ベートーヴェン「ミニョン(Mignon, Op. 75, No. 1)」
Mignon, Op. 75, No. 1
ミニョン
Kennst du das Land, wo die Zitronen blühn,
Im dunklen Laub die Gold-Orangen glühn,
Ein sanfter Wind vom blauen Himmel weht,
Die Myrte still und hoch der Lorbeer steht?
Kennst du es wohl?
Dahin! dahin
Möcht ich mit dir, o mein Geliebter, ziehn.
あの国をご存知ですか、そこはレモンが花咲き、
暗い葉の中に金色のオレンジが光り、
青空からやさしい風が吹き、
ミルテは静かに、そして月桂樹は高くそびえているのです。
その国をご存知ですか。
そこへ!そこへ
あなたと行きたいのです、おお、私の恋人よ。
Kennst du das Haus? Auf Säulen ruht sein Dach.
Es glänzt der Saal, es schimmert das Gemach,
Und Marmorbilder stehn und sehn mich an:
Was hat man dir, du armes Kind, getan?
Kennst du es wohl?
Dahin! dahin
Möcht ich mit dir, o mein Beschützer, ziehn.
あの家をご存知ですか。そこの屋根は円柱の上で安らいでいます。
広間は光輝き、居間はほのかな明りを放ち、
そして大理石像が立っており、私を見つめて
「かわいそうな子よ、おまえは何をされたというのか」とたずねるのです。
その家をご存知ですか。
そこへ!そこへ
あなたと行きたいのです、おお、私の保護者よ。
Kennst du den Berg und seinen Wolkensteg?
Das Maultier sucht im Nebel seinen Weg;
In Höhlen wohnt der Drachen alte Brut;
Es stürzt der Fels und über ihn die Flut!
Kennst du ihn wohl?
Dahin! dahin
Geht unser Weg! O Vater, laß uns ziehn!
あの山とその雲のかかった通路をご存知ですか?
らばは霧の中で道を探し求めます。
洞穴には竜の古いやからが住んでいるのです。
岩が落下し、その上を大水が覆っています!
その山をご存知ですか。
そこへ!そこへ
私たちの道は向かうのです。おお、父上よ、行きましょう!
詩:Johann Wolfgang von Goethe (1749-1832), "Mignon", written 1784, appears in Wilhelm Meisters Lehrjahre, first published 1795
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827), "Mignon", op. 75 no. 1 (1809)
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本日(2021年12月17日)はベートーヴェンの洗礼日から251年目の記念日です。おそらく前日(12月16日)が誕生日だったのではないかと推測されています。ベートーヴェンの誕生日を祝いつつ、今日も新しい歌曲の聞き比べをしたいと思います。
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代(Wilhelm Meisters Lehrjahre)』第3巻第1章に登場する南国イタリアへの憧れをヴィルヘルムに訴えるミニョンの歌「あの国をご存知ですか(Kennst du das Land)」には多くの作曲家の創作意欲を刺激しましたが、ベートーヴェンは1809年に作曲しています。
このテキストについて、非常に綿密で詳細な考察をされた方のサイトをご紹介したいと思います。
「ひま話 君よ知るや南の国 君よ知るやかの山を (2017.10.3)」
(この記事が掲載されている「鉱物たちの庭」トップページはこちら)
素晴らしい見識に基づいた考察にただただ圧倒されます。
この曲を第1曲とした全6曲からなる『6つの歌』作品75は1810年にドイツのブライトコプフ&ヘルテル社とロンドンのムツィオ・クレメンティ社から出版されました。ブライトコプフ&ヘルテル社の楽譜は非常によく売れた為、1827年7月の発行時には第4版になっていたそうです。
ベートーヴェンはゲーテの詩の3つの連にほぼ同じ音楽を付けた変形有節形式で作曲しています。各節前半は基本的に穏やかな曲調に終始しますが、3行目でマイナーの響きを出し、変化をつけています。この3行目のピアノ右手は第3節のみオクターブになり、よりドラマティックな響きになります。5行目の「ご存じですか」と尋ねる箇所の歌の旋律がぐっと抑えた感じなのが引き込まれます。各節最後の2行"dahin(あそこへ)"から切迫感がぐっと増すのは後の作曲家たちにも踏襲されていますが、ベートーヴェンの影響というよりは詩を反映した結果なのかもしれません。歌声部は最終節の終わり直前の音価がより長くなり、終結感が出ています。
2/4拍子-6/8拍子
イ長調 (A-dur)
Ziemlich langsam (かなりゆっくりと)
ちなみに、以前にシューベルトの作曲した「ミニョン」の聞き比べ記事を書いた時に、他の作曲家による作品も掲載しましたので、よろしければこちらからご覧ください(削除された動画もありますが、YouTubeで検索すると他の演奏家の動画はヒットすると思います)。
●ナタリー・ペレス(MS), ジャン=ピエール・アルマンゴー(P)
Natalie Pérez(MS), Jean-Pierre Armengaud(P)
ペレスの少し陰のあるはかなげな美声はミニョンの悲劇を予感させます。
●アデーレ・シュトルテ(S), ヴァルター・オルベルツ(P)
Adele Stolte(S), Walter Olbertz(P)
シュトルテの可憐だけれど芯のある美声で歌われると、ミニョンの素直な感情がぐっと伝わってくるのを感じました。
●バーバラ・ヘンドリックス(S), ルーヴェ・デルヴィンゲル(P)
Barbara Hendricks(S), Love Derwinger(P)
早めのテンポで歌われるヘンドリックスの歌唱はいてもたってもいられないミニョンの焦りにも似た心情が感じられました。デルヴィンゲルもヘンドリックスの表現に応じて雄弁に演奏していました。
●アンナ・ハーゼ(MS), ノルベルト・グロー(P)
Anna Haase(MS), Norbert Groh(P)
ハーゼの落ち着いた声で聴くと、ミニョンが少し大人びて感じられます。ピアノ共々感情の起伏をはっきりと打ち出した演奏でした。
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(参考)
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コメント
フランツさん、こんばんは。
今日は、ベートーベンの受洗記念日なのですね!
今回も、詳しい解説と共に歌曲のご紹介をありがとうございます。
解説もじっくり読み、聞き比べてまたコメントしますね(*^^*)
投稿: 真子 | 2021年12月17日 (金曜日) 21時16分
真子さん、こんばんは。
いつも有難うございます。
暮れのお忙しい時期ですから、お時間の出来た時にでもご覧いただければ幸いです。
くれぐれもご無理のないようにして下さいね。
投稿: フランツ | 2021年12月18日 (土曜日) 19時24分