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ベートーヴェン「親愛なるヘンリエッテ(Traute Henriette, Hess 151, Unv 21)」

Traute Henriette, Hess 151, Unv 21
 親愛なるヘンリエッテ

Traute Henriette,
Holdeste Brünette!
Hast du Lieb' für mich?
 親愛なるヘンリエッテ、
 いとしいブルネット(栗色)の髪の娘よ!
 ぼくに好意を持っているのかい?

Heitre mein Gemüthe,
Sänftge mein Geblüte -
Mädchen, - liebe mich!
 ぼくの気持ちを明るくし、
 ぼくの血の気を鎮めてよ、
 娘さん、ぼくを愛しておくれ!

詩:Ludwig Christoph Heinrich Hölty (1748–1776)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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ヘルティの原詩のタイトルは「ヘンリエッテに寄せて(An Henrietten)」。
この詩に1790年から1792年に作曲したベートーヴェンの作品は詩の第1行をとって「親愛なるヘンリエッテ(Traute Henriette)」と呼ばれています。
1949年の『オーストリア音楽雑誌(Österreichische Musikzeitschrift. – 4 (1949), S. 23-25)』に掲載されたスキャンコピーが初出版のようです。
今では、ベートーヴェンの未完成のスケッチを後世の人が補完した形で録音を聴くことが出来ます。

どこまでがベートーヴェン自身の手によるものなのか今のところスケッチを見れていないので分からないのですが、ピアノ後奏の付点のはずむようなリズムが印象的です。

6/8拍子
ニ長調(D-dur)

●ライナー・トロースト(T) & ベルナデッテ・バルトス(P)
Rainer Trost(T) & Bernadette Bartos(P)

A. Orelによる補完。2018年録音。トローストの子音のよく響く生き生きとした歌唱は聴く者を楽しい気持ちにさせてくれます。

●フローリアン・プライ(BR) & ノルベルト・グロー(P)
Florian Prey(BR) & Norbert Groh(P)

楽譜も表示されます。F.プライの気品のある声が耳に心地よく響きます。

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ベートーヴェン「ミナに(An Minna, WoO. 115)」

An Minna, WoO. 115
 ミナに

Nur bei dir, an deinem Herzen,
fliehen Sorge, Gram und Schmerzen
und die Stifterin der Leiden,
Uns're Liebe schafft uns Freuden,
die kein Gott mir ohne dich,
die kein Gott dir ohne mich
schaffen, keiner geben kann,
du mein Weib und ich dein Mann.
 ただあなたのそばにいて、あなたの心に寄り添えば
 心配事も悲嘆も苦悩も
 苦しみの基となった女性も消え失せてしまいます。
 私たちの愛は我々に喜びをもたらしてくれます。
 その喜びは神があなたなしに私にもたらすことはなく、
 神が私なしにあなたにもたらすことはなく、
 誰も与えることの出来ないものです。
 あなたは私の妻で、私はあなたの夫です。

詩:Anonymous
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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1792年頃(ベートーヴェン22歳)はベートーヴェンが比較的多くの歌曲を生み出した年でした。
その中の一つ「ミナに」は、作者不詳の短いテキストに作曲されました。夫から妻ミナへの愛情のこもった恋文のようなものでしょう(若干三角関係の匂いはしますが...)。曲は穏やかで優美です。

3/4拍子
ニ長調(D-dur)
Allegretto
全22小節
歌声部の最高音:2点ホ音(E)
歌声部の最低音:1点ニ音(D)

●ヘルマン・プライ(BR) & レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR) & Leonard Hokanson(P)

プライは噛みしめるような語り口で、熟した表現を聞かせてくれます。

●ペーター・シュライアー(T) & ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T) & Walter Olbertz(P)

シュライアーは快適なテンポで爽やかに歌っています。オルベルツも爽快で美しい演奏です。

●ヴァンサン・リエーヴル=ピカール(T) & ジャン=ピエール・アルマンゴー(P)
Vincent Lièvre-Picard(T), Jean-Pierre Armengaud(P)

