ベートーヴェン「愛されない男の溜息と愛のお返し(Seufzer eines Ungeliebten und Gegenliebe, WoO. 118)」
Seufzer eines Ungeliebten und Gegenliebe, WoO. 118
愛されない男の溜息と愛のお返し
<Seufzer eines Ungeliebten>
<愛されない男の溜息>
Hast du nicht Liebe zugemessen
Dem Leben jeder Kreatur?
Warum bin ich allein vergessen,
Auch meine Mutter du! du Natur?
あなたは愛を割り当てなかったのですか、
あらゆる被造物の人生に?
なぜ私だけ忘れられているのでしょう、
わが母よ、自然よ。
Wo lebte wohl in Forst und Hürde,
Und wo in Luft und Meer, ein Tier,
Das nimmermehr geliebet würde? --
Geliebt wird alles außer mir!
林や草地の中、
空気や海の中で暮らす獣は
愛されないでしょうか?
私以外のあらゆるものが愛されているのです!
Wenn gleich im Hain, auf Flur und Matten
Sich Baum und Staude, Moos und Kraut
Durch Lieb' und Gegenliebe gatten;
Vermählt sich mir doch keine Braut.
林、野原、草地で
木や草、苔や葉が
愛し愛されて結ばれるのに、
私と結婚してくれる許嫁はいません。
Mir wächst vom süßesten der Triebe
Nie Honigfrucht zur Lust heran.
Denn ach! mir mangelt Gegenliebe,
Die Eine, nur Eine gewähren kann.
衝動の中の最も甘いところから
欲望の甘い果実は私には育たないのです。
というのも、ああ!私には欠けているからです、
一人、ただ一人の女性が与えることの出来る愛のお返しが。
<Gegenliebe>
<愛のお返し>
Wüßt' ich, wüßt' ich, daß du mich
Lieb und wert ein bißchen hieltest,
Und von dem, was ich für dich,
Nur ein Hundertteilchen fühltest;
私が知ったなら、
あなたが私のことを少しでも大事に思っていると、
そして私のあなたに対する思いを
ほんのわずかでもあなたが感じていると、
Daß dein Dank hübsch meinem Gruß'
Halben Wegs entgegen käme,
Und dein Mund den Wechselkuß
Gerne gäb' und wiedernähme:
私の挨拶に対してあなたの素敵なお返しが
半ば応じてくれて、
あなたの口がキスの交換を
したりされたりしたがっていると、知ったなら、
Dann, o Himmel, außer sich,
Würde ganz mein Herz zerlodern!
Leib und Leben könnt' ich dich
Nicht vergebens lassen fodern! -
その時、おお天よ、我を忘れて
わが心はすべて燃え上がるでしょう!
肉体と生命にあなたを
いたずらに全力で求めさせないでしょう!
Gegengunst erhöhet Gunst,
Liebe nähret Gegenliebe,
Und entflammt zu Feuersbrunst,
Was ein Aschenfünkchen bliebe.
好意へのお返しは好意を高め、
愛は愛のお返しをはぐぐみます、
そして火のようにさかって燃え上がり、
灰となって火花が残るのです。
詩:Gottfried August Bürger (1747 - 1794)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)
--------------
ゴットフリート・アウグスト・ビュルガーの二つの詩「愛されない男の溜息(Seufzer eines Ungeliebten)」と「愛のお返し(Gegenliebe)」は1774年に書かれ、「叙情詩集(Lyrische Gedichte)」の中で続けて配置されています。
この2つの詩をベートーヴェンは1つの歌曲として切れ目なくつなげましたが、一種の連作歌曲集という見方も出来るのではないかと思います(1794年終わりあるいは1795年作曲)。
