ブラームス(Brahms)「夏の夕べ(Sommerabend)」を聞く
Sommerabend, Op. 85 No. 1
夏の夕べ
Dämmernd liegt der Sommerabend
Über Wald und grünen Wiesen;
Goldner Mond, im blauen Himmel,
Strahlt herunter, duftig labend.
たそがれつつ、夏の夕べが
森や緑の草地の上に横たわる。
黄金の月は、青い空にかかり、
輝き照らす、薄暗さに活力を取り戻して。
An dem Bache zirpt die Grille,
Und es regt sich in dem Wasser,
Und der Wandrer hört ein Plätschern,
Und ein Atmen in der Stille.
小川のほとりでコオロギが鳴き、
水中には動くものがある。
旅人はぱちゃぱちゃいう水の音と、
静寂の中の息遣いを聞く。
Dorten, an dem Bach alleine,
Badet sich die schöne Elfe;
Arm und Nacken, weiß und lieblich,
Schimmern in dem Mondenscheine.
あそこの、小川のほとりで一人
水浴びをしているのは美しい妖精だ。
腕やうなじは、白く愛らしく、
月光の中で光っている。
詩:Heinrich Heine (1797-1856)
曲:Johannes Brahms (1833-1897)
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ハインリヒ・ハイネの詩集『歌の本(Buch der Lieder)』の中の「帰郷(Die Heimkehr)」から85番目の詩にブラームスが作曲した歌曲が「夏の夕べ(Sommerabend)」です。4行からなる節が3節で出来ています。各節1行目と4行目が脚韻を踏み、2行目と3行目は母音のみを合わせています(最終節には該当しませんが)。第1節では森、草地、空を眺め、第2節で小川に移り、視点がぐっとフォーカスされます。そしてここで視覚に加えて聴覚が描かれます。"Plätschern(ぱちゃぱちゃと立つ水音)"という単語の響きは本当に意味のとおりに音を模しているような単語ですね。最終節では水浴びをする白いうなじの妖精が登場し、幻想的な風景が描かれています。
ブラームスの音楽は、4/4拍子、変ロ長調、Langsam(ゆっくりと)。A-B-Aの形式。
第1節(A)の歌唱旋律は下降音型が基本で、黄昏の光が降り注ぎ、月があらわれて輝き照らす様を暗示しているかのような美しいメロディーラインです。
ピアノは左手が歌声に呼応した旋律を奏で、右手は後打ちでリズムを刻みます。
第2節の部分(B)でぐっと焦点が近くなり、旅人が聞き、感じたことが歌われます。
音楽もここで何かを予感するような不安な雰囲気になります。
最終節(A)で再び第1節と同じ歌唱旋律が戻ってきますが、ピアノパートには変化があります。
第1節の時と異なり、左手だけでなく、両手で分散和音(三連符も登場する)とメロディアスな進行を奏で、第1節におけるリズムの刻みはここにはありません。テキストに呼応して第1節の"静"から妖精の登場する第3節の"動"にピアノパートを変化させているといえるのではないでしょうか。
ちなみに、ハイネの「帰郷」の次に置かれた詩(86番)にもブラームスは作曲しており、作品番号も「夏の夕べ」の次に置いています。この次の歌曲「月光(Mondenschein, Op. 85 No. 2)」では「夏の夕べ」のAと同じメロディーを途中で再び使用しています。この2曲はブラームスにとっては切り離せないセットとして想定していたのではないかと思います。
Florian Friedrichの詩の朗読
Margaret Price(S), James Lockhart(P)
マーガレット・プライスの弧を描くようなレガートの美しさにうっとり聞き惚れてしまいます。
Hans Hotter(BSBR), Gerald Moore(P)
この録音でこの曲をはじめて聞いただけに個人的に思い入れが深いです。ハンス・ホッターの深々とした歌声はすべてを包み込んでしまうような器の大きさを感じさせます。ムーアの演奏もホッターと共通する温かみがあります。
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P) (Feb. 1957)
F=ディースカウはこのテキストの情景を目に見えるように鮮やかに描いています。デームスも歌に美しく呼応しています。
Deon van der Walt(T), Charles Spencer(P) (1995)
ファン・デア・ヴァルトの美声テノールで聞くと、爽やかな風が吹き渡るかのようです。スペンサーは後奏で思いのこもった演奏を聞かせています。
Matthias Goerne(BR), Christoph Eschenbach(P) (2016)
マティアス・ゲルネがゆったりとしたテンポで抑制した声で歌います。
Sommerabend in B flat - piano accompaniment only
ピアノパートのみです(楽譜など映像はありません)。ちょうどいいテンポで美しい演奏です。
Mischa Maisky(VLC), Pavel Gililov(P)
マイスキーがテキストを語っているかのように美しくチェロで歌っています。
出版時に「夏の夕べ」の次に置かれた「月光(Mondenschein, Op. 85 No. 2)」(「夏の夕べ」と同じメロディーが出てきます)
Hans Hotter(BSBR), Gerald Moore(P)
Mondenschein, Op. 85 No. 2
月光
Nacht liegt auf den fremden Wegen,
Krankes Herz und müde Glieder; -
Ach, da fließt, wie stiller Segen,
Süßer Mond, dein Licht hernieder;
夜が見知らぬ道々に横たわる、
病んだ心、疲れた手足よ。
ああ、そこに降り注ぐのは、静かな祝福のように、
甘美な月よ、おまえの光だ。
Süßer Mond, mit deinen Strahlen
Scheuchest du das nächt'ge Grauen;
Es zerrinnen meine Qualen,
Und die Augen übertauen.
