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シューマン「はすの花(Die Lotosblume, Op. 25-7)」を聴く

Die Lotosblume, Op. 25-7
 はすの花

Die Lotosblume ängstigt
Sich vor der Sonne Pracht,
Und mit gesenktem Haupte
Erwartet sie träumend die Nacht.
 はすの花は怖れている、
 太陽の輝きを。
 そして、頭を垂れて
 夢見心地で夜を待ちわびる。

Der Mond, der ist ihr Buhle,
Er weckt sie mit seinem Licht,
Und ihm entschleiert sie freundlich
Ihr frommes Blumengesicht,
 月は、はすの花の彼氏、
 彼はその光で彼女を目覚めさせる、
 すると親しげに
 彼女のやさしい花の顔をあらわにする。

Sie blüht und glüht und leuchtet,
Und starret stumm in die Höh';
Sie duftet und weinet und zittert
Vor Liebe und Liebesweh.
 彼女は花咲き、身を焦がし、照り輝き、
 そして無言で天を見つめる。
 彼女は匂い立ち、泣き、震える、
 恋と恋の痛みゆえに。

詩:Heinrich Heine (1797-1856) 
曲:Robert Schumann (1810-1856)

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ハイネの詩集『歌の本(Buch der Lieder)』の中の「抒情的間奏曲(Lyrisches Intermezzo)」に含まれる詩にシューマンが作曲した「はすの花」は、クラーラへの贈り物でもある歌曲集『ミルテ(Myrten)』Op. 25の7曲目に置かれて出版されました。
シューマン歌の年(1840年)に作られた数多くの歌曲の中でもとりわけ親しまれている1曲です。

ハイネの詩は、はすの花が昼間は太陽の光を恐れているのですが、夜になると彼氏である月があらわれ、はすの花はその彼氏に向けて恋と恋の痛みゆえに花開き匂い立つというなんともロマンティックな内容です。

シューマンの音楽は素朴ながらとても繊細な和音をピアノパートにゆったりと刻ませます。歌の旋律は第1節では太陽を恐れてほぼ低い音域に留まりますが、第1節最終行から月が登場する第2節にかけて音がぐっと高まり、視点が月に移ります。その後、はすが花咲き、天上の月を仰ぎ見る箇所で少しづつ旋律が上行していくのが、恥じらいながら少しづつ顔をあげて高揚していくはすの花の気持ちを絶妙に表現しているようで、聞き手もここで悶えます!!詩の最後の"Liebesweh(恋の苦しみ)"という語にハイネらしい辛辣な思いが込められているのかもしれませんが、シューマンはその言葉すらもはすの花が喜んで受け入れているかのような響きに包みました。本当に奇跡的な作品だとあらためて思います。

以前こちらの記事で訳詞だけ作っていましたので、今回の記事であらためて聞き比べをしてみたいと思います。

ちなみにシューマンの歌曲集のタイトルである「ミルテ」の花は日本語では銀梅花(ギンバイカ)というようです。下記のリンク先をご覧ください。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%B3%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%AB

はすの花を画像検索した結果は下記リンク先にあります。
https://www.google.co.jp/search?q=lotusblume&hl=ja&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=2ahUKEwiuuaGlmOnuAhVLPHAKHRPTAM4Q_AUoAXoECAEQAw&biw=1366&bih=628

はすの花や葉は植物に疎い私でも見たことがあるぐらい身近ですね。
子供の頃に読んだ芥川龍之介の「蜘蛛の糸」をつい思い出します。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/92_14545.html

●ハイネの詩の朗読(ゲルト・ウード・フェラー)
Gerd Udo Feller(Rezitation)

とてもいい朗読ですね!第3節の"blüht und glüht und leuchtet"や"duftet und weinet und zittert"の"und(英語のand)"で動詞をつなげて畳みかける箇所をどう朗読しているかに注目してみるのも興味深いです。

●白井光子(MS) & ハルトムート・ヘル(P)
Mitsuko Shirai(MS) & Hartmut Höll(P)

