ベートーヴェン「追想(Andenken, WoO. 136)」
Andenken, WoO. 136
追想
1:
Ich denke dein,
[Wenn]1 durch den Hain
Der Nachtigallen
Akkorde schallen!
[Wann]2 denkst du mein?
ぼくは君のことを考える、
林中を
さよなきどりの
和音が響きわたるときに!
君はいつぼくのことを考えるのだろう?
2:
Ich denke dein
Im Dämmerschein
Der Abendhelle
Am Schattenquelle!
Wo denkst du mein?
ぼくは君のことを考える、
夕映えの光で
薄暗くなった
日陰の泉のほとりで!
君はどこでぼくのことを考えるのだろう?
3:
Ich denke dein
Mit süßer Pein,
Mit bangem Sehnen
Und heißen Thränen!
Wie denkst du mein?
ぼくは君のことを考える、
甘い痛みを伴って、
不安なまま憧れを抱いて、
熱い涙を流しつつ!
君はどんなふうにぼくのことを考えるのだろう?
4:
[O denke mein,]3
Bis zum Verein
Auf besserm Sterne!
In jeder Ferne
Denk' ich nur dein!
おお、ぼくのことを考えておくれ、
もっと素敵な星で
一緒になるときまで!
遠くのどこにいても
ぼくはただ君のことだけを考えるよ!
詩:Friedrich von Matthisson (1761-1831), "Andenken", written 1792-93, first published 1802
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)
1 Matthisson (editions until 1803): "Wann"
2 Matthisson (editions after 1803): "Wenn"
3 Matthisson (Flora 1802): "Ich denke dein"
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フリードリヒ・フォン・マッティソンの詩による「追想」は4節からなり、恋人を思うシチュエーションについて熱烈な独白が続きます。この愛の詩にはベートーヴェンの他に若かりし頃のシューベルトやヴォルフも作曲しています。
ベートーヴェンは変形有節形式で作曲しました。作曲年代は、Beethoven-Haus Bonnによると1808年秋に完成(Abschluss Herbst 1808)とのことで、ベートーヴェン38歳直前頃ですね。
詩の第1連から第3連は同じ音楽が繰り返され、第4連でメロディが変わり後半の盛り上がりに向けて高揚していきその後軽快な雰囲気になります。再度第4連を同じ音楽で繰り返し、最後にコーダのように締めの音楽で"nur dein!(ただ君のことだけを!)"を繰り返し、ピアノの後奏でこのまま終わるかと思いきや再び"nur dein!"の詩句が最後に歌われて曲が終わります。"nur dein!"を繰り返す際に、ベートーヴェンの他の歌曲でもみられた"ja"が1か所追加されています。ここぞという時に追加するのでしょうね。
ピアノ前奏は歌のメロディを先取りします。明朗快活な歌の旋律は、このマッティソンの恋の詩を完全に肯定して、人生の春を謳歌している雰囲気です。各連最終行の「いつ」「どこで」「どのように」の疑問文でそれまでの流麗なピアノパートの分散和音の動きが止まり、歌声部は歌詞を繰り返し、今近くにいない恋人に呼びかけているかのようです。
6/8拍子
ニ長調(D-dur)
Andante con moto
●フリッツ・ヴンダーリヒ(T), ロルフ・ラインハルト(P)
Fritz Wunderlich(T), Rolf Reinhard(P)
1956年録音。ヴンダーリヒの湧き出るような美声に浸っているだけで幸せです。
●ジョン・マーク・エインスリー(T), イアン・バーンサイド(P)
John Mark Ainsley(T), Iain Burnside(P)
エインスリーの歌唱は真摯で誠実な人物像を表現しているように感じました。最後に装飾を加えて歌っています。バーンサイドの奏でる響きも美しいです。
●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)
シュライアーもオルベルツも折り目正しい演奏で、コントロールした中で繊細に感情を織り込んでいるように感じました。
●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)
円熟期のプライが歌うとゆったり余裕をもった大人の歌という感じです。ふっと力を抜いた時の声がいいですね。ホカンソンは前奏で他のピアニストが短前打音で弾いている箇所を長めに扱っているのが新鮮でした。
●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ヘルタ・クルスト(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Hertha Klust(P)
1951,1952年録音。20代のF=ディースカウの声のみずみずしさが感じられます。
●ハインリヒ・シュルスヌス(BS), ゼバスティアン・ペシュコ(P)
Heinrich Schlusnus(BS), Sebastian Peschko(P)
1938年録音。シュルスヌスのハイバリトンの甘い美声はとてもチャーミングです。
●アントニオ・サリエリ作曲:追憶
Antonio Salieri (1750-1825): Andenken
