ベートーヴェン「グレーテルの忠告(Gretels Warnung, Op. 75 No. 4)」
Gretels Warnung, Op. 75 No. 4
グレーテルの忠告
1.
Mit Liebesblick und Spiel und Sang
Warb Christel, jung und schön.
So lieblich war, so frisch und schlank
Kein Jüngling rings zu seh'n.
Nein, keiner war
In ihrer Schaar,
Für den ich das gefühlt.
Das merkt' er, ach!
Und ließ nicht nach,
Bis er es all, bis er es all,
Bis er es all erhielt.
愛の眼差しと戯れと歌で
若く麗しいクリステルはアピールした。
こんなに愛くるしく、フレッシュで、スリムな
若者はまわりに見当たらなかった。
そう、
彼女のまわりの人たちの中にはいなかった、
私がそのように感じた人は。
そのことに彼は気付き、ああ!
アピールをやめなかった。
その結果、彼はすべてを、彼はすべてを
彼はすべてを手に入れた。
2.
Wohl war im Dorfe mancher Mann,
So jung und schön, wie er;
Doch sahn nur ihn die Mädchen an,
Und kosten um ihn her.
Bald riß ihr Wort
Ihn schmeichelnd fort;
Gewonnen war sein Herz.
Mir ward er kalt,
Dann floh er bald,
Und ließ mich hier, und ließ mich hier,
Und ließ mich hier in Schmerz.
村には
彼みたいに若くてハンサムな男性はいたけれど
娘たちは彼にしか目がいかず、
彼を取り巻いていちゃついた。
間もなく彼女の言葉が
甘く彼の心を奪った。
彼の心を得たのだ。
だが彼は私に冷たくなり
間もなく逃げてしまった。
そして私をここに、私をここに放っておき、
苦しむ私をここに放っておいた。
3.
Sein Liebesblick und Spiel und Sang,
So süß und wonniglich,
Sein Kuß, der tief zur Seele drang,
Erfreut nicht fürder mich.
Schaut meinen Fall,
Ihr Schwestern all,
Für die der Falsche glüht,
Und trauet nicht
Dem, was er spricht.
O seht mich an, mich Arme an,
O seht mich an, und flieht.
彼の愛の眼差しや戯れや歌は
とても甘く素敵で、
彼のキスといったら魂に深くしみいるほどで
金輪際ないほどに喜ばせてくれる。
私のケースをご覧なさい、
姉妹たちみんな、
不実な男が夢中になるみんな、
そいつが言うことを
信じちゃ駄目よ。
おお、私をご覧なさい、哀れな私を。
おお、私をご覧なさい、そして逃げるのよ。
詩:Gerhard Anton von Halem (1752-1819), "Gretels Warnung"
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827), "Gretels Warnung", op. 75 no. 4, published 1810
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ゲルハルト・アントン・フォン・ハーレムの詩による「グレーテルの忠告」は1795年に作曲されたものと推測されていて、1809年に改訂されて作品75の第4曲として出版されました。
若く麗しいクリステルという若者を好きになり、恋仲になり、そして捨てられたグレーテルという女性が若い女性たちに注意喚起するという内容です。
ベートーヴェンは全3節の有節形式で作曲しました。
歌の旋律は長調の穏やかな雰囲気に貫かれ、警告の深刻さよりも不実な男との甘美な思い出に浸っているかのような曲調です。
実際、テキストの第1節から第2節前半まではクリステルのもてっぷりを伝えているので、そこは甘美な雰囲気を維持していても特に問題はないように思えます。
第2節後半になると捨てられたグレーテルの恨み節が切々と訴えられますが、第3節前半でクリステルがいかに素敵だったかを再び吐露していて、彼女の心がまだ揺れ動いているかのようです。
第3節後半でようやく不実な男から逃げなさいと若い女性たちに警告を発します。
ベートーヴェンは各節後半で歌の旋律を2度ずつ上行させて畳みかけるような効果を出そうとしていますが、ここは長調の響きのままなので、演奏次第で様々な解釈が可能になると思います。
主人公の心の中の行ったり来たりの葛藤を描き出すのは歌手とピアニストの役割でしょう。下記に引用した演奏はみなそのあたりを見事に描き出していました。
8/6拍子
イ長調 (A-dur)
Etwas lebhaft mit leidenschaftllicher Empfindung, doch nicht zu geschwind (情熱的な感情をもっていくぶん生き生きと、しかし速すぎずに)
●ナタリー・ペレス(MS), ジャン=ピエール・アルマンゴー(P)
Natalie Pérez(MS), Jean-Pierre Armengaud(P)
ペレスの心地よい響きの美声と巧みなディクションはテキストの主人公と一心同体となって聞き手を魅了します。
●アン・マリー(MS), イアン・バーンサイド(P)
Ann Murray(MS), Iain Burnside(P)
マリーは語り口の巧みさと声色の変化で手に取るように状況を伝えています。特に最終節の表現は鬼気迫ります。バーンサイドは後奏で装飾を加えていました。
●アデーレ・シュトルテ(S) & ヴァルター・オルベルツ(P)
Adele Stolte(S) & Walter Olbertz(P)
シュトルテの清楚な美声で聴くと、警告というよりも甘美な思い出に浸っているかのようです。
●第1稿
ハイディ・ブルナー(MS) & クリスティン・オーカーランド(P)
Heidi Brunner(MS) & Kristin Okerlund(P)
第1稿による演奏です。基本的な楽想は第2稿にほぼそのまま引き継がれていますが、ピアノパートのリズムの刻みが控えめで語りの趣が強まっているのと、後半の歌のフレーズを2度ずつ高めていく個所の畳みかけ方がじっくりと進み、ピアノ後奏は歌の旋律を繰り返し余韻のような効果を出しているところが主な相違点でしょうか。
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(参考)
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コメント
フランツさん、こんにちは。
ペレスのメゾは、清涼感がありますね。爽やかな忠告ですね。ずっと聞いていたくなるような演奏でした。
アン・マリーのメゾは可憐ですね。歌い口も可愛らしくて。コケティッシュに忠告している感じですね。
ソプラノの声質に聞こえます。この辺りは自己申告なので、なぜメゾを選んだのか聞いてみたいです。
シュトルテは、忠告される側の少女のような雰囲気ですね。
苦しいけど幸せという恋に浸っているのでしょうか。
ブルナーは、一番冷静に忠告している趣のある演奏でした。客観性のある歌もいいですね。
投稿: | 2022年1月18日 (火曜日) 10時36分
真子さん、こんばんは。
ペレス、本当に爽やかですよね。この録音で知った歌手ですが、いいなぁと思いながら聴いています。
アン・マリー、演技派ですね。声の種類はやはり自己申告なのですね。声質はソプラノっぽいのにメゾという場合は気持ちよく出せる音域も関係しているのかなと思います。白井光子さんもソプラノで出発して、途中でメゾに転向しましたよね。逆にカウフマンはテノールですが、声質に重みがありバリトンのようにいつも聞こえます。
シュトルテのご感想、なるほどと思いました。「苦しいけど幸せという恋に浸っているのでしょうか」確かに決して嫌そうには聞こえないですよね。
ブルナーは確かに感情表現を抑えていましたね。冷静を装った女性を表現しているのかなと思いました。
投稿: フランツ | 2022年1月18日 (火曜日) 20時05分