、青年の思いをしっかり彼女に届けた事でしょう。

エリザベト·シューマン、魅力的ですよね。男性側の歌ですが、可憐な乙女の歌として聞きました。

ベーアは、一途な青年そのものですね。柔らかいひびきが彼女に届きますように!

シュヴァルツコプフからは、恋のときめき、喜びを感じます。まだ恋しはじめの、気持ちに垢がついていない時期のよう。

ゲッタは好きなテノールです。美声ですよね。
彼は、この恋が成就することを疑っていないかのようです。一瞥で満足というより熱く見つめあっているような歌いぶりですね。

曲が変わった事もありますが、ヘフリガーの控えめにでも一途に歌い上げる姿は、ゲッタと正反対の青年像が浮かびます。
歌手の特徴が表れている感じですね。

小品ながら魅力的な歌曲ですね。

投稿: 真子 | 2022年2月22日 (火曜日) 20時14分

真子さん、こんにちは。

本当に爽やかな歌ですよね。私も今回いろいろ聴いてみて大好きな曲になりました!

>メロディも、リボンを揺らしているようですね。
さすが真子さん、素敵な表現ですね。

前回の「憧れ」も今回もゲーテの詩ですが、主人公は彼女への思いを姿を変えたり、他の存在に託したりして、無骨に伝えようと尽力する、その様子が詩を読む人の胸を打つのだと思います。

デガエタニは温かみがあって、聴いているだけで幸せに感じられます。

E.シューマンはおっしゃるようにチャーミングな声を持っていてさぞかし当時の聴衆を魅了したことと思います。

ベーアの繊細な声と表現はこういう曲に本当にぴったりですね。詩の主人公のイメージと合っています。

シュヴァルツコプフはその場の空気をすっと変えてしまう演技派だと思います。「恋のときめき、喜び」を臨場感をもって伝えてくれていますよね。

ゲッダ、美声ですよね。一度だけ実演を聴きましたが、これほどあらゆる言語のあらゆるジャンルの歌を見事に歌えるのはとてつもない才能と努力があったのだと思います。「この恋が成就することを疑っていないかのよう」という真子さんの表現、同感です。自信をもって突き進んでいるようです。

ヘフリガーの朴訥で懸命な歌いぶりと表現は、この詩の主人公にぴたっとはまっていますよね。

本当に歌手の個性があらわれる作品だと思います。
今回も素敵なコメント有難うございました(^^)

投稿: フランツ | 2022年2月23日 (水曜日) 13時39分

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