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ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼル「白鳥の歌(Schwanenlied, Op. 1, No. 1)」を聴く

Schwanenlied, Op. 1, No. 1
 白鳥の歌

Es fällt ein Stern herunter
Aus seiner funkelnden Höh;
Das ist der Stern der Liebe,
Den ich dort fallen seh.
 ある星が落ちてくる、
 きらめいていた空から。
 それは愛の星で、
 あそこに落ちるのを私は見ている。

Es fallen vom Apfelbaume,
Der [weißen]1 Blätter [so]2 viel,
Es kommen die neckenden [Lüfte]3,
Und treiben damit ihr Spiel.
 白い葉を付けたりんごの樹から
 これほどたくさんの葉が落ちてくる。
 風はからかいながらやってきては
 葉をもてあそぶ。

Es singt der Schwan im [Weiher]4,
Und rudert auf und ab,
Und immer leiser singend,
Taucht er ins Flutengrab.
 白鳥は池で歌い
 上下に水をかく、
 そしてますます弱い声で歌いながら
 水中の墓に潜る。

Es ist so still und dunkel!
Verweht ist Blatt und Blüt',
Der Stern ist knisternd zerstoben,
Verklungen das Schwanenlied.
 あたりはとても静かで暗い!
 葉も花も吹き飛ばされてしまった。
 星は音を立てて飛び散り、
 白鳥の歌は鳴きやんだ。

詩:Heinrich Heine (1797-1856), no title, appears in Buch der Lieder, in Lyrisches Intermezzo, no. 59
曲:Fanny Mendelssohn-Hensel (1805-1847), "Schwanenlied", op. 1 (Sechs Lieder) no. 1 (1835-8?), published 1846

1 Backer-Grøndahl, Cui, Gernsheim, Pfitzner: "Blüten und"
2 omitted by Backer-Grøndahl
3 Gernsheim: "Winde"
4 Gernsheim: "Wasser"

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ドイツの文豪ハインリヒ・ハイネの詩は多くの作曲家の作曲意欲をかきたてました。有名なところではシューベルトの「白鳥の歌」後半、シューマンの「詩人の恋」「リーダークライス」などが挙げられます。
今回取り上げるのは、有名なフェーリクス・メンデルスゾーン=バルトルディ(1809-1847)の姉ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼル(1805-1847)の作曲による歌曲「白鳥の歌(Schwanenlied)」Op. 1-1です。

詩はシューマンが歌曲集「詩人の恋」などを作曲したことでも知られるハイネの詩集『抒情的間奏曲』中の「歌の本」からとられています。

第1節で星が空から落ち、第2節で葉が風にもてあそばれながら落ち、第3節で水をかきながら白鳥が歌を歌うがますます小さな声になり、最後の第4節で暗闇の中、葉も星も消え、白鳥の歌はとうとう聞こえなくなったという内容です。第1節の落ちた星は「愛の星」とわざわざ書いていることから、主人公が愛を失ったことを暗示しているように思います。失恋して闇と静寂に包まれた心境を周囲の動植物の様を借りて表現しているように感じます。死の直前に美しく鳴くといわれる白鳥の歌が最後に歌いやんだというのは、主人公の心の中に死(のような絶望)が訪れたことを暗示しているのかもしれません。

ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼルは、4連ある詩の2連分をつなげて歌の1節にした全2節からなる変形有節形式で作曲しました。お聴きになると分かると思いますが、メランコリックな極めて美しい曲で、私も一度で惹きつけられました。この哀愁、どことなく弟フェーリクスの曲を思い起こさせます。
興味深いのが詩の第3連の最終行、つまり歌の第2節の真ん中へん"Flutengrab(水中の墓)"の音価を第1連の該当箇所よりも伸ばしてピアノパートもさらに分散和音で引き延ばしている点です。多くの作曲家は、こういう場合音楽は同じにしてフェルマータを付けるという形にすると思いますが、ファニーはこの言葉を伸ばすように記譜の形で指示していることになります。「墓」ですから重みのある言葉であることは確かで、あるいは最終節に向けた演奏効果を考慮したのかもしれません。

