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シューベルト「孤独な男(Der Einsame, D 800)」を聴く

Der Einsame, D 800, Op. 41
 孤独な男

Wann meine Grillen schwirren,
Bei Nacht, am spät erwärmten Herd,
Dann sitz' ich, mit vergnügtem Sinn,
Vertraulich zu der Flamme hin,
 [Dann sitz' ich, mit vergnügtem Sinn,
 Vertraulich zu der Flamme hin,]
So leicht, so unbeschwert.
 [So leicht, so unbeschwert.]
 我がこおろぎたちが
 夜、遅い時間に温まった暖炉のそばで鳴くとき、
 私は楽しい気持ちで
 炎に体を向けて打ち解けて座っている、
 こんなにも気楽に、これほど屈託なく。

Ein trautes, stilles Stündchen
Bleibt man noch gern am Feuer wach.
Man schürt, wann sich die Lohe senkt,
Die Funken auf, und sinnt und denkt:
Nun abermal ein Tag!
 [Nun abermal ein Tag!]
 くつろいだ静かな時間に
 火のそばで目を覚ましているのが好きなのだ、
 炎が小さくなると
 火を燃え上がらせて、思いにくれては、考える。
 こうしてまた一日が過ぎる!

Was Liebes oder Leides
Sein Lauf für uns daher gebracht,
 [Was Liebes oder Leides
 Sein Lauf für uns daher gebracht,]
Es geht noch einmal durch den Sinn;
Allein das Böse wirft man hin.
Es störe nicht die Nacht.
 [Es störe nicht die Nacht.]
 好ましいことだろうが残念なことだろうが
 我々に向けてやって来る、
 それはもう一度頭に浮かんでくるのだが
 悪い事だけは投げ捨ててしまう。
 そうすれば夜を邪魔されずにすむだろう。

Zu einem frohen Traume
Bereitet man gemach sich zu.
Wann sorgelos ein holdes Bild
Mit sanfter Lust die Seele füllt,
Ergiebt man sich der Ruh.
 [Ergiebt man sich der Ruh.]
 楽しい夢を見るために
 くつろいで準備をする。
 心配事もなく、いとしい姿が
 穏やかな喜びで魂を満たすとき、
 みな休息に身を委ねる。

O wie ich mir gefalle
In meiner stillen Ländlichkeit!
Was in dem Schwarm der lauten Welt
Das irre Herz gefesselt hält,
Giebt nicht Zufriedenheit.
 [Giebt nicht Zufriedenheit.]
 おお、なんと私は
 我が静かな田園生活を気に入っていることだろう!
 騒々しい世間の群れの中で
 迷った心を拘束するものは
 平穏を与えることがない。

Zirpt immer, liebe Heimchen,
In meiner Klause eng und klein.
 [Zirpt immer, liebe Heimchen,
 In meiner Klause eng und klein.]
Ich duld' euch gern: ihr stört mich nicht.
Wann euer Lied das Schweigen bricht,
Bin ich nicht ganz allein.
 [Bin ich nicht ganz allein.]
 [Wann euer Lied das Schweigen bricht,
 Bin ich nicht ganz allein.
 Bin ich nicht ganz allein.
 Bin ich nicht ganz allein.]
 ずっと鳴き続けるがいい、いとしいこおろぎたちよ、
 狭くて小さい我が庵で。
 私は大目に見よう、きみたちは私の邪魔ではない。
 きみたちの歌が沈黙を破るとき
 私は全く一人ぼっちではないのだ。

※赤字はシューベルトによる繰り返し

詩:Karl Gottlieb Lappe (1773-1843), "Der Einsame", first published 1801 
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828)

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冬の夜にぴったりの作品をご紹介しましょう。暖炉を前に、こおろぎの鳴き声が聞こえる中、一人気楽な時間を楽しむ男性の様子がぱっと浮かんでくるようなシューベルトの名作「孤独な男」です。「独りずまい」とも訳されることがあります。詩人ラッペの最初に出版された詩集におけるタイトルは「隠者の夕べの歌(Des Klausners Abendlied)」だったそうです。ピアノの左手に曲の間中現れる細かい音型は、こおろぎの鳴き声かもしれませんし、暖炉の火がパチパチ鳴っている音かもしれません。左手の八分音符の上下がジグザグになっていてユーモラスな雰囲気を醸し出しています。シューベルトは2つの稿を作っているのですが、例えば第1節最終行"So leicht, so unbeschwert."の繰り返しの歌の旋律が異なっていますし、歌の一番最後の"Bin ich nicht ganz allein."の締めくくり方も異なっています。ただ、私の知る限り第1稿は今のところ誰も録音していないようです。

