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ベートーヴェン「ゲーテのファウストから(のみの歌)(Aus Goethe's Faust, Op. 75, No. 3)」

Aus Goethe's Faust, Op. 75, No. 3
 ゲーテのファウストから(のみの歌)

1.
Es war einmal ein König,
Der hatt' einen großen Floh,
Den liebt' er gar nicht wenig,
Als wie seinen eig'nen Sohn.
Da rief er seinen Schneider,
Der Schneider kam heran;
"Da, miß dem Junker Kleider
Und miß ihm Hosen an!"
 昔あるところに王様がおった、
 王は一匹の大きなのみを飼っており、
 かなりの溺愛ぶりだった、
 まるで自分の息子のように。
 王は仕立屋を呼び、
 仕立屋がやって来た。
 「この子の服と
 ズボンの寸法をとるように!」

2.
In Sammet und in Seide
War er nun angetan,
Hatte Bänder auf dem Kleide,
Hatt' auch ein Kreuz daran,
Und war sogleich Minister,
Und hatt einen großen Stern.
Da wurden seine Geschwister
Bei Hof auch große Herrn.
 ビロードと絹に
 のみは身をつつみ、
 服の上にはリボンが付けられ、
 十字勲章もかけられ、
 ただちに大臣になり、
 大きな星形勲章を得た。
 彼の兄弟たちも
 宮廷でやんごとなき身分となった。

3.
Und Herrn und Frau'n am Hofe,
Die waren sehr geplagt,
Die Königin und die Zofe
Gestochen und genagt,
Und durften sie nicht knicken,
Und weg sie jucken nicht.
Wir knicken und ersticken
Doch gleich, wenn einer sticht.
 それから宮廷にいる紳士淑女たちは
 大層苦しんだ、
 女王や侍女は
 刺されてかじられても
 潰してはならず
 かゆくてもどかすことが出来なかった。
 俺たちゃ潰して殺すまでさ、
 刺されたりしたら速攻でね。

詩:Johann Wolfgang von Goethe (1749-1832), appears in Faust, in Der Tragödie erster Teil (Part I)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827), "Aus Goethe's Faust", op. 75 no. 3 (1809)

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1790年から1792年の間にスケッチが書かれ、それを基に1809年に改訂されたのがOp.75-3の「ゲーテのファウストから」、通称「のみの歌(Flohlied)」です。
Op.75の3曲目に配置されました。

ゲーテの戯曲『ファウスト』第1部の「ライプツィヒのアウエルバッハの酒場」でメフィストフェレスが挨拶がてら歌う歌です。

王様が1匹ののみを寵愛するあまり、立派な服を仕立て、立派な地位を与えた為、まわりのお偉方は刺されてかゆくてものみをつぶすことが出来ない、
でも一般人の俺たちなら一発で仕留める
という内容です。

以下に森鴎外の訳を載せておきます(下記ブランデルの台詞は「のみの歌」の詩からは省かれています)。森鴎外の訳では「ライプチヒなるアウエルバハの窖(あなぐら)」の一場面です。


メフィストフェレス(歌ふ。)
昔昔王がいた。
大きな蚤を持っていた。
自分の生ませた子のように
可哀がって飼っていた。
ある時服屋を呼んで来た。
服屋が早速遣って来た。
「この若殿の召すような
上衣うわぎとずぼんの寸を取れ。」

ブランデル
服屋に好くそう云わなくちゃいけないぜ。
寸尺を間違えないようにして、
笠の台が惜しけりゃあ、
ずぼんに襞ひだの出来ないようにするのだ。

メフィストフェレス
天鵞絨為立じたて、絹仕立、
仕立卸おろしを著こなした。
上衣にゃ紐が附いている。
十字章さえ下げてある。
すぐ大臣を言い附かる。
大きな勲章をぶら下げる。
兄弟までも宮中で
立派なお役にあり附いた。

文官武官貴夫人が
参内すれば責められる。
お后きさきさまでも宮女でも
ちくちく螫さされる、かじられる。
押さえてぶつりと潰したり、
掻いたりしては相成らぬ。
己達ならば蚤なぞが
ちょぴりと螫せばすぐ潰す。

合唱者(歓呼する如く。)
己達ならば蚤なぞが
ちょぴりと螫せばすぐ潰す。


最後の2行は酒場で先導する者が歌った後でその場にいる者たちが繰り返して歌うという設定ですね。これはベートーヴェンやヴァーグナーの楽譜にも忠実に取り入れられています。

ゲーテの詩では特に第3連で"gestochen"、"knicken"、"jucken"、"ersticken"のようなつまる音を多用してノミの跳ねる様と響きでリンクさせているように感じられます。

ベートーヴェンの曲は、詩の3連を有節形式で繰り返した後に、第3節の最後の2行をコーダのように何度も変化を付けながら繰り返して終結に向かいます。コーダ(ベートーヴェンはコーダとは記載していませんが便宜上)に入る直前の繰り返し箇所に"Chor"と記載され、合唱で歌うように指示されています。ここは合唱団がいる場合は実際に歌われることもありますが、歌手のリサイタルなどでは独唱で最後まで歌われることが多いです。