「愛されない男の溜息」の詩は、その名の通りの内容で、動物も植物も愛しあうパートナーがいるのになぜ私だけいないのかと哀れな境遇を嘆く男の歌です。それに続く「愛のお返し」は、前の詩の男性が続けて語っているようにもとれますし、ひそかにこの男性に思いを寄せる女性が言っているととらえることも可能です。R.ウィリアムズ&A.マリーの歌った録音は、それぞれの詩を、嘆く男性と応える女性と解釈した例でしょう(下の音源で聴いてみて下さい)。
「愛されない男の溜息」の音楽は、上行するピアノ前奏に導かれてレチタティーヴォで始まり、第2節になると拍子が変わり、平行調に転調してメロディアスな要素が加わります。
「愛されない男の溜息」のテキストが終わった後にそのまま「愛のお返し」の冒頭の"Wüßt' ich, wüßt' ich,"が続けて歌われます。細かいピアノのパッセージをはさんで、次のAllegrettoで拍子が変わり、再度「愛のお返し」の冒頭から軽快でよりメロディアスな歌が歌われます。この2つの詩をあえて別々の曲にせず、1つにつなげる手法は、後の彼の連作歌曲集『遥かな恋人に寄せて』の先駆けと言えなくもないと思います。
不安定なレチタティーヴォで不安げに嘆く男は、曲の最後では落ち着き安定した響きを得て、きっと希望を見つけたように思えます。
苦悩から歓喜へというテーマはこの頃すでにベートーヴェンの脳裏にあったのではないかと感じました。
(Seufzer eines Ungeliebten)
Moderato-Andantino
4/4拍子-3/4拍子
ハ短調(c-moll)-変ホ長調(Es-dur)
(Gegenliebe)
-Allegretto
-2/4拍子
-ハ長調(C-dur)
「愛のお返し(Gegenliebe)」の歌声部のメロディーは、後に作曲された合唱幻想曲(Fantasie für Klavier, Chor und Orchester c-Moll, Op. 80)にも取り入れられます(下の動画参照)。
ちなみに「愛のお返し(Gegenliebe)」のテキストにはハイドンも作曲しています。
(Franz) Joseph Haydn (1732 - 1809), "Gegenliebe", Hob. XXVIa no. 16 (1781/4)
●ロデリック・ウィリアムズ(BR) & アン・マリー(MS) & イアン・バーンサイド(P)
Roderick Williams(BR) & Ann Murray(MS) & Iain Burnside(P)
1曲目は男性の歌なので、2曲目を女性目線と解釈すると、男女の歌手が1曲ずつ分担して歌うというのはいいアイディアだなぁと思います。歌手、ピアニスト共に安定の素晴らしさですね。
●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR) & イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Jörg Demus(P)
F=ディースカウが歌うと、様々な部分に分かれた歌曲の構造がくっきりして、すべてが自然につながっていくのが素晴らしいです。デームスも魅力的でした。
●ペーター・シュライアー(T) & ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T) & Walter Olbertz(P)
シュライアーの明晰な語りと清冽な美声はここでも素晴らしいです。ちなみにシュライアーはベートーヴェン歌曲集の録音(ライヴ含む)を沢山残している為、このオルベルツとの全集録音の他に、デームス、シェトラー、シフとの録音もあります。
●ヘルマン・プライ(BR) & レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR) & Leonard Hokanson(P)
プライはゆったり余裕をもっていつもの味わい深い語り口で聴かせてくれます。
●フローリアン・プライ(BR) & ノルベルト・グロー(P)
Florian Prey(BR) & Norbert Groh(P)
なんと親子でこの曲を録音していました!プライ父子で聴き比べが出来ます。フローリアンは父親の貫禄に比べてより繊細な印象を受けました。
●アンネ・ソフィー・フォン・オッター(MS) & メルヴィン・タン(Fortepiano)
Anne Sofie von Otter(MS) & Melvyn Tan(Fortepiano)
オッターはコミカルかつ主人公に共感しているような歌唱で、とてもチャーミングでした。
●「愛のお返し」のメロディーが使われた後年の作品
ベートーヴェン:「合唱幻想曲」Op. 80よりFinale
Maurizio Pollini, piano
Lioba Braun, soprano
Karita Mattila, soprano
Annika Hudak, contralto
Mats Carlsson, tenor
Peter Seiffert, tenor
Lage Wedin, bass
Swedish Radio Choir
Eric Ericson Chamber Choir
