ベートーヴェン「五月の歌(Maigesang (Mailied), Op. 52, No. 4)」
Maigesang (Mailied), Op. 52, No. 4
五月の歌
Wie herrlich leuchtet
Mir die Natur!
Wie glänzt die Sonne!
Wie lacht die Flur!
なんと素晴らしく
自然は私を照らすことか!
なんと太陽が輝くことか!
なんと野原が笑っていることか!
Es dringen Blüten
Aus jedem Zweig
Und tausend Stimmen
Aus dem Gesträuch,
花々は
それぞれの枝から咲き、
千もの声が
茂みから上がる。
Und Freud und Wonne
Aus jeder Brust.
O Erd', o Sonne!
O Glück, o Lust!
そして楽しさや歓喜が
それぞれの胸から沸き上がる。
おお大地、おお太陽!
おお幸せ、おお欲望よ!
O Lieb', o Liebe!
So golden schön,
Wie Morgenwolken
Auf jenen Höhn!
おお愛、おお愛よ!
こんなにも黄金色に美しい、
朝の雲のようだ、
あの丘の上の雲のよう!
Du segnest herrlich
Das frische Feld,
Im Blütendampfe
Die volle Welt.
あなたは素晴らしく祝福する、
新鮮な野原を、
花々にかかる霧の中の
世界全体を。
O Mädchen, Mädchen,
Wie lieb ich dich!
Wie blickt dein Auge,
Wie liebst du mich!
おお娘さん、娘さん、
どれほどぼくはきみを愛していることか!
きみの瞳がいかに見えることか、
どれほどきみはぼくを愛していることか!
So liebt die Lerche
Gesang und Luft,
Und Morgenblumen
Den Himmelsduft,
ひばりは
歌と空を愛し、
朝の花々は
空の香りを愛する。
Wie ich dich liebe
Mit warmen Blut,
Die du mir Jugend
Und Freud und Mut
どれほどぼくは、
温かい血の通ったきみを愛していることか、
その血はぼくに、若さと
喜びと勇気を
Zu neuen Liedern
Und Tänzen gibst.
Sei ewig glücklich,
Wie du mich liebst!
新しい歌と
ダンスに与えてくれる。
永遠に幸せであれ、
きみがぼくを愛するように!
詩:Johann Wolfgang von Goethe (1749-1832), "Mailied", written 1771
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)
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Op. 52の第4曲はゲーテの詩による「五月の歌」です。
五月になりあらゆるものが素晴らしく輝くさまと恋人への思いを明るく軽快に描いた詩です。
作曲年は不明ですが、改訂は1795年か1796年(ベートーヴェン25歳か26歳)だそうです。
ベートーヴェンは原詩の3つの節を1つにまとめた3節からなる変形有節形式で作曲しました。
曲の最初の2節分は同一といっていいでしょう(楽譜上はリピート記号ではなく、別々に書かれています)。
最後の1節に変化がありますが、基本的には同じ楽想です。
明るく親しみやすい曲なので、ベートーヴェンの歌曲の中でも比較的よく演奏されます。
2/4拍子
変ホ長調(Es-dur)
Allegro
なお、1795年の5月30日以前に作曲された「ソプラノまたはテノールと管弦楽のためのイグナーツ・ウムラウフのジングシュピール『美しい靴屋の娘』への2つの挿入アリア(Zwei Einlagearien zu Ignaz Umlaufs Singspiel "Die schöne Schusterin" für Sopran bzw. Tenor und Orchester, WoO 91)」から第1曲「おお、なんという人生!(O welch ein Leben!, WoO 91-1)」に、この「五月の歌」の音楽がそっくりそのまま引用されています(平野昭氏によると、「五月の歌」が先に作られ、その後に「おお、なんという人生!」が作られたようです)。
このアリアに関する平野昭氏の解説はこちら
ファニー・ヘンゼルやプフィッツナー、シェックもこのテキストに作曲しているので、ぜひ聴き比べてみて下さい。
●詩の朗読(Rezitation: Fritz Stavenhagen)
とても感情のこもった美しい朗読で、あたかも音楽を聞いているかのようです。ちなみに"Maifest"というのはゲーテが後に"Mailied"から変更したタイトルです。
