« クリスタ・ルートヴィヒ(Christa Ludwig)逝去 | トップページ | ベートーヴェン「自由な男(Der freie Mann, WoO. 117)」 »

シューベルト「緑野の歌(Das Lied im Grünen, D 917)」を聴く

Das Lied im Grünen, D 917, Op. posth. 115 no. 1
 緑野の歌

1:
Ins Grüne, ins Grüne!
Da lockt uns der Frühling der liebliche Knabe,
Und führt uns am blumenumwundenen Stabe,
Hinaus, wo die Lerchen und Amseln so wach,
In Wälder, auf Felder, auf Hügel, zum Bach,
Ins Grüne, ins Grüne.
 緑野へ、緑野へ!
 春という愛らしい少年がわれわれをそこへ誘い、
 花を巻き付けたステッキでわれわれを導く。
 出かけよう、ひばりやつぐみがとても元気な場所へ、
 森へ、野原へ、丘へ、小川へ、
 緑野へ、緑野へ。

2:
Im Grünen, im Grünen!
Da lebt es sich wonnig, da wandeln wir gerne,
Und heften die Augen dahin schon von ferne;
Und wie wir so wandeln mit heiterer Brust,
Umwallet uns immer die kindliche Lust,
Im Grünen, im Grünen.
 緑野で、緑野で!
 そこでは楽しく暮らしたり、喜んで歩き回ったりする。
 そしてすでに遠くからそちらへと見やる。
 そして陽気な気分でわれわれは歩き回ると、
 子供のような喜びがいつもわれわれを包む。
 緑野で、緑野で。

3:
Im Grünen, im Grünen,
Da ruht man so wohl, empfindet so schönes,
Und denket behaglich an Dieses und Jenes,
Und zaubert von hinnen, ach! was uns bedrückt,
Und alles herbey, was den Busen entzückt,
Im Grünen, im Grünen.
 緑野で、緑野で、
 ここでくつろぎ、こんなに素晴らしいものを感じ、
 のんびりとあれこれ考える。
 ここから魔法をかける、ああ!われわれの気分を滅入らせるものに。
 この胸を魅了するものはすべて集まれ、
 緑野で、緑野で。

4:
Im Grünen, im Grünen, [im Grünen,]
Da werden die Sterne so klar, die die Weisen
Der Vorwelt zur Leitung des Lebens uns preisen.
Da streichen die Wölkchen so zart uns dahin,
Da heitern die Herzen, da klärt sich der Sinn,
Im Grünen, im Grünen.
 緑野で、緑野で、
 そこでは星々はとても澄んでいて、
 太古の世界の歌がわれわれの人生を統率するものとして星を讃える。
 小さな雲の数々はやさしくあちらへと動き、
 心は明るくなり、感覚は澄みわたる、
 緑野で、緑野で。

5:
Im Grünen, im Grünen,
Da wurde manch Plänchen auf Flügeln getragen,
Die Zukunft der grämlichen [Ansicht (NGA: Aussicht)] entschlagen.
Da stärkt sich das Auge, da labt sich der Blick,
[Sanft wiegen die Wünsche sich hin und zurück,
(NGA: Leicht tändelt die Sehnsucht dahin und zurück,)]
Im Grünen, im Grünen.
 緑野で、緑野で、
 多くの計画が翼に乗って運ばれた、
 不愉快な[光景(※NGAの歌詞も同じような意味)]の未来は捨て去り
 そこで目は強くなり、まなざしによって元気になる。
 [望みはやさしく揺れて行き来する、
 (NGA: 憧れは行き来しながらすぐにたわむれる)]
 緑野で、緑野で。

6:
Im Grünen, im Grünen,
Am Morgen, am Abend, in traulicher Stille,
[Entkeimet (NGA: Da wurde)] manch Liedchen und manche Idylle,
[Und Hymen oft kränzt den poetischen Scherz,
(NGA: Gedichtet, gespielt, mit Vergnügen und Schmerz,)]
Denn leicht ist die Lockung, empfänglich das Herz
Im Grünen, im Grünen.
 緑野で、緑野で、
 朝に、夕方に、心地よい静けさの中、
 かなり多くの歌や牧歌[が生まれ(NGA: となり)]、
 [そして婚礼の歌はしばしば詩的な冗談に花冠をかぶせる。
 (NGA: 喜びや苦しみを伴って詩作したり、遊んだりした。)]
 というのも、誘惑はたやすく、心は感じやすいから、
 緑野で、緑野で。

