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ペーター・シュライアー(Peter Schreier)の思い出

ペーター・シュライアー(Peter Schreier: 1935.7.29-2019.12.25)といってまず私が思い浮かべるのはシューベルトの歌曲集『美しい水車屋の娘』です。
希望に満ちた遍歴職人がある水車屋の門を叩き、職を得て、その親方の娘に恋をして、両想いになるも、恋敵に彼女をとられ、絶望して小川に眠るまでを、ナイーブな青年の心情そのままに清涼感と節度のある歌唱で静かに訴えかけてきました。とりわけ1974年にヴァルター・オルベルツ(Walter Olbertz: 1931-)と組んだ録音はみずみずしいシュライアーの美声が刻まれていて、不朽の名盤と言っていいのではないでしょうか。

私がドイツリートを聞き始めて少し経った頃、ペーター・シュライアーはこれまで一度も歌っていなかったシューベルトの歌曲集『冬の旅』をいよいよ披露しようとしていました。1935年生まれのシュライアーは、声が成熟する50歳まで歌うのを待っていたのでしょう。
1980年代半ばぐらいだったと思いますが、ピアノはヴァルター・オルベルツが担当し、シュライアーの日本での『冬の旅』公演は新聞でも好評でした。
私は残念ながらその公演は聴いていませんが、数年ごとに来日してくれるシュライアーのこと、その数年後に生で聴くことが出来ました。録音ではスヴャトスラフ・リフテル(Sviatoslav Richter: 1915.3.20-1997.8.1)とのライヴがPHILIPSから発売され、話題になりました。

シュライアーの「冬の旅」で特徴的なのはそのテンポ設定でしょう。共演のピアニストを変えてもテンポは一緒なので、シュライアー自身の解釈なのだと思います。「おやすみ」がたっぷりめのテンポなのはまだ分かるのですが、「からす」のこれまで聞いたことがないほどの速いテンポには正直驚きました。こんなに速くては歌いにくいのではないかと思うのですが、シュライアーが考えた末の解釈なのでしょう。それからもう一つ「鬼火」の歌唱旋律を一般的な楽譜とは異なるメロディーで歌い収めていることです。こちらは根拠があり、シューベルトの最初の稿がシュライアーの歌っていたメロディーだったのです。出版譜だけに頼らず、他の稿も見比べながら、シュライアーの「冬の旅」がつくりあげられていったのでしょう。

シュライアーは共演するピアニストが多いことも特徴の一つでしょう。専属のピアニストを雇わずに、コンサートごとに異なるピアニストと組むというやり方は、例えば白井光子が殆どハルトムート・ヘルのみと組むのとは対照的と言えます。しかし、異なるタイプのどのピアニストと組んでも見事に一体となった演奏を聴かせるのは、ピアニストの技量だけでなく、シュライアーの歌唱がそうさせるという面もあるのではないでしょうか。例えば、彼がよく組むノーマン・シェトラーとエリック・ヴェルバは決して似たタイプの演奏家ではありません。前者があくまで作品を尊重して誠実な音楽を奏でるのに対して、後者はヴィーン出身だからなのかかなり自由な表現で細かいところにあまりこだわらないように聞こえます。しかし、どちらの録音もシュライアーの歌声で聞くと素晴らしい音楽となっているのです。あえてピアニストを固定せず、それぞれの個性を楽しむタイプなのかもしれません。

シュライアーは1980年に歌曲集「美しい水車屋の娘(Die schöne Müllerin)」を3回録音しました。1年の間に3回というのは相当珍しいことではないでしょうか。とは言え、3種とも趣向を凝らしたものでした。

1.コンラート・ラゴスニク(Konrad Ragossnig: 1932-2018)のギターとの共演によるもの(録音:1980年1月5-7日, Lukaskirche, Dresden)。
2.スティーヴン・ゼア(Steven Zehr: 1944-)によるハンマークラヴィーアとの共演によるもの(録音:1980年2月28-29日, Schubert-Saal des Wiener Konzerthauses)。
3.ノーマン・シェトラー(Norman Shetler: 1931-)とのピアノで歌った録音はシューベルトの友人で彼の歌曲の普及に大きく貢献したフォーグル(Johann Michael Vogl: 1768-1840)による改変版によるもの(録音: 1980年8月22-23日, Große Aula der Universität Salzburg)。