アネリー・ゾフィー・ミュラー(S), ウルリヒ・アイゼンローア(P)
Annelie Sophie Müller(S), Ulrich Eisenlohr(P)
シューベルトの師匠でもあったサリエリですが、彼自身がドイツ語の詩に曲を付けていたとは知りませんでした。鍵盤楽器は装飾音符で華やいでいて、歌声部は歌曲というよりアリアですね。
●シューベルト作曲:追憶D 99(第1作)
Schubert: Andenken, D 99
トーマス・バウアー(BR), ウルリヒ・アイゼンローア(Fortepiano)
Thomas Bauer(BR), Ulrich Eisenlohr(Fortepiano)
シューベルトはこの詩に2回作曲していて、その第1作は独唱曲です。ベートーヴェン同様爽やかで生き生きとした魅力的な作品です。
●シューベルト作曲:追憶D 423(第2作)
Schubert: Andenken, D 423
アルノルト・シェーンベルク合唱団
Arnold Schönberg Choir
シューベルトによる第2作は無伴奏男声合唱用に作曲されました。各連の歌詞をまるまる繰り返して(音楽は異なります)1節とした4節からなる完全な有節形式の合唱曲です。繰り返した際に急速なメリスマが続く箇所が印象的でした。独唱曲とは全く異なる曲想なのが興味深いところです。
●ヴェーバー作曲:君を想う!Op. 66-3
Weber: Ich denke dein!, Op. 66-3
マーティン・ヒル(T), クリストファー・ホグウッド(P)
Martyn Hill(T), Christopher Hogwood(P)
ヴェーバーはギター伴奏歌曲が比較的知られていますが、愛らしいピアノ伴奏歌曲も少なからず書いています。このヴェーバーの作品は各連を異なるキャラクターで描き、あたかも起承転結のように展開していくところが面白いです。
●ヴォルフ作曲:追憶
Wolf: Andenken
メアリー・ベヴァン(S), ショルト・カイノホ(P)
Mary Bevan(S), Sholto Kynoch(P)
難解と言われがちなヴォルフですが、初期にはこんなに初々しく親しみやすい曲を作っていたのです。第4連に重きを置いているのは他の多くの作曲家同様ですが、長めのピアノ後奏が主人公の気持ちの余韻を表現しているかのようです。
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(参考)
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コメント
フランツさん、こんばんは。
甘く憧れに満ちた素敵な歌曲ですね。
歌曲集「遥かなる恋人に寄せて」を、連想しました。
「Nachtigallen」を「さよなきどり」と訳されたの、素敵ですね。優しく柔らかい日本語が、ロマンをかきたててくれるようです。ひらかななのがまたいいですね(*^^*)
ヴンダーリヒの甘い声、歌い口。
「甘い痛み」を歌うのに、これほどピッタリな歌手はいないように思います。
エインスリーは、一途な青年を思わせますね。同じベートーベンの「君を愛す」の、清潔な愛の歌と重なるように思いました。彼の声もとても好きです。
語り口が勝つこともあるシュライヤーですが、ここでは抒情的に歌っていますね。日頃はお堅い学者が恋に落ちたような、そんな気がしました。
ここで、一度送信しますね。
投稿: 真子 | 2021年11月 5日 (金曜日) 19時51分
真子さん、こんばんは。
魅力的な歌ですよね。
離れた恋人に向けた歌ですので、確かに『遥かなる恋人に寄せて』と似た内容ですね!
"Nachtigall"はナイチンゲールとして親しまれていますが、日本には生息しない鳥ながら和名がありましたので、その訳を柔らかい印象のひらがなで表記してみました。この名前、ロマンティックですよね。
ヴンダーリヒの甘美な声、確かに「甘い痛み」という歌詞が現実味をもって伝わってきます。
エインスリーの声、いいですよね。誠実で実直な感じがして私も好きです。
シュライアーは律儀な歌いぶりがこういう曲でもいい味を出していると思います。
投稿: フランツ | 2021年11月 6日 (土曜日) 19時37分
フランツさん、こんにちは。
プライさんは、過ぎ去った青春の日を回顧しているような懐かしさを感じました。
ディースカウさんの若い声、いいですね。若い時にしかできない、自分の声を信じきった声に酔った歌を、歌ってもいいように思いますね。
シュルスヌルは、プライさんのお母様が大好きで、いつも聞いておられたそうです。
「あなたも歌手になるなら、シュルスヌルのようにならなきゃね」と、若くして亡くなられたお母様は、よく仰ってたそうです。
投稿: 真子 | 2021年11月 9日 (火曜日) 11時03分
フランツさん、こんにちは。
プライさんは、過ぎ去った青春の日を回顧しているような懐かしさを感じました。
ディースカウさんの若い声、いいですね。若い時にしかできない、自分の声を信じきった声に酔った歌を、歌ってもいいように思いますね。
シュルスヌルは、プライさんのお母様が大好きで、いつも聞いておられたそうです。
「あなたも歌手になるなら、シュルスヌルのようにならなきゃね」と、若くして亡くなられたお母様は、よく仰ってたそうです。
投稿: 真子 | 2021年11月 9日 (火曜日) 11時03分
真子さん、こんばんは。
プライの歌はこの時期でなければ出せない味があっていいですよね。本当に回顧している感じがしますね。
F=ディースカウは若い頃そのみずみずしい歌声を前面に出していて、後年とは違った魅力があると思います。
シュルスヌスの歌を聴くと、プライは彼の系統の声だといつも思います。プライのお母様がお好きだったとのこと、息子さんの声に期待していたのかもしれませんね。
投稿: フランツ | 2021年11月 9日 (火曜日) 18時56分