Berliner Philharmoniker
Claudio Abbado, conductor
最初の15分ほどはピアノと管弦楽のみで「愛のお返し(Gegenliebe)」のテーマ等が演奏され、最後の5分弱で独唱者6人と混声合唱が加わり、「愛のお返し」のメロディーを祝祭的に歌って盛り上がります(歌詞は「愛のお返し」とは異なり、クリストフ・クフナーによるものと言われています)。その最後の部分がこの映像で楽しめます。よく指摘されているように「第九」最終楽章の萌芽がすでに感じられますね。
●カール・クリスティアン・アクテ(Karl Christian Agthe)作曲「愛されない者の溜息と愛のお返し」
Leonore Becker(Vocal) & Dirk Fischbeck(P)
録音:Latina der Franckeschen Stiftungen in Halle/Saale 2007
ベートーヴェンより8歳年長のアクテは宮廷オルガニストを務めたドイツの作曲家です。「愛されない男の溜息」ではレチタティーヴォで始めたベートーヴェンと異なり、最初から抒情的な有節歌曲として作曲していますね。「愛のお返し」も有節形式でした。
●ハイドン作曲「愛のお返し(Gegenliebe, Hob.XXVIa:16)」
ヴォルフガング・ホルツマイア(BR) & イモジェン・クーパー(P)
Wolfgang Holzmair(BR) & Imogen Cooper(P)
ハイドンは「愛のお返し」のテキストに有節形式で作曲しています。軽快で魅力的な曲ですね。
(参考)
・歌曲「愛されない男のため息―応える愛Seufzer eines Ungeliebten―Gegenliebe WoO 118」――歓喜の歌の原石――
http://pietro.music.coocan.jp/storia/beethoven_contramoreWoO118.html
・The LiederNet Archive
https://www.lieder.net/lieder/get_text.html?TextId=3310
https://www.lieder.net/lieder/get_text.html?TextId=3316
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コメント
フランツさん、こんばんは。
愛されない男のため息は、なかなかに深いですね。愛のお返しがあって、良かったです(^^)
まず、フローリアンさんを聞きました。
声の中心がピンと張って透明になるところの色合いなど、若き日の父ヘルマンさんを思わせます。
父親よりテノーラルで、爽やかさを感じる美声のなかに、やはり父ヘルマンさんを感じる音色がありますね。
一方、父ヘルマンさんは、愛されない自分の心情、哀れさをしみじみ語っていますね。
晩年の人生の達観から生まれた演奏のように思います。
ウィルアムズの嘆きの演奏も細やかで、それを労るようなマリーの返歌、いいですね。
日本の和歌にも愛の歌と返歌がありますが、それを思い出しました。女声で歌われるほうが、報われた感が出ますね。
ディースカウさんは、語り部になって、愛されない男の気持ちを代弁しているようです。ビアノも語っていて美しかったです。
シュライアーはこの曲を何度も録音しているのですね。
テノールで聞くと嘆きは青年のもの、青春の香りがしますね。
誠実なのに、なぜか女性から振り向いてもらえない、ちょっと奥手な青年像が浮かびました。最後はお返しがあって良かったです!
オッターは、ピアノ前奏から軽やかですね。歌唱も男性陣の演奏とは一線を画したもので、こういう歌い方もあるんだなあ、と。
これも魅力的ですよね。
取り敢えず、ここで一度送信しますね。
投稿: 真子 | 2021年5月29日 (土曜日) 21時05分
真子さん、こんにちは。
早速聴いてくださり、有難うございます(^^)
真剣なのかふざけているのかよく分からない詩ですよね。最後に救いがあるのは良かったです(^_^;)
フローリアンはおっしゃるように父親よりも高めの声質をしていますよね。でも音を伸ばした時にまぎれもなく父親の響きが受け継がれているのが感じられます。若さを感じられる歌唱だと思いました。
ヘルマンはもうどっしりと落ち着いた歌いっぷりで、年輪が感じられますね。親子でもこれだけ雰囲気が異なるというのは興味深かったです。
ウィリアムズとマリーの録音はとてもいい試みだと思います。男声の嘆きが女声にまさに「報われた」感じがしますね。
和歌と共通のものを感じ取られるとは真子さんの感性は素晴らしいですね!
ディースカウは本当に語りがうまくて惹き込まれてしまいます。
シュライアーは「青春の香り」という形容、同感です。
プライが水車屋の娘を歌った時の青春とはまた一味違って、誠実で若干内向的な青年の語りのように聞こえます。
オッターの解釈、面白いですよね。彼女の表現の幅は歌曲にうってつけだと思います。
投稿: フランツ | 2021年5月30日 (日曜日) 12時55分