リエーヴル=ピカールの誠実そうな歌唱もいいですね。

他に水越啓(T) & 重岡麻衣(Fortepiano)(ALM Records)の録音も素敵でした。

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シューマン「はすの花(Die Lotosblume, Op. 25-7)」を聴く

Die Lotosblume, Op. 25-7
 はすの花

Die Lotosblume ängstigt
Sich vor der Sonne Pracht,
Und mit gesenktem Haupte
Erwartet sie träumend die Nacht.
 はすの花は怖れている、
 太陽の輝きを。
 そして、頭を垂れて
 夢見心地で夜を待ちわびる。

Der Mond, der ist ihr Buhle,
Er weckt sie mit seinem Licht,
Und ihm entschleiert sie freundlich
Ihr frommes Blumengesicht,
 月は、はすの花の彼氏、
 彼はその光で彼女を目覚めさせる、
 すると親しげに
 彼女のやさしい花の顔をあらわにする。

Sie blüht und glüht und leuchtet,
Und starret stumm in die Höh';
Sie duftet und weinet und zittert
Vor Liebe und Liebesweh.
 彼女は花咲き、身を焦がし、照り輝き、
 そして無言で天を見つめる。
 彼女は匂い立ち、泣き、震える、
 恋と恋の痛みゆえに。

詩:Heinrich Heine (1797-1856) 
曲:Robert Schumann (1810-1856)

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ハイネの詩集『歌の本(Buch der Lieder)』の中の「抒情的間奏曲(Lyrisches Intermezzo)」に含まれる詩にシューマンが作曲した「はすの花」は、クラーラへの贈り物でもある歌曲集『ミルテ(Myrten)』Op. 25の7曲目に置かれて出版されました。
シューマン歌の年(1840年)に作られた数多くの歌曲の中でもとりわけ親しまれている1曲です。

ハイネの詩は、はすの花が昼間は太陽の光を恐れているのですが、夜になると彼氏である月があらわれ、はすの花はその彼氏に向けて恋と恋の痛みゆえに花開き匂い立つというなんともロマンティックな内容です。

シューマンの音楽は素朴ながらとても繊細な和音をピアノパートにゆったりと刻ませます。歌の旋律は第1節では太陽を恐れてほぼ低い音域に留まりますが、第1節最終行から月が登場する第2節にかけて音がぐっと高まり、視点が月に移ります。その後、はすが花咲き、天上の月を仰ぎ見る箇所で少しづつ旋律が上行していくのが、恥じらいながら少しづつ顔をあげて高揚していくはすの花の気持ちを絶妙に表現しているようで、聞き手もここで悶えます!!詩の最後の"Liebesweh(恋の苦しみ)"という語にハイネらしい辛辣な思いが込められているのかもしれませんが、シューマンはその言葉すらもはすの花が喜んで受け入れているかのような響きに包みました。本当に奇跡的な作品だとあらためて思います。

以前こちらの記事で訳詞だけ作っていましたので、今回の記事であらためて聞き比べをしてみたいと思います。

ちなみにシューマンの歌曲集のタイトルである「ミルテ」の花は日本語では銀梅花(ギンバイカ)というようです。下記のリンク先をご覧ください。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%B3%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%AB

はすの花を画像検索した結果は下記リンク先にあります。
https://www.google.co.jp/search?q=lotusblume&hl=ja&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=2ahUKEwiuuaGlmOnuAhVLPHAKHRPTAM4Q_AUoAXoECAEQAw&biw=1366&bih=628

はすの花や葉は植物に疎い私でも見たことがあるぐらい身近ですね。
子供の頃に読んだ芥川龍之介の「蜘蛛の糸」をつい思い出します。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/92_14545.html

●ハイネの詩の朗読(ゲルト・ウード・フェラー)
Gerd Udo Feller(Rezitation)

とてもいい朗読ですね!第3節の"blüht und glüht und leuchtet"や"duftet und weinet und zittert"の"und(英語のand)"で動詞をつなげて畳みかける箇所をどう朗読しているかに注目してみるのも興味深いです。

●白井光子(MS) & ハルトムート・ヘル(P)
Mitsuko Shirai(MS) & Hartmut Höll(P)