白井さんの深みと含蓄のある歌唱はこのハイネの詩の心情をこれ以上ないほど細やかに描いていて素晴らしいです。

●バーバラ・ボニー(S) & ヴラディーミル・アシュケナージ(P)
Barbara Bonney(S) & Vladimir Ashkenazy(P)

ボニーの可憐な美声とアシュケナージの美しい音色で至福の時間が味わえます。とりわけ"zittert"の抑制した歌唱に惹き込まれました。

●マーガレット・プライス(S) & ジェイムズ・ロックハート(P)
Margaret Price(S) & James Lockhart(P)

大きな弧を描くプライスの歌唱はこの曲の旋律美を浮き彫りにします。

●マティアス・ゲルネ(BR) & マルクス・ヒンターホイザー(P)
Matthias Goerne(BR) & Markus Hinterhäuser(P)

2017年録音。ゲルネの前半の抑制した響きから後半の解放した響きまで、自然で温かみがあり素晴らしいです。

●フリッツ・ヴンダーリヒ(T) & フーベルト・ギーゼン(P)
Fritz Wunderlich(T) & Hubert Giesen(P)

ライヴ録音(Edinburgh, Usher Hall, 4. September 1966)。ヴンダーリヒはこの曲をスタジオ録音していないのでは?不慮の事故で亡くなる2週間前の貴重なライヴ音源が残されていたことに感謝です。ほれぼれするほど美しい歌唱ですね。

●ヘルマン・プライ(BR) & レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR) & Leonard Hokanson(P)

1985年録音。プライはもう血肉となった歌唱ですね。歌い上げずに抑制した魅力が滲み出ています。第2節第2行の"sie"が聞きなれた音よりも高く歌っていますが、こういう版があるのかどうか調べてみたいです。

●ピアノパートのみ
Die Lotosblume/はすの花  Schumann/シューマン【ドイツ語字幕/和訳付き/PianoKaraoke】

投稿者:PIAVO。演奏の映像と歌詞対訳が表示されます。ピアノパートだけで聴いても歌が浮かんできて、単なる和音の連なりにとどまらないハーモニーの繊細な美しさが感じられますね。

●シューマンによる無伴奏男声四部合唱の「はすの花」Op. 33 No. 3
Robert Schumann: Die Lotosblume, Op. 33 No. 3
レナー・アンサンブル & ベルント・エンゲルブレヒト(C)
Renner Ensemble & Bernd Engelbrecht(C)

独唱曲とば別の作品で、無伴奏男声四部合唱のための作品です。この曲もまた神秘的な響きが美しく、時々あらわれる半音進行が印象的ですね。詩の言葉の扱い方がOp.25の独唱曲と似ているので、シューマンはハイネの詩をこのように朗読したのだなと想像出来るのが興味深いです。

●シューマンによる二重唱の「はすの花」Op. 33 No. 3
Robert Schumann: Die Lotosblume, Op. 33 No. 3
ペーター・シュライアー(T) & ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR) & クリストフ・エッシェンバハ(P)
Peter Schreier(T) & Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Christoph Eschenbach(P)

無伴奏男声四部合唱曲と同じ作品番号で、確かに同じ曲のようなのですが、インターネット上にこの編成の楽譜を見つけることは出来ませんでした。二重唱+ピアノ伴奏という編成はシューマン自身によるものなのか、楽譜出版社が売上をのばす為に男声合唱曲から編曲したのかは今のところ確認できませんでした。

●カール・レーヴェ作曲の「はすの花」Op. 91 No. 1
Carl Loewe: Die Lotosblume, Op. 91 No. 1
白井光子(MS) & ハルトムート・ヘル(P)
Mitsuko Shirai(MS) & Hartmut Höll(P)

