« 2019年3月 | トップページ | 2019年5月 »

イェルク・デームス(Jörg Demus)逝く

オーストリア出身のピアニストで、毎年のように来日して日本の聴衆にも親しまれたイェルク・デームス(Jörg Demus)が、2019年4月16日に短い闘病の末ヴィーンで亡くなりました。
1928年12月2日生まれとのことなので、享年90歳でした。

 こちら(オーストリアの記事)

日本の複数のニュースにも掲載されていましたから、それほど日本人にとって知られていたということでしょう。

彼はフリードリヒ・グルダ、パウル・バドゥラ・スコダと共に「ヴィーンの三羽烏」と呼ばれて親しまれていました。

ドイツ系のレパートリーはもちろん、フランス音楽やショパンなども演奏し、その録音がどれほど膨大なのか想像もつかないほどです。
彼は独奏者としてまず著名でしたが、歌曲ファンにとっては、歌曲ピアニストとしてなじみ深い存在でした。
彼の共演した歌手を挙げてみると、有名どころだけでも錚々たる名前が連なります。

エリーザベト・シュヴァルツコプフ(Elisabeth Schwarzkopf)
マリーア・シュターダー(Maria Stader)
エリー・アーメリング(Elly Ameling)
エディト・マティス(Edith Mathis)
ペーター・シュライアー(Peter Schreier)
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Dietrich Fischer-Dieskau)
ヘルマン・プライ(Hermann Prey)
ヴォルフガング・ホルツマイア(Wolfgang Holzmair)
小松英典(Hidenori Komatsu)
アンドレアス・シュミット(Andreas Schmidt)
トーマス・E. バウアー(Thomas E. Bauer)
テーオ・アーダム(Theo Adam)

私は幸いにもマティス、アーダム、バウアーのリサイタルで共演したデームスを生で聞くことが出来ましたし、日本人歌手との共演も聞きました。
デームスの独奏も聞きました。
彼の演奏はやはり今いなくなりつつある古き時代の「巨匠」の伝統を受け継いでいるように感じられます。
決して丁寧に真っ当に正統的に演奏するわけではない。
しかし、その響き、タッチ、色彩、リズムにえもいえぬ味わいがある-そういうピアニストだったように思います。

数年前に関西でアーメリング&デームスの両巨匠によるマスタークラスを幸いにも聞けたのですが、その時のデームスさんはお元気でした。
お元気過ぎてかなり癇癪を爆発させたり、アーメリングとも討論したりもしていましたから、周りのお弟子さんやお世話する方たちはなかなか大変だろうなと思いながら聴講していました。

レッスンが終わって、デームスさんのところに行き、写真撮影していいか尋ねると、「どんどん撮りなさい」というようなことをおっしゃってくれました(お弟子さんが会話を助けてくださいました)。
「それだけでいいのか。もっと撮れ」というようなことを、レッスン中の強い口調のままおっしゃるのですが、なぜか怖くは感じませんでした。
怒っているように見えても急に微笑んだりもして、実際はそれほど怒ってはいないのではないかと感じました。
ただ、レッスン中の手拍子や足の踏み鳴らし、大声は、やはり受講生の方には気の毒でしたが・・・。

言葉を交わさせていただいた時の茶目っ気のある対応と言葉、そしてその時に撮らせていただいたアーメリングさんとの写真は忘れられない思い出となりました。

イェルク・デームスさんのご冥福をお祈りいたします。

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ 「冬の旅」 から ”おやすみ”(1966年のF-D2度目の来日公演で共演した時の映像)
Schubert: Gute Nacht, D911-1 (Dietrich Fischer-Dieskau(BR))

シューベルト/即興曲D899-3
Jorg Demus - Schubert Impromptu op.90 no.3

シューマン/トロイメライOp.15-7
Jörg Demus plays Schumann Kinderszenen Op.15 - 7. Träumerei

シューマン/月夜Op.39-5(エリー・アーメリング(S))1979年録音
Schumann, Liederkreis, op. 39, #5, Mondnacht, Ameling/Demus

ブラームス/間奏曲Op.117-2
Joerg Demus plays Brahms - Intermezzo op. 117 n. 2

ショパン/幻想即興曲Op.66(韓国(?)でのライヴ映像)

ドビュッシー/月の光(2016年1月2日のライヴ映像)
Claude Debussy "Clair de Lune"