この最後の2行は歌の旋律に当てはめる為に単語の追加がされていますが、"doch"や"gleich"を繰り返すだけでなく、例の"ja"を追加しているところがありベートーヴェンの常とう手段と言えるでしょう。

ピアノパートで細かい音型やスタッカート、跳躍、装飾音符などを使って、のみが飛び回る様を描写しています。

ピアノ後奏の右手の隣り合う2つの音の連続で、ベートーヴェンは両方とも1の指番号を指定しています(下記楽譜参照)。つまり親指だけで2音をずらして弾くことで、のみを潰す様を模しているわけです(移調して演奏する場合は難しいかもしれませんが)。こういうところはベートーヴェンのユーモアが発揮されていますね。

ところで、F=ディースカウやプライ、シュライアー等の録音を聞いた後に最近の録音を聞くと、最後の1フレーズが"wenn einer sticht"ではなく"sticht(刺す)"を伸ばす演奏が多いことに気付きます。
楽譜ではどうなっているのか確認すると、旧全集では"wenn einer sticht"が記されていて、F=ディースカウらの演奏がこの版を元にしていることが分かります。
一方新全集では"sticht"を伸ばして"sti- - - - -cht"(シュティッ・イッ・イッ・イッ・イーヒトゥ)となっています。
この歌曲の自筆譜や初版楽譜を確認してみると新全集同様"sticht"を伸ばす形だった為、ベートーヴェンの意図を反映したのはこの新全集版ということになりそうです。
なぜ旧全集で"wenn einer sticht"を当てはめたのかについては今のところ調べがついていませんが、何らかの編纂者の解釈が反映されているのでしょう。

2/4拍子
ト短調 (g-moll)
Poco Allegretto

ちなみにこのゲーテの詩のロシア語訳に作曲したムソルクスキーの「のみの歌」も大変よく知られていて、往年の伝説的バス歌手のフョードル・シャリヤピン(Фёдор Ива́нович Шаля́пин: 1873-1938)(料理の名前にも残っていますね)が得意としたことは有名です。

★自筆譜(楽譜をクリックすると拡大表示されます)
Autograph
Flohlied_3a
Flohlied_3b

★ライプツィヒ1810年出版の初版(Breitkopf und Härtel社)(※新全集もこの形を採用している)(楽譜をクリックすると拡大表示されます)
Leipzig: Breitkopf & Härtel, n.d.[1810]
Flohlied_1

★ライプツィヒ1863年出版の旧全集(Breitkopf und Härtel社)(楽譜をクリックすると拡大表示されます)
Ludwig van Beethovens Werke, Serie 23: Lieder und Gesänge mit Begleitung des Pianoforte, Nr.219
Leipzig: Breitkopf und Härtel, n.d.[n.d.[1863]]
Flohlied_2

2/4拍子
ト短調 (g-moll)
Poco Allegretto

ちなみにこのゲーテの詩のロシア語訳に作曲したムソルクスキーの「のみの歌」も大変よく知られていて、往年の伝説的バス歌手のフョードル・シャリヤピン(Фёдор Ива́нович Шаля́пин: 1873-1938)(ステーキの名前にも残っていますね)が得意としたことは有名です。

●アウエルバッハ酒場の場面の芝居
Faust Auerbachs Keller

ゲーテの戯曲からアウエルバッハ酒場の場面を演じています。4:16から歌が始まります。ところどころベートーヴェンの歌曲と節回しが共通していますが、全体的には創作だと思います。お芝居の雰囲気が伝わってくるので最初から見るのも面白いと思います。

●ヴァルター・ベリー(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Walter Berry(BR), Gerald Moore(P)

パパゲーノを得意とした往年の名バリトン、ヴァルター・ベリーのコミカルな味わいが隅々まで味わえる楽しい演奏です。最後の速度をあげていくところも爽快ですね。そして最後の2行のコーラス箇所をお聞き逃しなく!!

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Gerald Moore(P)

F=ディースカウがこの手のシニカルな作品へ絶妙な適性をもっていることはこの映像を見るまでもなく明らかなのですが、歌っている表情がまさに舞台俳優のようで、視覚でも楽しませてくれました。そしてムーアはこの曲の後奏でベートーヴェンの指示通り、右手の親指のみで隣り合った音を弾き、のみを潰していました!

●イアン・ボストリッジ(T), アントニオ・パッパーノ(P)
Ian Bostridge(T), Antonio Pappano(P)

こういうシニカルな歌を歌ったらボストリッジは見事ですね。斜に構えた持ち味が存分に生かされていたと思います。指揮者はどうしてリートの演奏がうまい人が多いのでしょう。パッパーノのピアノ、素晴らしかったです!