歌はずっと短調のまま進みますが、各節のピアノ後奏は長調の響きで締めくくります。作曲家ファニーがこの絶望した主人公に救いを与えているのかもしれませんね。

この曲の抗いがたい旋律と和声の美しさゆえでしょうか、歌のパートを様々な楽器に置き換えて演奏されることも多いようです。動画サイトにもいくつか編曲されてアップされていましたので興味のある方は聞いてみてください。

6/8拍子
Andante
ト短調(G-dur)

●ハイネの詩の朗読(Cornelius Obonya (朗読))

短い詩行の中でドラマを感じさせる素晴らしい朗読でした。後半力が弱まっていく様が朗読で見事に描かれていたと思います。

●フランスィーヌ・ファン・デア・ヘイデン(S), ウルズラ・デュッチュラー(Fortepiano)
Francine van der Heijden(S), Ursula Dütschler(Fortepiano)

ファン・デア・ヘイデンの清楚な美声で曲の世界観にぐっと引き付けられます。フォルテピアノの響きも美しいです。

●イザベル・リピツ(S), バルバラ・ヘラー(P)
Isabel Lippitz(S), Barbara Heller(P)

リピツの少女のような声が繊細でこわれやすい世界を描き出していました。

●ドロテア・クラクストン(S), バベッテ・ドルン(P)
Dorothea Craxton(S), Babette Dorn(P)

クラクストンとドルンはゆっくりめのテンポでしっとりと聞かせてくれます。

●ベンヤミン・アップル(BR), ジェイムズ・ベイリュー(P)
Benjamin Appl(BR), James Baillieu(P)

男声で聴くとまた雰囲気が変わりますね。アップルは力強さ、前向きさが感じられるように思います。

●ローベルト・フランツによる歌曲「星が落ちてくる」
Robert Franz (1815-1892): "Es fällt ein Stern herunter", op. 44 (Sechs Gesänge für 1 Singstimme mit Pianoforte) no. 4
マルクス・ケーラー(BR), ホルスト・ゲーベル(P)
Markus Köhler(BR), Horst Göbel(P)

0:00~1:44。フランツはハイネの詩による歌曲を沢山作曲しています。フランツもファニー・ヘンゼル同様詩の2連をまとめて歌の1節にした変形有節形式で作曲しています。歌とピアノが緊密に寄り添った佳品だと思います。最後の詩行を繰り返して余韻を残して終わるところがいかにもフランツらしくていいなぁと思いました。

●フリードリヒ・ゲルンスハイムによる歌曲「星が落ちてくる」
Friedrich Gernsheim (1839-1916): 6 Lieder, Op. 14: No. 2, Es fällt ein Stern herunter
アナ・ガン(S), ナオコ・クリスト=カトウ(P)
Anna Gann(S), Naoko Christ-Kato(P)

ゲルンスハイムはブラームスより6歳年下の作曲家、ピアニスト、指揮者で、近年少しずつ録音されるようになってきたそうです。ゲルンスハイムの作品は変形有節形式で作曲されています。第3節で変化をつけて、最終節の終結感につなげているように感じました。穏やかで明るい響きがハイネの詩の闇をスルーしてしまっている感はありますが、心地よく聴きやすい作品です。

●ハンス・プフィッツナーによる歌曲「星が落ちてくる」
Hans Pfitzner (1869-1949), "Es fällt ein Stern herunter", op. 4 no. 3
ヘルマン・プライ(BR), カール・エンゲル(P)
Hermann Prey(BR), Karl Engel(P)

プフィッツナーによる作品は通作形式で、全体を一つのストーリーのように表現しています。ゆったりとしたテンポで各節の情景を静かに描いていきます。ピアノは第1節で星のきらめきを、第2節で風のたわむれを描き、そして第3節で高音部に白鳥の歌が聞こえ、最終節ですべての活動が静止した様をあらわしているように感じられます。甘さをもちながら全体的に抑えた響きで聞かせるプライの歌、各節を見事に表現し分けたエンゲルのピアノでお聞きください。

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(参考)

The LiederNet Archive

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エリー・アーメリング最近の情報(2021年9月):「岩の上の羊飼い」1986年5月ライヴ音源他

●シューベルト/岩の上の羊飼い D 965
Elly Ameling; Schubert - Der Hirt auf dem Felsen, Op. 129, D 965