指導者としてのデームス(ショパン/ピアノソナタ第3番Op.58)
Piano Master Class by Jorg Demus

おそらく中国での公開講座と思われます。徐々に声を荒げる場面は、日本でのマスタークラスでも見られました(でもこの動画はまだ優しいほうですね)。受講生は途中から萎縮してしまったようです。しかし、いつかこの日のことが役に立つ日が来ますように。

| | | コメント (2)

ヴォルフ/受難週(Karwoche)

Karwoche
 受難週

O Woche, Zeugin heiliger Beschwerde!
Du stimmst so ernst zu dieser Frühlingswonne,
Du breitest im verjüngten Strahl der Sonne
Des Kreuzes Schatten auf die lichte Erde,
 おお、かの週よ、聖なる苦難の証人よ!
 あなたはこの春の喜びにとても真剣に適応している、
 太陽の若々しい光の中で
 十字架の影を明るい大地に広げ、

Und senkest schweigend deine Flöre nieder;
Der Frühling darf indessen immer keimen,
Das Veilchen duftet unter Blütenbäumen
Und alle Vöglein singen Jubellieder.
 そして、黙ってあなたのベールを下ろす。
 春はその間にもずっと新芽を生えさせて、
 すみれは花のついた木々の下で香りを放ち、
 そしてあらゆる小鳥たちが歓呼の歌を歌う。

O schweigt, ihr Vöglein auf den grünen Auen!
Es hallen rings die dumpfen Glockenklänge,
Die Engel singen leise Grabgesänge;
O still, ihr Vöglein hoch im Himmelblauen!
 おお黙るのだ、緑野の小鳥たち!
 あたりは鈍い鐘の響きが鳴りわたり、
 天使たちはそっと弔いの歌を歌う、
 おお静かに、青い空高くにいる小鳥たちよ!

Ihr Veilchen, kränzt heut keine Lockenhaare!
Euch pflückt mein frommes Kind zum dunklen Strausse,
Ihr wandert mit zum Muttergotteshause,
Da sollt ihr welken auf des Herrn Altare.
 すみれたちよ、今日は巻毛を花輪で飾ってはならない!
 わが敬虔な子は暗い色の花束を作ろうとおまえたちを摘むのだ、
 その花束は聖母の住処に持ち運ばれ、
 主の祭壇の上で枯れていくことになる。

Ach dort, von Trauermelodieen trunken,
Und süß betäubt von schweren Weihrauchdüften,
Sucht sie den Bräutigam in Todesgrüften,
Und Lieb' und Frühling, Alles ist versunken!
 あああそこでは、葬送の旋律に酔いしれ、
 よどんだ乳香の香りに甘くしびれ、
 地下の墓所で花婿を探し、
 愛と春、すべては沈潜している!

詩:Eduard Mörike (1804-1875)
曲:Hugo Wolf (1860-1903)

--------------

クリスチャンの方々にはおそらく馴染みの深い受難週(聖週間)ですが、私のような非クリスチャンにとっては縁が薄く、いまいちどんなものかつかめないのですが、ヴォルフがメーリケの「受難週」というテキストに作曲しています。
このテキストは、聖と俗の共存が感じられ、牧師でありながら日向ぼっこをしていたという逸話をもつメーリケらしい情感のこもった詩だと思います。
ヴォルフは小鳥のさえずりをトリルで描写し、鈍い鐘の響きをバスの音で響かせるという描画的な個所と、心理的な表現をうまく結び合わせているように感じます。

歌曲の老舗サイト「詩と音楽」に甲斐貴也氏の素晴らしい解説がありますので、ぜひご覧ください。
 こちら

受難週について(Wikipedia)
 こちら

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR) & ジェラルド・ムーア(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Gerald Moore(P)

白井光子(MS) & Berlin Radio Symphony Orchestra & デイヴィッド・シャロン(C)
Mitsuko Shirai(MS) & Berlin Radio Symphony Orchestra & David Shallon(C)

受難週について(ドイツ語ですが、雰囲気を味わってみたいと思います)

| | | コメント (3)

シューベルト「さすらい(Das Wandern)」(「美しい水車屋の娘」より)を聴く

Das Wandern, D 795-1 (aus "Die schöne Müllerin")
 さすらい(「美しい水車屋の娘」D795~第1曲)

Das Wandern ist des Müllers Lust,
Das Wandern!
[Das Wandern ist des Müllers Lust,]
[Das Wandern!]
Das muß ein schlechter Müller sein,
Dem niemals fiel das Wandern ein,
Das Wandern.
[Das Wandern.]
[Das Wandern.]
[Das Wandern.]
 さすらいは粉ひき職人の喜びだ、
 さすらいは!
 さすらいを思いつきもしないやつなんて
 駄目な粉ひき職人にちがいない、
 さすらいを。

