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プライ&エンドレス(Prey & Endres)映像;オージェ&ボールドウィン(Augér & Baldwin)1984年NYリサイタル音源

長い新型コロナウイルス対策、皆様大変お疲れ様です。
音楽がお好きな方々は、最近アップしてくださった素敵な映像や音源で一息ついて下さいね。

●ヘルマン・プライ(BR)&ミヒャエル・エンドレス(P)
シューベルト「美しい水車屋の娘」より~1.さすらい

Hermann Prey, baritone
Michael Endres, piano

Die schöne Müllerin, D 795: 1. Das Wandern


●アーリーン・オージェ(S)&ドルトン・ボールドウィン(P)1984年ニューヨーク・リサイタル

Recital
録音:25 January 1984, Alice Tully Hall, New York City (live)

Arleen Augér(アーリーン・オージェ), soprano
Dalton Baldwin(ドルトン・ボールドウィン), piano

Mozart(モーツァルト):
- Das Veilchen(すみれ) 0:00
- Die Verschweigung() 2:43
- Als Luise die Briefe …ルイーゼが不実な恋人の手紙を焼いた時) 5:55
- Sehnsucht nach dem Frühling(春への憧れ) 7:37
- Abendempfindung(夕暮れの感情) 9:35
Schumann(シューマン):
- Widmung(献身) 15:11
- Röselein, Röselein!(ばらよ、ばらよ!) 17:40
- Er ist’s!(あの季節だ!) 20:27
- Geisternähe(魂の近さ) 21:55
- Mondnacht(月夜) 24:18
- Aufträge(ことずて) 28:40
- Des Sennen Abschied(羊飼いの別れ) 31:04
- Kennst du das Land?(あの国をご存知でしょうか) 32:58
- Singet nicht in Trauertönen(悲しい音色で歌わないで) 37:09
Debussy(ドビュッシー):
- Romance(ロマンス) 39:12
- Mandoline(マンドリン) 41:31
- Clair de lune(月の光) 42:54
- Apparition(現れ) 45:36
Strauss(シュトラウス):
- Waldseligkeit(森の至福) 48:52
- Glückes genug(十分幸せ) 51:55
- Schlechtes Wetter(悪天候) 54:32
- Ach Lieb, ich muß nun scheiden(ああ恋人よ、ぼくはもう別れなければならない) 56:54
- Gefunden(見つけた) 59:15
- Hat gesagt - bleibt’s nicht dabei(言いました-それだけでは済みません) 1:02:01
Wolf(ヴォルフ): (encore)
- Auch kleine Dinge(小さなものでも私たちをうっとりさせることが出来るの) 1:03:58
Mozart(モーツァルト): (encore)
- Alleluia(アレルヤ) 1:06:51

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コメント

フランツさん、こんばんは。

まず、プライさんを聴きました(^^)
1990年代ですね。
私は実演では残念ながら「美しい水車小屋の娘」を聴く機会がありませんでした。
テレビでは観て録画もしましたので、とても懐かしく視聴しました。私が聴きに行っていた頃のプライさん(*^^*)

オージェのリサイタル、魅力的な曲目ですね!
また、じっくり聴いてコメントしますね。

投稿: 真子 | 2020年5月13日 (水曜日) 22時37分

真子さん、こんにちは。

このプライの映像は真子さんも録画をお持ちだと思います。
真子さんがプライの実演を聞かれた頃の映像ですね。
「水車屋」はお聞きになれなかったのですか。
でもこうして映像が残されたのは救いですね。
90年代のプライの記憶は私も残っています。

オージェのリサイタルライヴも珍しいので貴重ですよね。
ボールドウィンがピアノを弾いているのも嬉しいです。
私もまだ最初の方しか聞いていないので、後ほどじっくり聞いてみたいと思います。

どうぞゆったりと楽しんで下さいね!

投稿: フランツ | 2020年5月15日 (金曜日) 18時24分

フランツさん、こんにちは。

聴き終わりました。
オージェは、こんなにドラマチックな表現もする人だったんですね。
調べると、「魔笛」の夜の女王がデビューとありましたから、納得しました。
高音での豊かな響きもコロラトゥーラならではですね。
モーツァルトのアレルヤは、お手のものと言うことになりますね。

一方で、「月の夜」におけるコントロールされたPPの美しさも印象的でした。

アンコール?のシューベルトの「野ばら」も美しかったです。シューベルトを歌うと、彼女の声はことに清々しくなるように思います。

このコンサート、一曲ごとに拍手が入っていますね。それを一生懸命に毎回消している投稿者さんがほほえましかったです 笑

投稿: 真子 | 2020年5月19日 (火曜日) 17時11分

真子さん、こんにちは。

オージェのコンサート、聞いてくださり、有難うございます!
長時間にもかかわらず、いつもコメント下さり、励みになっています!