バラード(Ballade)作曲家レーヴェがリート(Lied)としてこのハイネの詩に曲を付けました。歌は素朴ですが、ピアノはドラマティックに展開します。

●ローベルト・フランツ作曲の「はすの花」Op. 25 No. 1
Robert Franz: Die Lotosblume, Op. 25 No. 1
白井光子(MS) & ハルトムート・ヘル(P)
Mitsuko Shirai(MS) & Hartmut Höll(P)

フランツの作曲した作品は、素朴ですがメランコリックな響きがなんとも美しいです。

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コメント

フランツさん、こんばんは。

この企画、楽しみに待っていました(*^^*)
ドイツ語の朗読、いいですね。この言語からリートが生まれたのは必然だと思わされました。

私の勝手な解釈なんですが、この恋は蓮の花の片想いに近いもののように思います。月とは夜にしか会えないこと、蓮の花は始終受け身のような歌詞だからでしょうか。

それをベースにしますと、ボニーの可憐な演奏がピッタリ来ます。レッジェーロのソプラノはリートに向かないと長らく言われていました。確かに陰影に富んでいるとは言えませんが、ボニーはそれを打ち破りましたね。
この曲も、レッジェーロの美質を生かした故のリート演奏だと思います。
「zittert」でのppの美しさは、特筆すべきものだと思います。
高音でのppが、震える蓮を見事に表していますよね。
プライさんと共に繰り返し聞いた演奏です(*^^*)

そのプライさんですが、56歳のこの演奏は、さすがの余裕ですね。ですが、実は歌い方は40歳代にフィリップス盤に入れたものよりテンポもゆっくり目で、ロマンチックな歌い口になっているんです。どっちも好きですが、50歳代の彼の演奏には、包容力を感じます。
片想いだと思って、身を震わせる蓮を包む月、でしょうか。

私の勝手な解釈から生きますと、プライスの蓮は毅然としていますね。切ない恋に身を委ねきらないかっこよさを感じます。

白井さんのメゾも美しいですよね。メゾの音域だから出せる発音の明瞭さがさらに、詩の深みを歌っているように思います。

一度ここで送信しますね。

投稿: 真子 | 2021年2月21日 (日曜日) 20時44分

真子さん、こんにちは。

リクエストにお応えして記事をつくってみましたが、喜んでいただけて良かったです(^^)

ドイツ語の朗読を聞くと、特有のリズムやどこを強調しているかなど、歌曲を理解するうえでとても参考になりますよね。
もちろん朗読する人それぞれの解釈というのもありますが、ネイティヴの人の朗読から多くのことを学べる気がします。
もちろん朗読を音楽のように聞くだけでも美しいですが。

なるほど、はすの花の片思いというのも興味深い解釈ですね!
確かに月は光を照らしてはすの花を目覚めさせるという描写以外に月の心情を示す言葉はこの詩の中に見当たりませんね。
はすの花の一方的な思いだとするとより切なく感じられます。
最後の"Liebesweh(恋の痛み)"というのももしかしたら相手のつれなさが原因なのか等といろいろ想像がふくらみます。

ボニーは軽い声質ではありますが、芯が通っていてくっきり響くイメージがあります。彼女のような可憐なソプラノが悲痛な歌を歌うとぐっとこたえます。"zittert"の箇所、気持ちを共有できてうれしいです(^^)

プライのPHILIPS盤(エンゲルのピアノ)はみずみずしくストレートで、しかも落ち着きもあっていいですね。DENON盤はより人生経験が歌に滲み出ているようで、それぞれの良さがありますね!

白井さんの歌は本当にドイツ人のリートの域を凌駕していて、その深みとディクションの素晴らしさは比類ないと思います。
でも日本的なわびさびのような味わいもあって、他の誰も真似出来ない音楽家だと思います。

M.プライスは声が強靭なこともあって、他のはすの花よりもたくましさがありますね。

投稿: フランツ | 2021年2月22日 (月曜日) 20時13分

フランツさん、こんにちは。

家の排水会所が割れてバタバタしてました。古い家なのであちこちガタが来ています(>_<)