エリー・アーメリング(S), カール・ライスター(Cl), ルドルフ・ヤンセン(P)
Elly Ameling - soprano
Karl Leister - clarinet
Rudolf Jansen - piano
Mai-festival Rellinger Kirche 1986
アーメリングが演奏活動の初期から後期まで変わらず取り上げていた「岩の上の羊飼い」のライヴ音源が公式チャンネルにアップされていました。Sandmanさんの「Elly Ameling Discography」に掲載されている録音と同一と思われます。私はこのCDは入手できていないので、こうしてYouTubeでアップしてもらえて感激です!アーメリングの声のコンディションも良く、美しく収録されていました。一番最後の締めのところで、彼女のこれまでのどの録音にも聞かれなかったほどテンポをあげてころころと声を転がせるように上昇していく歌いぶりに驚きました。ここは聴きどころのひとつですね。この曲で彼女は今回のカール・ライスターのように名だたるクラリネット奏者と共演しているのですね(シューベルティアーデではザビーネ・マイアーとも共演したそうです)。ピアノは彼女が長いこと共演してきたオランダ出身のルドルフ・ヤンセンです。

●1980年4月30日
1980 "30 April 1980" Kant A
Klankreportage van abdicatie van Koningin Juliana en de huldiging van Koningin Beatrix in de Nieuwe Kerk te Amsterdam.

1980年4月30日にオランダのベアトリクス女王の即位式がアムステルダム新教会で行われました。その際にモーツァルトの「戴冠ミサK.317」のソプラノ独唱でアーメリングが歌った音源がこちらのLP(Sandmanさんのサイト)の音源にほんのわずかだけ記録されています。17:38からアーメリングの歌声が少しだけ流れます。
エリー・アーメリング(S), スィルヴィア・シュリューター(A), ヘイン・メーンス(T), リウヴェ・フィッサー(BS), ハーグ自由高等学校少年合唱団, アムステルダム室内管弦楽団, シャルル・ドゥ・ヴォルフ(C)
Elly Ameling(S), Sylvia Schlüter(A), Hein Meens(T), Lieuwe Visser(BS), Jeugdkoor Van De Vrije Hoge School Te Den Haag, Amsterdams Kamerorkest, Charles de Wolff(C)

また、Sandmanさんに教えていただいたのですが、ベアトリクス女王の即位式をおさめた下の3時間以上にも及ぶ動画の50分19秒からアーメリングたちの歌う映像が流れ、上述のLP音源よりも少し長く見ることが出来ます。こういう映像はなかなか見れないので貴重ですね。

●アーメリングの最新のマスタークラス
Podium Witteman
Zo 29 aug 18:20 - Seizoen 10 Afl. 1 - Podium Witteman Masterclass
こちらに動画を貼りつけることが出来ないようですので、このリンク先からご覧ください。
Paul Witteman ontvangt Elly Ameling in de Singelkerk in Amsterdam, waar zij bariton Vincent Kusters, sopraan Noëlle Drost en mezzosopraan Lucie Horsch de finesses van de liedkunst zal bijbrengen. Alle drie zijn jong, maar zitten elk in een andere fase van hun zangersloopbaan. Met Elly Ameling werken ze aan liederen van Schubert, Schumann, Debussy en Fauré. De begeleiding is in handen van pianist Hans Eijsackers.
2021年8月29日に放送されたアーメリングのマスタークラスの映像で、約1時間ほどの番組でエネルギッシュに指導しています。ピアノはオランダの名手ハンス・エイサッカース(Hans Eijsackers)が全員担当しています。
受講者と曲は下記の通りです。

7分頃~
Lucie Horsch (mezzo soprano)
シューマン:献呈
Schumann: Widmung, Op. 25-1

25分頃~
Noëlle Drost (soprano)
ドビュッシー:マンドリン
Debussy: Mandoline

43分頃~
Vincent Kusters (baritone)
フォレ:夢のあとで
Fauré: Après un rêve, Op. 7-1
シューマン:献呈
Schumann: Widmung, Op. 25-1

バリトン歌手のみ2曲披露しています。
アーメリングは88歳にしてこのエネルギッシュな指導、ただただ頭が下がります。芸術歌曲に一生を捧げた人だからこその指導だったと思います。
画面右下の歯車マークからOndertitelingをクリックしてNederlandsをクリックするとオランダ語の字幕を表示できます(英語訳の字幕はないですが、なんとなく字面だけでも多少は判断の助けになるので表示しておくといいと思います)。

●モーツァルト: コンサート・アリア「私は行く、だがどこへ」K 583
Mozart: Concert Aria, K 583: Vado, ma dove? Oh Dei!