白井さんの深みと含蓄のある歌唱はこのハイネの詩の心情をこれ以上ないほど細やかに描いていて素晴らしいです。

●バーバラ・ボニー(S) & ヴラディーミル・アシュケナージ(P)
Barbara Bonney(S) & Vladimir Ashkenazy(P)

ボニーの可憐な美声とアシュケナージの美しい音色で至福の時間が味わえます。とりわけ"zittert"の抑制した歌唱に惹き込まれました。

●マーガレット・プライス(S) & ジェイムズ・ロックハート(P)
Margaret Price(S) & James Lockhart(P)

大きな弧を描くプライスの歌唱はこの曲の旋律美を浮き彫りにします。

●マティアス・ゲルネ(BR) & マルクス・ヒンターホイザー(P)
Matthias Goerne(BR) & Markus Hinterhäuser(P)

2017年録音。ゲルネの前半の抑制した響きから後半の解放した響きまで、自然で温かみがあり素晴らしいです。

●フリッツ・ヴンダーリヒ(T) & フーベルト・ギーゼン(P)
Fritz Wunderlich(T) & Hubert Giesen(P)

ライヴ録音(Edinburgh, Usher Hall, 4. September 1966)。ヴンダーリヒはこの曲をスタジオ録音していないのでは?不慮の事故で亡くなる2週間前の貴重なライヴ音源が残されていたことに感謝です。ほれぼれするほど美しい歌唱ですね。

●ヘルマン・プライ(BR) & レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR) & Leonard Hokanson(P)

1985年録音。プライはもう血肉となった歌唱ですね。歌い上げずに抑制した魅力が滲み出ています。第2節第2行の"sie"が聞きなれた音よりも高く歌っていますが、こういう版があるのかどうか調べてみたいです。

●ピアノパートのみ
Die Lotosblume/はすの花  Schumann/シューマン【ドイツ語字幕/和訳付き/PianoKaraoke】

投稿者:PIAVO。演奏の映像と歌詞対訳が表示されます。ピアノパートだけで聴いても歌が浮かんできて、単なる和音の連なりにとどまらないハーモニーの繊細な美しさが感じられますね。

●シューマンによる無伴奏男声四部合唱の「はすの花」Op. 33 No. 3
Robert Schumann: Die Lotosblume, Op. 33 No. 3
レナー・アンサンブル & ベルント・エンゲルブレヒト(C)
Renner Ensemble & Bernd Engelbrecht(C)

独唱曲とば別の作品で、無伴奏男声四部合唱のための作品です。この曲もまた神秘的な響きが美しく、時々あらわれる半音進行が印象的ですね。詩の言葉の扱い方がOp.25の独唱曲と似ているので、シューマンはハイネの詩をこのように朗読したのだなと想像出来るのが興味深いです。

●シューマンによる二重唱の「はすの花」Op. 33 No. 3
Robert Schumann: Die Lotosblume, Op. 33 No. 3
ペーター・シュライアー(T) & ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR) & クリストフ・エッシェンバハ(P)
Peter Schreier(T) & Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Christoph Eschenbach(P)

無伴奏男声四部合唱曲と同じ作品番号で、確かに同じ曲のようなのですが、インターネット上にこの編成の楽譜を見つけることは出来ませんでした。二重唱+ピアノ伴奏という編成はシューマン自身によるものなのか、楽譜出版社が売上をのばす為に男声合唱曲から編曲したのかは今のところ確認できませんでした。

●カール・レーヴェ作曲の「はすの花」Op. 91 No. 1
Carl Loewe: Die Lotosblume, Op. 91 No. 1
白井光子(MS) & ハルトムート・ヘル(P)
Mitsuko Shirai(MS) & Hartmut Höll(P)

バラード(Ballade)作曲家レーヴェがリート(Lied)としてこのハイネの詩に曲を付けました。歌は素朴ですが、ピアノはドラマティックに展開します。

●ローベルト・フランツ作曲の「はすの花」Op. 25 No. 1
Robert Franz: Die Lotosblume, Op. 25 No. 1
白井光子(MS) & ハルトムート・ヘル(P)
Mitsuko Shirai(MS) & Hartmut Höll(P)

