ベートーヴェン「新しい愛、新しい生気(Neue Liebe, neues Leben, Op. 75, No. 2 (1. version: WoO 127))」
Neue Liebe, neues Leben, Op. 75, No. 2 (1. version: WoO. 127)
新しい愛、新しい生気
1.
Herz, mein Herz, was soll das geben?
Was bedränget dich so sehr?
Welch ein fremdes neues Leben!
Ich erkenne dich nicht mehr.
Weg ist Alles, was du liebtest,
Weg warum du dich betrübtest,
Weg dein Fleiß und deine Ruh' -
Ach wie kamst du nur dazu!
心よ、わが心、こんなことがあるというのか?
そんなにひどく何に悩まされているのだ?
なんともなじみのない新しい生気だ!
私はもはやおまえが分からない。
おまえが愛したものはすべて去り、
おまえが悲しむ理由も去り、
おまえの勤勉さも平安も去った、
ああ、どうやって来たのか!
2.
Fesselt dich die Jugendblüte,
Diese liebliche Gestalt,
Dieser Blick voll Treu' und Güte,
Mit unendlicher Gewalt?
Will ich rasch mich ihr entziehen,
Mich ermannen, ihr entfliehen,
Führet mich im Augenblick
Ach mein Weg zu ihr zurück.
若い盛りの花がおまえを縛り付けたのか、
この愛らしい姿が、
誠実で親切なこの眼差しが、
計り知れない力で?
私がすばやく彼女から逃れて、
勇気を出して、彼女から逃げようとすると
道はすぐに戻ってしまうのだ、
ああ彼女のもとに。
3.
Und an diesem Zauberfädchen,
Das sich nicht zerreißen läßt,
Hält das liebe lose Mädchen,
Mich so wider Willen fest;
Muß in ihrem Zauberkreise
Leben nun auf ihre Weise.
Die Verändrung ach wie groß!
Liebe! Liebe! laß mich los!
そして、ちぎれない
この魔法の糸で
このいとしいはすっぱ娘は
私を心ならずも取り押さえる。
彼女の魔力の圏内で
彼女のやり方で今や生きていかなければならない。
この変わりようの、ああ、なんと大きいことか!
愛よ!愛!私を解放しておくれ!
詩:Johann Wolfgang von Goethe (1749-1832), "Neue Liebe, neues Leben", written 1775, first published 1775
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827), "Neue Liebe, neues Leben", op. 75 no. 2 (1809), "Neue Liebe, neues Leben", WoO 127 (1798)
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ゲーテの詩「新しい愛、新しい生気(Neue Liebe, neues Leben)」は愛を知った若者がこれまで馴染みのなかったような心の変わりように驚き、最後にはこれほど苦しむのなら解放してくれと懇願します(文字通りの意味ではなく、女性を愛したことによってすべてが変わってしまったことを表現しているのだと思います)。
このゲーテの詩にベートーヴェンは1798年終わりに第1稿(WoO. 127)を作曲し、それを基に1809年に改訂したのがOp.75-2の第2稿です。時折この2つの稿はあたかも全く別の曲であるかのように扱われることがありますが、実際には同じ曲のバージョン違いです。
第1稿ですでに楽想はほぼ完成しているように思いますが、最終稿ではより推進力を増し、簡潔で引き締まったように感じられます。両者とも詩の第1連(A)から第2連(B)まで進むと、ほぼ同じ音楽を再度繰り返します。最後の第3連(C)はコーダのように終結へ向かいます。
愛を知った男性の心が全く変わってしまった状況を常にどきどき鼓動を打っているようなピアノパートにのせて生き生きと歌っています。ベートーヴェンが歌曲のような小規模な作品でもかなりの年月をかけて推敲を重ねた軌跡を知ることの出来るよい例だと思います。
【第1稿(WoO. 127)】
6/8拍子
ハ長調 (C-dur)
Agitato
A-B-A'-B'-C
【第2稿(Op.75-2)】
6/8拍子
ハ長調 (C-dur)
Lebhaft, doch nicht zu sehr (生き生きと、しかし極端になりすぎないように)
A-B-A-B-C
●詩の朗読(フリッツ・シュターフェンハーゲン(朗読))
Johann Wolfgang Goethe „Neue Liebe, neues Leben" II
Rezitation: Fritz Stavenhagen
渋みのある大人の愛という印象を受けました。素晴らしい朗読でした!