歌は基本的に1つのテーマと間のエピソードが交互に現れる形をとっています。第1節の最終行が後のいくつかの節にも現れますが、リズムや音程が微妙に変化しているのがシューベルト円熟の技と言えるのではないでしょうか。

最終節の後半で「きみたちの歌が沈黙を破るとき」と歌われた後にピアノの間奏が演奏されるのですが、その弱拍に付けられたアクセント(譜例の赤丸)が沈黙を唐突に破ったコオロギの音を暗示しているように思えてなりません。そして「私は全く一人ぼっちではないのだ(Bin ich nicht ganz allein)」の歌声のジグザグの旋律(譜例の赤い四角)は、一人の時間を気楽に過ごしている主人公のわくわく感がなんと効果的に表現されていることでしょう。

Der-einsame

なお、この曲の詩や楽譜のコピーなどは下記のサイトで見ることが出来ます。

https://schubertlied.de/en/the-lied/der-einsame-ii

ラッペの詩の"wann"を"wenn"と歌っている演奏が圧倒的に多いですが、"wann"はMandyczewski編纂のBreitkopf & Härtel版、"wenn"はFriedlaender編纂のPeters版の表記です。
ベーレンライターの新シューベルト全集の楽譜がどちらを採用しているかは未確認です。
F=ディースカウはムーアとの1960年代後半のシューベルト歌曲全集では"wann"、その他の録音ではすべて"wenn"で歌っていました。
アーメリングは動画にあがっているスタジオ録音の他にライヴ録音3種類を聴きましたが、すべてラッペの原詩通りの"wann"で歌っていました。また、プレガルディアン&ゲースの録音も"wann"で歌っていましたが、その他の人の演奏は私の聴いた限りほぼ"wenn"で歌っていました。

1825年作曲
Mässig, ruhig(中ぐらいのテンポで、穏やかに)
4/4拍子
ト長調
全79小節
歌声部の最高音:2点ト音(G)
歌声部の最低音:1点ニ音(D)

●コオロギの鳴き声(動画最後に比較対象としてスズムシの鳴き声も聞けます)

●【詩の朗読】Susanna Proskura(Speaker)

ラッペのオリジナルのテキストを朗読しています。

●バリー・マクダニエル(BR) & ヘルタ・クルスト(P)
Barry McDaniel(BR) & Hertha Klust(P)

1964年録音。年老いた男性が暖炉に向かって至福のひとときを過ごす雰囲気がアメリカのバリトン、マクダニエルの深みのある声で伝わってきてとても魅力的です。F=ディースカウ等との共演で知られるクルストのピアノも明瞭なタッチで楽しげに弾いています。

●ヘルマン・プライ(BR) & カール・エンゲル(P)
Hermann Prey(BR) & Karl Engel(P)

最初の"Wenn"の重厚な響きからプライならではの魅力全開ですね。彼の歌の明るさがこの曲の特性とぴったり合致していると思います。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR) & アルフレート・ブレンデル(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Alfred Brendel(P)

老境に差し掛かり重みを増したF=ディースカウの声がこの曲に妙にマッチしているように感じます。もちろん若かりし頃の録音も素晴らしいのですが。ブレンデルのピアノもくっきりとした表現が魅力的です。

●フリッツ・ヴンダーリヒ(T) & フーベルト・ギーゼン(P)
Fritz Wunderlich(T) & Hubert Giesen(P)

「この曲は低声歌手のもの」というイメージを覆す素晴らしい演奏です。ヴンダーリヒの輝かしい声でこの曲の録音が残されたことに感謝です!ギーゼンの味のあるピアノも良いです。

●エリー・アーメリング(S) & ドルトン・ボールドウィン(P)
Elly Ameling(S) & Dalton Baldwin(P)

1972年。某声楽家の方がこの曲は内容的に男声が歌うのがふさわしいと書いておられて、その意味するところは分かるのですが、こういうチャーミングな歌唱を聴くと限定する必要はないのではと思ってしまいます。

●イルカー・アルカユレク(T) & サイモン・レッパー(P)
Ilker Arcayürek(T) & Simon Lepper(P)

トルコ出身の若いテノールのみずみずしい声もまた魅力的です。

●その他の録音の例(下記はすべてwann→wennに変更した版で歌っています。YouTubeで聴くことが出来ます。)
シュヴァルツコプフ&ムーア、F=ディースカウ&ムーアのEMI盤、F=ディースカウ&ブレンデル、F=ディースカウ&ヘル、ラプラント&ラシャンス、ポップ&ゲイジ、キーンリーサイド&マーティノー、ヘンドリックス&ルプー、ヴィーンス&ヤンセン、ゲルネ&シュナイダー、ギューラ&ベルナー、ボストリッジ&ドレイク、アップル&ベイリュー

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