オージェは蒸留水のような透明な声をしているので、リリックかと思いきや
おっしゃるようにドラマティックな表現を聞かせてくれるんですよね。
芯のある声が強く前面に出てくる感じですが、押しつけがましくなく、リートとして聴けるのが心地よいと思います。

オージェやルチア・ポップは若い頃に夜の女王でコロラトゥーラを響かせていましたが、
リートの抒情的な歌唱も出来るのが凄いですよね(グルベローヴァもですね)。
アレルヤの華やかな表現も素敵でした!

彼女の弱声もまた見事にコントロールされていて素晴らしいですね。
「月の夜」のような曲は素人でも歌うの難しそうに感じます。

動画の概要欄に書いていなかった「野ばら」も歌っていましたね。
シューベルトは自然な表情が命というところがあると思うので、オージェにはうってつけだと思います。

このコンサート、1曲ずつ拍手が送られていますね。
それを毎回フェードアウトした動画アップの方の作業も大変だったことと思います。

投稿: フランツ | 2020年5月22日 (金曜日) 18時00分

フランツさん、おはようございます。

私は書の練習をするとき、よく歌曲を聴きます。それでこのオージェも練習しながら聴きました。
「ながら」で失礼かと思いますが、きちんと耳に入ります!
「声」が時に「線」になって教えてくれるのです。

先日、プライさんの歌うレーヴェ「詩人トム」(PHILIPS盤)を、やはり書きながら聴いていたとき、不思議な体験をしました。
また、改めてコメントさせてくださいね(*^^*)

さて、ご質問なのですが。。
F=ディースカウ&ボリーニ「冬の旅」、1978年ザルツブルクライブのCDについてです。
ネットを見ますと「伝説的」と評されていて、とても気になっています。
この演奏について、フランツさんのご感想等お聞かせ頂けますでしょうか。

それから、ディースカウさんの、シューマン「詩人の恋」の、各CDの特徴やご感想など、お聞かせいただけたらうれしいです。
お時間がおありの時にでも。。
わがまま&ややこしい要望ですみません(^-^;

投稿: 真子 | 2020年5月25日 (月曜日) 09時27分

真子さん、こんにちは。

>「声」が時に「線」になって教えてくれるのです。

歌曲と書道の関係、面白いですね。
レガートはなめらかな線、スタッカートは軽快な線という感じでしょうか。

プライの不思議な体験、楽しみです!
「詩人トム」といえばプライの十八番ですよね。

ご質問のF=ディースカウとポッリーニの『冬の旅』についてですが、あらためてじっくり聞いてみました。

以前F=ディースカウへのインタビューが雑誌に掲載されていたのですが、
当時このライヴ演奏について、ザルツブルク音楽祭の音源のCD化はいろいろ難しいのでおそらく商品化されないだろうと言っていたのですが、無事CD化されましたね。
F=ディースカウの話によると、自分にはマイク1本、ピアノには3本で、バランスが悪くてあまり満足していないというようなことを言っていました。

この録音を聞くと、確かに歌よりもピアノの方が鮮明に聞こえます。

F=ディースカウと大ピアニストのポッリーニの共演ということで、NHK FMで当時放送された時はものすごい話題になったそうです。

F=ディースカウのコンサート記録を見ると、ポッリーニとはこの1978年8月23日のザルツブルクの他に同年9月30日にベルリンでも『冬の旅』で共演しているようですので、
ザルツブルク音楽祭主催者によるお祭り的なコラボという意味合いだけではなく、F=ディースカウ自身の共演希望だったのかもしれませんね。

聴いてみての感想ですが、やはり大物二人の一歩も譲らないパフォーマンスを楽しむ演奏だと思います。
『冬の旅』の世界に浸ろうとか、主人公の思いに自分を重ねてという感じの演奏ではないような気がします。
ポッリーニは確かにテクニカルな面でうまいです。
ただ、フォルテの時にあくまで自分のソロ演奏であるかのように力強く響かせるので、歌にかぶさってしまう場面も聞かれます。
F=ディースカウの声と溶け合おうという感じではなく、一歩も譲らないという感じです(特に後半)。
もちろんF=ディースカウのことですから、ポッリーニがどれほど大音量で来ても完全に消されることはありませんが。
この強烈なピアニストを迎えて、F=ディースカウもいつも以上に声を張り上げて、丁々発止と渡り合っています。
刺激的でドラマティックな『冬の旅』である一方、疎外感を抱きながら放浪する主人公の孤独な心象風景は薄れている感が否定できません。

