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ベートーヴェン「異郷の若者(Der Jüngling in der Fremde, WoO. 138)」

Der Jüngling in der Fremde, WoO. 138
 異郷の若者

1.
Der Frühling entblühet dem Schoß der Natur,
Mit lachenden Blumen bestreut er die Flur:
Doch mir lacht vergebens das Tal und die Höh',
Es bleibt mir im Busen so bang' und so weh.
 春は自然のふところに花咲かせ、
 笑いかける花を野にふりかける。
 だが谷や丘は私に笑いかけても無駄だ、
 私の胸はこんなに不安でつらい。

2.
Begeisternder Frühling, du heilst nicht den Schmerz!
Das Leben zerdrückte mein fröhliches Herz
Ach, blüht wohl auf Erden für mich noch die Ruh',
So führ' mich dem Schosse der Himmlischen zu!
 感銘を与えてくれる春よ、あなたは苦痛を癒してはくれない!
 人生は私の陽気な心を押しつぶした。
 ああ、この世に私のための憩いがまだ花開くのならば
 天上のふところへ私を連れて行っておくれ!

3.
Ich suchte sie Morgens im blühenden Tal;
Hier tanzten die Quellen im purpurnen Strahl,
Und Liebe sang schmeichelnd im duftenden Grün,
Doch sah ich die lächelnde Ruhe nicht blüh'n.
 私は朝には彼女を花盛りの谷でさがした。
 ここでは泉が深紅の光の中踊っていて、
 愛は匂い立つ緑の中で甘えるように歌っていたが
 ほほえむ安らぎが花開くのは見られなかった。

4.
Da sucht' ich sie Mittags, auf Blumen gestreckt,
Im Schatten von fallenden Blüten bedeckt,
Ein kühlendes Lüftchen umfloß mein Gesicht,
Doch sah ich die schmeichelnde Ruhe hier nicht.
 私は昼間は花々の上に寝そべって彼女をさがした、
 落ちた花々に覆われた陰で、
 涼しい風が私の顔のまわりを吹いたが
 甘えるような安らぎはここには見当たらなかった。

5.
Nun sucht' ich sie Abends im einsamen Hain.
Die Nachtigall sang in die Stille hinein,
Und Luna durchstrahlte das Laubdach so schön,
Doch hab' ich auch hier meine Ruh' nicht geseh'n!
 私は夕方に寂しい林で彼女をさがした、
 さよなきどりが静寂の中歌っていた、
 そして月は広がった木の葉にかくも美しく光を照らしたが
 ここでも私の安らぎは見つからなかった。

6.
Ach Herz, dich erkennt ja der Jüngling nicht mehr!
Wie bist du so traurig, was schmerzt dich so sehr?
Dich quälet die Sehnsucht, gesteh' es mir nur,
Dich fesselt das Mädchen der heimischen Flur!
 ああ心よ、おまえのことがこの若者にはもう分からない!
 おまえはなんと悲しいことか、おまえをこれほどひどく苦しめるものは何か。
 おまえを苦しめるのは憧れだ、白状しなさい、
 故郷の野原にいる娘がおまえをとりこにしているのだ!

詩:Christian Ludwig Reissig (1784-1847)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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クリスティアン・ルートヴィヒ・ライスィヒの詩による「異郷の若者(Der Jüngling in der Fremde, WoO. 138)」は、Beethoven-Haus Bonnによると1809年秋から冬(Herbst-Winter 1809)に作曲されました。完全な有節歌曲です。

この曲は「遠くからの歌(Lied aus der Ferne)」の第1作(WoO138b)と同じ音楽が付けられています。「遠くからの歌」の最終形は別の音楽になった為、お蔵入りとなった音楽をこの詩に転用したということですね。詩の韻律と行数が一致していたことが幸いだったのでしょう。両曲は内容的に対になっていると思いますが、前作のテキストの前向きな感情に比べると、こちらは彼女と離れた若者の苦しみに焦点を当てているように思われます。従って、ベートーヴェンが転用した音楽の軽快で明るい曲調とずれが感じられますが、そこは演奏家たちの腕の見せ所でしょう。

3/8拍子
Etwas lebhaft, doch in einer mässig geschwinden Bewegung
変ロ長調(B-dur)

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

1,2,6節。清潔感のある丁寧な歌いぶりがこの主人公の青年の繊細な心情をイメージさせてくれます。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