エリー・アーメリング(S), バイエルン放送交響楽団, ズデニェク・マーカル(C)
Elly Ameling(S), Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks, Zdeněk Mácal(C)
2021年にリリースされた「Wolfgang Amadé Mozart: Imperial Hall Concerts」という6枚組CDに1曲アーメリングの初出ライヴ音源が収録されていて、すでに動画サイトにもアップされていました。
録音日はCDの解説書に記載されている可能性がありますが未入手の為今のところ分かりません(1980年代でしょうか?)(→2021/9/21追記:Sandmanさんから、この演奏が1973年録音であることを教えていただきました。有難うございます)。
アーメリングは日本では歌曲や宗教曲のイメージが強いと思いますが、実際にはオペラアリアやコンサートアリアも沢山歌っていたんですよね。この歌唱、レガートがとても素晴らしいです。

今回の記事の多くは「Elly Ameling Discography」の運営をされているSandmanから情報提供いただいたものです。あらためてお礼申し上げます。

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ベートーヴェン「友情の幸せ (人生の幸せ) (Das Glück der Freundschaft (Lebensglück), Op. 88)」

Das Glück der Freundschaft (Lebensglück), Op. 88
 友情の幸せ (人生の幸せ)

1.
Der lebt ein Leben wonniglich,
Deß Herz ein Herz gewinnt;
Geteilte Lust verdoppelt sich,
Geteilter Gram zerrinnt.
 幸せに暮らすだろう、
 愛を射止める者は。
 喜びを分かち合えば倍になり、
 心痛を分かち合えば消えてしまう。

2.
Beblümte Wege wandelt ab,
Wem trauliches Geleit;
Den Arm die gold'ne Freundschaft gab
In dieser eh'rnen Zeit.
 花咲き乱れた道を変えるのは
 親しいお供に連れる者。
 黄金の友情が腕を差し出すのだ、
 この堅固な時に。

3.
Sie weckt die Kraft und spornt den Mut
Zu schönen Taten nur,
Und nährt in uns die heil'ge Glut
Für Wahrheit und Natur.
 友情は力を目覚めさせ勇気を鼓舞する、
 ただ素晴らしき行動へと。
 そして我々の内にはぐくむのだ、
 真理と自然のための神聖な炎を。

4.
Erreichet hat des Glückes Ziel,
[Wer eine Freundin fand, (Wer sich ein Mädchen fand,)]
Mit [der (dem)] der Liebe Zartgefühl
Ihn inniglich verband.
 幸せの目標に到達したのだ、
 女友達を見つけた者は。
 彼女と愛の気遣いによって
 密接に結び付くにいたったのだ。

5.
Entzückt von ihr, [ihr beigesellt, (mit ihr gesellt,)]
Verschönert sich die Bahn;
[Durch sie allein (In dir, durch sie)] blüht ihm die Welt
Und alles lacht ihn an.
 彼女に魅了され、彼女の仲間になり
 道はさらに美しくなる。
 彼女だけが彼にとって世の中を花咲かせることが出来、
 すべてが彼に笑いかけるようになる。

ドイツ語訳詩:Christoph August Tiedge (1752-1841) (原詩は作者不詳のイタリア語による"Beato quei che fido amor")
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827),

[ ]内の歌詞の括弧外は「初版(Wien: bey Joseph Eder, [1807])」や旧全集の歌詞。( )内はベートーヴェンが初版の間違いを修正して別の出版社から出版した際の歌詞(Leipzig: bei Hoffmeister & Kühnel, [1803])

