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シューベルト「酒神賛歌(Dithyrambe, D 801)」を聴く

Dithyrambe, D 801(Op. 60 No. 2)
 酒神賛歌

Nimmer, das glaubt mir,
Erscheinen die Götter,
Nimmer allein.
Kaum daß ich Bacchus den lustigen habe,
Kommt auch schon Amor, der lächelnde Knabe,
Phöbus der Herrliche findet sich ein.
      Sie nahen, sie kommen
      Die Himmlischen alle,
      Mit Göttern erfüllt sich
      Die irdische Halle.
 私を信じなさい、決して
 神々は
 一人では現れないだろう。
 陽気なバッコスがいると思ったら
 微笑む子供アモル(*恋愛の神。ギリシャ神話のEros)もすでに来ていて、
 立派なポイボス(*Apolloの呼び名の一つ)も姿を現す。
  彼らは近づき、やって来る、
  天上の神々はみな。
  神々で
  この世の会堂はいっぱいになる。

Sagt, wie bewirth' ich,
Der Erdegeborne,
Himmlischen Chor?
Schenket mir euer unsterbliches Leben,
Götter! Was kann euch der Sterbliche geben?
Hebet zu eurem Olymp mich empor!
      Die Freude, sie wohnt nur
      In Jupiters Saale,
      O füllet mit Nektar,
      O reicht mir die Schale!
 教えてくれ、
 地上に生まれた私はいかにもてなせばよいのか、
 天の合唱団を?
 あなたがたの不死の生命を私に贈ってくれ、
 神々よ!死すべき者はあなたがたに何を与えられよう?
 オリンポス山に私を引き上げておくれ!
  喜び、それはただ
  ユピテル(*ギリシャ神話のZeusと同一視される)の広間に住む。
  おお、ネクタル(*不老長寿の美酒)で満たせ、
  おお、私に杯を手渡してくれ!

Reich ihm die Schale!
O schenke dem Dichter,
Hebe, nur ein, schenke nur ein!
Netz' ihm die Augen mit himmlischem Thaue,
Daß er den Styx, den verhaßten, nicht schaue,
Einer der Unsern sich dünke zu sein.
      Sie rauschet, sie perlet,
      Die himmlische Quelle,
      Der Busen wird ruhig,
      Das Auge wird helle.
 彼に杯を手渡してくれ!
 おお、その詩人に酒をついで、
 ヘーベ(*青春の美の女神)よ、さあついで、ついでおくれ。
 天上の露で彼の両目を濡らせ、
 忌むべきステュクス(*ギリシャ神話で「冥界の川」)を彼が見ることがないように、
 私たちのうちの一人だと思いこむように。
  さざめき、したたり落ちるのは
  天上の泉だ。
  胸は安らぎ、
  目は明るくなる。

詩:Friedrich von Schiller (1759 - 1805), "Dithyrambe", written 1796, first published 1797
曲:Franz Peter Schubert (1797 - 1828), "Dithyrambe", op. 60 (Zwei Lieder) no. 2, D 801 (1826), published 1826, first performed 1828

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タイトルのDithyrambe(ディテュランベ)というのは、グレアム・ジョンソンの解説によれば、紀元前7世紀のギリシャで生まれた酒の神ディオニュソス(ローマ神話のバッコス)への賛歌とのことです。詩の中に神様の名前が沢山出てきますね。

シューベルトはシラーのこのテキストに2回作曲しました。
1回目は1813年頃にテノール、バスと四部合唱、ピアノという編成の未完の作品(D 47)で、2回目が今回取り上げる1826年作曲・出版の独唱曲(D 801, Op. 60/2)です。

はじめてこの曲を聴いたのはF=ディースカウ&ムーアの全集の録音でしたが、聴いてすぐに魅了されたのを覚えています。
躍動的かつ情熱的で聴いていて楽しいです。祝祭的な華やかさに聴く者も興奮させられます。
歌声部がヘ音譜表で書かれている為、低声歌手によって歌われることが多いですが、高声歌手でも聴いてみたいものです(低いイ音(A)を出さなければなりませんが)。
なお、この曲の一番最後に弾かれるピアノ後奏ですが、初版は前奏と同じ形ですが、旧シューベルト全集では前奏よりも短く上昇していく形に変更されています(下記に引用した録音では、モル&ガルベンが旧シューベルト全集版で演奏しています)。どのタイミングで誰が変更したのか、おそらく新シューベルト全集の校訂記録を見れば何か載っているのではないかと思います。いつになるか分かりませんが、後日何か分かりましたら追記します。

6/8拍子
Geschwind und feurig (速く、燃えるように激しく)
イ長調(A-dur)

●詩の朗読(Susanna Proskura (speaker))

ソプラノ歌手ズザンナ・プロスクラが朗読しています。

●クルト・モル(BSBR), コルト・ガルベン(P)
Kurt Moll(BSBR), Cord Garben(P)

モルの深々としていながら重くなり過ぎない声がとても生きた歌唱だと思います。ガルベンのパリパリしたタッチがここで効果的だと思います。一番最後のピアノ後奏は旧シューベルト全集版で演奏されています。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Gerald Moore(P)

F=ディースカウの雄弁な語り口が素晴らしく、聴いていて体が自然に動いてしまうほどです。ムーアの安定した演奏も非常に魅力的です。

●ロベルト・ホル(BSBR), デイヴィッド・ラッツ(P)
Robert Holl(BSBR), David Lutz(P)