フランツの作曲した作品は、素朴ですがメランコリックな響きがなんとも美しいです。

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シューベルト「マリアの憐憫について(Vom Mitleiden Mariä, D 632)」を聴く

Vom Mitleiden Mariä, D 632
 マリアの憐憫について

Als bei dem Kreuz Maria stand,
Weh über Weh ihr Herz empfand,
Und Schmerzen über Schmerzen:
Das ganze Leiden Christi stand
Gedruckt in ihrem Herzen.
 マリアが十字架の前に立ったとき
 彼女の心が感じたのは、悲しみにつぐ悲しみ、
 苦痛につぐ苦痛。
 キリストのあらゆる苦悩が
 彼女の心を押しつぶした。

Sie ihren Sohn muß bleich und todt,
Und überall von Wunden roth,
Am Kreuze leiden sehen.
Gedenk, wie dieser bittre Tod
Zu Herzen ihr mußt' gehen!
 彼女は息子が青ざめて生気を失い、
 いたるところが傷で真っ赤になり
 十字架で苦しんだのを見なければならない。
 思い馳せよ、いかにこの辛い死が
 彼女の心へ向かわざるをえなかったか。

In Christi Haupt durch Bein und Hirn,
Durch Augen, Ohren, durch die Stirn
Viel scharfe Dornen stachen;
Dem Sohn die Dornen Haupt und Hirn
Das Herz der Mutter brachen.
 キリストの頭に、脚や脳を通じて、
 目、耳を通じて、額を通じて、
 多くの鋭いとげが刺さった。
 とげは息子の頭や脳を、
 そして母の心を砕いた。

詩:Friedrich von Schlegel (1772-1829)
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828)

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フリードリヒ・フォン・シュレーゲルの詩は、十字架上で息絶えた息子イエスキリストの姿を見た母マリアの悲痛な心情を描いています。

シューベルトの曲は有節形式で3節からなります。
歌声部、ピアノの右手、左手といった三つの声部がコラール風に進行していきます。
歌の音域は1オクターヴ内にすっぽり収まってしまいます。
グレアム・ジョンソンはC.P.E.バッハのゲレルト(Gellert: Geistliche Oden und Lieder, Wq. 194, H. 686)とクラーマー(Cramer: 42 Psalmen mit Melodien, Wq. 196, H. 733)の詩による歌曲をシューベルトが思い浮かべていたのではと指摘しています。

この曲の厳かで神々しい雰囲気は、静かにじわじわと訴えかけてきます。

2/2拍子
Langsam(ゆっくりと)
ト短調(g-moll)
28小節(1節分の小節数。全3節の有節形式)

歌声部の最高音:2点ト音(G)
歌声部の最低音:1点ト音(G)

作曲:1818年12月

●クリスティーネ・シェーファー(S) & アーウィン・ゲイジ(P)
Christine Schäfer(S) & Irwin Gage(P)

シェーファーの凛とした歌声が情景をくっきりと描き出していて素晴らしいです。ゲイジのピアノはヤノヴィツと共演の時もそうですが、第3節でタッチを強めて演奏し、彼の主張をそこに聴くことが出来ます。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR) & ジェラルド・ムーア(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Gerald Moore(P)

ここでは第3節は残念ながら省略されています。F=ディースカウのむらのない響きが静かな感銘を与えてくれます。ムーアが来日した際、畑中良輔氏が彼から「毎日バッハのコラールをさらう」という話を聞いてそれがムーアのレガートの秘訣なのではないかと思ったという記述をこの演奏を聴きながら思いました。

●ジビュラ・ルーベンス(S) & ウルリヒ・アイゼンローア(P)
Sibylla Rubens(S) & Ulrich Eisenlohr(P)

細身のリリックなルーベンスの歌唱は、けなげなマリア様を想起させてくれます。

●ヴェルナー・クレン(T) & ジェラルド・ムーア(P)
Werner Krenn(T) & Gerald Moore(P)

第3節のとげの描写でクレンの悲痛な表現が迫ってきます。

●グンドゥラ・ヤノヴィツ(S) & アーウィン・ゲイジ(P)
Gundula Janowitz(S) & Irwin Gage(P)

