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ベートーヴェン「炎色(Feuerfarb', Op. 52 No. 2)」

Feuerfarb', Op. 52 No. 2
 炎色(ほのおいろ)

1
Ich weiß eine Farbe, der bin ich so hold,
Die achte ich höher als Silber und Gold;
Die trag' ich so gerne um Stirn und Gewand
Und habe sie ,,Farbe der Wahrheit'' genannt.
 私は自分のとても好きな色を知っている、
 それは銀色や金色よりはるかに尊く思っている、
 その色を額や服にまとうのがとても好きで
 「真理の色」と名付けた。

2
Wohl blühet in lieblicher, sanfter Gestalt
Die glühende Rose, doch bleichet sie bald.
Drum weihte zur Blume der Liebe man sie;
Ihr Reiz ist unendlich, doch welket er früh.
 愛らしくやさしい姿で咲くのは
 赤く輝くバラ、しかしじきに枯れてしまう。
 それゆえ愛の花に任命された。
 その魅力は無限だが、はやく褪せてしまう。

3
Die Bläue des Himmels strahlt herrlich und mild,
D'rum gab man der Treue dies freundliche Bild.
Doch trübet manch' Wölkchen den Äther so rein!
So schleichen beim Treuen oft Sorgen sich ein.
 空の青色は見事に柔らかく輝いている、
 それゆえ忠誠さにこの気持ちのいい光景が与えられた。
 だがいくつかの雲がこれほど澄み切った空を曇らせる!
 こうして忠誠さに、しばしば心配事が忍び込む。

4
Die Farbe des Schnees, so strahlend und licht,
Heißt Farbe der Unschuld, doch dauert sie nicht.
Bald ist es verdunkelt, das blendende Kleid,
So trüben auch Unschuld Verläumdung und Neid.
 雪の色は、とても輝いて明るく、
 無垢の色と呼ばれるが、長く続かない。
 じきにまばゆい衣装は黒ずむ、
 こうして無垢もまた誹謗とねたみによって汚れるのだ。

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(※5,6節は1805年出版の初版や、Breitkopf und Härtel出版のベートーヴェン全集で省かれている。)

5
Und Frühlings, von schmeichelnden Lüften entbrannt,
Trägt Wäldchen und Wiese der Hoffnung Gewand.
Bald welken die Blätter und sinken hinab:
So sinkt oft der Hoffnungen liebste in's Grab.
 春には、風にまとわりつかれて燃え上がり、
 森や草原は希望の衣装を身にまとう。
 まもなく葉は枯れ、落ちる。
 こうしてしばしば希望の恋人は墓の下に沈む。

6
Nur Wahrheit bleibt ewig, und wandelt sich nicht:
Sie flammt wie der Sonne allleuchtendes Licht.
Ihr hab' ich mich ewig zu eigen geweiht.
Wohl dem, der ihr blitzendes Auge nicht scheut!
 ただ真理だけが永遠で不変である。
 それは太陽のまばゆい光のように燃える。
 私は永遠に真理に身を捧げた。
 真理の光る瞳を恐れない者は幸いだ!

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7
Warum ich, so fragt ihr, der Farbe so hold
Den heiligen Namen der Wahrheit gezollt?
Weil flammender Schimmer von ihr sich ergießt
Und ruhige Dauer sie schützend umschließt.
 なぜ私は、と君たちは尋ねた、この好きな色に
 真理という聖なる名前を付けたのか?
 きらきら輝く微光があふれ出て、
 平穏な時間が色を保護しつつ包み込むから。

8
Ihr schadet der nässende Regenguß nicht,
Noch bleicht sie der Sonne verzehrendes Licht:
D'rum trag' ich so gern sie um Stirn' und Gewand
Und habe sie ,,Farbe der Wahrheit'' genannt.
 土砂降りでずぶ濡れになっても損なわれることもなく、
 太陽の焼き尽くすような光に色落ちすることもない。
 それゆえその色を額や服にまとうのがとても好きで
 「真理の色」と名付けたのだ。

詩:Sophie Mereau (1770-1806) 
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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ベートーヴェン『8つの歌曲』Op. 52の第2曲に置かれたのは、ゾフィー・メローの詩に1792年11月以前に作曲された「炎色(Feuerfarb', Op. 52 No. 2)」です。

詩人のゾフィー・メローはベートーヴェンと同年生まれの作家で、旧姓をシューバルト(Schubart)といい、1回目に結婚した相手(Friedrich Ernst Carl Mereau)の姓メローの名でいくつかの作品を残しました。メローと離婚後にクレメンス・ブレンターノ(Clemens Brentano:『子供の魔法の角笛』が有名)と結婚しましたが36歳で亡くなりました。

詩は様々な色と比較して、煌々と輝く炎色はどんな豪雨に色あせることもなく永遠に持続する「真理の色」だと賞賛します(「炎色」という言葉はタイトルにしか出てきませんが)。

曲は、原詩の2つ分を1節とした完全な有節形式です。メローの原詩は8節からなりますが、5~6節目は、Op. 52として1805年に出版された初版や、Breitkopf und Härtel出版のベートーヴェン全集に記載されていない為、おそらくベートーヴェン自身が省略したのだと思います。ほとんどの録音で省略して歌っていますが、数年前にリリースされたヴァルダードルフ&オーカーランドの録音では5~6節目を復元して全節を演奏しています。

歌は素朴で明るい響きで一貫し、ピアノ右手はほぼ歌声部のメロディをなぞります。
ピアノ後奏でト長調のフレーズを繰り返す際に一瞬影を落とすのがいいですね。

6/8拍子
ト長調(G-dur)
Andante con moto

●メローの詩の朗読(Rezitation: Daniel Jankowski)(全8節)
Feuerfarb - Sophie Mereau

ゾフィー・メローの原詩全8節を朗読しています。第2節はベートーヴェンの採用した詩と異なるので、メローが改訂した版なのかもしれません。

●アン・マリー(MS) & イアン・バーンサイド(P)
Ann Murray(MS) & Iain Burnside(P)