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●イタリア語歌詞

Vita felice

1.
Beato quei che fido amor
Mai seppe meritar!
Ei solcherà senza timor
Di questa vita il mar.

2.
Dovunque lo conduca il ciel,
Gli ride dolce fior;
La gioja non là cuopre un vel,
Si scema ogni dolor.

3.
Ei sente l'alma divam par
Di generoso ardir;
Il vero ei puote sol amar,
Del bello sol gioir.

4.
Felice chi ad un fido sen
Può cheto riposar,
E negl' occhietti del suo ben
Contento si specchiar!

5.
Che in mezzo agli disa striancor
Quel sol gli riderà,
Ed a più bella calma oror
Tutto gli tornerà.

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作者不詳のイタリア語詩にクリストフ・アウグスト・ティートゲがドイツ語訳しました。
ベートーヴェンはイタリア語原詩、ドイツ語訳両方の歌詞に、1803年春か夏に作曲しました。藤本一子さんの解説によると、「1803年にヴィーンのレッシェンコール社とボンのジムロック社から《友情の幸せ》という題で出版。初版直後10月22日にベートーヴェンはリース宛に,出版社(レッシェンコール)が犯したひどい誤りを直して出版してほしいとして,正しい題と歌詞を書き送っている。そこでは題が《人生の幸せ》となっているほか歌詞も初版と6箇所が異なっている」(『ベートーヴェン事典』(1999年 初版 東京書籍))そうです。ドイツ語詩の歌詞の違いはそういうことだったのですね。

ベートーヴェンの曲は第5節まで歌った後、第1節を再度歌って終わります。
明朗なメロディーで一貫していて、メリスマを使用したりして、アリアのようです。

2/4拍子
Andante quasi allegretto
イ長調(A-dur)

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

ドイツ語。ベートーヴェンの歌詞訂正版(Hoffmeister & Kühnel)で歌っています。軽快に歌うところと力強く強調するところの歌いわけがいつもながら素晴らしいなぁと思いながら聞きました。

●ヴァンサン・リエーヴル=ピカール(T), ジャン=ピエール・アルマンゴー(P)
Vincent Lièvre-Picard(T), Jean-Pierre Armengaud(P)

ドイツ語。こちらもHoffmeister & Kühnel版で歌っています。フランス人ということもあってか色っぽい歌い方をしているように感じました。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P)

イタリア語。F=ディースカウの言葉一言一言に鋭い切れ味を見せるところはイタリア語であろうとも変わりないですね。

●ルネ・ヤーコプス(CT), ジョス・ファン・インマーセール(Pianoforte)
René Jacobs(CT), Jos van Immerseel(Pianoforte)

イタリア語。まさかヤーコプスが歌曲聞き比べに登場するとは思いませんでした。古典派歌曲も歌っていたのですね。F=ディースカウとは全く対照的にカウンターテナーの柔らかい雰囲気で歌っています。

●パメラ・コバーン(S), レナード・ホカンソン(P)
Pamela Coburn(S), Leonard Hokanson(P)

イタリア語。コバーンはメロディーラインの美しさを生かした歌い方をしているように感じました。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

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ベートーヴェン「うずらの鳴き声(Der Wachtelschlag, WoO 129)」

Der Wachtelschlag, WoO 129
 うずらの鳴き声

[Ach! wie (Horch, wie)]1 schallt's dorten so lieblich hervor;
Fürchte Gott!
Fürchte Gott!
Ruft mir die Wachtel in's Ohr!
Sitzend im Grünen, von Halmen umhüllt,
Mahnt sie den Horcher [im Schattengefild (am Saatengefild)]2:
Liebe Gott!
Liebe Gott!
Er ist so [gütig, so (gütig und)]3 mild.
 ああ!(聞け、)あそこからなんと愛らしい鳴き声が響いてくることか。
 神を畏れよ!
 神を畏れよ!
 と、うずらが私の耳に向けて鳴いている。
 緑野に座り、わらに覆われて、
 日陰の野原(耕地)で、うずらは聞き耳を立てる者に向けて勧告するのだ、
 神を愛せ!
 神を愛せ!
 神はとても親切で穏やかだ、と。

Wieder bedeutet ihr hüpfender Schlag:
Lobe Gott!
Lobe Gott!
Der dich zu lohnen vermag.
Siehst du die herrlichen Früchte im Feld,
Nimm es zu Herzen, Bewohner der Welt!
Danke Gott!
Danke Gott!
Der dich ernährt und erhält.
 再びうずらのはずんだ鳴き声が意味しているのは、
 神を讃えよ!
 神を讃えよ!
 神はあなたに報いることができる、ということだ。
 畑に立派な果実が見えるならば
 心に受けとめなさい、この世の住民よ!
 神に感謝せよ!
 神に感謝せよ!
 神はあなたを養い、面倒をみてくださるのだ。

Schreckt dich im Wetter der Herr der Natur,
Bitte Gott!
Bitte Gott!
Ruft sie, er schonet die Flur.
Machen Gefahren der Krieger dir bang,
Traue Gott!
Traue Gott!
Sieh, er verziehet nicht lang!
 自然の主が悪天候であなたを驚かせるとき、
 神に祈れ!
 神に祈れ!
 と、うずらが鳴くと、神は野をいたわってくださる。
 戦士が不安なあなたを危険にさらすとき、
 神を信頼せよ!
 神を信頼せよ!
 見よ、神は長く待たせることはないのだ!