1,2,3,6節。プライの味わい深い歌唱は、この若者に共感を寄せた第三者のように感じられます。各節終わりのピアノ後奏は少し端折っています(一番最後以外)。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P)

1,5節。F=ディースカウは最終節を省いたことにより、この若者の苦しみの原因を歌わずに終えることになります。種明かしをしないがゆえに聴き手への想像力に委ねたのかもしれませんね。長調の軽快な音楽にもかかわらず悲しみを表現するディースカウの歌はさすがでした。

●コンスタンティン・グラーフ・フォン・ヴァルダードルフ(BR), クリスティン・オーカーランド(P)
Constantin Graf von Walderdorff(BR), Kristin Okerlund(P)

1-6節。全部の節が歌われているので、第3~5節の朝・昼・晩に彼女をさがす様子が完全に明らかにされることになりますね。いつもながらヴァルダードルフは朴訥とした歌唱です。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

「異郷の若者」——余った旋律に歌詞を後付け!?(平野昭)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

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ベートーヴェン「遠くからの歌(Gesang (Lied) aus der Ferne, WoO. 137)」

Gesang (Lied) aus der Ferne, WoO. 137
 遠くからの歌

1.
Als mir noch die Träne der Sehnsucht nicht floß,
Und neidisch die Ferne nicht Liebchen verschloß,
Wie glich da mein Leben dem blühenden Kranz,
Dem Nachtigallwäldchen, voll Spiel und voll Tanz!
 私からまだ憧れの涙が流れず、
 遠方がねたんで恋人を閉じ込めたりしなかったころ、
 わが人生は花冠さながらに、
 さよなきどりの森さながらに、戯れとダンスに明け暮れていたものだ。

2.
Nun treibt mich oft Sehnsucht hinaus auf die Höhn,
Den Wunsch meines Herzens wo lächeln zu seh'n!
Hier sucht in der Gegend mein schmachtender Blick,
Doch kehret es nimmer befriedigt zurück.
 今や私をしばしば憧れが丘へと駆り立てる、
 わが心の望みがほほ笑むのを見ようとして!
 ここでわが思い焦がれたまなざしがあたりを探すが
 決して満たされないまま帰るのだ。

3.
Wie klopft es im Busen, als wärst du mir nah,
O komm, meine Holde, dein Jüngling ist da!
Ich opfre dir alles, was Gott mir verlieh,
Denn wie ich dich liebe, so liebt' ich noch nie!
 胸の中はどれほど脈打っていることか、君が僕のそばにいるかのように、
 おお、おいで、僕のいとしい人よ、君のものである若者はここにいるよ!
 神が僕に与えてくれたものはすべて君に捧げる、
 なぜなら僕が君を愛している以上に愛するものはまだないから。

4.
O Teure, komm eilig zum bräutlichen Tanz!
Ich pflege schon Rosen und Myrten zum Kranz.
Komm, zaubre mein Hüttchen zum Tempel der Ruh,
Zum Tempel der Wonne, die Göttin sei du!
 おお尊き人、急いで婚礼のダンスにおいで!
 僕はもう花冠にするためにばらやミルテの手入れをしているんだ。
 おいで、僕の小屋に魔法をかけて憩いの神殿に、
 歓喜の神殿にしておくれ、女神様は君であれ!

詩:Christian Ludwig Reissig (1784-1847)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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クリスティアン・ルートヴィヒ・ライスィヒの詩による歌曲「遠くからの歌(Gesang (Lied) aus der Ferne, WoO. 137)」はBeethoven-Haus Bonnのサイトによると1809年8月もしくは冬?(August 1809? Winter 1809?)の作曲とのことです。

冒頭の歌の旋律を先取りした長大なピアノ前奏が充実しています。歌は詩の展開に応じて異なる音楽が付けられていますが、第4連は第1連の音楽を引き継いで若干の変更や繰り返しを加えています(A-B-C-A')。基本的に推進力のある軽快な音楽ですが、第2連で駆り立てられるように丘に登る箇所では右手と左手が交互にリズムを刻み、第3連では胸がどきどきする様を模したかのように両手の交互のリズムがより細かくなり、テキストをベートーヴェンが音で表現しようとしていることがはっきり伝わってきます。第3連の最後に歌がメリスマで下降して、クライマックスの第4連へとつなげていくところなども印象的です。歌詞の繰り返しはこの曲でもかなり多いですが、繰り返しの仕方を見ると、詩の各連のまとまりを意識しているように感じられます。なお、この曲でもベートーヴェンによって"ja"という単語が追加されています(最後だけでなく曲の途中にも追加されています)。

