ベートーヴェン「ウーリアンの世界旅行(Urians Reise um die Welt, Op. 52 No. 1)」
Urians Reise um die Welt, Op. 52 No. 1
ウーリアンの世界旅行
1:
Wenn jemand eine Reise tut,
So kann er was verzählen.
D'rum nahm ich meinen Stock und Hut
Und tät das Reisen wählen.
Da hat er gar nicht übel dran getan,
Verzähl' er doch weiter, Herr Urian!
人は旅をすると
何かを語れるようになる。
だから私はステッキと帽子をとって
旅することを選んだのだ。
この人は全く悪さをしなかったぞ、
続きを話しておくれよ、ウーリアンさん!
2:
Zuerst ging's an den Nordpol hin;
Da war es kalt bei Ehre!
Da dacht' ich denn in meinem Sinn,
Daß es hier beßer wäre.
Da hat er gar nicht übel dran getan,
Verzähl' er doch weiter, Herr Urian!
まず北極に行ったんだ、
名誉にかけて言うが、そこは寒かった!
その時私が思ったのは、
ここにいた方が良かったということ。
この人は全く悪さをしなかったぞ、
続きを話しておくれよ、ウーリアンさん!
3:
In Grönland freuten sie sich sehr,
Mich ihres Ort's zu sehen,
Und setzten mir den Trankrug her:
Ich ließ ihn aber stehen.
Da hat er gar nicht übel dran getan,
Verzähl' er doch weiter, Herr Urian!
グリーンランドでは人々が
彼らの土地を訪ねたことをとても喜んでくれて、
酒のジョッキを持ってきてくれた。
だが私は手をつけなかった。
この人は全く悪さをしなかったぞ、
続きを話しておくれよ、ウーリアンさん!
4:
Die Eskimos sind wild und groß,
Zu allen Guten träge:
Da schalt ich Einen einen Kloß
Und kriegte viele Schläge.
Da hat er gar nicht übel dran getan,
Verzähl' er doch weiter, Herr Urian!
エスキモーは粗野で大柄、
どんな善い人に対しても面倒くさそうに接する。
私がそのうちの一人に平手打ちしたところ
たくさん殴られてしまった。
この人は全く悪さをしなかったぞ、
続きを話しておくれよ、ウーリアンさん!
5:
Nun war ich in Amerika!
Da sagt ich zu mir: Lieber!
Nordwestpassage ist doch da,
Mach' dich einmal darüber.
Da hat er gar nicht übel dran getan,
Verzähl' er doch weiter, Herr Urian!
さて私はアメリカに来た!
そこで私は独り言を言った、ここの方がいいぞ!
北西航路がある、
さあ始めるんだ。
この人は全く悪さをしなかったぞ、
続きを話しておくれよ、ウーリアンさん!
6:
Flugs ich an Bord und aus in's Meer,
Den Tubus festgebunden,
Und suchte sie die Kreuz und Quer
Und hab' sie nicht gefunden.
Da hat er gar nicht übel dran getan,
Verzähl' er doch weiter, Herr Urian!
急いで私は海に行き、船を乗降し、
望遠鏡を結びつけ、
あちこち探しまわったが
北西航路は見つからなかった。
この人は全く悪さをしなかったぞ、
続きを話しておくれよ、ウーリアンさん!
7:
Von hier ging ich nach Mexico -
Ist weiter als nach Bremen -
Da, dacht' ich, liegt das Gold wie Stroh;
Du sollst 'n Sack voll nehmen.
Da hat er gar nicht übel dran getan,
Verzähl' er doch weiter, Herr Urian!
ここから私はメキシコに行った、
ブレーメンへ行くよりも遠いのだ。
そこには、私が考えていたところでは、黄金が藁のようにある、
袋いっぱいに取ってこなければ。
この人は全く悪さをしなかったぞ、
続きを話しておくれよ、ウーリアンさん!
8:
Allein, allein, allein, allein,
Wie kann ein Mensch sich trügen!
Ich fand da nichts als Sand und Stein,
Und ließ den Sack da liegen.
Da hat er gar nicht übel dran getan,
Verzähl' er doch weiter, Herr Urian!