7:
O gerne im Grünen
Bin ich schon als Knabe und Jüngling gewesen,
Und habe gelernt, und geschrieben, gelesen,
Im Horaz und Plato, dann Wieland und Kant,
Und glühenden Herzens mich selig genannt,
Im Grünen, im Grünen.
 おお、緑野にいるのが
 すでに青少年の時に好きだった、
 私は学んだり、手紙を書いたり、本を読んだりしたものだ、
 ホラティウスやプラトン、それからヴィーラントやカントを。
 そして燃え上がる心の私を幸せだと言った。
 緑野で、緑野で。

8:
Ins Grüne, ins Grüne!
Laßt heiter uns folgen dem freundlichen Knaben!
Grünt einst uns das Leben nicht fürder, so haben
Wir klüglich die grünende Zeit nicht versäumt,
Und, wann es gegolten, doch glücklich geträumt,
Im Grünen, im Grünen.
 緑野へ、緑野へ!
 親切な少年のあとを陽気について行こう!
 われわれの人生が今後いつか若返ることはないとしても、
 賢明にも若い時期をなおざりにはしなかった。
 そして若さの効力があった時には、幸せを夢見ていたものだった。
 緑野で、緑野で。

※(NGA: )内は、新シューベルト全集(Neue Gesamtausgabe)で採用されている歌詞

詩:Johann Anton Friedrich Reil (1773-1843), "Das Lied im Grünen", written 1827, first published 1827
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828)

---------------

ライルの詩は何度かの改変があり、この曲の出版物にもそれが反映されているとのことで、新シューベルト全集(Neue Gesamtausgabe)で採用されている歌詞は上記では(NGA: )として区別しました(現在聴ける録音のほとんどが旧全集の歌詞で歌われています)。また、第7節はシューベルト自身のあずかり知らない詩節とのことです。

曲は変形有節形式といってよいでしょう。基本的にはほぼ同じ楽想ながら、時に変化が加わります。例えば第3-4節や第6-7節は少し変化させていますし、最後の第8節を繰り返す箇所はコーダのように終結に向かっていく感じがします。しかし、それらが天衣無縫の自然さでつながっていて、シューベルトの器楽曲などに見られる息の長いメロディーが微妙な光加減を変えながら続いていく感覚に近いと思います。
亡くなる前年に書かれた作品だけあって無垢でありながらも素晴らしい輝きを放っていると思います。
最後の節を繰り返すところで"Grünt einst uns das Leben nicht fürder"の詩行に陰りを見せるところとその後すぐに元の明るさに戻っていくところは胸をつかまれますね。こういうところ本当に最高です!最後の方の"golten"の"gol-"では歌手は2点イ音(A)を出さなければならず、歌手たちもここは気合いを入れて歌っている気がします。歌声部は基本的に長-短-短のリズムなのが特徴的で、例えば同じ晩年の歌曲「星(Die Sterne, D 939)」でも同様のリズムがあらわれます。

第1節(音部記号と調号はすべての節で共通です)

20210430_1

第2節

20210430_2

第3節

20210430_3

第4節

20210430_4

第5節

20210430_5

第6、7節

20210430_6-7

第8節

20210430_8_1 

20210430_8_2

●エリー・アーメリング(S) & ドルトン・ボールドウィン(P)
Elly Ameling(S) & Dalton Baldwin(P)

1-8節。旧全集の歌詞で歌っています。アーメリングの情緒豊かで細やかな歌を聴いていると5分が一瞬に感じられるほどです。ボールドウィンも見事に一体となっています。

●マーガレット・プライス(S) & ヴォルフガング・サヴァリシュ(P)
Margaret Price(S) & Wolfgang Sawallisch(P)

1-8節。旧全集の歌詞で歌っています。涼やかな風のようなプライスの美声が春の心地よさを感じさせてくれる名唱でした。サヴァリシュのくっきりとした枠組みのピアノが雄弁に語っていて素晴らしかったです。

●エリーザベト・シュヴァルツコプフ(S) & エトヴィン・フィッシャー(P)
Elisabeth Schwarzkopf(S) & Edwin Fischer(P)

1-5,8節。旧全集の歌詞で歌っています。シュヴァルツコプフが歌うと奥行きのある気品が感じられますね。最終節の陰りの表現が秀逸でした!