バスバリトンのホルの響きがこの歌によく合っているように思います。

●ジェラール・スゼー(BR), ドルトン・ボールドウィン(P)
Gérard Souzay(BR), Dalton Baldwin(P)

スゼーの気品のある歌唱がこの曲の新たな魅力を引き出しているように思います。スゼーのドイツリートは本当に魅力的で大好きです!ボールドウィンの弾むリズムが印象的です。

●クリスタ・ルートヴィヒ(MS), ジェラルド・ムーア(P)
Christa Ludwig(MS), Gerald Moore(P)

これまでお蔵入りのままで最近日の目を見た音源のようです。ルートヴィヒの強靭さも兼ね備えた歌唱はとても魅力的でした。

●自動ピアノの演奏(歌声部も含み、MIDI音源と思われます)

歌声部の正確な音程を知るのにうってつけだと思います。

他にエレナ・ゲルハルト(Elena Gerhardt)(MS) & ジェラルド・ムーア(Gerald Moore)(P)、ゲオルク・ハン(Georg Hann)(BS) & ミヒャエル・ラウハイゼン(Michael Raucheisen)(P)、ヴォルフガング・ホルツマイア(Wolfgang Holzmair)(BR) & ジェラール・ヴィス(Gérard Wyss)(P)、マルティン・ブルンス(Martin Bruns)(BR) & ウルリヒ・アイゼンローア(Ulrich Eisenlohr)(P)、トマス・メリオランザ(Thomas Meglioranza)(BR) & 内田怜子(Reiko Uchida)(P)、ティロ・ダールマン(Thilo Dahlmann)(BR) & チャールズ・スペンサー(Charles Spencer)(P)の録音を動画サイトで聴くことが出来ます。

ちなみにHyperionのシューベルト・エディションではブリギッテ・ファスベンダー(Brigitte Fassbaender)(MS)&グレアム・ジョンソン(Graham Johnson)(P)が録音しています。
https://www.hyperion-records.co.uk/dw.asp?dc=W2209_GBAJY9101118

未完の第1作(D 47)については、Hyperionの歌曲全集で補筆版が録音されており、下記リンク先で少しだけ試聴できます。
https://www.hyperion-records.co.uk/tw.asp?w=W1792

[参照]
The LiederNet Archive: Dithyrambe

Schubertlied.de

Wikipedia: ディテュランボス

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コメント

フランツさん、こんにちは。

躍動的なワクワクする曲ですね。これをテノールが歌ったら、更に高揚感が高まりそうですが、やはり低いA音がネックなのでしょうかね。

ロベルト・ホルとクルト・モルを続けて聞いてみました。
似たイメージの二人でしたが(モルの方がやや深いでしょうか。名前も似てますよね。)
やや速く歌っているモル。この曲のワクワク感をさらに引き出してくれているように思いました。

一方ホは、ゆったりしたテンポで、子供に、丁寧に神話を語って聞かせているような演奏で、これも良かったです。

ディースカウさんの語りが効いていますね! ホルからのディースカウさんで、歌手の違い特性が浮かび上がり興味深いです。

スゼーは、歌う紳士ですね。お酒を飲んでも飲まれないスタイリッシュな姿が想像されます。

ルートヴィヒの歌は男前ですね。宝塚の男役のようにかっこ良かったです。
お蔵から出てきて良かったですよね!

ブロスクラの朗読も素敵でした。このまま歌って欲しかったです。
ドイツ語の響きはすでに音楽ですよね。

そして、お酒の好きなプライさんは、なぜこの曲を録音しなかったのでしょう。(舞台で歌ったことがあるのかどうかはわかりませんが)彼にぴったりの歌なのに笑
例によって、脳内再生することにします♪

投稿: 真子 | 2021年5月14日 (金曜日) 11時05分

真子さん、こんばんは。

>躍動的なワクワクする曲ですね。

本当にそうですね。この曲大好きなんです!

>これをテノールが歌ったら、更に高揚感が高まりそうですが、やはり低いA音がネックなのでしょうかね。

高音歌手にとって低い方は出ないことはなくともなかなか難しいかもしれないですね。でも例えばジェシー・ノーマンなら余裕で歌えそうですが。

モルの生き生きとした快活なテンポと、ホルのゆったり丁寧なテンポは同じ低声歌手でも随分印象が異なりますね(確かに姓だけだと似ていますね)。「子供に、丁寧に神話を語って聞かせているよう」-真子さんの比喩は本当に分かりやすくて共感します。

F=ディースカウの歌ははじめてこの曲を聴いた時の演奏だったので、私にとって思い入れが強いです。

スゼーの歌からは常に気品が感じられるのが貴重だと思います。「飲んでも飲まれない」-真子さん、天才です(笑)

ルートヴィヒのこの歌唱、言われてみれば確かに「宝塚の男役」っぽいですね。いつもはファスベンダーの時にそう感じることが多いですが、この曲でのルートヴィヒは強靭ですね。

>プライさんは、なぜこの曲を録音しなかったのでしょう。

プライはよくシューベルトのシラー歌曲だけでプログラミングしていたので、この曲も歌ったことありそうですよね。しかもプライにぴったりの雰囲気の曲ですし。ネットで調べた限りでは出てきませんでしたが。お互い脳内再生で楽しみましょう(^^)

投稿: フランツ | 2021年5月14日 (金曜日) 19時06分

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