1-4,7-8節。アン・マリーはメゾですが重くならずとても美しい響きです。

●ペーター・シュライアー(T) & ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T) & Walter Olbertz(P)

1-4,7-8節。シュライアーのめりはりのついた語り口は素晴らしいです。オルベルツもさすがぴったりのアンサンブルです。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR) & ハルトムート・ヘル(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Hartmut Höll(P)

1-4,7-8節。80年代のF=ディースカウの声も独自の味わいがあります。

●パメラ・コバーン(S) & レナード・ホカンソン(P)
Pamela Voburn(S) & Leonard Hokanson(P)

1-4,7-8節。コバーンの丁寧な歌いぶりもまた好感がもてます。

●マックス・ファン・エフモント(BR) & ヴィルヘルム・クルムバハ(Hammerflügel)
Max van Egmond(BR) & Wilhelm Krumbach(Hammerflügel)

1-4,7-8節。エフモントの明晰な歌唱とハンマーフリューゲルの響きが心地よいです。

●コンスタンティン・グラーフ・フォン・ヴァルダードルフ(BSBR) & クリスティン・オーカーランド(P)
Constantin Graf von Walderdorff(BSBR) & Kristin Okerlund(P)

1-8節。第5-6節は詩の内容的に意味のあることを述べているように思えるので、こうしてあえて復元して歌う試みは歓迎です!

●第1稿(Hess 144)
コンスタンティン・グラーフ・フォン・ヴァルダードルフ(BSBR) & クリスティン・オーカーランド(P)
Constantin Graf von Walderdorff(BSBR) & Kristin Okerlund(P)

1-8節。第1稿で演奏しています。第2稿とはピアノパート、後奏に違いが見られますが、基本的には同じ楽想です。

●第1稿(Hess 144)
パウル・アルミン・エーデルマン(BR) & ベルナデッテ・バルトス(P)
Paul Armin Edelmann(BR) & Bernadette Bartos(P)

1-4,7-8節。こちらも第1稿の演奏です。エーデルマンの穏やかな低音が心地よいですね。

●ピアノパートのみ(Toomas Kaldaru)
Beethoven Feuerfarb' accompaniment

曲は2回分演奏されています。明晰で歌いやすい演奏だと思います。

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コメント

フランツさん、こんにちは。

炎色とは、なかなか素敵な表現ですよね!
いつも思うのですが、ドイツリートの詩って、独特ですよね。
イタリア古典歌曲なんか、恋愛詩は、すぐに奈落の底に落ちます笑
お国がらでしょうが、おもしろいです。
ちなみに、私がドイツリートにひけを取らないと思っている日本歌曲は、「霧と話した」と「落葉松」です。ロマン派的な枠を外せば、花鳥風月やわび・さびを感じる素敵な歌曲もたくさんありますけれども。
話がそれてすみません。

さて、ドイツ語の響きは本当に美しいですね。朗読が既に歌のようです。

アン・マリーは、それと聞かなければ分からない、可憐なメゾですね。パメラ・コバーンより軽い明るい声で。

シュライアーの落ち着いたテンポと、ディースカウさんのアップテンポの演奏の対比も楽しく聞きました。共にメリハリがありますが。

エフモントのバリトン、いいですね! 好きな声です(*^^*)
歌いぶりも好きです。私はついつい声で聞いてしまいます。

エーデルマンの低いのに重すぎず爽やかな響きも楽しくき聞きました。

今回も長い詩を訳して下さってありがとうございました。
骨の折れる作業だと思います。

未だ聞けていない音源は、後程コメントしますね。
トイレの会所がつまったりして、なんだかバタバタしています(^-^;

投稿: 真子 | 2021年3月14日 (日曜日) 12時15分

真子さん、こんにちは。

確かに燃えるような色と形容することはあっても「炎色」という言葉は新鮮ですよね。
ドイツの詩とイタリアの詩はそれぞれの国民の感情を反映しているのかもしれませんね。
そういえばイタリアの詩を独訳した詩にヴォルフが作曲した「私の恋人の小屋が深淵に飲み込まれてしまえ」という激しい曲がありますが、こういう詩はイタリア的なのかもしれませんね。

「霧と話した」と「落葉松」、素敵ですよね。いわゆる日本歌曲はヨーロッパの音楽を用いていながら、時に日本的な情緒が感じられたりするのが興味深いですね。

朗読という文化が本国ドイツでどれほど続いているのかは分からないのですが、動画サイトでこういう試みがアップされているのは嬉しいことだと思います。

アン・マリーはきれいな声ですよね。はじめて彼女の録音を聴いたのはG.ジョンソンのハイペリオン・シューベルト全集の3巻だったのですが、メゾでありながらソプラノのような澄んだ響きが心地よく感じられます。

シュライアーとディースカウの語り口は本当に素晴らしいですよね。

エフモント、いいですよね!この録音CD化されていないようなのですが、動画サイトにアップしてくれた方に感謝です!

エーデルマンもすっと聴ける声ですね。

>今回も長い詩を訳して下さってありがとうございました。
骨の折れる作業だと思います。

労っていただき有難うございます。
そう言っていただけると報われます(^^)

いろいろお忙しいと思いますので、コメントもご無理のないようにして下さいね。
お時間のある時に聴いていただけるだけでいつもありがたく思っています。

投稿: フランツ | 2021年3月15日 (月曜日) 08時04分

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