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ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼル「白鳥の歌(Schwanenlied, Op. 1, No. 1)」を聴く

Schwanenlied, Op. 1, No. 1
 白鳥の歌

Es fällt ein Stern herunter
Aus seiner funkelnden Höh;
Das ist der Stern der Liebe,
Den ich dort fallen seh.
 ある星が落ちてくる、
 きらめいていた空から。
 それは愛の星で、
 あそこに落ちるのを私は見ている。

Es fallen vom Apfelbaume,
Der [weißen]1 Blätter [so]2 viel,
Es kommen die neckenden [Lüfte]3,
Und treiben damit ihr Spiel.
 白い葉を付けたりんごの樹から
 これほどたくさんの葉が落ちてくる。
 風はからかいながらやってきては
 葉をもてあそぶ。

Es singt der Schwan im [Weiher]4,
Und rudert auf und ab,
Und immer leiser singend,
Taucht er ins Flutengrab.
 白鳥は池で歌い
 上下に水をかく、
 そしてますます弱い声で歌いながら
 水中の墓に潜る。

Es ist so still und dunkel!
Verweht ist Blatt und Blüt',
Der Stern ist knisternd zerstoben,
Verklungen das Schwanenlied.
 あたりはとても静かで暗い!
 葉も花も吹き飛ばされてしまった。
 星は音を立てて飛び散り、
 白鳥の歌は鳴きやんだ。

詩:Heinrich Heine (1797-1856), no title, appears in Buch der Lieder, in Lyrisches Intermezzo, no. 59
曲:Fanny Mendelssohn-Hensel (1805-1847), "Schwanenlied", op. 1 (Sechs Lieder) no. 1 (1835-8?), published 1846

1 Backer-Grøndahl, Cui, Gernsheim, Pfitzner: "Blüten und"
2 omitted by Backer-Grøndahl
3 Gernsheim: "Winde"
4 Gernsheim: "Wasser"

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ドイツの文豪ハインリヒ・ハイネの詩は多くの作曲家の作曲意欲をかきたてました。有名なところではシューベルトの「白鳥の歌」後半、シューマンの「詩人の恋」「リーダークライス」などが挙げられます。
今回取り上げるのは、有名なフェーリクス・メンデルスゾーン=バルトルディ(1809-1847)の姉ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼル(1805-1847)の作曲による歌曲「白鳥の歌(Schwanenlied)」Op. 1-1です。

詩はシューマンが歌曲集「詩人の恋」などを作曲したことでも知られるハイネの詩集『抒情的間奏曲』中の「歌の本」からとられています。

第1節で星が空から落ち、第2節で葉が風にもてあそばれながら落ち、第3節で水をかきながら白鳥が歌を歌うがますます小さな声になり、最後の第4節で暗闇の中、葉も星も消え、白鳥の歌はとうとう聞こえなくなったという内容です。第1節の落ちた星は「愛の星」とわざわざ書いていることから、主人公が愛を失ったことを暗示しているように思います。失恋して闇と静寂に包まれた心境を周囲の動植物の様を借りて表現しているように感じます。死の直前に美しく鳴くといわれる白鳥の歌が最後に歌いやんだというのは、主人公の心の中に死(のような絶望)が訪れたことを暗示しているのかもしれません。

ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼルは、4連ある詩の2連分をつなげて歌の1節にした全2節からなる変形有節形式で作曲しました。お聴きになると分かると思いますが、メランコリックな極めて美しい曲で、私も一度で惹きつけられました。この哀愁、どことなく弟フェーリクスの曲を思い起こさせます。
興味深いのが詩の第3連の最終行、つまり歌の第2節の真ん中へん"Flutengrab(水中の墓)"の音価を第1連の該当箇所よりも伸ばしてピアノパートもさらに分散和音で引き延ばしている点です。多くの作曲家は、こういう場合音楽は同じにしてフェルマータを付けるという形にすると思いますが、ファニーはこの言葉を伸ばすように記譜の形で指示していることになります。「墓」ですから重みのある言葉であることは確かで、あるいは最終節に向けた演奏効果を考慮したのかもしれません。

歌はずっと短調のまま進みますが、各節のピアノ後奏は長調の響きで締めくくります。作曲家ファニーがこの絶望した主人公に救いを与えているのかもしれませんね。

この曲の抗いがたい旋律と和声の美しさゆえでしょうか、歌のパートを様々な楽器に置き換えて演奏されることも多いようです。動画サイトにもいくつか編曲されてアップされていましたので興味のある方は聞いてみてください。

6/8拍子
Andante
ト短調(G-dur)

●ハイネの詩の朗読(Cornelius Obonya (朗読))

短い詩行の中でドラマを感じさせる素晴らしい朗読でした。後半力が弱まっていく様が朗読で見事に描かれていたと思います。

●フランスィーヌ・ファン・デア・ヘイデン(S), ウルズラ・デュッチュラー(Fortepiano)
Francine van der Heijden(S), Ursula Dütschler(Fortepiano)

ファン・デア・ヘイデンの清楚な美声で曲の世界観にぐっと引き付けられます。フォルテピアノの響きも美しいです。

●イザベル・リピツ(S), バルバラ・ヘラー(P)
Isabel Lippitz(S), Barbara Heller(P)

リピツの少女のような声が繊細でこわれやすい世界を描き出していました。

●ドロテア・クラクストン(S), バベッテ・ドルン(P)
Dorothea Craxton(S), Babette Dorn(P)

