ベートーヴェン「プードルの死に寄せる悲歌(Elegie auf den Tod eines Pudels)」 WoO. 110
Elegie auf den Tod eines Pudels, WoO. 110
プードルの死に寄せる悲歌
(Mesto)
1.
Stirb immerhin, es welken ja so viele
der Freuden auf der Lebensbahn.
Oft, eh' sie welken in des Mittags Schwüle,
fängt schon der Tod sie abzumähen an.
それでも死ぬがいい、
人生の喜びのこれほど多くがしぼむとしても。
しばしば、昼の蒸し暑いさなかにしぼむ前に
すでに死が喜びを刈り取りはじめるのだ。
2.
Auch meine Freude du! dir fließen Zähren,
wie Freunde selten Freunden weihn;
der Schmerz um dich kann nicht mein Aug' entehren,
um dich, Geschöpf, geschaffen mich zu freun.
私の喜びであるおまえも!おまえを思い涙が流れる、
友がごくまれに友に捧げる涙のように。
おまえを失った苦痛が私の目を汚すことはできない、
動物のおまえは私を喜ばせるために創られたのだ。
3.
Allgeber gab dir diese feste Treue.
dir diesen immer frohen Sinn;
Für Tiere nicht, damit ein Mensch sich freue,
schuf er dich so, und mein war der Gewinn.
創造主はおまえにこの揺るぎない忠実さを与えた。
おまえにこの常に快活な心を与えた。
動物としてではなく、人間が喜ぶように
主はおまえを創った、そして獲得したのは私だった。
4.
Oft, wenn ich des Gewühles satt und müde
mich gern der eklen Welt entwöhnt,
hast du, das Aug' voll Munterkeit und Friede,
mit Welt und Menschen wieder mich versöhnt.
しばしば、私が雑踏にうんざりして疲れ、
むかむかする世間から喜んで離れたとき、
おまえは生き生きと安らぎに満ちた目で
私を世間や人間と再び和解させてくれたのだ。
5.
Du warst so rein von aller Tück' und Fehle
als schwarz dein krauses Seidenhaar;
wie manchen Menschen kannt' ich, dessen Seele
so schwarz als deine Außenseite war.
おまえはあらゆる悪意や欠点から離れて清らかなままだった、
おまえのカールした絹のような毛の黒さと同じぐらいの悪意や欠点から。
幾人かの人間を私は知っていた、その魂が
おまえの外側の色と同じぐらい黒い人間を。
6.
Trüb sind die Augenblicke unsers Lebens,
froh ward mir mancher nur durch dich!
Du lebtest kurz und lebtest nicht vergebens;
das rühmt, ach! selten nur ein Mensch von sich.
我々の人生の瞬間は暗い、
おまえがいた時だけ私はいくらか明るくなった!
おまえの命は短かったが無駄に生きたわけではなかった。
そのことを、ああ!人はめったに褒めないが。
(Andante ma non troppo)
7.
Doch soll dein Tod mich nicht zu sehr betrüben;
du warst ja stets des Lachens Freund;
geliehen ist uns alles, was wir lieben;
kein Erdenglück bleibt lange unbeweint.
だがおまえが死んでも私はあまり悲しまない。
おまえはいつも笑わせてくれる友だった。
私たちが愛したものはすべて借りてきたのだ。
嘆き悲しまないでいられる地上の幸せなどずっとない。
8.
Mein Herz soll nicht mit dem Verhängnis zanken
um eine Lust, die es verlor;
du, lebe fort und gaukle in Gedanken
mir fröhliche Erinnerungen vor.
私の心の中で争うべきではない、
喜びを失ったこの不幸のために。
さあ、心の中で生き続けて
私に楽しい思い出を見させておくれ。
詩:Anonymous(詩の作者不詳)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)
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ベートーヴェンの歌曲「プードルの死に寄せる悲歌」の作曲年代は諸説あり、Beethoven-Haus Bonnのサイトでは1806~1809年の間頃(ベートーヴェン36~39歳)の作曲と記載されていて、平野昭氏の解説では「1787年?94/95年?(ベートーヴェン17歳?24/25歳?)」と記載されていました。また、『ベートーヴェン事典』の藤本一子氏の解説では「1787年頃、または1794/95年の可能性もあり」と記載されていて、初期作品だけれどももしかしたらもっと遅い時期の作曲かもしれないというところでしょうか。
歌詞の作者は知られていませんが、飼っていたプードルの死に際して、これまでどれほど世間の荒波から自分を救ってくれたことかと感謝を述べるという内容です。動物が日常の疲れを癒してくれるというのはいつの世でも同じなのですね。ちなみに私も毎日動物動画を見て心を回復させていただいています。
曲は詩の第1連から第6連までは2連をまとめて1節にした形の有節形式で、ヘ短調でプードルを失った悲しみを歌います。続いて第7連から第8連は同主調のヘ長調に転調し、通作形式で愛犬への感謝を述べて曲を締めくくります。最初の有節形式の箇所は抜粋の形で演奏されることも多いです。
Mesto (悲しげに) - Andante ma non troppo
2/4拍子
ヘ短調(f-moll) - ヘ長調(F-dur)
●プードルはどんな犬?
Rasseportrait: Pudel
この歌曲の歌詞のように「雑踏にうんざりして疲れ」た方は、4分弱のこのプードルの動画がお役に立つと嬉しいです。
●ヘルマン・プライ(BR) & レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR) & Leonard Hokanson(P)
第1-8節。プライはごく自然な感情表現で、詩に共感を寄せた歌唱を聞かせていて感動的です。
●ペーター・シュライアー(T) & ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T) & Walter Olbertz(P)
第1,2,7,8節。シュライアーは前半の悲しみと後半の前向きな希望の表現の歌い分けが素晴らしかったです。
●エドウィン・クロスリー=マーサー(BSBR) & ジャン=フランソワ・ジゲル(P)
Edwin Crossley-Mercer(BSBR) & Jean-François Zygel(P)
第5,6,7,8節。クロスリー=マーサーは最初に第3節の1行目を歌いはじめたと思ったら2行目途中から第5節の2行目に移ったので「創造主はおまえにこの揺るぎない忠実さを与えた。おまえにカールした絹のような毛を与えた」という意味になりました。これが最初から詩行をくっつける予定だったのか、ミスなのかは分かりませんが、もしこれが突然のハプニングだったらこれ以上ないぐらい自然に対処したということですね。
●カール・シュミット=ヴァルター(BR) & ミヒャエル・ラウハイゼン(P)
Karl Schmitt-Walter(BR) & Michael Raucheisen(P)
第1-8節。シュミット=ヴァルターは好々爺のような味わい深い声とディクションで引き込まれました。
●動画サイトに音源がアップされていない録音の中では、Constantin Graf von Walderdorff(BSBR) & Kristin Okerlund(P)が、第1,2,3,5,4,6,7,8節の順序で歌っています。また、水越 啓(T) & 重岡麻衣(Fortepiano)の録音でも第1,2,3,5,7,8節が歌われています。3→5→4→6節の順序が最新の研究成果で得られた結果なのかどうかは未確認ですが、何らかの根拠があるのではないかと思われます。
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(参考)
《プードルの死に寄せる悲歌》——愛犬の死を悲しむ詩をベートーヴェンの音楽が見事に表現
『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)
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