この歌曲については、葛西健治氏の詳細な研究論文「ベートーヴェンの通作歌曲《Gesang aus der Ferne》WoO137─《Lied aus der Ferne》WoO138bとの比較分析─」が大変参考になります。こども教育宝仙大学のWebサイトで誰でも閲覧可能なのは非常に有難いです。こちらのサイトの「kiyou0602」をクリックするとPDFで論文を見ることが出来ます。

実はこの詩にはWoO. 137の前にベートーヴェンの生前には未出版だった第1作が作曲されていて、WoO. 138bという番号が当てられているようです。
第1作(WoO. 138b)は完全な有節歌曲であり、通節形式の第2作(WoO. 137)とは別の音楽です。
ただし、葛西氏は、第1作(WoO138b)と第2作(WoO137)を比較分析することにより、この2作が全く異なる試みというわけではなく、第1作の要素が第2作に引き継がれている点を見て取ることが出来る為、第1作は習作ではないかという結論に達しておられます。

それから、歌曲のタイトルについてはWoO. 137の自筆譜では「Lied」が「Gesang」に修正されている為、現在一般的に普及している「Lied aus der Ferne」よりも「Gesang aus der Ferne」がベートーヴェンの意図に近いと考えられています。LiedとGesangはどちらも歌という意味ですが、その使い分けについて上述の葛西氏の論文に記載がありますので興味のある方はぜひご覧ください。

ところで、この第1作(WoO. 138b)の音楽は、そっくりそのまま歌詞だけを変えて(詩人は同じライスィヒ)「異郷の若者(Der Jüngling in der Fremde, WoO. 138)」に流用されることになります。

下記の聞き比べでは、第2作のWoO. 137を中心に掲載していますが、最後に第1作のWoO. 138bの演奏も掲載しましたので、その比較も楽しんでいただければと思います。

6/8拍子 - 2/4拍子 - 6/8拍子
Andante vivace - Poco Allegretto - Poco Adagio - Allegretto vivace. Man nimmt jetzt die Bewegung lebhafter als das erstes Mal (ここでは最初の時より生き生きと動いて) - Poco Adagio - Temp I
変ロ長調(B-dur)

●ヴェルナー・ギューラ(T), クリストフ・ベルナー(Fortepiano)
Werner Güra(T), Christoph Berner(Fortepiano)

味のあるフォルテピアノの響きに支えられたギューラが明晰なディクションと清潔感のある歌で語って聞かせてくれます。

●ライナー・トロースト(T), ベルナデッテ・バルトス(P)
Rainer Trost(T), Bernadette Bartos(P)

トローストは凛々しい若者が希望に胸膨らませて歌うイメージが浮かびました。バルトスのピアノもみずみずしくて良かったです。

●ジョン・マーク・エインスリー(T), イアン・バーンサイド(P)
John Mark Ainsley(T), Iain Burnside(P)

比較的ゆったりしたテンポで細やかなニュアンスを付けて歌うエインスリーと、とても音楽的な演奏をするバーンサイドの素敵なアンサンブルでした。

●マティアス・ゲルネ(BR), ヤン・リシエツキ(P)
Matthias Goerne(BR), Jan Lisiecki(P)

ゲルネの深みのある声がリシエツキの若々しく疾走するピアノと見事な相乗効果を発揮していたと思います。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

噛みしめるように歌うプライの歌唱は、恋人との遠さが距離よりも時間的なものに感じられました。

●第1作(1809年作曲)
ダニエル・ヨハンセン(T), ベルナデッテ・バルトス(P)
Daniel Johannsen(T), Bernadette Bartos(P)

ベートーヴェンはこのライスィヒのテキストに最初はこの音源で聞ける有節形式の音楽を付けていたのですが、後年、上の様々な音源で聞けるような別の音楽に変えた為、この最初に付けた音楽を「異郷の若者(Der Jüngling in der Fremde, WoO. 138)」で再利用することになります。ヨハンセンは後の方の節では少し装飾を加えて歌っています。