さて、ヴンダーリヒですが、ハニーボイスですね! これが亡くなる二週間前の演奏なんですね。
もっともっと歌って欲しかったですよね。

男声の重唱ですが、初めて聞きました。
四部は、讃美歌のような響きで美しかったです。

ディースカウ&シュライアーは、語り口が似ているせいか、とても混じりあった素敵な重唱でした。

カール・レーヴェは、ビアノパートが華やかで、ききいりました。

ロベルト・フランツはあまり聞いたことがないですが、シューマンのはすの花とは全く違う世界観ですね。

投稿: 真子 | 2021年2月23日 (火曜日) 12時00分

フランツさん、こんにちは。

家の排水会所が割れてバタバタしてました。古い家なのであちこちガタが来ています(>_<)

さて、ヴンダーリヒですが、ハニーボイスですね! これが亡くなる二週間前の演奏なんですね。
もっともっと歌って欲しかったですよね。

男声の重唱ですが、初めて聞きました。
四部は、讃美歌のような響きで美しかったです。

ディースカウ&シュライアーは、語り口が似ているせいか、とても混じりあった素敵な重唱でした。

カール・レーヴェは、ビアノパートが華やかで、ききいりました。

ロベルト・フランツはあまり聞いたことがないですが、シューマンのはすの花とは全く違う世界観ですね。

投稿: 真子 | 2021年2月23日 (火曜日) 12時27分

真子さん、こんにちは。

お忙しいところコメントいただきまして
有難うございます!
いつも感謝しております。

ハニーボイス-いい言葉ですね!
ヴンダーリヒは本当に早すぎたと思います。
彼がもっと長生きしていたら
ドイツリートの受容も変わっていたでしょう。
彼の声は本当に奇跡だと思います!

男声合唱版の「はすの花」、私も今回調べる機会を得てはじめてじっくり聴きました。
確かに讃美歌のようですね。
半音進行を使用しているのが特徴的だと思いました。

シュライアー&ディースカウは二人とも知的な表現に定評があるだけあって、見事に溶け合っていますよね。

レーヴェやフランツの作品もそれぞれ独自の響きですね。
同じテキストによる違う作曲家の作品は、それぞれの個性が出て面白いと思います。

投稿: フランツ | 2021年2月23日 (火曜日) 16時02分

フランツさん、こんにちは。

お聞きしたいのですが、私が持っている楽譜では、「月ははすの愛人」になっていました。ドイツ語のニャアンスが私には分からないのです。
フランツさんは「彼氏」と訳されていますね。
愛人と、彼氏、恋人では詩の解釈も変わってきそうですよね。

この曲を、発表会で歌うにあたって、一番悩んだのがこの箇所でした。
愛人とまでは行かないにせよ、私ははすの片想いという設定で解釈しました。愛されていないわけではないのです。でも、辛い恋には違いなさそうです。

それが忍び泣くかのような「震える」や「恋の痛み」に現れているのだと思います。
恋愛関係にあったとしても、はすの花の熱量の方が高い気がします。
月はプレイボーイで、目覚めさせる花はこの蓮以外にいるのかもしれない。そうすると、「愛人」もありえますよね。
それとも月は気まぐれな性格なのでしょうか。

この曲を歌うに当たって、私ははすの花の立場で色々と考えてみました。

投稿: 真子 | 2021年2月25日 (木曜日) 12時36分

真子さん、こんばんは。

ご質問有難うございます。

"Der Mond, der ist ihr Buhle"の"Buhle"をどう訳すかですね。

実は辞書では「愛人」という訳が一番最初に出てくることが多いので
そういうニュアンスを含んだ単語であることは間違いないですね。

・小学館独和大辞典[コンパクト版](1990年初版):愛人、情夫
・郁文堂独和辞典(1987年第1版):愛人、情夫;恋人
・三修社独和広辞典(1987年第1版):いとしの方(恋人、愛人)

この言葉は雅語、古語で、現在同義で使われているのが"Geliebter"とのことなのですが、この"Geliebter"も「愛人、情夫;好きな人、恋人」(小学館の辞書)と2つの意味をもっています。

