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ヴォルフ/「あたし、ペンナに住んでる恋人がいるの(Ich hab' in Penna einen Liebsten wohnen)」を聴く

Ich hab' in Penna einen Liebsten wohnen
 あたし、ペンナに住んでる恋人がいるの

Ich hab' in Penna einen Liebsten wohnen,
In der Maremmenebne einen andern,
Einen im schönen Hafen von Ancona,
Zum Vierten muß ich nach Viterbo wandern;
Ein andrer wohnt in Casentino dort,
Der nächste lebt mit mir am selben Ort,
Und wieder einen hab' ich in Magione,
Vier in La Fratta,zehn in Castiglione.
 あたし、ペンナに住んでる恋人がいるの、
 マレンマの平野にも一人いるし、
 アンコーナの素敵な港にだって一人いるわ、
 四人目はヴィテルボまで行かなきゃなんないけどね。
 カセンティーノの方にはさらに一人いて、
 もう一人はあたしと同じ町にいるのよ。
 それでもって、マジョーネにもう一人いて、
 ラ・フラッタには四人、カスティリオーネには十人もいるんだから。

詩:Paul Heyse (1830-1914)
曲:Hugo Wolf (1860-1903)

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ヴォルフの46曲からなるパウル・ハイゼのテキストによる「イタリア歌曲集(Italienisches Liederbuch)」の最後の曲を取り上げたいと思います。
この歌曲集は男女の恋の駆け引きが1、2分、長くても4分ぐらいの短い歌の連なりで出来ています。
ヴォルフ自身の曲順で歌ってももちろん効果的ですが、演奏家自身でよりドラマティックな配列に直して歌うこともあります。
演奏家による順序の並べ替えを最初に提唱したのはおそらくオーストリアの歌曲ピアニストで教育者、批評家でもあったエリク・ヴェルバでしょう。
ヴェルバはヴォルフの伝記も著し、日本語訳も出版されているので、ヴォルフでの愛着ぶりがうかがえます。

さて、この「あたし、ペンナに住んでる恋人がいるの」ですが、実は以前に藤井さん、甲斐さんが管理されていた「詩と音楽」(現在は藤井さんのみの管理)に「イタリア歌曲集」全曲について投稿したことがあり、この曲についても書かせていただいたので、そちらのリンクを貼っておきます。
よろしければご覧ください。

 こちら

私にはあちらこちらの町に恋人がいるからあなたなんか眼中にないのよと、目の前の彼氏を嫉妬させて喜ぶ女性の姿が目に浮かぶようです。
よくドン・ジョヴァンニの「カタログの歌」にたとえられますが、こちらの女性は自慢することよりも、彼氏を嫉妬させて、自分に振り向かせようという策略に感じられます。

歌手は早口で、畳みかけるように歌います。
ピアノのリズムに歌が入ることの難しさをジェラルド・ムーアは「ちょうどなわをとぶ女の子の顔に見受けられたような、迷い、躊躇、決意、当惑のいろいろな表情をよく発見する」(『歌手と伴奏者』(大島正泰訳、音楽之友社、1960年))と言っています。
実際、一流の歌手たちの録音を聴いていても、必ずしもヴォルフのリズム通りに歌っているとは限らず、本来の拍より前後していることが少なからず聞かれます。

ところで、この曲にはピアニストの腕の見せ所である華麗で技巧的なピアノ後奏が付けられています。
ムーアは前述の著書の中で「ソロモンやホロヴィッツでさえ、一生懸命練習しなくてはできないような、まるで巨匠のために書かれたようなパッセージである」と、その難しさを強調しています。
私の見た感じでは左手はほぼ同じ和音をおさえるだけなので、急速なパッセージはほぼ右手に偏っていて、ホロヴィッツなら難なく弾けそうに思いますが、演奏効果があることは確かです。
普段伴奏者は歌手の影に隠れて...という印象を持たれていた時代は、歌手にとってこのパッセージが邪魔だったらしく、ムーアも、この後奏を弾かずに、簡単な和音で終わらせてほしいと女声歌手に言われたことがあったそうです(もちろん実行しなかったそうですが)。

また、この曲は歌が終わった後で、待ちきれない聴衆が長いピアノ後奏を拍手でかき消してしまうことが多かったようで、ムーアが皮肉っぽく「三、四人の赤ん坊がブリキの太鼓を叩いてわめきながら母親を求めているところで練習したらよいと思う。...伴奏者を頑固にするには役立つかもしれない」と前述の著書に書いています。
その例を最初に映像で見てみたいと思います。

●エリーザベト・シュヴァルツコプフ(S) & ジェフリー・パーソンズ(P)
Elisabeth Schwarzkopf(S) & Geoffrey Parsons(P)

1977年アムステルダム映像。ムーアが著書で言っていたことはこういうことかと分かる貴重な映像です。パーソンズが後奏を弾き始めると、すぐに大きな拍手が沸き起こり、シュヴァルツコプフがまだパーソンズが弾いている途中にもう終わったと勘違いするほど拍手にかき消されています。それでも高い技術で見事に最後まで演奏するパーソンズはやはり素晴らしいピアニストです。

それでは、1分に満たない短い作品ですが、華やかで演奏効果抜群のこの曲を聴き比べてみたいと思います。

●ドーン・アップショー(S) & ヘルムート・ドイチュ(P)
Dawn Upshaw(S) & Helmut Deutsch(P)