上に掲載した演奏が多くなってしまったので今回は載せませんでしたが、ペーター・シュライアー&ヴァルター・オルベルツの微細なところまで目の届いた演奏や、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ&ヘルタ・クルストの若々しい息吹の感じられる演奏も特筆すべきだったことを補足しておきます。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

葛西健治「ベートーヴェンの通作歌曲《Gesang aus der Ferne》WoO137─《Lied aus der Ferne》WoO138bとの比較分析─」(こども教育宝仙大学紀要6巻:2015年発行)

「はるか遠くからの歌(第2稿)」——君こそ女神だ! と歌う長大な歌曲(平野昭)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

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ハンス・ホッター/1963年,1962年BBCリサイタル(ヴァルター・クリーン、ポール・ハンバーガー)&1976年『冬の旅』(ジェフリー・パーソンズ)

往年の名バスバリトン歌手ハンス・ホッター(Hans Hotter, 1909年1月19日 - 2003年12月6日)の音源がいろいろアップされていましたのでご紹介します!

ホッターはCDが出始める直前ぐらいからリートにはまった私にとってはまさにバイブル的存在でした。当時EMIの歌曲音源がSeraphimというレーベルから安価なシリーズで出ていたのですが、そのLPをお小遣いをやりくりして買っていた時のラインナップにホッターも含まれていました。
同じ曲とは思えないほど低く移調した版で歌われたホッターの声と歌唱はF=ディースカウやプライに慣れていた耳にとって最初は戸惑いの方が強かったのですが、徐々にその魅力にとりつかれ、はまっていきました。
こうして往年の演奏家をたまに思い出して、思い出にひたったりするのもいいでしょうし、若い方にはこんな歌手やピアニストがいたのかと知っていただけたら嬉しいです。

まずは1963年のBBCリサイタルですが、ホッター54歳という円熟期の歌唱が聞けます。
1曲ごとにアナウンサーの解説が入るので、今どの曲を歌っているか分かりやすいと思います。
ホッターのふかふかのカーペットのような包み込む声は独自のものです。現代の歌手ではゲルネが少し近いかもしれませんが、ゲルネとホッターを続けて聞くとやはり違いますね。

シューベルトのゲーテの詩による「湖上で, D 543」がホッターの歌唱で聞けるのは珍しいように思います。ホッターの詳細なディスコグラフィー(Recordings & Discography - Hans Hotter)にもこの曲の録音記録はありませんでした。

モーツァルト等の演奏で日本でもよく知られたオーストリアの名ピアニスト、ヴァルター・クリーン(Walter Klien, 1928年11月27日 - 1991年2月10日)は若かりし頃歌曲演奏も積極的に取り組んでいたようで、ホッターともR.シュトラウス歌曲集をリリースしていますが、ここでもドラマティックだったり繊細だったりと臨機応変な素晴らしいサポートを聞かせてくれます。

※ヴォルフの「さようなら」で若干雑音が入りますのでヘッドフォンでお聞きの方はご注意ください。

Hans Hotter BBC Lieder Recital 1964

チャンネル名:Mark Hood

ハンス・ホッターBBCリサイタル
ピアノ:ヴァルター・クリーン
録音:3 December 1963
放送:22 May 1964

シューベルト:
泉のほとりで, D 530
春に小川のほとりで, D 361
湖上で, D 543
ドナウ川の上で, D 553

ヴォルフ:『メーリケ歌曲集』より
狩人の歌
郷愁
さようなら
恋人に寄せて
飽くことのない愛

R. シュトラウス:
ああ辛い、俺は不幸な男
夜の散歩
恋人の天のベッドへ遣わされた天の使者
若者の誓い

HANS HOTTER BBC Recital
BBC THIRD PROGRAMME
recorded 3 December 1963
broadcast 22 May 1964
Piano Walter Klien

SCHUBERT:
An eine Quelle, D 530
Am Bach im Frühling, D 361
Auf dem See, D 543
Auf der Donau D 553

WOLF: Mörike Lieder
Jägerlied
Heimweh
Lebewohl
An die Geliebte
Nimmersatte Liebe

R. STRAUSS:
Ach weh mir unglückhaftem Mann, Op. 21 No. 4
Nachtgang, Op. 29 No. 3
Himmelsboten zu Liebchens Himmelbett, Op. 32 No. 5
Junggesellenschwur, Op. 49 No. 6