1 Beethoven (first print), and Schubert: "Ach, mir"; Sauter (1811 edition), and Beethoven (Breitkopf & Härtel): "Horch, wie"
2 Sauter (1811 edition), Beethoven (Breitkopf & Härtel), and Schubert (Alte Gesamtausgabe): "am Saatengefild"
3 Beethoven (Breitkopf & Härtel): "gütig und"

詩:Samuel Friedrich Sauter (1766-1846), "Der Wachtelschlag", written 1796, first published 1799
曲:Ludwig van Beethoven (1770 - 1827), "Der Wachtelschlag", WoO 129 (1803)

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詩は、学校の先生だったザムエル・フリードリヒ・ザウターによって1796年に書かれ、1799年に初版が出版されました。この詩はいくつかの異なる版があったようで、ベートーヴェンの作品も出版譜によって異なるテキストになっている箇所があります。上記のテキストで[ ]で囲まれている箇所が版による違いのある箇所です。( )内はベートーヴェンの死後に出版された旧全集に掲載されたもので、詩人の詩句の変更を反映しているのでこちらで歌われることが多いようですが、ベートーヴェン自身による変更ではないものと思われます。

うずらの鳴き声特有のリズムから詩人は「Fürchte Gott!(神を畏れよ!)」「Liebe Gott!(神を愛せ!)」「Lobe Gott!(神を讃えよ!)」「Danke Gott!(神に感謝せよ!)」「Bitte Gott!(神に祈れ!)」「Traue Gott!(神を信頼せよ!)」という3音節からなる神へのメッセージを聞き取り、それをうずらからの神への賛歌として詩にしました。

ベートーヴェンはこの詩に1803年4月上旬に作曲しました。この年の9月後半にベートーヴェンはライプツィヒのブライトコプフ&ヘルテル(Breitkopf & Härtel)に出版の打診の手紙を送りましたが、結局実現せず、翌1804年にWiener Kunst- und Industrie-Comptoir (Bureau des Arts et d'Industrie)から出版されました。

うずらの鳴き声を模したタッタタンという付点リズムが曲全体を通して歌にもピアノにもあらわれ、途中の嵐や戦士に言及される箇所なども描写的に表現されています。

1980年代にエディト・マティス&小林道夫のコンサートの録画がNHKで放送され、その時にこの曲がとりあげられていて、面白い曲だなぁと思った記憶があります。

2/4拍子
ヘ長調(F-dur)
Larghetto

ちなみに同じテキストにシューベルトも1822年に作曲しています(Der Wachtelschlag, D 742, Op. 68)。
シューベルトの詩の改変や第3節の行の削除(Tröstet mich wieder der Wachtelgesang:)がベートーヴェンと同じであることから、シューベルトはザウターの詩集ではなく、ベートーヴェンの作品を見て作曲したのかもしれません。

●うずらの鳴き声
Wachtelschlag - Balzruf der Europäischen Wachtel im Wildpark-MV

うずらの特徴的なタッタタンという鳴き声が聞けます。

●フリッツ・ヴンダーリヒ(T), フーベルト・ギーゼン(P)
Fritz Wunderlich(T), Hubert Giesen(P)

1965年Salzburgライヴ。どこまでも甘美で力強く響くヴンダーリヒの美声と表現力の素晴らしさにただ聴きほれます!