シュライアーの初期の歌唱は清冽、明晰、丁寧で、耳なじみの良い歌い方でした。1980年代になると、シュライアーの歌い方がよりドラマティックになり、時にリートの歌唱において言葉の強調の仕方が極端だと非難されることもありました。おそらくこの歌い方の変化は、彼がバッハの福音史家(エヴァンゲリスト)を長年歌い続けてきた影響もあるのではないかと想像します。キリストの受難を聞きてに説明する役割をもった福音史家はいわゆる第三者です。しかし、場面が進むにつれてドラマティックな展開を見せる際に常に冷静でいられるはずがありません。シュライアーは第三者でありつつも、キリストに共感し、感情を込めることで、バッハの音楽をより鮮明に描こうとしたのではないかと思います。そういう姿勢がおのずと歌曲の歌唱にも影響して、かつての爽やかな歌唱だけでない、ドラマティックで必ずしも耳障りのいいだけではない声も表現の一つとして使うようになったのではないかと思います。それを良しとするかどうかは結局のところ好みの問題ではないかと思います。

シュライアーは、他のドイツリートの男声歌手が避けていた女声の歌もいくつか歌っています。例えばヴォルフの「夜明け前のひととき(Ein Stündlein wohl vor Tag)」は彼氏が別の女性と一夜を過ごしていることをつばめに告げられる女性の悲痛な心情を歌ったもので、これを男声が歌った例は他にないのではないでしょうか。他にも録音はしていませんが、ライヴで同じくシューベルトの「恋はあらゆる道にいて(Liebe schwärmt auf allen Wegen)」を歌っていました。さすがにシューマンの「女の愛と生涯」やシューベルトの「糸を紡ぐグレートヒェン」は歌っていないと思いますが、女声用歌曲への進出という意味で興味深いと思います。

シュライアーはそのレパートリーのほとんどを録音していたように思いますが、おそらくスタジオ録音を残していない重要な歌曲集があることを最近知りました。
世界のホールのWebサイトで過去のコンサートのアーカイブを検索できるようになっていることが多いのですが、彼はオルベルツとマーラーの歌曲集「遍歴職人の歌(さすらう若者の歌)(Lieder eines fahrenden Gesellen)」を歌っていることが分かりました(10 Dec. 1987, Mozart-Saal, Wiener Konzerthaus)。この歌曲集は女声もよく歌いますが、男声が歌う場合は圧倒的にバリトンが多いイメージがあります。音域的な事情でしょうか、あまりテノール歌手がこの曲集を歌った記憶がないのですが、シュライアーはライヴで歌っていました。いつかその音源が世に出るとうれしいのですが…。

※こちらのリンク先でWiener Konzerthausの過去のコンサートを検索出来ます。

ペーター・シュライアーは、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウやヘルマン・プライと同時期に活躍した最も優れたテノール歌手の一人で、彼にとって歌曲はその膨大な活動の中の一つの分野に過ぎません。しかし、オペラや宗教曲をあれだけ歌っていながら、歌曲にも情熱を傾け、日本のファンのために数年おきに来日してくれたのはやはりうれしいことでした。
シュライアーのドイツ語はとても美しく、歌声は変幻自在な表現力で聞き手を魅了しました。彼が歌曲の世界に向けた貢献は計り知れないものがあると思います。
本当に感謝あるのみです。
シュライアーさん、どうぞ安らかにお眠り下さい。

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コメント

フランツさん、こんにちは。

シュライヤーへの愛に満ちた素晴らしい記事!じっくり拝見しました。

1990年年代に、大阪のザ・シンフォニーホールが、「無人島にプライとシュライヤーを持って行きたい」と言うキャッチフレーズを打っていました。
二大巨匠の、それぞれのリサイタルが続けて聞けたなんて、今思えば贅沢な事でしたね。(私は子供が小さかったから、シュライヤーの方は断念しましたが)