ひとり、ひとり、ひとり、どこまでもひとりぼっち、
いかに人は間違い得ることか!
そこには砂と石のほか何も見当たらなかったので
袋をそこに置き去りにした。
この人は全く悪さをしなかったぞ、
続きを話しておくれよ、ウーリアンさん!
9:
D'rauf kauft' ich etwas kalte Kost
Und Kieler Sprott und Kuchen
Und setzte mich auf Extrapost,
Land Asia zu besuchen.
Da hat er gar nicht übel dran getan,
Verzähl' er doch weiter, Herr Urian!
その後私は何か冷たい食べ物と
キール産のニシンとケーキを買って、
特別馬車に腰をおろした、
アジアの地を訪れるために。
この人は全く悪さをしなかったぞ、
続きを話しておくれよ、ウーリアンさん!
10:
Der Mogul ist ein großer Mann
Und gnädig über Massen
Und klug; er war itzt eben dran,
'n Zahn auszieh'n zu lassen.
Da hat er gar nicht übel dran getan,
Verzähl' er doch weiter, Herr Urian!
ムガル帝国の皇帝は大男で
とてつもなく寛大で
賢い人だ。彼は今
歯を抜いてもらわなければならなかった。
この人は全く悪さをしなかったぞ、
続きを話しておくれよ、ウーリアンさん!
11:
Hm! dacht' ich, der hat Zähnepein,
Bei aller Größ' und Gaben!
Was hilfts denn auch noch Mogul sein?
Die kann man so wohl haben!
Da hat er gar nicht übel dran getan,
Verzähl' er doch weiter, Herr Urian!
ふむ!私は思った、皇帝は歯が痛いのだ、
威容と天賦の才をもっていながら!
ムガル帝国皇帝であることが何の助けになろうか?
歯痛はおそらく誰でもなりうるだろう!
この人は全く悪さをしなかったぞ、
続きを話しておくれよ、ウーリアンさん!
12:
Ich gab dem Wirt mein Ehrenwort,
Ihn nächstens zu bezahlen;
Und damit reist' ich weiter fort,
Nach China und Bengalen.
Da hat er gar nicht übel dran getan,
Verzähl' er doch weiter, Herr Urian!
私は主人に誓った、
次回に支払うと。
それで私はさらに旅を続けた、
中国やベンガルへ。
この人は全く悪さをしなかったぞ、
続きを話しておくれよ、ウーリアンさん!
13:
Nach Java und nach Otaheit
Und Afrika nicht minder;
Und sah bei der Gelegenheit
Viel Städt' und Menschenkinder.
Da hat er gar nicht übel dran getan,
Verzähl' er doch weiter, Herr Urian!
ジャワ島へ、さらにタヒチや
アフリカへも行った、
そして折々に
多くの町や人を見た。
この人は全く悪さをしなかったぞ、
続きを話しておくれよ、ウーリアンさん!
14:
Und fand es überall wie hier,
Fand überall 'n Sparren,
Die Menschen grade so wie wir,
Und eben solche Narren.
Da hat er übel, übel dran getan,
Verzähl' er nicht weiter, Herr Urian!
そしてどこもここと同じと分かり、
どこも風変わりだと分かった。
人々はまさに我々と同じで
このような愚か者である。
この人は、ひどい、ひどい仕打ちをした、
話の続きはもう結構です、ウーリアンさん!