ゆっくり目のテンポで一見クールで泰然としたヤノヴィツの歌唱はそれゆえにマリアの哀しみを自然に浮き立たせているようにも感じられます。

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ベートーヴェン「独り言(Ein Selbstgespräch, WoO 114)」

Ein Selbstgespräch, WoO 114
 独り言

Ich, der mit flatterndem Sinn
Bisher ein Feind der Liebe bin,
Und es so gern beständig bliebe,
Ich! Ach! Ich glaube, daß ich liebe.
 私は移り気な男、
 これまでずっと愛の敵だ、
 一途でいられたらいいのだが。
 私は!ああ!私は今愛しているのだと思う。

Der ich sonst Hymen angeschwärzt,
Und mit der Liebe nur gescherzt,
Der ich im Wankelmuth mich übe,
Ich glaube, daß ich Doris liebe.
 私はかつて婚礼の神ヒュメナイオスを中傷し、
 愛をただからかっていた、
 私は移り気の修行をしてきた、
 そんな私がドーリスを愛しているのだと思う。

Denn ach! seitdem ich sie gesehn,
Ist mir kein andre Schöne schön,
Ach, die Tyrannin meiner Triebe;
Ich glaube gar, daß ich sie liebe.
 というのもああ!私が彼女に会って以来
 他の美女は私にとって美しく思えないのだ、
 ああ、わが欲望の専制君主よ、
 私は彼女を愛していると本当に思う。

詩:Johann Wilhelm Ludwig Gleim (1719-1803)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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グライムの詩により1792-173年に作曲されました。旧全集では"Ich, der mit flatterndem Sinn"という1行目の歌詞がタイトルに冠されていました。

2節目の最初の2行は「かつては処女を奪い、ただ女遊びにふけっていた」というふうにもとれます。ちょっと生々しいですが暗示されているのはそういうことだと思います。

左手と右手が交互にリズムを刻むピアノパートは後のシューマン「薔薇、百合、鳩、太陽」を予感させますが、シューマンはこのベートーヴェンの歌曲を知ることはなかったので(1888年頃初出版)、単なる相似ですね。
歌詞の繰り返しがかなり自由に行われていたり、突然の総休止(Generalpause)があったりと、22~23歳のベートーヴェンのチャレンジが感じられます。表情や強弱・テンポの指示が一切ないのは演奏家に委ねられているということなのでしょう。第2節第4行の"glaube"で歌手は10度上行しなければなりません。

2/4拍子
ホ長調 (E major)
160小節

●マーク・パドモア(T) & クリスティアン・ベザイデンハウト(Fortepiano)
Mark Padmore(T) & Kristian Bezuidenhout(Fortepiano)

現役イギリス人歌手の中で特にドイツ歌曲に優れた演奏を聴かせるパドモアのユーモラスで生き生きとした歌唱にブラボー!!ベザイデンハウトも楽しげな雰囲気が伝わってきますね。

●ペーター・シュライアー(T) & ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T) & Walter Olbertz(P)

さすが芸達者シュライアー、巧みな語りで聴き手を詩の世界に引き込みます。飛ばしすぎず落ち着いたテンポで歌われます。

●ヘルマン・プライ(BR) & レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR) & Leonard Hokanson(P)

プライは温かみのある声でゆとりを持って表現していますね。

●ジョン・マーク・エインスリー(T) & イアン・バーンサイド(P)
John Mark Ainsley(T) & Iain Burnside(P)

エインスリーの爽やかで誠実そうな美声が伊達男の告白を歌うギャップが面白い効果をあげていると思います。バーンサイドのピアノが音楽の展開に応じてタッチを自在に変えて聴きごたえがありました。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR) & ハルトムート・ヘル(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Hartmut Höll(P)

F=ディースカウの語り口のうまさがここでも生きています。おそらくヘルと共演した最初の録音だったと思います。大御所を前にしてヘルも見事な演奏だと思います。

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エリー・アーメリング(Elly Ameing)88歳誕生日!