アップショーは美声で完璧に歌い、ドイチュは輝かしい後奏を聞かせ、最後の小節に向けて速度を速めるなど、高い技巧で聞き手を興奮させてくれます。

●エディト・マティス(S) & カール・エンゲル(P)
Edith Mathis(S) & Karl Engel(P)

マティスは硬質な美声を生かして、オペラの一場面のような表情の豊かさを聞かせます。エンゲルの最後の締めの和音をあえて軽めにすることでコミカルな味わいを出すことに成功しています。

●ジェラルディン・マクグリーヴィー(S) & ショルト・カイノク(P)
Geraldine McGreevy(S) & Sholto Kynoch(P)

英国系の演奏。マクグリーヴィーは楽譜通りに見事に歌っており、カイノクも完璧な演奏です。

●イルムガルト・ゼーフリート(S) & エリク・ヴェルバ(P)
Irmgard Seefried(S) & Erik Werba(P)

ゼーフリートはリズムも言葉さばきも見事です。ヴェルバは後奏で若干あやしい所もありますが、うまく辻褄を合わせて貫禄を見せています。

●エリーザベト・シュヴァルツコプフ(S) & ジェラルド・ムーア(P)
Elisabeth Schwarzkopf(S) & Gerald Moore(P)

シュヴァルツコプフはさすがの貫禄で見事な歌唱です。ムーアはこの曲の録音に関してはミスタッチが聞かれることがあるのですが、この時の後奏は調子が良かったようです。ただ、最後の三連符で畳みかける箇所はもっとキレが欲しいところです。

●エリー・アーメリング(S) & アーウィン・ゲイジ(P)
Elly Ameling(S) & Irwin Gage(P)

アーメリングは、wohnen(1行目), andern(2行目)の音価を旧盤(ボールドウィン共演のPHILIPS盤)同様に楽譜よりも長く伸ばしているので、あえてそうしているのかもしれません。ゲイジはペダルをたっぷり使って色合いのある後奏を聞かせています。

●ベニタ・ヴァレンテ(S) & リチャード・グッド(P)
Benita Valente(S) & Richard Goode(P)

ヴァレンテもアーメリングと同じ箇所で音価を伸ばしています。グッドは高い技術を思い切り見せつけて見事な後奏でした。

●ディアナ・ダムラウ(S) & ヘルムート・ドイチュ(P)
Diana Damrau(S) & Helmut Deutsch(P)

ライヴならではの熱気が感じられます。ダムラウは、wohnen(1行目)は楽譜通りですが、andern(2行目)は音価を伸ばしています。ライヴならではのハプニングかもしれません。ドイチュはアップショーとのスタジオ録音に比べると、安定を求めたのか、落ち着いた出来になっています。

●レジーヌ・クレスパン(S) & ジョン・ワストマン(P)
Régine Crespin(S) & John Wustman(P)

クレスパンもダムラウ同様wohnen(1行目)は楽譜通りですが、andern(2行目)は音価を伸ばしています。ワストマンはアメリカ人らしいスマートな表現とスピーディーな後奏が見事でした。

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コメント

フランツさん、こんばんは。

後奏はまさにピアニストの腕の見せどころですね。
聞き惚れてしまいました。
それなのに、シュワルツコップの後演のように拍手の嵐ではやりきれませんね。
パーソンズ、ナイスです!!

こういう曲は弾く人によって音の聞こえ方が違うのが面白いです。
「水の上で歌う」などもピアニストによって違う聞こえ方がしました。
あれ、こんな音あったかな?、とか。

ジェラルディン・マクグリーヴィー、初めて聞きましたがいいですね。
こういう内容の曲を端正に歌うのもいいものですね。

それにしても、後奏は簡単な和音にしてほしいなんて、ヴォルフにもピアニストにも・・・な話ですよね(;_;)

パソコンの調子が悪く、スマホからもあまり字数が打てないため、なかなかこめんとできないでいました。
いつも楽しく新しい発見ができる記事をありがとうございます。

投稿: 真子 | 2019年5月 7日 (火曜日) 19時07分

真子さん、こんばんは。

パソコンの調子が悪いと不安ですよね。大事なデータはバックアップをとっておいて下さいね。スマホで入力する大変さはよく分かります。私も未だにスマホの入力は疲れます(隣りの文字を押してしまうことが多いのです)。
見ていただけるだけでも有難いので無理はなさらないで下さいね。もちろん一言でもコメントをいただけるのは嬉しいです^^

さて、今回の曲についてコメントを有難うございます。
後奏が拍手でかき消されるという経験は幸い私は実演で出会ったことがないのですが、パーソンズの映像をはじめて見た時は衝撃でした。こんなに素晴らしい演奏、音楽を聞かずに拍手してしまうとは、なんと勿体無いと思わずにいられません。でも当時はこれが普通だったのかもしれませんね。

>こういう曲は弾く人によって音の聞こえ方が違うのが面白いです。

おっしゃる通りですね!ピアニストによって重視する音が違っていたりすると、ハッとしますね。こういう違いが聞き比べの醍醐味でもあると思います。

マクグリーヴィーは随分前からヴォルフを録音していて、歌曲にピッタリな声だと思います。清潔であり、かつ迫力にも欠けない歌唱は素晴らしいです。

ムーアの回想録「お耳ざわりですか」や「歌手と伴奏者」の邦訳を読むと、いかに伴奏者という職業がいばらの道だったか分かります。先駆者たちの苦労の上に今があるというのはどの職業でも同じかもしれませんね。

投稿: フランツ | 2019年5月 8日 (水曜日) 19時34分

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