●マティアス・ゲルネ(BR) & ヘルムート・ドイチュ(P)
Matthias Goerne(BR) & Helmut Deutsch(P)

1-8節。旧全集の歌詞で歌っています。ゲルネの声で聴くと大地に包まれているような安心感があります。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR) & ジェラルド・ムーア(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Gerald Moore(P)

1-8節。旧全集の歌詞で歌っています。軽快で語るように歌うF=ディースカウの歌唱も素敵です。

●ダニエラ・ズィントラム(MS) & ウルリヒ・アイゼンローア(P)
Daniela Sindram(MS) & Ulrich Eisenlohr(P)

1-6,8節。新全集で採用された歌詞で歌っています(私がこの機会にまとめて聴いた様々な音源の中で、唯一新全集の歌詞で歌っていました)。ズィントラムは深みのある強めの声をコントロールしながら歌っています。影のある詩行を歌う時に特に効果的に感じました。

●ピアノパートのみ(Giorgia Turchi, pianist)

ピアノパートだけで聴いてもこのまま即興曲の中の1曲と錯覚しそうです。

他にベンヤミン・アップル(Benjamin Appl)(BR) & グレアム・ジョンソン(Graham Johnson)(P)のウィグモア・ライヴ(1-8節)は、この勢いに乗ったバリトンの清々しい歌唱と、様々なフレーズを引き立たせるジョンソンの老練なピアノがとても良かったです。グンドゥラ・ヤノヴィツ(Gundula Janowitz)(S) & チャールズ・スペンサー(Charles Spencer)(P)の録音(1-6,8節)も軽快なテンポで、円熟期らしい余裕とつやつやした美声を味わえます。シェリル・ステューダー(Cheryl Studer)(S) & アーウィン・ゲイジ(Irwin Gage)(P)(1-8節)やエディト・ヴィーンス(Edith Wiens)(S) & ルドルフ・ヤンセン(Rudolf Jansen)(P)(1-4,8節)の録音もあります。

往年の演奏でいえば、エリーザベト・シューマン(Elisabeth Schumann)(S) & カール・アルヴィン(Karl Alwin)(P)(1,3,5,8節)、エレナ・ゲルハルト(Elena Gerhardt)(MS) & ハロルド・クラクストン(Harold Craxton)(P) (1,3,5,8節)、イルムガルト・ゼーフリート(Irmgard Seefried)(S) & エリク・ヴェルバ(Erik Werba)(P)(1,3,5,8節)やリタ・シュトライヒ(Rita Streich)(S) & エリク・ヴェルバ(P)(1,3,5,8節)の録音もありますので、機会がありましたら是非聴いてみて下さい。

| |

« クリスタ・ルートヴィヒ(Christa Ludwig)逝去 | トップページ | ベートーヴェン「自由な男(Der freie Mann, WoO. 117)」 »

音楽」カテゴリの記事

」カテゴリの記事

シューベルト Franz Schubert」カテゴリの記事

コメント

フランツさん、こんばんは。

この曲は、同じ声楽教室で親しくしていた友人が大好きでした。
彼女は、ピアノも歌も上手くて、ヴンダーリヒが大好きでした。
親友だったヴンダーリヒ&プライと、友人&私に当てはめたりしてました。家によく来てもらって一緒に歌ったりするのは、本当に楽しかったです。
今もお付き合いはありますが、この曲を聞いて懐かしい気持ちになりました(*^^*)

前置きが長くなりましたが、
アメリングいいですね!
語り口の細やかさと、緒とを響かせる箇所の対比も美しさ。
暖かい音色のアメリングにぴったりの曲ですね。
長調と短調の間をさまよう感じを実に見事に歌っていますよね。
アメリングの声は、桜色と桃色を合わせたような、可憐で透明なピンクです。

マーガレット・ブライスは、芯のある美声が魅力的ですよね。
花々が一斉に開くドイツの五月を思わせる演奏でした。ちなみに、このCD、持っています(*^^*)
プライスは、明度の高めの紅色に近いピンクです。

シュヴァルツコップほど、気品と言う言葉が合うソプラノはいませんね。
彼女は、落ち着いたローズ色でしょうか。
ちなみに、私は女声しか色が浮かびません 笑

取り敢えず、一度送信しますね。

投稿: 真子 | 2021年4月30日 (金曜日) 21時05分

真子さん、こんにちは。

真子さんのご友人のお気に入りの曲とのこと、今回も春の緑シリーズ(?)で取り上げましたが懐かしんでいただけて良かったです。
ヴンダーリヒファンのご友人とプライファンの真子さんでちょうどいいコンビとなっておられたのですね。
今でもお付き合いがあるというのは素敵なことですね。

真子さんは女声のみ色が浮かぶというのは興味深いですね。
女声と一口に言っても本当にいろんなタイプがあって聴き比べるのが楽しいです。

アーメリング、気に入っていただけて嬉しいです!!
こういう曲を歌ったら彼女は抜群にいいと思います。
温かい声質もいいですよね。
明るく天真爛漫な感情を声に乗せるのが驚くほど素晴らしくて、そういう中でマイナーな響きが突然あらわれると胸に突き刺さります。
「可憐で透明なピンク」-納得です。

マーガレット・ブライスのシューベルトのCDお持ちなのですね。これは名盤だと思います。芯があるのでメロディーラインがくっきりしているのが素晴らしいです!