本日(2月8日)は敬愛するエリー・アーメリングの88歳の誕生日です!おめでとうございます!
きっとお元気でお過ごしのことと思います。
彼女の公式YouTubeチャンネルには、過去のライヴ音源が多数アップされていますので、ご紹介します。
ちなみにこれらの音源は彼女のライヴ録音集の"75 jaar"と題された組物CDに収録されています。
彼女の弟子でもあるピアニストのトム・ヤンセン(Thom Janssen)がこれらの動画を編集しているそうです。

Gefeliciteerd met je verjaardag, Elly Ameling!

●アルバン・ベルク:ワイン
Elly Ameling; Der Wein - Alban Berg

Elly Ameling(S)
Royal Concertgebouw Orchestra
Erich Leinsdorf(C)
NOS 02-12-1973

●アルバン・ベルク:歌曲集『7つの初期の歌』
Elly Ameling; Sieben Frühe Lieder - Alban Berg
00:07​ Nacht (Carl Hauptmann)
04:18​ Schilflied (Nikolaus Lenau)
06:27​ Die Nachtigall (Theodor Storm)
08:43​ Traumgekrönt (Rainer Maria Rilke)
11:12​ Im Zimmer (Johannes Schlaf)
12:33​ Liebesode (Otto Erich Hartleben)
14:18​ Sommertage (Paul Hohenberg)

Elly Ameling(S)
Rudolf Jansen(P)
NCRV (Dutch Radio) 02-05-1980

●ラヴェル:歌曲集『ステファヌ・マラルメの3つの詩』
Elly Ameling; Trois Poèmes de Stéphane Mallarmé - Ravel
00:10​ Soupir
04:20​ Placet futile
08:17​ Surgi de la croupe et du bond

Elly Ameling(S)
Rudolf Jansen(P)
Sweelinck Quartet
(Robert and Frits Waterman(Violin), Ferdinand Hügel(Viola), Hans Vader(Cello))
Paul Verhey and Rien de Reede(Flute)
George Pieterson and Willem van der Vuurst(Clarinet)
NOS 17-11-1981

●フォレ:歌曲集『良き歌』
Elly Ameling; La Bonne Chanson - Fauré
00:05​ Une sainte en son auréole
02:24​ Puisque l'aube grandit
04:19​ La lune blanche luit dans les bois
06:58​ J'allais pas des chemins perfides
08:47​ J'ai presque peur, en vérité
11:05​ Avant que tu ne t'en ailles
13:33​ Donc, ce sera par un clair jour d'été
16:11​ N'est-ce pas?
19:04​ L'hiver a cessé

Elly Ameling(S)
Rudolf Jansen(P)
Sweelinck Quartet
(Robert and Frits Waterman(Violin), Ferdinand Hügel(Viola), Hans Vader(Cello))
NOS 17-11-1981

●グノー:歌劇『ファウスト』より:トゥーレの王~宝石の歌
Elly Ameling; Gounod - Scene Faust, Act III, Marguerite
Récitatif et Chanson du Roi de Thulé
01:14​ "Je voudrais bien savoir ...
02:10​ ... Il était un Roi de Thulé"
Récitatif et Air des bijoux
06:03​ "Un bouquet! ... O Dieu! Que des bijoux!"

Elly Ameling(S)
Royal Concertgebouw Orchestra
Bernard Haitink(C)
NRU (Dutch Radio), 28-10-1966

●ショソン:歌曲集『温室』
Elly Ameling; Serres chaudes - Chausson
00:05​ Serre chaude
03:45​ Serre d'ennui
06:50​ Lassitude
09:15​ Fauves las
11:22​ Oraison

Elly Ameling(S)
Rudolf Jansen(P)
AVRO 01-12-1982

●ムソルクスキー:歌曲集『子供部屋』
Elly Ameling; Kinderstube (Nursery/Детская) - Mussorgsky
00:06​ Mit der Nanja
02:03​ Im Winkel
03:41​ Der Käfer
06:27​ Mit der Puppe
08:33​ Abendgebet
10:36​ Kater Prinz
12:32​ Steckenpferdreiter

Elly Ameling(S)
Rudolf Jansen(P)
NOS 3-10-1978

●ドビュッシー:歌曲集『3つのビリティスの歌』
Elly Ameling; Trois Chansons de Bilitis - Debussy
00:04​ La flûte de Pan
02:50​ La chevelure
06:20​ Le tombeau de Naïades