●ペーター・シュライアー(T) & ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T) & Walter Olbertz(P)

シュライアーは物語を読み聞かせるようにめりはりのきいたディクションで聞き手を引きこんでくれます。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR) & イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Jörg Demus(P)

楽譜が表示されるので見ながら聴くとF=ディースカウがいかに楽譜を尊重して演奏しているかが分かります。デームスも推進力のある演奏で良かったです。

●ヘルマン・プライ(BR) & レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR) & Leonard Hokanson(P)

円熟期のプライはこの曲を甘美に優しく歌っており、嵐の描写の箇所でさえ劇的になり過ぎず、うずらの愛おしさを感じさせる歌唱でした。

●エリーザベト・シュヴァルツコプフ(S), エトヴィン・フィッシャー(P)
Elisabeth Schwarzkopf(S), Edwin Fischer(P)

1954年イタリアTorino放送録音。シュヴァルツコプフの気品のある歌声が神への賛歌にふさわしく感じられます。

●ジョン・マーク・エインスリー(T), イアン・バーンサイド(P)
John Mark Ainsley(T), Iain Burnside(P)

爽やかなエインスリーの美声は耳に心地よいです。バーンサイドの雄弁なピアノも良かったです。

●シューベルト作曲「うずらの鳴き声(Der Wachtelschlag, D 742, Op. 68)」
フリッツ・ヴンダーリヒ(T), ルートヴィヒ・クッシェ(P)
Fritz Wunderlich(T), Ludwig Kusche(P)

1965年録画。シューベルトによる作品は、うずらのリズムはベートーヴェンと同じですが、変形有節形式で、第3節の嵐の箇所も短調にすることで嵐をほのめかす趣です。美声テノール、ヴンダーリヒの貴重な映像が見られるのが嬉しいです!

<参考>

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

「うずらの鳴き声」——神への感謝、信仰を呼びかける

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ベートーヴェン「懺悔の歌(Bußlied, Op. 48, No. 6)」(『ゲレルトの詩による6つの歌曲』より)

Bußlied, Op. 48, No. 6
 懺悔の歌

1:
An dir, allein an dir hab ich gesündigt,
Und übel oft vor dir getan.
Du siehst die Schuld, die mir den Fluch verkündigt;
Sieh, Gott, auch meinen Jammer an.
 あなたに、あなたにだけ私は罪を犯し、
 しばしばあなたの前で悪いことをしました。
 あなたはその罪をご覧になりました、私に天罰を告げる罪を。
 神よ、私の不幸もご覧ください。

2:
Dir ist mein Flehn, mein Seufzen nicht verborgen,
Und meine Tränen sind vor dir.
Ach Gott, mein Gott, wie lange soll ich sorgen?
Wie lang entfernst du dich von mir?
 私の懇願、私の嘆息はあなたにはお見通しで
 私の涙はあなたの御前にあります。
 ああ神よ、わが神よ、どれほどの間私は心配すればいいのでしょう。
 どれほどの間あなたは私から離れておられるのでしょうか。

3:
Herr, handle nicht mit mir nach meinen Sünden,
Vergilt mir nicht nach meiner Schuld.
Ich suche dich, laß mich dein Antlitz finden,
Du Gott der Langmut und Geduld.
 主よ、私の罪によって私と取引しないでください、
 私のとがによって私に報いないでください、
 私はあなたをさがしています、あなたの顔を見つけさせてください、
 あなた、寛容と忍耐の神よ。

4:
Früh wollst du mich mit deiner Gnade füllen,
Gott, Vater der Barmherzigkeit.
Erfreue mich um deines Namens willen,
Du bist mein Gott, der gern erfreut.
 早くもあなたは私をあなたの恩寵で満たそうとしておられる、
 神よ、慈悲の父よ。
 あなたの名前ゆえに私を喜ばせてください、
 あなたは私の神で、心から喜ばせてくださるのです。

5:
Laß deinen Weg mich wieder freudig wallen
Und lehre mich dein heilig Recht
Mich täglich tun nach deinem Wohlgefallen;
Du bist mein Gott, ich bin dein Knecht.
 あなたの道を私に再び喜びをもって歩かせてください、
 そして私にあなたの聖なる法を教えてください。
 毎日私をあなたの意にかなうままにしてください。
 あなたは私の神で、私はあなたのしもべです。

6:
Herr, eile du, mein Schutz, mir beizustehen,
Und leite mich auf ebner Bahn.
Er hört mein Schrei'n, der Herr erhört mein Flehen
Und nimmt sich meiner Seele an.
 主よ、お急ぎください、わが庇護者よ、私を助けるために、
 私を平坦な軌道に導いてください。
 あの方は私の叫び声を聞き、主は私の懇願を聞き入れ、
 私の魂を御心にかけてくださいます。