●ヘルマン・プライ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Hermann Prey(BR), Gerald Moore(P)

プライは、この初期の録音でいつも以上に"r"の巻き舌を強調しています。それによりゲーテがこの皮肉な詩に"r"のつく単語を多く使っているのが偶然ではないように思えてきます。

●ヘルマン・プライ(BR), ハインリヒ・シュッツ・クライス・ベルリン, レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Heinrich Schütz Kreis, Berlin, Leonard Hokanson(P)

こちらは合唱も交えて、ベートーヴェンの指定に忠実な演奏です(プライもコーラス箇所で合唱団の一員のように一緒に歌っています)。プライはムーア盤の時よりも脱力してより自然にシニカルな味わいを醸し出していました。

●ペーター・シュライアー(T) & アンドラーシュ・シフ(P)
Peter Schreier(T) & András Schiff(P)

シュライアーはゆっくりめのテンポでもったいぶったように歌っています。円熟期のシュライアーらしい朗誦に近づいた歌唱で、苦み走った表情で歌っているのが目に浮かぶようです。

●ショスタコーヴィチによるオーケストラ編曲版(演奏者不明)
Dmitri Shostakovich MEPHISTOPHELES SONG OF THE FLEA BY BEETHOVEN, ORCHESTRAL TRANSCRIPTION OP. 75 NO. 3

ショスタコーヴィチが原曲のピアノパートを華麗にオーケストレーションしました。ロシア語で低声歌手によって歌われると、ムソルクスキーの「のみの歌」の味わいに近づきますね。

●ヴァーグナー作曲「メフィストフェレスの歌Ⅰ」
Richard Wagner: Lied des Mephistopheles I
トマス・ハンプソン(BR), ジェフリー・パーソンズ(P)
Thomas Hampson(BR), Geoffrey Parsons(P)

若きヴァーグナーがゲーテの『ファウスト』の中のテキストから7つの歌曲を作曲したうちの4曲目に置かれています。ピアノパートの急速な短いパッセージなど明らかにベートーヴェンの影響を受けていると言えるでしょう。なお、ベートーヴェン同様ヴァーグナーも最後の2行で独唱の後に"Chor"と記載していて合唱で歌うようになっています。ハンプソンのディクションの見事さ、パーソンズのみずみずしいタッチも聞きものです。

●ムソルクスキー作曲「アウエルバッハの酒場でのメフィストフェレスの歌(のみの歌)」
Modest Mussorgsky: The song of the flea (Песня Мефистофеля в погребке Ауербаха) (Песня о блохе)
フョードル・シャリヤピン(BS), ピアニスト不詳
Feodor Chaliapin(BS), Pianist (Recorded 1936)

ムソルクスキー作曲の「のみの歌」は朗誦のような趣があります。ロシアの名バス歌手シャリヤピンの十八番の一つです。最後の笑い声はシャリヤピンの別の録音とも異なり、その時々の違いを聞き比べるのも楽しいと思います。

●ブゾーニ作曲「メフィストフェレスの歌」
Ferruccio Busoni: Lied des Mephistopheles
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P) (Studio recording, Berlin, V.1964)

フェルッチョ・ブゾーニの曲は絶えず上下に行き来するピアノパートがのみの跳躍や掻かれた人がぽりぽり掻いているさまを描いているように感じられ、歌手は冷静な第三者のように状況を伝えます。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

6つの歌(ゲザング)第3曲:蚤の歌――ゲーテの詩の音楽化構想はボン時代から

IMSLP (楽譜のダウンロード)

青空文庫:ファウスト(森鴎外訳)

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ベートーヴェン「新しい愛、新しい生気(Neue Liebe, neues Leben, Op. 75, No. 2 (1. version: WoO 127))」

Neue Liebe, neues Leben, Op. 75, No. 2 (1. version: WoO. 127)
 新しい愛、新しい生気

1.
Herz, mein Herz, was soll das geben?
Was bedränget dich so sehr?
Welch ein fremdes neues Leben!
Ich erkenne dich nicht mehr.
Weg ist Alles, was du liebtest,
Weg warum du dich betrübtest,
Weg dein Fleiß und deine Ruh' -
Ach wie kamst du nur dazu!
 心よ、わが心、こんなことがあるというのか?
 そんなにひどく何に悩まされているのだ?
 なんともなじみのない新しい生気だ!
 私はもはやおまえが分からない。
 おまえが愛したものはすべて去り、
 おまえが悲しむ理由も去り、
 おまえの勤勉さも平安も去った、
 ああ、どうやって来たのか!

2.
Fesselt dich die Jugendblüte,
Diese liebliche Gestalt,
Dieser Blick voll Treu' und Güte,
Mit unendlicher Gewalt?
Will ich rasch mich ihr entziehen,
Mich ermannen, ihr entfliehen,
Führet mich im Augenblick
Ach mein Weg zu ihr zurück.
 若い盛りの花がおまえを縛り付けたのか、
 この愛らしい姿が、
 誠実で親切なこの眼差しが、
 計り知れない力で?
 私がすばやく彼女から逃れて、
 勇気を出して、彼女から逃げようとすると
 道はすぐに戻ってしまうのだ、
 ああ彼女のもとに。

3.
Und an diesem Zauberfädchen,
Das sich nicht zerreißen läßt,
Hält das liebe lose Mädchen,
Mich so wider Willen fest;
Muß in ihrem Zauberkreise
Leben nun auf ihre Weise.
Die Verändrung ach wie groß!
Liebe! Liebe! laß mich los!
 そして、ちぎれない
 この魔法の糸で
 このいとしいはすっぱ娘は
 私を心ならずも取り押さえる。
 彼女の魔力の圏内で
 彼女のやり方で今や生きていかなければならない。
 この変わりようの、ああ、なんと大きいことか!
 愛よ!愛!私を解放しておくれ!