これはあくまで私の個人的な感想ですので、真子さんもお聞きになられたらご感想を聞かせて下さいね。

F=ディースカウの『詩人の恋』につきましてはあらためて記事にしますね。
しばらくお待ち下さい。

ちなみに今日はF=ディースカウの95回目の誕生日です(^^)

投稿: フランツ | 2020年5月28日 (木曜日) 17時34分

フランツさん、こんばんは。
面倒な質問にご丁寧にご返信下さってありがとうございます。CDも改めて聴いて下さったんですね。恐縮です。。
「一歩も譲らないピアニスト
その大音量にも消されない歌手
丁々発止と渡り合う「冬の
旅」」
すごいですね!
聴く事ができましたら(YouTuberで探してみます)、また感想を書きますね。

「詩人の恋」は記事にして下さるとのこと。お手数をおかけします。でも、楽しみです(^^)

さて、プライさんによる不思議な体験ですが、、「詩人トム」。
彼の歌い口は巧みで、特に下記の箇所は、
Er küßte sie,sie küßte ihn,
Ein Vogel sang im Eschenbaum.・・・~
いつ聴いても、おしゃれでエレガントだなあ。。
と、この日も思っていたら、
「たっぷり墨を含んだ筆が、リズミカルに滑らかに動くさまが突然見えた」のです。

今、王羲之(おうぎし)の「集字聖教序(しゅうじしょうぎょうのじょ)」と言う行書の古典臨書を書いているのですが、まさにその行書の筆の動きが脳裏に浮かんだと、いうより、やはり「見えた」のです。

たとえば、伸びやかな線が欲しいとき、プライさんの特に伸びやかな歌唱を聴いたりする事はよくあるんです。
また、歌を習っていた経験から、細い線を緊張を持って引く時と、ビアニッシモを出す時の緊張感が似ているなあ、というのはいつも感じている部分です。(音と同じように線にもリズムや響きがあります。それがないと生きた線にならないんです)。
ですが、このように「見えた」のは初めてです。
しかもこの時は、意図的に音と線を結びつけて聴いてはいなかったのに、です。

あれはなんだったんだろうと今も不思議です。
不思議であると共に、大きなヒントを与えてくれました!(いつもより、早く清書が作れました)

長くなってしまいましたが、フランツさんにはこの不思議な体験をぜひ聞いて頂きたくて書きました。

投稿: 真子 | 2020年5月28日 (木曜日) 23時44分

真子さん、こんにちは。

>面倒な質問にご丁寧にご返信下さってありがとうございます。

全然面倒ではなかったので大丈夫ですよ。
F=ディースカウ&ポリーニの『冬の旅』をこれまであまりじっくり聞いていなかったので、ちょうどいい機会でした。

『詩人の恋』についてはF=ディースカウは沢山録音しているので、少々お時間をいただくことになると思いますが、
個人的に思い入れの強い録音は60年代半ばにDeutsche Grammophonに録音したイェルク・デームス盤です。

プライの「詩人トム」にまつわる真子さんのお話、興味深く拝読しました!

>いつ聴いても、おしゃれでエレガントだなあ。。
と、この日も思っていたら、
「たっぷり墨を含んだ筆が、リズミカルに滑らかに動くさまが突然見えた」のです。

プライは"Er küßte sie..."を抑えて優しく甘美に歌っていますよね。
真子さんの筆さばきとプライの歌が共振して視覚に訴えかけてきたのでしょうか。
不思議ですが、音を色で感じる人もいると言いますから
プライのたっぷりした甘美な響きが書の筆さばきに映像化されたのかもしれませんね。
音楽を聞きながら書を披露するパフォーマンスをする人もいますし、
両者に何かつながりがあるのだとしたら面白いですね。

>歌を習っていた経験から、細い線を緊張を持って引く時と、ビアニッシモを出す時の緊張感が似ているなあ、というのはいつも感じている部分です。

これ、分かる気がします。
フォルテよりもピアニッシモの方が難しいといいますよね。
私もフォルテは聴いていて瞬間的に興奮しますが、ピアニッシモは胸に染み込んでいつまでも記憶に残ります。

興味深いお話を有難うございました!

投稿: フランツ | 2020年5月30日 (土曜日) 20時57分

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