ここでハイネがあえて古い"Buhle"という単語を使っているということも意図があるのかもしれません。

"Buhle"を「愛人」と訳すと
"ihr Buhle"は「彼女(はすの花)の愛人」となり、
はすの花が結婚していて、他に逢瀬を重ねている男が月ということになります。

この詩を読んだ私の印象では、「はすの花」は夫の他に好きな相手がいるというよりも、付き合いはじめの恋のういういしさを感じます。

しかし、はすの花には同じはすの花のだんながいて、月に対してひっそりと思いを寄せているというふうにとらえると「愛人」という解釈になるでしょう。

歌曲の老舗サイト「詩と音楽」では甲斐貴也さんが「想い人」という素敵な訳を付けています。
http://www7b.biglobe.ne.jp/~lyricssongs/TEXT/S380.htm

いずれにせよ言葉が「愛人」という意味も持っていることは意識しながら理解する方がいいのでしょうね。

>恋愛関係にあったとしても、はすの花の熱量の方が高い気がします。

これは本当に同感です!
月がどう思っているのかが触れられていないのは、おっしゃるように月ははすの花の思いほど真剣ではないのかもしれませんね。

投稿: フランツ | 2021年2月25日 (木曜日) 20時18分

フランツさん、こんばんは。
この話引っ張りますが、、
友人が新説?を出してくれたので、許可を取ってここにご紹介させて頂きますね。

「私の中では太陽=夫説です(笑) 夫がハスなのかどうかはさておき、現実であり威圧感のある夫=太陽から穏やかな月に逃げる。現実逃避の恋なのか、恋することで己を保っているのか。月の彼は冷たい訳ではなく、遠い存在、叶わぬ恋だから慕い求む。
なんか切ないけど、バランスとってるんだと思う。
詩の解釈ってむずかしいですよね。原語の小さなニュアンスがわからないと全体像が見えない。」

ちなみに、プライさんのグノーのアヴェマリアに感動して、電話をくれた例の友人です。

私と友人の解釈では、プラトニックラブです。
シューマンのメロディからも、情念のようなものよりは、初々しい恥じるような、けなげなはすの姿が浮かびます。

投稿: | 2021年2月26日 (金曜日) 19時40分

書き忘れました。

素敵なサイトのご紹介をありがとうございました。
ロマンチックな訳詞ですね。
想い人、いいですね(*^^*)

ハイネの詩には素直に読み取れないものがあるそうですね。
だから、人によって解釈もかわるのでしょうか。

投稿: 真子 | 2021年2月26日 (金曜日) 19時45分

真子さん、こんばんは。

ご友人の解釈について有難うございます。
なるほどーと思いました。

太陽が夫、月がひそかに思う相手ということですね。

私も一瞬考えたのですが、
太陽を恐れているという描写があったので
それだとDV夫みたいで違うかなぁと思っていました。

ただ、太陽の強い光がはすの花には強烈すぎて、月の淡い光に憧れると考えると辻褄も合いますね。

>原語の小さなニュアンスがわからないと全体像が見えない。

本当にそうですね。外国人としてドイツリートに接しているといつまでも外側だけを見ているように感じられることもしばしばです(^^;
難しいですが、今後も精進していきたいと思います。

>月の彼は冷たい訳ではなく、遠い存在、叶わぬ恋だから慕い求む。

この部分もなるほどと思いました(^^)
月は冷たく接しているのではなく、多くの他のものたちに対するのと同様にはすの花にも光を送っているのだと考えると、大勢の中の一人であるということなのかもしれないと思いました。

私もプラトニックラブだと思います。
情熱的ではありますが、うぶな感じですね。

「詩と音楽」はこの「はすの花」を訳された甲斐さんがはじめられ、現在は藤井さんが引き継いでおられる歌曲サイトの老舗です。
膨大な歌曲の対訳と解説が読めますので、お勧めです!

投稿: フランツ | 2021年2月27日 (土曜日) 20時00分

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