詩:Johann Wolfgang von Goethe (1749-1832), "Neue Liebe, neues Leben", written 1775, first published 1775
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827), "Neue Liebe, neues Leben", op. 75 no. 2 (1809), "Neue Liebe, neues Leben", WoO 127 (1798)

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ゲーテの詩「新しい愛、新しい生気(Neue Liebe, neues Leben)」は愛を知った若者がこれまで馴染みのなかったような心の変わりように驚き、最後にはこれほど苦しむのなら解放してくれと懇願します(文字通りの意味ではなく、女性を愛したことによってすべてが変わってしまったことを表現しているのだと思います)。

このゲーテの詩にベートーヴェンは1798年終わりに第1稿(WoO. 127)を作曲し、それを基に1809年に改訂したのがOp.75-2の第2稿です。時折この2つの稿はあたかも全く別の曲であるかのように扱われることがありますが、実際には同じ曲のバージョン違いです。

第1稿ですでに楽想はほぼ完成しているように思いますが、最終稿ではより推進力を増し、簡潔で引き締まったように感じられます。両者とも詩の第1連(A)から第2連(B)まで進むと、ほぼ同じ音楽を再度繰り返します。最後の第3連(C)はコーダのように終結へ向かいます。

愛を知った男性の心が全く変わってしまった状況を常にどきどき鼓動を打っているようなピアノパートにのせて生き生きと歌っています。ベートーヴェンが歌曲のような小規模な作品でもかなりの年月をかけて推敲を重ねた軌跡を知ることの出来るよい例だと思います。

【第1稿(WoO. 127)】
6/8拍子
ハ長調 (C-dur)
Agitato
A-B-A'-B'-C

【第2稿(Op.75-2)】
6/8拍子
ハ長調 (C-dur)
Lebhaft, doch nicht zu sehr (生き生きと、しかし極端になりすぎないように)
A-B-A-B-C

●詩の朗読(フリッツ・シュターフェンハーゲン(朗読))
Johann Wolfgang Goethe „Neue Liebe, neues Leben" II
Rezitation: Fritz Stavenhagen

渋みのある大人の愛という印象を受けました。素晴らしい朗読でした!

●詩の朗読(フローリアン・フリードリヒ(朗読))
Johann Wolfgang von Goethe: NEUES LIEBE, NEUES LEBEN (Lesung) (Florian Friedrich)

こちらは現在進行形の若者の愛のようです。起伏が大きく若者らしい感情表現が感じられました。

●【第1稿(WoO. 127)】
ライナー・トロースト(T), ベルナデッテ・バルトス(P)
Rainer Trost(T), Bernadette Bartos(P)

第1稿は演奏される機会が少ないので、普段頻繁に聴くことの出来る最終稿との違いを感じることが出来ると思います。トローストはかなり速めのテンポをとり主人公の焦燥感を見事に表現していると思います。明確なディクションと美声も素晴らしかったです。

●【第1稿(WoO. 127)】
ペーター・マウス(T), ハンス・ヒルスドルフ(P)
Peter Maus(T), Hans Hilsdorf(P)

第1稿の楽譜が表示されます。マウスの訴えかけてくる歌声は素晴らしかったです。

●【第1稿(WoO. 127)】
フローリアン・プライ(BR), ノルベルト・グロー(P)
Florian Prey(BR), Norbert Groh(P)

フローリアンが歌うと気品が漂います。彼の大きな持ち味なのでしょうね。

●【第2稿(Op.75-2)】
ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

シュライアーは清潔感がありながら、めりはりもありディクションも美しく素晴らしいです!

●【第2稿(Op.75-2)】
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Gerald Moore(P)

長年の名コンビ、F=ディースカウとムーアによるスタジオでの映像を見ることが出来ます(若干映像と音がずれていますが)。F=ディースカウは歯切れのよい曲との相性が抜群です。ムーアの細かいパッセージの粒立ちの美しさに聞き惚れます。

●【第2稿(Op.75-2)】
ヘルマン・プライ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Hermann Prey(BR), Gerald Moore(P)

プライは何種類もベートーヴェン歌曲を録音していますが、この若者の焦燥感を歌った作品には初期の歌唱がとりわけみずみずしく魅力的に感じられます。最初のうちは鼓動に戸惑っているような歌いぶりだったのが、最後は若さみなぎる高揚が聞かれます。

●【第2稿(Op.75-2)】
エリーザベト・シュヴァルツコプフ(S), エトヴィン・フィッシャー(P)
Elisabeth Schwarzkopf(S), Edwin Fischer(P)

1954年放送録音。シュヴァルツコプフにとって珍しいレパートリーではないかと思います。彼女らしく言葉を大切にしつつも曲の推進力も失わない名人芸です。最後から2行目(Die Verändrung ach wie groß!)で少しテンポを落として強調しているのが彼女らしいなぁと思いました。