Elly Ameling(S)
Rudolf Jansen(P)
NOS 18-10-1983

●モーツァルト:歌劇『フィガロの結婚』より:スザンナは来ない!~美しい時間はどこにあるのだろう(伯爵夫人)
Elly Ameling; Mozart - E Susanna non vien! - Dove Sono - Nozze di Figaro

Elly Ameling(S)
Radio Chamber Orchestra
Jean Fournet(C)
VARA (Dutch Radio), 09-01-1988

●モーツァルト:歌劇『フィガロの結婚』より:愛の神よ いくらかの安らぎをお与え下さい(伯爵夫人)
Elly Ameling; Mozart - Porgi, amor, qualche ristoro, Nozze di Figaro

Elly Ameling(S)
Radio Chamber Orchestra
Jean Fournet(C)
VARA (Dutch Radio), 09-01-1988

●モーツァルト:歌劇『フィガロの結婚』より:とうとうその瞬間が来た~お願いだから来てください 遅れないで(スザンナ)
Elly Ameling; Mozart - Giunse alfin il momento - Deh vieni non tardar - Nozze di Figaro

Elly Ameling(S)
Radio Chamber Orchestra
Jean Fournet(C)
VARA (Dutch Radio), 09-01-1988

●モーツァルト:喜びに高鳴る
Elly Ameling; Mozart - Un moto di gioia (KV 579) - Nozze di Figaro

Elly Ameling(S)
Radio Chamber Orchestra
Jean Fournet(C)
VARA (Dutch Radio), 09-01-1988

credits;
Editing; Thom Janssen

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ベートーヴェン「ラウラに(An Laura, WoO. 112)」

An Laura, WoO. 112
 ラウラに

Freud' umblühe dich auf allen Wegen,
Schöner als sie je die Unschuld fand,
Seelenruh, des Himmels bester Segen
Walle dir wie Frühlingshauch entgegen,
Bis zum Wiedersehn im Lichtgewand!
 喜びがあなたの周りのあらゆる道に花咲いておくれ、
 無垢がこれまで見つけたどんなものよりも美しく、
 魂の安らぎ、天の最良の祝福が
 春の息吹のように、あなたに向かって沸き立っておくれ、
 光の衣の中で再会するときまで!

Lächelnd wird der Seraph niederschweben,
Der die Palme der Vergeltung trägt,
Aus dem dunkeln Thal zu jenem Leben
Deine edle Seele zu erheben,
Wo der Richter unsre Thaten wägt.
 微笑みながら熾天使(してんし)が降りてくる、
 お返しの棕櫚を運ぶ天使が。
 暗い谷からあちらの生活へ
 あなたの気高き魂を昇らせるために、
 そこでは審判者が私たちの行いを吟味するのだ。

Dann töne Gottes ernste Waage
Wonne dir, von jedem Misklang frei,
Und der Freund an deinem Grabe sage:
Glückliche! der lezte deiner Tage
War ein Sonnenuntergang im Mai!
 その時神の真剣な裁定が鳴り響くだろう、
 あなたに至福あれ、不協和音から解き放たれて、
 そして友があなたの墓でこう言う:
 幸せな娘よ!あなたの最後の日は
 五月の日没だった!

詩:Friedrich von Matthisson (1761-1831) 
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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マッティソン(Matthisson)の詩に1792年(ベートーヴェン22歳)に作曲された作品です。
詩は「ドイツ遍歴時代(Wanderjahre in Deutschland)」に発表されたそうです。亡くなったラウラという女性の墓前で思いに浸る主人公の心情が歌われています。
最初の2つの節は完全な有節形式で、最後の3節目に入ると神の裁きが下る前半箇所でレチタティーヴォ風になります。詩の展開にベートーヴェンが対応したと言えるでしょう。

6/8拍子-4/4拍子(第3節1~3行目)-6/8拍子
ト長調(G-dur)
前奏4小節
歌声部の最高音:2点変イ音(As)
歌声部の最低音:1点嬰ヘ音(Fis)

