ベートーヴェン「モリーの別れ(Mollys Abschied, Op. 52, No. 5)」
Mollys Abschied
モリーの別れ
1
Lebe wohl, du Mann der Lust und Schmerzen!
Mann der Liebe, meines Lebens Stab!
Gott mit dir, Geliebter! Tief zu Herzen
Halle dir mein Segensruf hinab!
さようなら、欲望と苦しみの男(ひと)!
愛する男、わが人生の支柱よ!
神があなたと共にあらんことを、恋人よ!あなたの心に深く
私の祝福の呼び声が響き渡りますように!
2
Zum Gedächtnis biet' ich dir, statt Goldes --
Was ist Gold und goldeswerter Tand? --
Biet' ich lieber, was dein Auge Holdes,
Was dein Herz an Molly Liebes fand.
記念にあなたに差し上げます、金の代わりに、
金や、金の価値のあるがらくたとは何なのでしょう?
むしろあなたの目が喜ぶものをさしあげます、
あなたの心がモリーの好きなところだと思っていたものを。
3 (ベートーヴェンは第4節として作曲した)
Nimm, du süßer Schmeichler, von den Locken,
Die du oft zerwühltest und verschobst,
Wann du über Flachs an Pallas Rocken,
Über Gold und Seide sie erhobst!
お世辞の上手いいとしい人、この巻毛の中から受け取ってください、
あなたがよくかきむしってずらしていた巻毛から。
あなたがパラスの糸巻き棒につける亜麻よりも
金や絹よりもこの巻毛の方がいいというならば!
4 (ベートーヴェンは第3節として作曲した)
Vom Gesicht, der Waltstatt deiner Küsse,
Nimm, so lang' ich ferne von dir bin,
Halb zum mindesten im Schattenrisse
Für die Phantasie die Abschrift hin!
あなたのキスの戦場だったこの顔から
受け取ってください、私があなたから遠く離れている間、
少なくとも半分はシルエットで
想像できるように私の写しを受け取ってください!
5
Meiner Augen Denkmal sei dies blaue
Kränzchen flehender Vergißmeinnicht,
Oft beträufelt von der Wehmut Taue,
Der hervor durch sie vom Herzen bricht!
私の瞳の記念になるのは、この青い
欲しがっていたわすれな草の花輪です、
しばしば悲しみの露が滴(したた)ります、
わすれな草を通して心から湧き出る露が!
6 (ベートーヴェンはこの節を省略した)
Diese Schleife, welche deinem Triebe
Oft des Busens Heiligtum verschloß,
Hegt die Kraft des Hauches meiner Liebe,
Der hinein mit tausend Küssen floß.
この輪は、あなたの衝動に対して
しばしばこの胸の聖域を施錠しましたが、
私の愛の息吹の力を育てます、
その息吹は千ものキスをする時に流れ込むのです。
7 (ベートーヴェンはこの節を省略した)
Mann der Liebe! Mann der Lust und Schmerzen!
Du, für den ich alles that und litt,
Nimm von allem! Nimm von meinem Herzen --
Doch -- du nimmst ja selbst das Ganze mit!
愛する男(ひと)!欲望と苦しみの男よ!
私が何でもしてあげて苦しめられたあなた、
すべての中から受け取ってください!私の心から受け取ってください!
でも...あなたは自分で全部持っていってしまうのでしょうね!