●アンネ・ソフィー・フォン・オッター(MS) & メルヴィン・タン(Fortepiano)
Anne Sofie von Otter(MS) & Melvyn Tan(Fortepiano)
オッターは細やかなディクションと表情で涼風が吹き抜ける心地よさです。
●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR) & ジェラルド・ムーア(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Gerald Moore(P)
ザルツブルク音楽祭でのライヴ音源。他のどの演奏よりも速いテンポで溌剌と歌い、生き生きと演奏しています。
●フリッツ・ヴンダーリヒ(T) & フーベルト・ギーゼン(P)
Fritz Wunderlich(T) & Hubert Giesen(P)
1965年8月19日, Mozarteumライヴ録音。ヴンダーリヒのとろけるような美声に魅了されます。
●ヘルマン・プライ(BR) & レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR) & Leonard Hokanson(P)
プライはここでゆっくりめのテンポで噛みしめて歌っていて、過去を回顧しているかのようです。1980年代にサヴァリシュと共演した録音ではより速いテンポで解放的な演奏でしたので、今回の録音では年輪を重ねてたどり着いた解釈と言えるかもしれません。
●オーラフ・ベーア(BR) & ジェフリー・パーソンズ(P)
Olaf Bär(BR) & Geoffrey Parsons(P)
ベーアの柔らかい声がこの曲の明るさを見事に描いています。そしてパーソンズのピアノの美しいこと!
●ペーター・シュライアー(T) & ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T) & Walter Olbertz(P)
シュライアーはここで五月のわくわく感を表現するというよりも、コラールのように丁寧に歌っています。
●マックス・ファン・エフモント(BR) & ヴィルヘルム・クルムバハ(Hammerflügel)
Max van Egmond(BR) & Wilhelm Krumbach(Hammerflügel)
エフモントの爽快で明るい表現が、このテキストと音楽によく合っていると思います。
●ピアノパートのみ
概要欄に詳細は書かれていませんが、電子ピアノのように聞こえます。ピアノだけで聴くとコラールのように響きますね。
●ベートーヴェンが「五月の歌」と同じ音楽を付けた曲「ウムラウフのジングシュピール『美しい靴屋の娘』への2つの挿入アリア~第1曲:おお、なんという人生!(Zwei Einlagearien zu Ignaz Umlaufs Singspiel "Die schöne Schusterin" WoO 91: Nr. 1: O welch ein Leben!)」
ニコライ・ゲッダ(T) & コンヴィヴィウム・ムジクム・ミュンヒェン & エーリヒ・ケラー(C)
Nicolai Gedda(T) & Convivium musicum München & Erich Keller(C)
全く同じ音楽が使われています。テキストは Johann Gottlieb Stephanie der Jüngere (1741-1800)という人の作です。
●ファニー・ヘンゼル作曲「五月の歌」
Fanny Hensel: Mailied
トビアス・ベルント(BR) & アレクサンダー・フライシャー(P)
Tobias Berndt(BR) & Alexander Fleischer(P)
フェーリクス・メンデルスゾーンの姉ファニーによる作品。素朴な作風ながら、最後に大きなメリスマで歌手の聴かせどころを作っています。
●プフィッツナー作曲「五月の歌 Op. 26, No. 5」
Pfitzner: Mailied, Op. 26, No. 5
コリン・バルツァー(T) & クラウス・ジモン(P)
Colin Balzer(T) & Klaus Simon(P)
プフィッツナーがゲーテの同じテキストに作曲した歌曲では、雄弁なピアノに包まれるように爽快で外向的な歌が歌われます。
●シェック作曲「五月の歌 Op. 19a, No. 3」
Schoeck: Mailied, Op. 19a, No. 3
ディートリヒ・ヘンシェル(BR) & ヴォルフラム・リーガー(P)
Dietrich Henschel(BR) & Wolfram Rieger(P)
シェックは20世紀に活動した作曲家ながら、ロマン派の流れをくんだ膨大なドイツ歌曲を作曲しました。このテキストによる作品でも濃密だけれども素直で爽やかさも感じられます。
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