Vom Wasser haben wir's gelernt,
Vom Wasser!
[Vom Wasser haben wir's gelernt,]
[Vom Wasser!]
Das hat nicht Rast bei Tag und Nacht,
Ist stets auf Wanderschaft bedacht,
Das Wasser.
[Das Wasser.]
[Das Wasser.]
[Das Wasser.]
 水からぼくらはそれを学んだんだ、
 水から!
 水は昼も夜も休むことなく、
 いつも旅することを考えている、
 水は。

Das sehn wir auch den Rädern ab,
Den Rädern!
[Das sehn wir auch den Rädern ab,]
[Den Rädern!]
Die gar nicht gerne stille stehn,
Die sich mein Tag nicht müde drehn,
Die Räder.
[Die Räder.]
[Die Räder.]
[Die Räder.]
 ぼくらは水車からも見習っている、
 水車からも!
 水車は全く止まろうとしないで、
 疲れることなく毎日回っているんだ、
 水車は。

Die Steine selbst, so schwer sie sind,
Die Steine!
[Die Steine selbst, so schwer sie sind,]
[Die Steine!]
Sie tanzen mit den muntern Reihn
Und wollen gar noch schneller sein,
Die Steine.
[Die Steine.]
[Die Steine.]
[Die Steine.]
 石臼からさえも見習うんだ、あんなに重いのに、
 石臼からも!
 石臼は元気に輪舞を踊り、
 徐々に速く進もうとさえする、
 石臼は。

O Wandern, Wandern, meine Lust,
O Wandern!
[O Wandern, Wandern, meine Lust,]
[O Wandern!]
Herr Meister und Frau Meisterin,
Laßt mich in Frieden weiterziehn
Und wandern.
[Und wandern.]
[Und wandern.]
[Und wandern.]
 おお、さすらい、さすらい、ぼくの喜び、
 おお、さすらいよ!
 親方様、奥様、
 安心してぼくを行かせてください、
 さすらいの旅に。

詩:Wilhelm Müller (1794-1827)
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828)

------------

シューベルトの20曲からなる歌曲集「美しい水車屋の娘」D795の冒頭の曲を聴き比べようと思います。
水車屋の修行の旅に出かけた青年が、ある水車屋で美しい娘に出会い、デートまでこぎつけるのですが、恋敵の狩人に奪われ、失意のうちに入水自殺するという切ない内容になっています。
オリジナルにはプロローグとエピローグがあり、さらにシューベルトが作曲しなかったテキストもいくつかあります。
それらを完全収録したのが、Hyperionのシューベルト歌曲全集のボストリッジ&グレアム・ジョンソンのCDで、作曲されなかった詩の朗読をあのフィッシャー=ディースカウが担当しています。
興味のある方はそちらもチェックしてみてはいかがでしょうか。

この第1曲「さすらい」の詩人ミュラーによる原題は"Wanderschaft(さすらい、旅などの意味)"だそうです。
全5節からなる有節歌曲で、民謡調の響きがテキストの趣を反映していると思います。
ジェラルド・ムーアが各節を描き分けることを提唱して以来、ピアノパートはムーアの演奏が手本になっている感があります。
下記のいくつかの録音でそれを確認できますが、一方で独自の解釈を聞かせるピアニストもいます。しかし、もちろんムーアを意識していることは確かと思われます。
この曲は高声によって魅力を放つと言われ、かのハンス・ホッターも全曲歌おうかと思ったが諦めたと語っています(「どこへ」など単独ではホッターも録音しています)。
女声ではロッテ・レーマンやブリギッテ・ファスベンダーなどの例はありますが、ほとんど歌われません。
「冬の旅」を多くの女声が挑戦するのとはやはり違うのでしょうね。

詩の朗読(Johannes Held)

フリッツ・ヴンダーリヒ(T) & フーベルト・ギーセン(P)
Fritz Wunderlich(T) & Hubert Giesen(P)

ヴンダーリヒのみずみずしい美声は比類ない独自のものでした。この歌曲集の持ち味とこれほどぴったりはまる歌い手もそうは多くないでしょう。

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR) & ジェラルド・ムーア(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Gerald Moore(P)

1961年12月のEMI録音。速めのテンポで快適に進むディースカウとムーアの爽快な演奏が素晴らしいです。私はこのコンビの3種の中ではこの録音が一番好きです。

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR) & ジェラルド・ムーア(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Gerald Moore(P)