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上記の前年のBBCリサイタルでは、共演者がオーストリア生まれのイギリスのピアニスト、ポール・ハンバーガーで、プログラムは上記とヴォルフの2曲がかぶっています。
ヴォルフについてはお気に入りの曲を集めた感じですね。
ベートーヴェンの歌曲はホッターにとっては珍しいのではないでしょうか。

※最後の方、音質の歪みがありますのでご了承ください。

Hans Hotter BBC Lieder Recital 1962

チャンネル名:Mark Hood

ハンス・ホッターBBCリサイタル
ピアノ:ポール・ハンバーガー
録音:25 April 1962

ベートーヴェン:
この暗い墓の中で, WoO. 133
憧れ, WoO. 146
君を愛す, WoO. 123
悲しみの喜び, Op. 83
五月の歌, Op. 52-4

ヴォルフ:
散歩
飽くことのない愛
狩人の歌
君のブロンドの頭を上げてごらん
月はひどい嘆きをぶちまけた
セレナーデを奏でにやってまいりました
コフタの歌Ⅰ
コフタの歌Ⅱ

Hans Hotter BBC Lieder Recital 1962

BBC THIRD PROGRAMME
25 April 1962
Piano Paul Hamburger

BEETHOVEN
In questa tomba oscura
Sehnsucht
Ich lieb dich
Wonne der Wehmut
Mailied

WOLF
Fussreise
Nimmersatte Liebe
Jägerlied
Heb auf dein blondes Haupt
Der Mond hat ein schwere Klag erhoben
Ein Ständchen euch zu bringen
Cophtisches Lied I "Laßet Gelehrte sich zanken und streiten"
Cophtisches Lied II "Geh! Gehorche meinen Winken"

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次は1976年3月の『冬の旅』全曲です。
しかもピアノは名手ジェフリー・パーソンズ。
これも嬉しい録音です。
ホッター67歳の録音ということになりますが、もともと深い声の持ち主ですし、年齢はあまり気にならないように私には思えます。
細かい技巧的なところは若い頃とは違うのかもしれませんが、『冬の旅』を味わうのに支障はほとんどないように感じました。
「おやすみ」の最後の歌詞(gedacht)をホッターが長めに歌い続けるところは、後ろ髪を引かれる思いの主人公が眼前に浮かびました。

Hans Hotter Winterreise London 1976

チャンネル名:Mark Hood
演奏は2:40~

シューベルト:『冬の旅』全24曲
ライヴ録音:1976年3月, Fishmongers Hall, London
ハンス・ホッター(BSBR)
ジェフリー・パーソンズ(P)

Recorded live at the Fishmongers Hall in the City of London in March 1976.
Hans Hotter
Geoffrey Parsons Piano
Schubert Die Winterreisse.
Given in conjunction with a series of masterclasses in London.

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最後にヴェルディの歌劇『ドン・カルロ』の抜粋の映像もアップされていましたのでシェアします。ホッター・ファンの方だけでなくプライ・ファンの方にとってもお宝映像だと思います。プライとの映像は1960年代後半とのことです。

Hans Hotter - Verdi Don Carlo

チャンネル名:Mark Hood

Hans Hotter in Don Carlos

as King Philip II (sung in German)

1) "Ein wort noch.." ("Restate") with Hermann Prey (Posa)
2 )"Sie hat mir nie geliebt" ("Ella Giammai m'amo")

Taken from ZDF TV "Hermann Prey presents". ZDF late 1960s
No orchestra and conductor known. This is a great rarity with Hotter and Prey together, Hotter sang the role of Philip very rarely and only early in his career.

3) Grand Inquisitor Scene - Vienna State Opera
10 December 1978
Berislav Klobucar
with Simon Estes (Philip II)
Hotter sang the role of the Grand Inquisitor over 400 times during his career.
His interpretation here of the 90 years old Inquisitor is ideal.
As it should be. Hotter was approaching his 70th birthday at the time of this performance.