後年のシュライヤーのリート演奏が、バッハの受難曲の福音史家の高まる感情の影響を受けた、という分析になるほどと思いました。
バッハの教会カンタータのテノールソロにも、同じような現象が見られます。
シュライヤーの演奏は、「端正な様式美」と思っていましたから、感情を表に出す歌唱に驚いた事があります。ソプラノがマティス、バリトンがディースカウといった布陣でしたから、かなり個性的なバッハでした。

一年に三回も「美しい水車小屋の娘」を録音していたとは、凄い挑戦ですね。しかも、ギターとの共演!
「水車小屋」ならではの試みに思いますが、伝統を重んじる方々から、また何か言われていたかもしれませんね。。
女声用リートを歌ったり、シュライヤーもまた、挑戦者の一面も持っていたのですね。

表現のために、あえて美しいと言えない声も使う。若い頃には受け入れにくい部分もありましたが、今はそれらも含めての芸術なんだと思えるようになりました。

以前、飛んでしまったとおっしゃっていたのは、この記事なんですね。これは、再度書かれるのは大変でしたでしょうね。
本当に素敵な記事をありがとうございました(*^^*)

投稿: 真子 | 2020年3月19日 (木曜日) 14時54分

真子さん、こんにちは。

こちらこそお読みいただき、素敵なコメントを有難うございました!
ご推察の通り、消えてしまって書き直した文章です。
書き直すと、前回と同じ内容にはなりませんが、本当に書きたいと思っていたことは思い浮かぶので、こういうハプニングも悪くないのかなぁと思ったり...でもやはり書き直しにならない方がいいです^^;

「無人島にプライとシュライヤーを持って行きたい」というキャッチフレーズがあったのですね。大阪の方は発想が素敵だと思います。おそらく関東人はそういうキャッチフレーズをなかなか思いつかないと思います。
プライやシュライアーと同時代に生きることが出来たのは本当に幸せでした。

まさにシュライアーの美点は「端正な様式美」でしたね。教会カンタータでは真子さんもシュライアーの変化に驚かれたとのこと、バッハを長いこと歌い続けてきたからこそ、新しい境地に踏み出したのかもしれませんね。ちなみにF=ディースカウはバッハを誰かとデュエットすると個性が強くて溶け合わない時があるように思います。ソロだと良いのですが。

水車屋を1年に3回も録音したり、女声歌曲を歌ったりチャレンジャーの一面もあったシュライアーですが、正統派の印象が強かった為かあまりそういう面がクローズアップされることはなかったように思います。過去のシュライアーのコンサートプログラムをインターネットで調べてみるとギターと共演した「水車屋」は沢山歌っていたので気に入っていたのだと思います。
日本公演の映像がアップされていたので、お時間のある時にでもご覧下さい。

https://youtu.be/EGES5XlE5T0

投稿: フランツ | 2020年3月21日 (土曜日) 18時20分

フランツさん、こんにちは。

動画をご紹介頂きありがとうございます。まだ全部は聞けていませんが、なぜギターと共演したのかの説明もあり、勉強になりました。シューベルト時代には、ギターでの伴奏も多く、リートもそのように歌われる事もあったんですね。
今のように「芸術!」というより、もっと大衆的で、歌謡的だったとは聞いたことがありますが、その上に家庭的なものでもあったのですね。

そして、現代の私たちからすれば「シューベルトが新しい歌曲集を出した」と言う広告が出た、なんて凄い話だなあ、と思いました!

6曲目まで聴いたのですが、ギターとの「水車小屋」いいですね。

「小川への感謝」などは、プライさんの1971年(1973年との記述のLPもあり)フィリップ盤での演奏と共通している部分がありました。
カール・エンゲルとのテレフンケン盤に比べ、テンポがゆっくりで、リタルダンドも大きくかける傾向にあるんです。そのためか弱音も多く使っています(テレフンケン盤の方が評判はいいですが、私は、これはこれでフィリップ盤も気に入っています)

そんなに事もあり、ちょっと、プライさんの歌をギターと合わせて、脳内演奏してみました。あまり声を張っていないフィリップ盤だから、ホームコンサート度が上がった感じです。

シュライアーに話を戻しますと、「仕事を終えて」では、まるで独白のようで、一人歌芝居を聞いているようでした。シュライアーも熱を帯びてきたかんじです。
また、続きを聴いてみますね(^^)

他にもギター楽譜はあるのでしょうか? もし、「冬の旅」ならどんな風になるのかなあ、と想像してみるのも楽しいです。

ギター版を説明するシュライアーから、熱い思いが伝わってきました。現代の歌手で誰か、この演奏を継承してくれる人が現れたらいいなあ、と思わされました♪

投稿: 真子 | 2020年3月22日 (日曜日) 17時11分

真子さん、こんにちは。

早速最初の方を聞いて下さったようで嬉しいです。コメントを有難うございました!