クラクストンとドルンはゆっくりめのテンポでしっとりと聞かせてくれます。

●ベンヤミン・アップル(BR), ジェイムズ・ベイリュー(P)
Benjamin Appl(BR), James Baillieu(P)

男声で聴くとまた雰囲気が変わりますね。アップルは力強さ、前向きさが感じられるように思います。

●ローベルト・フランツによる歌曲「星が落ちてくる」
Robert Franz (1815-1892): "Es fällt ein Stern herunter", op. 44 (Sechs Gesänge für 1 Singstimme mit Pianoforte) no. 4
マルクス・ケーラー(BR), ホルスト・ゲーベル(P)
Markus Köhler(BR), Horst Göbel(P)

0:00~1:44。フランツはハイネの詩による歌曲を沢山作曲しています。フランツもファニー・ヘンゼル同様詩の2連をまとめて歌の1節にした変形有節形式で作曲しています。歌とピアノが緊密に寄り添った佳品だと思います。最後の詩行を繰り返して余韻を残して終わるところがいかにもフランツらしくていいなぁと思いました。

●フリードリヒ・ゲルンスハイムによる歌曲「星が落ちてくる」
Friedrich Gernsheim (1839-1916): 6 Lieder, Op. 14: No. 2, Es fällt ein Stern herunter
アナ・ガン(S), ナオコ・クリスト=カトウ(P)
Anna Gann(S), Naoko Christ-Kato(P)

ゲルンスハイムはブラームスより6歳年下の作曲家、ピアニスト、指揮者で、近年少しずつ録音されるようになってきたそうです。ゲルンスハイムの作品は変形有節形式で作曲されています。第3節で変化をつけて、最終節の終結感につなげているように感じました。穏やかで明るい響きがハイネの詩の闇をスルーしてしまっている感はありますが、心地よく聴きやすい作品です。

●ハンス・プフィッツナーによる歌曲「星が落ちてくる」
Hans Pfitzner (1869-1949), "Es fällt ein Stern herunter", op. 4 no. 3
ヘルマン・プライ(BR), カール・エンゲル(P)
Hermann Prey(BR), Karl Engel(P)

プフィッツナーによる作品は通作形式で、全体を一つのストーリーのように表現しています。ゆったりとしたテンポで各節の情景を静かに描いていきます。ピアノは第1節で星のきらめきを、第2節で風のたわむれを描き、そして第3節で高音部に白鳥の歌が聞こえ、最終節ですべての活動が静止した様をあらわしているように感じられます。甘さをもちながら全体的に抑えた響きで聞かせるプライの歌、各節を見事に表現し分けたエンゲルのピアノでお聞きください。

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(参考)

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コメント

フランツさん、こんばんは。

悲しい程に美しい曲ですね。
その中に響く短い長調がホッとした時間を与えてくれて、とても魅力的ですね。

ヘイデンの声、涼やかで美しいですね。速めのテンポは、どこか生き急いでいるかのようでした。

リピツのこのCD、持っています。
声に惹かれて1990年代に買ったのですが、先日来より話題になっていますが、このように少女のような声で歌われると、危うさを感じますね。時に狂気すら感じることも。

クラクストンもまた可憐な美声ですね。テンポをゆったり持ってくると、少し悲愴感がやや薄まるように感じました。
テンポはやはり解釈ですね。

バリトンで聞くと、確かに死の向こうに希望を感じますね。アップルの温かみのある声も作用しているかもしれませんね。最後は明るい光がさしこみました。

ケーラーは深みのあるバリトンですね。フランツの曲はあまり知らないのですが、これもまた素敵な曲ですね。

ゲルンスハイムの「星が落ちてくる」、曲とガンの声がマッチして爽やかですね。耳に心地よかったです。確かに歌詞を見なければまさかこのような詩だとは思いませんね。

出ました!プライさん(*^^*)
全盛期の甘い声で、ささやくように歌われるこの演奏、大好きです。死への甘い憧れさえ感じます。エンゲルと共演した録音には優れたものが多いですね。

今回も初めて聞く歌手が多く、それも楽しめました。

投稿: 真子 | 2021年9月25日 (土曜日) 19時37分

真子さん、こんばんは。
いつもコメント有難うございます!

本当に悲しみを美に昇華したような曲だと思いました。
ピアノ後奏が長調なのがまた素晴らしいですよね。
この曲ファニー・ヘンゼルの作品番号の1-1なんです。どういう経緯で出版されたのかは分からないのですが、最初の出版作品の冒頭にこの曲を置いたということはファニー自身も力を入れた作品だったのかもしれないなぁと想像します。

ヘイデンの歌唱、素晴らしいですよね。引き付けられる演奏でした。

リピツのCDお持ちなのですね。さすが真子さん!やはり清楚系の声で心痛の表現を聴くとぐっと引き付けられます。確かに清楚ゆえの危うさや狂気を感じさせることもありますよね。

クラクストンのゆったりしたテンポも新鮮でした。

バリトンの声の響きが少し悲壮感を和らげているのかもしれませんね。

フランツ、ゲルンスハイム、プフィッツナーはそれぞれファニー・ヘンゼルと違った魅力を聞かせてくれていると思います。プライはサヴァリシュとのORFEOのライヴでも歌っているんですよね。エンゲルとはおっしゃるように名録音が多いと思います。

ファニー・ヘンゼルの曲が注目されたのが比較的最近だと思うので、演奏家の顔ぶれもいつもと少し違っていて新鮮でした。

投稿: フランツ | 2021年9月26日 (日曜日) 19時21分

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