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エディタ・グルベロヴァ&ヘルタ・マジャロヴァ/1968年リサイタル映像

スロヴァキアのブラティスラヴァ出身の名ソプラノ歌手エディタ・グルベロヴァ(Edita Gruberová: 1946年12月23日 - 2021年10月18日)がチューリヒで亡くなりました。74歳とのことです。まだ亡くなるような年ではなく全く想像すらしていなかったので驚きました。ご冥福をお祈りいたします。ソース:Gramophone

彼女の生演奏は聴こうと思えば何度も聴けるチャンスはあったのですが、結局逸してしまい、今にして思えばとても残念です。彼女は歌曲もたくさん歌っていますが、本領はオペラにあると思っていたので、実演を聴くならばアリア集がいいのではと思いながら結局行かずじまいでした。

いろいろ動画や音源を検索していたところ、彼女の22歳頃の貴重な映像がありましたのでこちらに転載させていただきます。歌曲(もとはアリアのものも含みますが)ばかり7曲歌っています。
放送局のスタジオでしょうか、カメラ目線をばっちり決めて、コロラトゥーラを封印したリリカルな歌いぶりを聞かせてくれています。何よりも声が若くて美しく、立ち居振る舞いも魅力的です。

Edita Gruberova TV recital Bratislava 1968

チャンネル名:edita gruberova♪

エディタ・グルベロヴァ(S)
ヘルタ・マジャロヴァ(P)

0:11 - A.スカルラッティ: すみれ(歌劇『ピッロとデメートリオ』より)
2:53 - ハッセ: あなたはすぐに戻るでしょう
7:14 - モーツァルト: すみれK. 476
9:42 - シューベルト: ますD 550
11:42 - ベートーヴェン: 遠くからの歌WoO. 137
15:32 - R.シュトラウス: セレナードOp. 17-2
17:59 - スロヴァキアの歌

Edita Gruberová(S)
Herta Maďarová(P)

0:11 - Alessandro Scarlatti (1660-1725): Le violette (from "Il Pirro e Demetrio")
2:53 - Johann Adolf Hasse (1699-1783): Ritornerai fra poco
7:14 - Mozart: Das Veilchen, K. 476
9:42 - Schubert: Die Forelle, D 550
11:42 - Beethoven: Lied aus der Ferne, WoO. 137
15:32 - Richard Strauss: Ständchen, Op. 17-2
17:59 - Slovack Lied

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エリー・アーメリング公式チャンネル動画2本更新:ショッソン『7つの歌曲』、コンサートアンコール(トゥリーナ、エリントン)

嬉しいことにエリー・アーメリング公式チャンネルに新しい動画が2本アップされていました。

●コンサートのアンコール2曲:トゥリーナ、エリントン
Elly Ameling; Two encores, Turina and Ellington

アンコール2曲、1985年10月6日フレーデンビュルフ録音
00:05 ホアキン・トゥリーナ:カンタレス(歌)
2:09 デューク・エリントン:ソフィスティケイテッド・レイディー

エリー・アーメリング(S)
ルドルフ・ヤンセン(P)

Two encores, recorded Vredenburg, October 6 1985
00:05 Joaquín Turina - Cantares
2:09 Duke Ellington - Sophisticated Lady

Elly Ameling, soprano
Rudolf Jansen, piano

コンサートのアンコールとして演奏された2曲とのことです。私の知る限り初出音源ではないでしょうか。スペイン歌曲とジャズのスタンダードナンバーをヤンセンがピアノでつないで続けて演奏しているのが興味深いです。全く異なる様式の作品をこうしてまとめて披露してしまえるアーメリングはやはり凄い人ですね。

●ショッソン(一般的な表記はショーソン)『7つの歌曲』Op. 2
Elly Ameling; Sept Mélodies op. 2 - Chausson

ショッソン『7つの歌曲』Op. 2
00:05 1.ナニー
02:43 2.魅惑
04:46 3.蝶々
06:08 4.最後の一葉
08:27 5.イタリア風のセレナード
10:22 6.ヘーベ
13:06 7.ハチドリ

Sept Mélodies op. 2 - Ernest Chausson (1855-1899)
00:05 Nanny (Charles Leconte de Lisle)
02:43 Le charme (Paul Armand Sylvestre)
04:46 Les Papillons (Théophile Gautier)
06:08 La dernière feuille (Théophile Gautier)
08:27 Sérénade Italienne (Paul Bourget)
10:22 Hébé (Louise Ackermann)
13:06 Le Colibri (Charles Leconte de Lisle)