シュライアーはギターと共演するとテンポがゆっくり目になる傾向があります。
もともとピアノ用の音楽をギターに編曲している為、ギターの弾きにくさなども考慮しているのかななどと思ったのですが、それだけでなく、座りながら歌っていることから分かるとおり、「家庭音楽」としての雰囲気を重視しているのではないかと思います。
シューベルトの生きた時代の家庭やサロンで親しい人を呼んで演奏した雰囲気が醸し出されていて素敵ですよね。
プライのPhilips盤との共通点があるとのこと、さすが真子さんはそういう側面からも演奏を感じることが出来て素晴らしいと思います。プライもPhilips全集のミンネゼンガーの曲などではリュートやギターなどの伴奏で歌っていたと思います。弦楽器が1つあれば歌曲が歌えたのですから、楽譜出版社もそこに目を付けたのでしょうね。私はギター伴奏の楽譜についてはあまり分からないのですが、おそらく楽譜を売る為にギター用歌曲に編曲して出版された作品は他にもあるのでしょうね。

ここでのシュライアー、概して丁寧に静かに歌うのですが、おっしゃるように時に激しさを増す箇所があります。まさに一人芝居ですね。語りかけるような歌は、ピアノとの共演の時とはまた異なる味わいがあると思います。
プライやアーメリングとも共演したピアニストの小林道夫さんがギターとの比較用に登場してシュライアーと演奏していましたね。おそらく来日時に放送用にNHKのスタジオで録画したのでしょう。(→すみません。このコメント、間違いでした。1980年1月23日東京文化会館でのライヴ映像でした)

ギター伴奏歌曲の魅力を伝えたのはシュライアーの貢献が大きかったと思います。今後彼の功績を継ぐ人があらわれるといいですね。

投稿: フランツ | 2020年3月22日 (日曜日) 18時06分

フランツさん、こんにちは。

最後まで聴きました。ずっと、ギターで聴いていると、とても自然なものに聞こえて来ました。

ポツリポツリ弾くギターを伴って歌われると、叙情的な曲では、よりナイーブな青年の心が表現されたように思いました。

「狩人」「嫉妬と誇り」などの曲では、歌うと言うより語り込む箇所がありますね。陸上で例えると、走るより競歩をしている感じでしょうか。
せき込むような語りぶりは、高まる感情がより描き出されていたように思いました。

楽しい鑑賞のひとときでした(^^)

投稿: 真子 | 2020年3月25日 (水曜日) 15時51分

真子さん、こんにちは。

シュライアーとラゴスニクによるギター版「水車屋」を最後まで聞かれたとのこと、ご感想を有難うございます。
ギターの爪弾きは味わいがあって、アットホーム感が増す気がします。
確かにギターの繊細な音のうえで歌うと、大音量が出せるピアノの時とは違って、歌ももっとひそやかな感じが強まり、ナイーブな青年の心情を歌うにはうってつけですよね。

>歌うと言うより語り込む箇所がありますね。
私も同じことを思いました。
少人数の聴衆の前で歌っている感覚で、紙芝居を披露する感じにちょっと近いのかなと思いました(ドイツに紙芝居はなさそうですが)。
前で聞いている人に語って伝える感じが強まりますよね。
急き込む箇所は、このころのシュライアーの歌い方の変化も加わって、かなり感情が前面に押し出されていますよね。
「嫉妬と誇り」の最後の"Kehr um"のところなど。

真子さんに楽しんでいただけて良かったです。
いつも丁寧なご感想を有難うございます!

投稿: フランツ | 2020年3月27日 (金曜日) 18時38分

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