●ツェルター作曲「新しい愛、新しい生気」
Carl Friedrich Zelter (1758-): Sämtliche Lieder, Balladen und Romanzen, Z. 124, Book 4: No. 3, Neue Liebe, neues Leben
ヘルマン・プライ(BR), カール・エンゲル(P)
Hermann Prey(BR), Karl Engel(P)

有節形式。詩のリズムを生かしたツェルターらしい曲だと思います。温もりが感じられるプライの歌唱が心地よいです。

●シュポーア作曲「新しい愛、新しい生気」
Louis Spohr (1784-1859): Neue Liebe, neues Leben, WoO 127
ユディト・エルプ(S), ドリアナ・チャカロヴァ(P)
Judith Erb(S), Doriana Tchakarova(P)

シュポーアの曲は基本的に穏やかで抒情的な雰囲気ですが、最後の1行で上昇して盛り上がって終わります。

●ファニー・ヘンゼル=メンデルスゾーン作曲「新しい愛、新しい生気」
Fanny Hensel-Mendelssohn (1805-1847): Neue Liebe, neues Leben
トビアス・ベルント(BR), アレクサンダー・フライシャー(P)
Tobias Berndt(BR), Alexander Fleischer(P)

通作形式ですが、各節ごとのまとまりを意識した音楽で、冒頭の音楽が最後に回帰します。全体的に穏やかで、御しがたい鼓動への焦燥感よりも、どきどきしている状況を素直に受け入れて喜んでいるように感じられます。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn (Op. 75, No. 2)

Beethoven-Haus Bonn (WoO. 127)

6つの歌(ゲザング)第2曲「新しい恋、新しい生」——ゲーテの恋のときめきや悩みを歌う(平野昭)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

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クリスマスに寄せて:ヴォルフ「眠れる幼児イエス(Schlafendes Jesuskind)」他

Schlafendes Jesuskind
 眠れる幼児イエス

Sohn der Jungfrau, Himmelskind! am Boden
Auf dem Holz der Schmerzen eingeschlafen,
Das der fromme Meister, sinnvoll spielend,
Deinen leichten Träumen unterlegte;
Blume du, noch in der Knospe dämmernd
Eingehüllt die Herrlichkeit des Vaters!
O wer sehen könnte, welche Bilder
Hinter dieser Stirne, diesen schwarzen
Wimpern sich in sanftem Wechsel malen!
 処女マリアの息子、天の寵児よ!地上の
 苦悩の木の上で眠り込んでいる、
 その木は敬虔な画伯が、意味をこめて
 御身の軽やかな夢に描き加えたものだ。
 花である御身よ、まだ夢うつつの蕾の中に
 父なる栄光を包み隠しておられる!
 ああ誰が知ることが出来よう、どのような姿が
 この額、この黒き
 まつげの裏に、穏やかに移り行きながら写し出されようとは!

詩:Eduard Mörike (1804-1875)
曲:Hugo Wolf (1860-1903)

Frohe Weihnachten!
ということでクリスマスに因んでヴォルフの歌曲集『メーリケの詩』から「眠れる幼児イエス」の音楽を共有します。原曲はもちろん歌とピアノという編成なのですが、クリスマスバージョンということで、マックス・レーガー編曲のオルガンバージョンを動画サイトからひっぱってきました。オルガンは音が減衰しない強みがありますね。このメーリケの詩の副題は「gemalt von Franc. Albani(フランチェスコ・アルバーニによって描かれた)」とあります。メーリケが言及したアルバーニの絵の可能性の一つとしてこちらのリンク先の絵をご覧ください。幼児イエスは「苦悩の木」つまり後の十字架の上ですやすや眠っているのです。

Hugo Wolf (arr. Max Reger): Gedichte von Eduard Mörike: No. 25. Schlafendes Jesuskind
Susanne Bernhard(S), Harald Feller(organ)

今年はもう1曲、J.S.バッハ作曲『クリスマス・オラトリオ』BWV 248からソプラノとバスの二重唱「主よ、御身の憐み、御身の同情が」を掲載しますので、お楽しみください。

29. Arie (Duett)

Herr, dein Mitleid, dein Erbarmen
Tröstet uns und macht uns frei.
Deine holde Gunst und Liebe,
Deine wundersamen Triebe
Machen deine Vatertreu
Wieder neu.
 主よ、御身の憐み、御身の同情が
 私たちを慰め、私たちを自由にします。
 御身のいとしき好意と愛、
 御身の驚異的な衝動が
 御身の父への忠誠を
 再びあらたにするのです。

J.S.Bach: Weihnachtsoratorium, BWV 248: III, 6: "Herr, dein Mitleid, dein Erbarmen"
Elly Ameling(S), Hermann Prey(BR), Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks, Eugen Jochum(C)

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ベートーヴェン「ミニョン(Mignon, Op. 75, No. 1)」