Elly Ameling, soprano
Rudolf Jansen, piano
AVRO RK3, 1-12-1982

ショッソンの『7つの歌曲』Op. 2全曲がここで演奏されていますが、このうち1曲目の「ナニー」のみ彼女の放送録音集"80 jaar"に同一音源が収録されています。実はオランダのネットラジオ局Radio 4で以前にこの全曲が放送されたことがありますが、こうして動画サイトで繰り返し聴けるようにしてもらえるのはファンにとって嬉しいだけでなく歌を勉強している方にとっても有難いことではないかと思います。ショッソンの歌曲は和声の機微がなんとも言えない味を醸し出していて、聞くたびに惹かれます。この7曲のうち「ハチドリ」はコンサートで彼女がよく歌っていて私もアンコールで実際に聴きました。歌曲集としてまとめて聴くと、ショッソンの作風の様々な側面が感じられてとても魅力的でした。そしてアーメリングの歌唱とヤンセンのピアノはいつもながらそれぞれの異なる世界観を細やかに提示してくれています。

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(2021/11/7追記)

2021/10/30の10:15-12:45、14:00-16:30にエリー・アーメリングのマスタークラスが実施されたようです。オランダのゼイストで2021/10/22-31まで催された国際リート・フェスティヴァル(Internationaal Lied Festival Zeist)の一環のようです。
Twitterに参加された方からのリポートがありましたのでリンクを貼っておきます。日本のピアニスト木口さんも参加されたそうです。

木口雄人
https://twitter.com/kiguchi_yuto/status/1453402816266096642

Margriet Schipper
https://twitter.com/MargrietSchipp1/status/1454108546119917570

それからアーメリングといくつかの録音やコンサートで名演を残した指揮者ベルナルト・ハイティンクさん(Bernard Haitink: 4 March 1929 – 21 October 2021)のご冥福をお祈りいたします。

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ベートーヴェン「追想(Andenken, WoO. 136)」

Andenken, WoO. 136
 追想

1:
Ich denke dein,
[Wenn]1 durch den Hain
Der Nachtigallen
Akkorde schallen!
[Wann]2 denkst du mein?
 ぼくは君のことを考える、
 林中を
 さよなきどりの
 和音が響きわたるときに!
 君はいつぼくのことを考えるのだろう?

2:
Ich denke dein
Im Dämmerschein
Der Abendhelle
Am Schattenquelle!
Wo denkst du mein?
 ぼくは君のことを考える、
 夕映えの光で
 薄暗くなった
 日陰の泉のほとりで!
 君はどこでぼくのことを考えるのだろう?

3:
Ich denke dein
Mit süßer Pein,
Mit bangem Sehnen
Und heißen Thränen!
Wie denkst du mein?
 ぼくは君のことを考える、
 甘い痛みを伴って、
 不安なまま憧れを抱いて、
 熱い涙を流しつつ!
 君はどんなふうにぼくのことを考えるのだろう?

4:
[O denke mein,]3
Bis zum Verein
Auf besserm Sterne!
In jeder Ferne
Denk' ich nur dein!
 おお、ぼくのことを考えておくれ、
 もっと素敵な星で
 一緒になるときまで!
 遠くのどこにいても
 ぼくはただ君のことだけを考えるよ!

詩:Friedrich von Matthisson (1761-1831), "Andenken", written 1792-93, first published 1802
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

1 Matthisson (editions until 1803): "Wann"
2 Matthisson (editions after 1803): "Wenn"
3 Matthisson (Flora 1802): "Ich denke dein"

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フリードリヒ・フォン・マッティソンの詩による「追想」は4節からなり、恋人を思うシチュエーションについて熱烈な独白が続きます。この愛の詩にはベートーヴェンの他に若かりし頃のシューベルトやヴォルフも作曲しています。

ベートーヴェンは変形有節形式で作曲しました。作曲年代は、Beethoven-Haus Bonnによると1808年秋に完成(Abschluss Herbst 1808)とのことで、ベートーヴェン38歳直前頃ですね。

詩の第1連から第3連は同じ音楽が繰り返され、第4連でメロディが変わり後半の盛り上がりに向けて高揚していきその後軽快な雰囲気になります。再度第4連を同じ音楽で繰り返し、最後にコーダのように締めの音楽で"nur dein!(ただ君のことだけを!)"を繰り返し、ピアノの後奏でこのまま終わるかと思いきや再び"nur dein!"の詩句が最後に歌われて曲が終わります。"nur dein!"を繰り返す際に、ベートーヴェンの他の歌曲でもみられた"ja"が1か所追加されています。ここぞという時に追加するのでしょうね。