詩:Matthias Claudius (1740-1815)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)
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ベートーヴェンの作品番号52の『8つの歌(Acht Lieder)』は1805年にWienのBureau des Arts et d'Industrie (Kunst- und Industrie-Comptoir)から出版されました。この歌曲集に含まれる曲はほぼ初期作品で(作曲年代が不明な曲もありますが)、この「ウーリアンの世界旅行」は1792年11月以前の作曲(ベートーヴェン21歳)とのことです。
詩のタイトルにある"Urian"というのは、ウーリアン(発音記号的に表記すると「ウーリアーン」)という人名なのですが、小学館の独和辞典によると、婉曲な表現で「Teufel(悪魔)」の別称、もしくは「好ましからぬ客」のことらしいです。
世界中を旅した男性は当時の人の目には悪魔のように思えたのかもしれません。
どんな話が聞けるのか目を輝かせて男性を取り囲む人々の姿が目に浮かぶようです。
クラウディウスの原詩は、各節最後の2行の前に"Tutti(全員)"と記されており、ベートーヴェンの作品も楽譜の該当箇所のうえに"Tutti"と記しており、その部分を斉唱することを示唆しています。
すべてを1人の歌手が独唱曲として歌う場合と、Tuttiを数人の歌手、もしくは合唱団が斉唱する場合があります。
ピアノ右手高音と歌声部の旋律が同一(楽譜は分かれています)なので、ピアノ独奏で演奏することも可能ではあります。
歌詞は14節あり、完全な有節形式なので、独唱者が全14節歌うのか、あるいは抜粋で歌うのか、後者の場合、どの節を歌うのか等、演奏者の意図を想像してみるのも楽しいと思います。
歌手には演出の巧みさも求められると思います。
実際下記の録音は皆さん芸達者でした!
ぜひどんなふうに歌われるのか楽しんで下さい!地名が沢山出てくるのも面白いですね。
3/4拍子
イ短調(独唱)-イ長調(Tutti)
8小節(独唱)-4小節(Tutti)
冒頭に記されたベートーヴェンの指示:In einer mässigen geschwinden Bewegung mit einer komischen Art gesungen. (適度に速く、コミカルに歌う)
●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR) & イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Jörg Demus(P)
1-14節
全節歌っていますが、斉唱パートもフィッシャー=ディースカウが一人で歌っています。さすが芸達者のF=ディースカウ、お見事としか言いようのない語り口です!
●ペーター・シュライアー(T) & ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T) & Walter Olbertz(P)
1,2,3,7,9,10,11,12,14節
シュライアーもまた語りに定評のある人で、有節形式でも飽きさせずに聞き手を惹き込んでしまいます。
●ヘルマン・プライ(BR) & ベルリン・ハインリヒ・シュッツ・クライス & レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR) & Heinrich-Schütz-Kreis Berlin & Leonard Hokanson(P)
1,2,5,7,9,13,14節
プライが歌うと一気に酒場の情景が目に浮かびますね。持って生まれたキャラクターゆえでしょうか。
●ロデリック・ウィリアムズ(BR) & イアン・バーンサイド(P)
Roderick Williams(BR) & Iain Burnside(P)
1-5,7-14節
第6節のみ省略で、それ以外すべて歌っています。英国人ウィリアムズは現役ばりばりのバリトン歌手ですが、語りがとても素晴らしく、声も魅力的です。
●コンスタンティン・グラーフ・フォン・ヴァルダードルフ(BSBR) & ヴィーン・グスタフ・マーラー合唱団 & クリスティン・オーカーランド(P)
Constantin Graf von Walderdorff(BSBR) & Gustav Mahler Chor Wien & Kristin Okerlund(P)
1-14節
全節歌っています。斉唱部分は第4節のエスキモーのくだりでは男声合唱で他は混声合唱と、詩の内容によって変えています。
●ヴァンサン・リエーヴル=ピカール(T) & ダニア・エル・ゼイン(S) & ナタリー・ペレス(MS) & ジャン=フランソワ・ルッション(BR) & ジャン=ピエール・アルマンゴー(P)
Vincent Lièvre-Picard(T), Dania el Zein(S), Natalie Pérez(MS), Jean-François Rouchon(BR), Jean-Pierre Armengaud(P)
1,2,4,7,8,13,14節
Tがソロ、他の声部が斉唱担当。斉唱パートが少人数なので、合唱団の時と雰囲気が違って面白いですね。
●マックス・ファン・エフモント(BR) & 男声合唱団 & ヴィルヘルム・クルムバハ(Hammerklavier)
Max van Egmond(BR) & Männerchor & Wilhelm Krumbach(Hammerklavier)
1-14節
全節歌っています。エフモントのハイバリトンの美声が心地よく響きます。クルムバハのハンマークラヴィーアの響きもいいですね。
その他に、水越啓(T) & 重岡麻衣(Fortepiano)のCDでは最初と最後の節(1,14節)のみ歌っていました。このCD、ベートーヴェンの初期歌曲がまとめられていてとてもいいのでお勧めです!
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