シュヴァルツコプフの気品は彼女ならではの美質ですね。

真子さんの思い浮かんだ色の違いも興味深かったです。有難うございます!

投稿: フランツ | 2021年5月 1日 (土曜日) 09時36分

フランツさん、こんばんは。

ゲルネの声は本当に魅力的ですよね。大地に包まれているような、と言う表現がぴったり来ます。
今は無理ですが、生で聞いてみたい歌手です。

ディースカウさんの語りの巧みさは流石ですよね。
シューベルト全集は、とてつもない偉業だったと思います。

ズィントラムの声は、スモーキーなローズ色に思えます。
初々しい新緑というより、緑が深くなりつつある野を思わせますね。
声がやや鼻腔に入っているような音色が、短調になったところのメロディとマッチしていて、美しかったです。

リタ・シュトライヒとヤノヴッツのCDもあったはずなので、また聞いてみます♪

投稿: 真子 | 2021年5月 3日 (月曜日) 19時48分

真子さん、こんばんは。

ゲルネの声の良さ、共感していただけて嬉しいです!
たまに来日している歌手ですので、機会があればぜひ聴いてみて下さいね。

F=ディースカウとムーアのシューベルト全集は仰る通り偉業でした!
この録音の演奏がどれも素晴らしいのは驚異的だと思います!

> ズィントラムの声は、スモーキーなローズ色に思えます。

素敵な形容ですね(^^)
「深くなりつつある野」というのも同感です!

ちなみにシュトライヒとヤノヴィツの音源もURLを貼っておきますね。

シュトライヒ:
https://youtu.be/JO-1F-OceQQ

ヤノヴィツ:
https://youtu.be/V3m17VsGsiA

いつも有難うございます!

投稿: フランツ | 2021年5月 3日 (月曜日) 21時08分

フランツさん、こんにちは。

今日は、昨日とうってかわってこちらは雨風のお天気です。

りた・シュトライヒとヤノヴッツの音声をありがとうございました。おかげで、棚の奥をごそごそしないで済みました(*^^*)

リタ・シュトライヒは、声も歌い口もチャーミングで、昔から大好きです。彼女の声はズバリ桃色です。
みどりの野原に、ポツポツ可憐な花が咲いているかのようです。

ヤノヴッツの、やや硬質な声質で軽快なテンポで歌われるこの曲から、ドイツ人の春の喜びを感じました。
彼女の声は、東北の千本桜を思わせられました。やや青みががったピュアなピンクでしょうか。

この曲、改めでいろんな歌手でじっくり聞きましたが魅力的ですね。
明るい春、待ち望んだ五月。爽やかな風、降り注ぐみどり。
けれど、ふっと雲隠れする陽を思わせる短調が入り込んで、また明るいみどり野に戻る。
シューベルトは、それまで歌曲に取り入れられなかった転調を、巧みに取り入れた作曲家なんだそうですね(楽典は苦手なので、上手く説明できないのですが(^-^;)。
その技がここでも、とても魅力的に響いているように思います。
前から知っている曲ではありましたが、改めてその素晴らしさに触れる事ができました。
いつもながら感謝です♪

投稿: 真子 | 2021年5月 5日 (水曜日) 15時14分

真子さん、こんにちは。

私の住む地域も夕方から雨風が強くなってきました。
明日は晴れてくれるようです。

シュトライヒとヤノヴィツのご感想と色を有難うございます!

桃色とおっしゃるシュトライヒは可愛らしい声をしていますよね。コロラトゥーラでありながら抒情的なリートも素敵に聴かせてくれています。同じコロラトゥーラでもグルベローヴァとはまた異なる雰囲気なのが興味深いです。

ヤノヴィツの声の色としてたとえておられた「東北の千本桜」を画像検索してみました。川沿いに延々と続く桜並木が美しそうですね。
ヤノヴィツのいい意味で金属的な硬質の響きは「ドイツ」を感じさせてくれますね。

>明るい春、待ち望んだ五月。爽やかな風、降り注ぐみどり。
けれど、ふっと雲隠れする陽を思わせる短調が入り込んで、また明るいみどり野に戻る。

ライルの詩とシューベルトの音楽を言葉で素晴らしく表現して下さいましたね。有難うございます!

転調の件は、第4節の第3行から第4行にかけてのニ長調から変ロ長調への転調のことでしょうか。
3度の調への転調はシューベルトの作品には多く見られるようですね。

あらためて聞くと本当に魅力あふれる作品ですよね。
今回も素敵なコメントを有難うございました!

投稿: フランツ | 2021年5月 5日 (水曜日) 21時17分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« クリスタ・ルートヴィヒ(Christa Ludwig)逝去 | トップページ | ベートーヴェン「自由な男(Der freie Mann, WoO. 117)」 »