1971年のDG録音。2人とも円熟期の余裕があり、かなり節ごとに表情を変えているのが興味深いです。

ヘルマン・プライ(BR) & レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR) & Leonard Hokanson(P)

1980年代初頭の映像作品。プライはドイツ語のごつごつした響きをリズミカルに表現する一方で、各節の締めは柔らかい表情を聞かせて、まさに1曲で多彩な表現を聞かせています。ホカンソンも温かみのある演奏です。

オーラフ・ベーア(BR) & ジェフリー・パーソンズ(P)
Olaf Bär(BR) & Geoffrey Parsons(P)

ベーアが彗星のごとく現れて知られるようになった録音です。若々しくみずみずしいハイバリトンがなんとも魅力的です。そしてパーソンズのかっちりした見事なピアノにいつもながら聞きほれてしまいます。

ピーター・ピアーズ(T) & ベンジャミン・ブリテン(P)
Peter Pears(T) & Benjamin Britten(P)

演奏の映像です。公私ともに良きパートナーだったピアーズ&ブリテンの貴重な記録です。ピアーズは生き生きと明瞭に歌い、ブリテンはノンレガートを貫きながらもペダルを時に使って表情を描き分けています。

クリスティアン・ゲルハーエル(BR) & ゲロルト・フーバー(P)
Christian Gerhaher(BR) & Gerold Huber(P)

2003年録音。まだ彼らが無名に近かった頃の録音。ゲルハーエルのハイバリトンの美声は魅力的で将来の大成を予感させます。フーバーも細かく表情を描いています。

フローリアン・ベッシュ(BR) & マルコム・マーティノー(P)
Florian Boesch(BR) & Malcom Martineau(P)

2013年録音。ベッシュの声は柔らかくて、押しつけがましくないです。マーティノーも控えめですが、ノンレガート主体で演奏し表情はこまやかです。

ヨナス・カウフマン(T) & ヘルムート・ドイチュ(P)
Jonas Kaufmann(T) & Helmut Deutsch(P)

2018年1月20日, Carnegie Hall録音。演奏の映像を見ることが出来ます。暗めの声質をもったテノールのカウフマンですが、歌声の表情は明朗そのものです。ドイチュもノンレガート主体で、第4節も特に石臼の重みを強調していないところに彼の主張が感じられます。

イアン・ボストリッジ(T) & 内田光子(P)
Ian Bostridge(T) & Mitsuko Uchida(P)

2004年3月サントリーホールでの映像。全曲の録画なので、第1曲のみを聴く場合は3:00あたりで動画を止めてください。ボストリッジの美声とシューベルティアン、内田の絶妙な演奏。魅力的です。

フランシスコ・アライサ(T) & アーウィン・ゲイジ(P)
Francisco Araiza(T) & Irwin Gage(P)

1980年代はFMラジオでアライサのライヴが沢山放送されました。アライサはドイツ人のようには演奏しないと言い切っていました。確かにラテンの熱い美声なのですが、土台がしっかりしているせいか違和感はありません。ゲイジはとてもゆっくりめのテンポですが、丁寧な演奏です。

クリストフ・プレガルディアン(T) & ミヒャエル・ゲース(P)
Christoph Prégardien(T) & Michael Gees(P)

演奏の映像です。プレガルディアンは歌声部に時折装飾を加えているのが興味深いです。ゲースのペダリングとタッチは個性的ながら魅了されます。

ペーター・シュライアー(T) & コンラート・ラゴスニク(Guitar)
Peter Schreier(T) & Konrad Ragossnig(Guitar)

シュライアーは1980年にハンマークラヴィーア版、ギター版、シューベルトの親友フォーグルによる変更を反映した楽譜によるピアノ版、といった3種類の水車屋を録音しました。このギターとの共演では、起伏を抑えて、しっとりと美しいメロディーを歌っています。

フランツ・リストによるピアノ独奏編曲版の演奏(Franz Liszt - Müllerlieder von Franz Schubert, G 350/1, S. 565 (1846))
セルゲイ・ラフマニノフ(P)
Sergei Rachmaninoff(P)

1925年4月14日録音。リスト編曲の独奏版を、あの大作曲家で大ピアニストのラフマニノフが演奏しています。ラフマニノフは美しい歌曲を多く作曲していることでも知られていますね。

| | | コメント (0)

« 2019年3月 | トップページ | 2019年5月 »