●詩の朗読(フローリアン・フリードリヒ(朗読))
Johann Wolfgang von Goethe: NEUES LIEBE, NEUES LEBEN (Lesung) (Florian Friedrich)
こちらは現在進行形の若者の愛のようです。起伏が大きく若者らしい感情表現が感じられました。
●【第1稿(WoO. 127)】
ライナー・トロースト(T), ベルナデッテ・バルトス(P)
Rainer Trost(T), Bernadette Bartos(P)
第1稿は演奏される機会が少ないので、普段頻繁に聴くことの出来る最終稿との違いを感じることが出来ると思います。トローストはかなり速めのテンポをとり主人公の焦燥感を見事に表現していると思います。明確なディクションと美声も素晴らしかったです。
●【第1稿(WoO. 127)】
ペーター・マウス(T), ハンス・ヒルスドルフ(P)
Peter Maus(T), Hans Hilsdorf(P)
第1稿の楽譜が表示されます。マウスの訴えかけてくる歌声は素晴らしかったです。
●【第1稿(WoO. 127)】
フローリアン・プライ(BR), ノルベルト・グロー(P)
Florian Prey(BR), Norbert Groh(P)
フローリアンが歌うと気品が漂います。彼の大きな持ち味なのでしょうね。
●【第2稿(Op.75-2)】
ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)
シュライアーは清潔感がありながら、めりはりもありディクションも美しく素晴らしいです!
●【第2稿(Op.75-2)】
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Gerald Moore(P)
長年の名コンビ、F=ディースカウとムーアによるスタジオでの映像を見ることが出来ます(若干映像と音がずれていますが)。F=ディースカウは歯切れのよい曲との相性が抜群です。ムーアの細かいパッセージの粒立ちの美しさに聞き惚れます。
●【第2稿(Op.75-2)】
ヘルマン・プライ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Hermann Prey(BR), Gerald Moore(P)
プライは何種類もベートーヴェン歌曲を録音していますが、この若者の焦燥感を歌った作品には初期の歌唱がとりわけみずみずしく魅力的に感じられます。最初のうちは鼓動に戸惑っているような歌いぶりだったのが、最後は若さみなぎる高揚が聞かれます。
●【第2稿(Op.75-2)】
エリーザベト・シュヴァルツコプフ(S), エトヴィン・フィッシャー(P)
Elisabeth Schwarzkopf(S), Edwin Fischer(P)
1954年放送録音。シュヴァルツコプフにとって珍しいレパートリーではないかと思います。彼女らしく言葉を大切にしつつも曲の推進力も失わない名人芸です。最後から2行目(Die Verändrung ach wie groß!)で少しテンポを落として強調しているのが彼女らしいなぁと思いました。
●ツェルター作曲「新しい愛、新しい生気」
Carl Friedrich Zelter (1758-): Sämtliche Lieder, Balladen und Romanzen, Z. 124, Book 4: No. 3, Neue Liebe, neues Leben
ヘルマン・プライ(BR), カール・エンゲル(P)
Hermann Prey(BR), Karl Engel(P)
有節形式。詩のリズムを生かしたツェルターらしい曲だと思います。温もりが感じられるプライの歌唱が心地よいです。
●シュポーア作曲「新しい愛、新しい生気」
Louis Spohr (1784-1859): Neue Liebe, neues Leben, WoO 127
ユディト・エルプ(S), ドリアナ・チャカロヴァ(P)
Judith Erb(S), Doriana Tchakarova(P)
シュポーアの曲は基本的に穏やかで抒情的な雰囲気ですが、最後の1行で上昇して盛り上がって終わります。
●ファニー・ヘンゼル=メンデルスゾーン作曲「新しい愛、新しい生気」
Fanny Hensel-Mendelssohn (1805-1847): Neue Liebe, neues Leben
トビアス・ベルント(BR), アレクサンダー・フライシャー(P)
Tobias Berndt(BR), Alexander Fleischer(P)
通作形式ですが、各節ごとのまとまりを意識した音楽で、冒頭の音楽が最後に回帰します。全体的に穏やかで、御しがたい鼓動への焦燥感よりも、どきどきしている状況を素直に受け入れて喜んでいるように感じられます。
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(参考)
Beethoven-Haus Bonn (Op. 75, No. 2)
Beethoven-Haus Bonn (WoO. 127)
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