Mignon, Op. 75, No. 1
 ミニョン

Kennst du das Land, wo die Zitronen blühn,
Im dunklen Laub die Gold-Orangen glühn,
Ein sanfter Wind vom blauen Himmel weht,
Die Myrte still und hoch der Lorbeer steht?
Kennst du es wohl?
Dahin! dahin
Möcht ich mit dir, o mein Geliebter, ziehn.
 あの国をご存知ですか、そこはレモンが花咲き、
 暗い葉の中に金色のオレンジが光り、
 青空からやさしい風が吹き、
 ミルテは静かに、そして月桂樹は高くそびえているのです。
 その国をご存知ですか。
 そこへ!そこへ
 あなたと行きたいのです、おお、私の恋人よ。

Kennst du das Haus? Auf Säulen ruht sein Dach.
Es glänzt der Saal, es schimmert das Gemach,
Und Marmorbilder stehn und sehn mich an:
Was hat man dir, du armes Kind, getan?
Kennst du es wohl?
Dahin! dahin
Möcht ich mit dir, o mein Beschützer, ziehn.
 あの家をご存知ですか。そこの屋根は円柱の上で安らいでいます。
 広間は光輝き、居間はほのかな明りを放ち、
 そして大理石像が立っており、私を見つめて
 「かわいそうな子よ、おまえは何をされたというのか」とたずねるのです。
 その家をご存知ですか。
 そこへ!そこへ
 あなたと行きたいのです、おお、私の保護者よ。

Kennst du den Berg und seinen Wolkensteg?
Das Maultier sucht im Nebel seinen Weg;
In Höhlen wohnt der Drachen alte Brut;
Es stürzt der Fels und über ihn die Flut!
Kennst du ihn wohl?
Dahin! dahin
Geht unser Weg! O Vater, laß uns ziehn!
 あの山とその雲のかかった通路をご存知ですか?
 らばは霧の中で道を探し求めます。
 洞穴には竜の古いやからが住んでいるのです。
 岩が落下し、その上を大水が覆っています!
 その山をご存知ですか。
 そこへ!そこへ
 私たちの道は向かうのです。おお、父上よ、行きましょう!

詩:Johann Wolfgang von Goethe (1749-1832), "Mignon", written 1784, appears in Wilhelm Meisters Lehrjahre, first published 1795
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827), "Mignon", op. 75 no. 1 (1809)

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本日(2021年12月17日)はベートーヴェンの洗礼日から251年目の記念日です。おそらく前日(12月16日)が誕生日だったのではないかと推測されています。ベートーヴェンの誕生日を祝いつつ、今日も新しい歌曲の聞き比べをしたいと思います。

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代(Wilhelm Meisters Lehrjahre)』第3巻第1章に登場する南国イタリアへの憧れをヴィルヘルムに訴えるミニョンの歌「あの国をご存知ですか(Kennst du das Land)」には多くの作曲家の創作意欲を刺激しましたが、ベートーヴェンは1809年に作曲しています。

このテキストについて、非常に綿密で詳細な考察をされた方のサイトをご紹介したいと思います。
ひま話  君よ知るや南の国 君よ知るやかの山を (2017.10.3)
(この記事が掲載されている「鉱物たちの庭」トップページはこちら)
素晴らしい見識に基づいた考察にただただ圧倒されます。

この曲を第1曲とした全6曲からなる『6つの歌』作品75は1810年にドイツのブライトコプフ&ヘルテル社とロンドンのムツィオ・クレメンティ社から出版されました。ブライトコプフ&ヘルテル社の楽譜は非常によく売れた為、1827年7月の発行時には第4版になっていたそうです。

ベートーヴェンはゲーテの詩の3つの連にほぼ同じ音楽を付けた変形有節形式で作曲しています。各節前半は基本的に穏やかな曲調に終始しますが、3行目でマイナーの響きを出し、変化をつけています。この3行目のピアノ右手は第3節のみオクターブになり、よりドラマティックな響きになります。5行目の「ご存じですか」と尋ねる箇所の歌の旋律がぐっと抑えた感じなのが引き込まれます。各節最後の2行"dahin(あそこへ)"から切迫感がぐっと増すのは後の作曲家たちにも踏襲されていますが、ベートーヴェンの影響というよりは詩を反映した結果なのかもしれません。歌声部は最終節の終わり直前の音価がより長くなり、終結感が出ています。

2/4拍子-6/8拍子
イ長調 (A-dur)
Ziemlich langsam (かなりゆっくりと)

ちなみに、以前にシューベルトの作曲した「ミニョン」の聞き比べ記事を書いた時に、他の作曲家による作品も掲載しましたので、よろしければこちらからご覧ください(削除された動画もありますが、YouTubeで検索すると他の演奏家の動画はヒットすると思います)。

●ナタリー・ペレス(MS), ジャン=ピエール・アルマンゴー(P)
Natalie Pérez(MS), Jean-Pierre Armengaud(P)

ペレスの少し陰のあるはかなげな美声はミニョンの悲劇を予感させます。

●アデーレ・シュトルテ(S), ヴァルター・オルベルツ(P)
Adele Stolte(S), Walter Olbertz(P)

シュトルテの可憐だけれど芯のある美声で歌われると、ミニョンの素直な感情がぐっと伝わってくるのを感じました。

●バーバラ・ヘンドリックス(S), ルーヴェ・デルヴィンゲル(P)
Barbara Hendricks(S), Love Derwinger(P)