詩:Gottfried August Bürger (1747-1794)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)
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Op.52の第5曲目はゴットフリート・アウグスト・ビュルガーの詩による「モリーの別れ」です。
モリーというのは、詩人ビュルガーの元妻が亡くなった翌年に結婚した義妹Auguste Leonhartのことです。このモリーも翌年(1786年)の出産時に亡くなってしまいます。
この「モリーの別れ」を含む詩集は1789年に初版が出版されました。
ビュルガーの原詩は全部で7節ありますが、ベートーヴェンは最初の5節のみの有節歌曲として作曲しました(作曲年は不詳ですが、1805年に出版されているのでそれ以前なのは確実です)。しかも、第3節と第4節の順序を入れ替えました。これがベートーヴェン自身の意図なのか、それとも出版に際して間違えて印刷されたのかは不明ですが、下記録音の中でハイディ・ブルナー(MS) & クリスティン・オーカーランド(P)の演奏だけは、原詩の順序(第3節→第4節の順)で、ベートーヴェンが省いた節(第6節&第7節)も復元して、全7節歌っています。
ピアノパートの右手最高音は常に歌声部をなぞっています。後奏の細かい音のパッセージがきらきらして魅力的です。ピアニストの表現意欲をかきたてるでしょう。
4/4拍子
ト長調(G-dur)
Adagio con espressione
●アン・マリー(MS) & イアン・バーンサイド(P)
Ann Murray(MS) & Iain Burnside(P)
第1,2,4,3,5節。マリーは美しいフレーズと細やかなディクション、豊かな感情表現が素晴らしいです。
●パメラ・コバーン(S) & レナード・ホカンソン(P)
Pamela Coburn(S) & Leonard Hokanson(P)
第1,2,4,3,5節。コバーンの真っ直ぐな歌唱は好感を持てます。
●ナタリー・ペレス(MS) & ジャン=ピエール・アルマンゴー(P)
Natalie Pérez(MS) & Jean-Pierre Armengaud(P)
第1,4,5節。ペレスの歌声は温かみがあって聴いていて安心しますね。
●アデーレ・シュトルテ(S) & ヴァルター・オルベルツ(P)
Adele Stolte(S) & Walter Olbertz(P)
第1,2節。シュトルテの可憐な声で聴くと、けなげな感じが前面に出ています。
●ハイディ・ブルナー(MS) & クリスティン・オーカーランド(P)
Heidi Brunner(MS) & Kristin Okerlund(P)
第1,2,3,4,5,6,7節。ビュルガーの原詩の順序で省略せずに全節歌っています。
●ピアノパートのみ(Marco Santià (piano))
5回繰り返して演奏していますので歌の練習にも恰好の音源です。右手の高音部が歌声をそのままなぞっています。
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コメント
フランツさん、こんばんは。
美しい曲ですね。
アン・マリー、すっかりお気に入りになりました。
細やかな歌い口がいいですね。
プライ&パメラ・コバーンのこのCD持っていたのに、あまり聞いていなかったことを後悔しています。
コバーンのまっすぐな歌唱がかえって、切々と訴えて来るようです。
ペレスの声には包容力がありますね。温かみがありながら澄んだ声ですね。
シュトルテは、おいくつ位の方でしょうか?
リタ・シュトライヒと歌い口が似ている気がしました。
ブルナーのゆったりとした演奏もいいですね。
こうして聴いていると、メゾの魅力も色々ですね。
今回もありがとうございました。
穏やかな気持ちになれる聴き比べでした。
投稿: 真子 | 2021年4月11日 (日曜日) 20時16分
真子さん、こんばんは。
>美しい曲ですね。
そうなんですよ。
といっても私も今回の聴き比べで初めてじっくり聴いたのですが。
穏やかで悟りきったかのような歌ですよね。
死にゆく女性モリーが恋人との別れを予感して形見を渡そうという歌ですが、悲壮感はすでになく、天上に向かう穏やかな心境に達しているのではと思ってしまいます。
マリー、気に入っていただけて良かったです!
私も彼女がこれほど素晴らしいリート歌手だったことをこの機会に再発見できたのが良かったと思っています。
コバーンの真摯な歌いぶりもいいですよね。歌曲全集は通して聴くのはなかなか大変ですが、こうして1曲ずつ聞いていくといろいろな発見があって楽しいですね!
ペレスの声、本当に包み込むようです(^^)
シュトルテは1932年生まれとのことなので、ベートーヴェン歌曲全集での相方シュライアーより3歳年上ということになりますね。残念ながら2020年9月26日に87歳で亡くなられたそうです。シュトライヒの可憐でありながらコロラトゥーラもこなす感じと確かに似ていますね。
ブルナーも誠実な歌を歌っていますね。
こちらこそご感想いただけて嬉しいです。有難うございました!
投稿: フランツ | 2021年4月12日 (月曜日) 18時49分