甘美な月よ、おまえの光で
夜の恐怖を追い払ってくれる。
私の苦痛は溶けて消え、
瞳から涙があふれるのだ。
詩:Heinrich Heine (1797-1856)
曲:Johannes Brahms (1833-1897)
スイスの作曲家シェック(Othmar Schoeck: 1886–1957)も「夏の夕べ」の詩に作曲しています。歌声部は比較的素朴ですが、ピアノパートがかなり描写的です。
Othmar Schoeck: Sommerabend, Op. 4-1
Juliane Banse(S), Wolfram Rieger(P)
Julius Burger(1897-1995)というヴィーン出身のアメリカの作曲家が同じテキストに作曲した珍しい歌曲です。第2節で突然激流が渦巻くかのような激しい表情に変化しますが、他は概して素朴なメロディです。
Julius Burger: Dämmernd liegt der Sommerabend
Ryan Hugh Ross(BR), Nicola Rose(P)
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コメント
フランツさん、こんばんは。
お久しぶりです。少し前から、手まりの手芸にハマってしまい、書道の課題も放ったらかして夢中になっていました(^-^;(^-^;
さて、夏の夕べ、美しい曲ですね。初めて聴きました。
歌詞を見て、イタリア人ではこのような詩は書かないなあと、改めて思いました。このように美しい詩がたくさんあるから、ドイツリートの世界は豊かに広がったんですね!
マーガレットプライスの、芯に力のこもったソブラノは本当に美しいですね。各節の歌い分けが見事ですね。
ホッターは、暖かくて深々としていて、心を包んでくれますね。月の光のような声だと思います。
動画の最後の斜め横顔の写真、きれいですね。
ディースカウさんは、テキストが明瞭に聞こえてきますね。朗読がお好きだったというエピソードを思い出します。
ヴァルトは、初めて聴きました。甘い美声でロマンチックな演奏がとても魅力的でした。テノールで聴くと、雰囲気ががらりと変わりますね。
ゲルネの、抑制されたなかにも情感ある演奏も素晴らしかったです。深くスケールの大きなバリトンですよね。
こうして聴くと、どの演奏も素晴らしいですね。
プライさんにも録音して欲しかったです。脳内再生はしましたが♪
投稿: 真子 | 2020年7月27日 (月曜日) 18時12分
真子さん、こんにちは。
お久しぶりです。コメントを有難うございます!
手まりの手芸とは凄いですね!
真子さんの日本の伝統芸への取り組み、素晴らしいです。
これからもずっと残ってほしいですね。
「夏の夕べ」を聞いてくださり、それぞれのコメントもいただきまして本当に有難うございます!
いつもながら励みになります。
おっしゃるようにイタリアの詩とドイツの詩は取り上げるテーマにも違いがありそうですよね。
この幻想的な一場面は日本人が読んでも美しく感じられます。
マーガレットプライスはソプラノでありながら包み込むような豊かさも感じられる声で、ブラームスの美しい旋律線を素晴らしく表現していますよね。
ホッター、まさにおっしゃる通りだと思います。
深々としていて、ずっと身を任せて聞いていたい歌唱です。
ディースカウはやはり言葉の切れが美しいですよね。
ブラームスはメロディーが命のようなところがありますが、テキストに深く切り込んだディースカウの切り口も新鮮だと思います。
デオン・ファン・デア・ヴァルトは南アフリカ出身のテノールで、残念ながら2005年に亡くなっています。
テノールで聞くとブラームスの渋みが薄まり、爽やかさが増しますね。
ゲルネはおっしゃる通り、声のコントロールが素晴らしいですよね。ふかふかのカーペットのような響きだといつも思います。
プライは早速脳内再生されたのですね。
プライに向いていそうな曲ですよね。
素敵なコメントを有難うございました!
投稿: フランツ | 2020年7月29日 (水曜日) 12時35分