早めのテンポで歌われるヘンドリックスの歌唱はいてもたってもいられないミニョンの焦りにも似た心情が感じられました。デルヴィンゲルもヘンドリックスの表現に応じて雄弁に演奏していました。

●アンナ・ハーゼ(MS), ノルベルト・グロー(P)
Anna Haase(MS), Norbert Groh(P)

ハーゼの落ち着いた声で聴くと、ミニョンが少し大人びて感じられます。ピアノ共々感情の起伏をはっきりと打ち出した演奏でした。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

「6つの歌(ゲザング)第1曲《ご存じですか、あの国を?》」——数十人が作曲したゲーテによる人気の詩

IMSLP (楽譜のダウンロード)

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歌曲の名手ジェフリー・パーソンズ(Geoffrey Parsons)による器楽曲演奏

ジェフリー・パーソンズ(Geoffrey Parsons: 15 June 1929, Sydney – 26 January 1995, London)といえば、エリーザベト・シュヴァルツコプフやゲルハルト・ヒュッシュ、ハンス・ホッター、ビクトリア・デ・ロサンヘレス、クリスタ・ルートヴィヒなどの往年の巨匠から、トマス・ハンプソン、オラフ・ベーア、ジェスィー・ノーマン、バーバラ・ボニーまで数えきれないほど多くの歌手たちから共演を求められた名ピアニストです。
私がパーソンズの実演を聴けたのはベーア数回とノーマン1回だけでしたが、特にベーアとの共演時にはその神業を目の当たりにしてただただ感銘を受けたことが懐かしく思い出されます。

●1977年アムステルダムでのエリーザベト・シュヴァルツコプフ・コンサートからの映像(ヴォルフ「ペンナに住んでいる恋人がいるの」)
Elisabeth Schwarzkopf.FILM. First Encore in Amsterdam.I have a Lover Living in Penna.Hugo Wolf.1977.
FILM of FIRST of three encores in Grote Zaal Concertgebouw,Amsterdam in 1977.
I HAVE A LOVER LIVING IN PENNA by Hugo Wolf.

チャンネル名:lochness11

そんなパーソンズですが、歌手だけでなく楽器奏者とも数多くの録音を残していることはあまり知られていないかもしれません。

動画サイトにいくつかアップされている貴重な音源をこちらにまとめてみます。
彼は技術がとても素晴らしいうえに、音がとてもきれいです。その響きの美しさは歌曲ピアニストの中でも筆頭にあげられるかもしれません。

それから動画サイトにはないのですが、Hyperionレーベルからピアニスト、レスリー・ハワードがリリースしたリストのピアノ曲全集の中で4手用の作品、「マイアベーアの歌劇『予言者』のコラール「アド・ノス、アド・サルタレム・ウンダム」による幻想曲ととフーガ S624」にパーソンズが参加しています(おそらくプリモがハワード、セコンドがパーソンズではないかと思われます)。伴奏者は独奏者よりも技術的に劣るといった昔からある偏見を覆すに足る超絶技巧を聞かせてくれます。こちらから一部は試聴できますので興味のある方はぜひ聴いてみてください。

●イェフディ・メニューヒンのマスタークラス映像
エルガー:ヴァイオリン協奏曲(デズモンド・ブラッドリー(VLN)、ジェフリー・パーソンズ(P))
Desmond Bradley plays excerpts from the Elgar Violin Concerto with Geoffrey Parsons in accompaniment

チャンネル名:Desmond Bradley Archive
Yehudi Menuhin masterclass 1965

●シューベルト:アルペッジョーネ・ソナタ(アマリリス・フレミング(VLC)、ジェフリー・パーソンズ(P))
Amaryllis Fleming: Schubert Arpeggione Sonata

チャンネル名:Thomas Conrad
Amaryllis Fleming and Geoffrey Parsons perform Franz Schubert's Arpeggione Sonata in a minor. Performed on Ms. Fleming's revived 5 string Amati violoncello piccolo. Recorded in 1977.

●ブラームス:チェロソナタ第1番ホ短調(アマリリス・フレミング(VLC)、ジェフリー・パーソンズ(P))
Amaryllis Fleming: Brahms Cello Sonata No 1 in e minor

チャンネル名:Thomas Conrad
Amaryllis Fleming and Geoffrey Parsons perform Johannes Brahms' first cello sonata, in e minor. Recorded in 1977.

●C.Ph.E.バッハ:4つのチェンバロのための協奏曲(マルコム&アヴェリング&パーソンズ&プレストン(Cembalo)他)
C.Ph.E.Bach. Concerto en fa pour 4 clavecins et orchestre.
(Adaptation, par Raymond Leppard, du Concerto pour 2 clavecins., et orchestre. W46).
George Malcolm, Valda Aveling, Geoffrey Parsons, Simon Preston, clavecins T.Goff.
The English Chamber Orchestra, dir: R.Leppard.
1967

チャンネル名:Robert Descombes

●パガニーニ(クライスラー編):鐘Op.7(イダ・ヘンデル(VLN)、ジェフリー・パーソンズ(P))
Ida Haendel - Paganini La Clochette (La Campanella), Op. 7 (Ed. Kreisler)

チャンネル名:Jaewook Ahn
Recorded September 1978, Abbey Road Studios, London

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ベートーヴェン「恋する男(Der Liebende, WoO. 139)」

Der Liebende, WoO. 139
 恋する男

1.
Welch ein wunderbares Leben,
Ein Gemisch von Schmerz und Lust,
Welch ein nie gefühltes Beben
Waltet jetzt in meiner Brust!
 なんと素晴らしい人生、
 苦しみと喜びが入り混じり、
 感じたことのない振動が
 今わが胸を支配していることか!