Carl Philipp Emanuel Bach (1714-1788) sets stanzas 1-3, 6

詩:Christian Fürchtegott Gellert (1715-1769)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827), "Bußlied", op. 48 no. 6 (1803), from Sechs Lieder nach Gedichten von Gellert, no. 6

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『ゲレルトの詩による6つの歌曲』の最後、第6曲は「懺悔の歌」です。

「懺悔の歌」では、全6節からなるゲレルトの詩のすべての節にベートーヴェンは通作形式で作曲しました。『ゲレルト歌曲集』のうち、原詩を省略せず、すべてを使用したのはこの第6曲だけでした。

ゲレルトの詩は懺悔で始まりますが、後半では「寛容と忍耐」をもった神に自分を導いてほしいと訴えます。
ベートーヴェンは詩の前半3節と後半3節の違いを明確に意識したようです。前半では主人公が真摯に懺悔する様を描くように、歌もピアノも寄り添って静かに告白しています。第3節が終わると、曲調がこれまでの短調から同主長調に転調し、ピアノは細かい音型に変わって対位法的な動きになり、歌は堂々たる賛歌のような趣になります。罪を告白し、重荷から解放された主人公は、後半で神の導きを力強く求めていきます。
心労を乗り越えて前向きに進むベートーヴェンらしい作品だと思います。

3/4拍子
イ短調(a-moll)→イ長調(A-dur)
Poco adagio (Etwas langsam) (いくぶんゆっくりと)
→Allegro ma non troppo (Geschwind doch nicht zu viel) (速く、しかし速すぎずに)

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

シュライアーの懺悔は真摯で、悔やんでいる心情が真に迫ってきます。最後は許しを得たように感じられました。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P)

F=ディースカウの綿密な構成と語り口が見事です!ここまで細やかに懺悔されたら神も救いの手を伸ばさずにはいられないでしょう。

●ヘルマン・プライ(BR), ヴォルフガング・サヴァリシュ(P)
Hermann Prey(BR), Wolfgang Sawallisch(P)

プライの歌は懺悔していても前向きで、特に後半は生きることの喜びを全身で表現しているように感じられます。サヴァリシュの明晰なピアノも素晴らしかったです。

●ジェスィー・ノーマン(S), ジェイムズ・レヴァイン(P)
Jessye Norman(S), James Levine(P)

ノーマンの前半の真摯さから後半の熱い嘆願への移行がごく自然で、豊かな声による告白が神に届いたのではないかと想像されます。

●マティアス・ゲルネ(BR), ヤン・リシエツキ(P)
Matthias Goerne(BR), Jan Lisiecki(P)

ゲルネの含蓄のある声は、懺悔する者の心情を深く感じさせてくれます。

●ピアノパートのみ(Esteban de Bardeci (piano))
❤️ Bußlied - Op. 48 no. 6 🍃 Ludwig van Beethoven 🎧 Piano Accompaniment 🎼 Score and Karaoke

歌がないことで聴こえてくる音楽もあると思います。ベートーヴェンがこの曲のピアノパートに盛り込んだ音楽を味わうにちょうどいい音源ではないかと思います。

●フランツ・リストによるピアノ独奏用編曲(Yung Wook Yoo (piano))
Beethoven - 6 Geistliche Lieder, S. 467/R. 122: No. 3, Busslied

リストの編曲は比較的原曲に忠実ですが、後半の長調になってからは技巧的な華やかさも織り込んでリストらしく盛り上げていきます。

●カール・フィリプ・エマヌエル・バッハによる作曲「懺悔の歌」
Carl Philipp Emanuel Bach: Geistliche Oden und Lieder, Wq. 194, H. 686: No. 3, Busslied
ドロテー・ミールツ(S), ルドガー・レミー(Fortepiano)
Dorothee Mields(S), Ludger Rémy(Fortepiano)

C.P.E.バッハは1-3,6節に有節形式で作曲し、ミールツ&レミーもその通りに演奏しています。哀愁を帯びた音楽は主人公の懺悔の思いを反映しているのでしょう。

(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

「ゲレルトの詩による6つの歌(リート)」——伯爵夫人の死に際して出版された歌曲集

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