ピアノ前奏は歌のメロディを先取りします。明朗快活な歌の旋律は、このマッティソンの恋の詩を完全に肯定して、人生の春を謳歌している雰囲気です。各連最終行の「いつ」「どこで」「どのように」の疑問文でそれまでの流麗なピアノパートの分散和音の動きが止まり、歌声部は歌詞を繰り返し、今近くにいない恋人に呼びかけているかのようです。

6/8拍子
ニ長調(D-dur)
Andante con moto

●フリッツ・ヴンダーリヒ(T), ロルフ・ラインハルト(P)
Fritz Wunderlich(T), Rolf Reinhard(P)

1956年録音。ヴンダーリヒの湧き出るような美声に浸っているだけで幸せです。

●ジョン・マーク・エインスリー(T), イアン・バーンサイド(P)
John Mark Ainsley(T), Iain Burnside(P)

エインスリーの歌唱は真摯で誠実な人物像を表現しているように感じました。最後に装飾を加えて歌っています。バーンサイドの奏でる響きも美しいです。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

シュライアーもオルベルツも折り目正しい演奏で、コントロールした中で繊細に感情を織り込んでいるように感じました。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

円熟期のプライが歌うとゆったり余裕をもった大人の歌という感じです。ふっと力を抜いた時の声がいいですね。ホカンソンは前奏で他のピアニストが短前打音で弾いている箇所を長めに扱っているのが新鮮でした。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ヘルタ・クルスト(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Hertha Klust(P)

1951,1952年録音。20代のF=ディースカウの声のみずみずしさが感じられます。

●ハインリヒ・シュルスヌス(BS), ゼバスティアン・ペシュコ(P)
Heinrich Schlusnus(BS), Sebastian Peschko(P)

1938年録音。シュルスヌスのハイバリトンの甘い美声はとてもチャーミングです。

●アントニオ・サリエリ作曲:追憶
Antonio Salieri (1750-1825): Andenken
アネリー・ゾフィー・ミュラー(S), ウルリヒ・アイゼンローア(P)
Annelie Sophie Müller(S), Ulrich Eisenlohr(P)

シューベルトの師匠でもあったサリエリですが、彼自身がドイツ語の詩に曲を付けていたとは知りませんでした。鍵盤楽器は装飾音符で華やいでいて、歌声部は歌曲というよりアリアですね。

●シューベルト作曲:追憶D 99(第1作)
Schubert: Andenken, D 99
トーマス・バウアー(BR), ウルリヒ・アイゼンローア(Fortepiano)
Thomas Bauer(BR), Ulrich Eisenlohr(Fortepiano)

シューベルトはこの詩に2回作曲していて、その第1作は独唱曲です。ベートーヴェン同様爽やかで生き生きとした魅力的な作品です。

●シューベルト作曲:追憶D 423(第2作)
Schubert: Andenken, D 423
アルノルト・シェーンベルク合唱団
Arnold Schönberg Choir

シューベルトによる第2作は無伴奏男声合唱用に作曲されました。各連の歌詞をまるまる繰り返して(音楽は異なります)1節とした4節からなる完全な有節形式の合唱曲です。繰り返した際に急速なメリスマが続く箇所が印象的でした。独唱曲とは全く異なる曲想なのが興味深いところです。

●ヴェーバー作曲:君を想う!Op. 66-3
Weber: Ich denke dein!, Op. 66-3
マーティン・ヒル(T), クリストファー・ホグウッド(P)
Martyn Hill(T), Christopher Hogwood(P)

ヴェーバーはギター伴奏歌曲が比較的知られていますが、愛らしいピアノ伴奏歌曲も少なからず書いています。このヴェーバーの作品は各連を異なるキャラクターで描き、あたかも起承転結のように展開していくところが面白いです。

●ヴォルフ作曲:追憶
Wolf: Andenken
メアリー・ベヴァン(S), ショルト・カイノホ(P)
Mary Bevan(S), Sholto Kynoch(P)

難解と言われがちなヴォルフですが、初期にはこんなに初々しく親しみやすい曲を作っていたのです。第4連に重きを置いているのは他の多くの作曲家同様ですが、長めのピアノ後奏が主人公の気持ちの余韻を表現しているかのようです。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

「想い」——ベートーヴェンの大切な詩人の歌詞による歌曲(平野昭)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

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