2.
Herz, mein Herz, was soll dies Pochen?
Deine Ruh' ist unterbrochen,
Sprich, was ist mit dir gescheh'n?
So hab' ich dich nie geseh'n!
 心よ、わが心よ、こんなにどきどきしてどうしたというのだ?
 おまえの憩いは妨げられた、
 なあ、いったいどうしてしまったのだ?
 こんなおまえは見たことがない!

3.
Hat dich nicht die Götterblume
Mit dem Hauch der Lieb' entglüht,
Sie, die in dem Heiligtume
Reiner Unschuld auf geblüht?
 神々の花(ドデカテオン)がおまえを
 愛の息吹で燃え上がらせたのではないのか、
 けがれのない無垢な聖域で
 咲いたこの花が?

4.
Ja, die schöne Himmelsblüte
Mit dem Zauberblick voll Güte
Hält mit einem Band mich fest,
Das sich nicht zerreissen läßt!
 そうだ、美しい天の花が
 魔法のように輝いて親切にも
 私をつかむ、
 引きちぎれることのない帯で!

5.
Oft will ich die Teure fliehen;
Tränen zittern dann im Blick,
Und der Liebe Geister ziehen
Auf der Stelle mich zurück.
 よく私はいとしい人を避けたくなる。
 涙が目の中で震え
 愛する精神は
 すぐに私からひっこんでしまう。

6.
Denn ihr pocht mit heißen Schlägen
Ewig dieses Herz entgegen,
Aber ach, sie fühlt es nicht,
Was mein Herz im Auge spricht!
 というのも彼女に向けて
 永遠にこの心は熱い鼓動を打つのだから、
 だが、ああ、彼女は感じないのだ、
 私の心が目で語るものを!

詩:Christian Ludwig Reissig (1784-1847)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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クリスティアン・ルートヴィヒ・ライスィヒの詩による歌曲「恋する男(Der Liebende, WoO. 139)」は、Beethoven-Haus Bonnの記載によると1809年秋-冬(Herbst-Winter 1809)の作曲とのことです。

ベートーヴェンは詩の2連をひとまとまりにした全3節の完全な有節歌曲として作曲しています。

恋を知った男性の、そうと気づかずに打ち続ける胸の鼓動に戸惑う様を、細かいピアノの分散和音にのせて歌っています。訳のわからない焦燥感と、無意識に思い浮かぶ恋の喜びが素晴らしく描かれていると思います。和声進行や後半の左手のバス音の畳みかけが楽しく、あっという間に過ぎ去ってしまいます。

ちなみに第3連に出てくるドデカテオン(die Götterblume)という花の写真がこのリンク先にあります。

6/8拍子
In leidenschaftlicher Bewegung (情熱的な動きで)
ニ長調(D-Dur)

●マティアス・ゲルネ(BR), ヤン・リシエツキ(P)
Matthias Goerne(BR), Jan Lisiecki(P)

ベートーヴェン・イヤーにこのコンビでベートーヴェン歌曲集が1枚録音されましたが、その中でおそらく唯一映像として公開されたものです。将来を期待されているピアニスト、リシエツキの疾走感とゲルネの前向きな表現が結びついて魅力的でした。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

この曲でのプライの芸達者ぶりに舌を巻きました!最初は大人の余裕を装っていたのが、最後で焦燥感があふれ出し、本心は戸惑っていることを見事に表現していたと思います。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

シュライアーはここでまっすぐな感情を前面に出して、純な主人公になりきって歌っています。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P)

F=ディースカウだったら雄弁に歌うだろうなという予測をいい意味で裏切る歌唱でした。焦燥感よりも第5連の「よく私はいとしい人を避けたくなる」という女性に対する弱気な感情を表現しているように感じました。

●フローリアン・プライ(BR), ノルベルト・グロー(P)
Florian Prey(BR), Norbert Groh(P)

この曲でもプライ親子競演が実現しました!フローリアンはためらいがちで少しおっとりした主人公を描いているように感じられました。父親より高めの声ですが、第1連の"Leben"や"Lust"などふとした時に父親の声質を受け継いでいるのが感じられますね。

●ソルフェージュ
Ex. 5-2: Der Liebende (WoO 139) by Ludwig van Beethoven (Bass/Movable-do)

チャンネル名:Singalong Solfege
歌いたい方は練習にいかがでしょうか。ただ聞いているだけでも楽しいです。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

「恋する男」——苦悩と歓喜が混ざり合う、心の震えを歌う(平野昭)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

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