※この曲はIMSLPに楽譜が掲載されていなかった為、Beethoven-Haus Bonnのサイトに掲載されていた1916年Heyerの初版楽譜を参照しました。

●ペーター・シュライアー(T) & ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T) & Walter Olbertz(P)

シュライアーの優しい歌声はいいですね。

●マックス・ファン・エフモント(BR) & ヴィルヘルム・クルムバハ(P)
Max van Egmond(BR) & Wilhelm Krumbach(P)

往年のハイバリトンの歌は涼風が吹くような心地よい響きです。

●パメラ・コバーン(S) & レナード・ホカンソン(P)
Pamela Coburn(S) & Leonard Hokanson(P)

コバーンの芯のある歌声は宗教曲を聴いている気持ちになります。

●コンスタンティン・グラーフ・フォン・ヴァルダードルフ(BSBR) & クリスティン・オーカーランド(P)
Constantin Graf von Walderdorff(BSBR) & Kristin Okerlund(P)

ヴァルダードルフの丁寧な歌いぶりが胸に響きます。
第2節4行目:edle→schöne(マッティソンの原詩)で歌っています。

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エリー・アーメリング(Elly Ameling)の映像!サリエリ&モーツァルト(1985.7.10, Lincoln Center)

エリー・アーメリングの映像がまたしてもアップされていました!このコンサートに彼女が出演していることは情報としては知っていたのですが、映像収録されていたとはこれまで知りませんでした。アップしてくれた方に感謝です!

モーストリー・モーツァルト・フェスティヴァルの一環として催されたコンサートからで、指揮者はジェラード・シュワーツです。アントニオ・サリエリのオペラアリアなどなかなか珍しいのではないでしょうか。彼女もこの曲はスタジオ録音していなかったはずです。モーツァルトの「あなたは今は忠実ね」は1969年にレイモンド・レッパードの指揮でスタジオ録音しています。このコンサート当時52歳だったアーメリングの円熟の歌唱をこうして映像と共に聞けるのは何にも代えがたい喜びです!歌い終わって指揮者に向ける笑顔も素敵ですね!

0:00- SALIERI: La fiera di Venezia: "Non temer che d'altri"
4:26- MOZART: "Voi avete un cor fedele" K.217

10 July 1985, Lincoln Center

Elly Ameling(S)
Mostly Mozart Festival Orchestra
Gerard Schwarz(C)

Elly Ameling performs Salieri and Mozart (10 July 1985)

サリエリ: 歌劇《ヴェネツィアの定期市》から"Non temer che d'altri"

モーツァルト:「あなたは今は忠実ね」K.217 (4:26~)

収録:1985年7月10日, リンカン・センター

エリー・アーメリング(S)
モーストリー・モーツァルト・フェスティヴァル管弦楽団
ジェラード・シュワーツ(C)

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マーラー:私はこの世からいなくなった (Mahler - Ich bin der Welt abhanden)

ピアニストのTrung Samさんが私がこちらの記事で掲載したマーラー「私はこの世からいなくなった(Ich bin der Welt abhanden)」の日本語訳詞を動画で使いたいとのご連絡をいただき、こうして出来上がった動画をシェアしていただきました。

ソプラノのSabine Ritterbuschさんの自然で凛とした歌声、そして一音一音に気持ちのこもった美しいTrung Samさんの演奏をぜひお聞き下さい。

Trung Samさん、Yukoさん、有難うございました!

Thank you for sharing this wonderful movie, Mr. Trung Sam and Yuko-san!

[covid art film] | 私はこの世からいなくなった - G. Mahler - Ich bin der Welt abhanden | Ritterbusch Sam

„I am lost to the world - Ich bin der Welt abhanden gekommen“
Gustav Mahler | lyrics by Friedrich Rückert

Sabine Ritterbusch soprano - http://sabine-ritterbusch.de​
Trung Sam piano - https://www.trungsam.com​

recorded in 2019, august 6th and 7th in Richard Jacoby Saal of Hannover University of Music, Drama and Media

a JULIUS MEYERHOFF film

sound: Oliver Rogalla zu Heyden
camera: Julius Meyerhoff, Eric Lassahn
editing: Julius Meyerhoff
styling: Gina Hanning
light design: Wilfried Heitmüller

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